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第四章 決断
決断(2)
しおりを挟む「皆、明の事を不安に思っている事はよく分かっている。俺もあいつが一体何を考えているのか、正直分からない。
だが、従兄弟として同じ神刀の使い手として、あいつのことは俺に任せてもらえないか?」
静まった当主たちに、輝はごく平穏に伝える。
皆、『滅亡の子』と呼ばれている明のことをもちろん忘れてはいない。
いまだ宗家屋敷にとどまっていることも、敵か味方か分からないことも、皆の不安に拍車をかけていた。不安すぎて皆、口に出せなかったのだ。
水をかけられたように黙りこんだ分家当主たちの中で、蘇芳家当主がたたみに額を付けて謝罪した。
「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした……」
「いや、気にするな。明のことは一度みなに意見を聞こうと思っていたところだ」
実は蘇芳家は、輝の母・美鈴の実家で、蘇芳の先代当主は輝の祖父である。現当主は母方の従兄弟にあたる。
この年の離れた従兄弟が、幼い頃、一族内で冷遇される輝とよく遊んでくれたものだ。
彼が輝のことを心配するあまり、明の件を口に出してしまったのはよく分かっている。
輝の言葉に、蘇芳はたたみに額を付けたまま顔を上げない。今の立場上、必要以上に親しい態度は取れず、輝はそのまま部屋を退出した。
輝はその足で、自室としている洋客間へと向かう。部屋に入ると、造り付けられたクローゼットを開いた。
小物を入れる引き出しの一つを開けると、中から正絹にくるまれた細長い包みを取り出す。
長さ三〇センチ弱の包みを開くと、中にはひとふりの懐剣が入っていた。
その短刀は、朱金の地に桜の蒔絵で装飾され、豪華な中に薄紅色の桜が可憐な印象だった。
結ばれた赤い房飾りもあざやかで、ごく最近作られたばかりのものだと分かる。
武器というより装飾品に近く、はなやかな着物に似合いそうな、いかにも若い女性の持ち物だった。
並の宝飾品よりはるかに値が張るだろうその懐剣を、輝は手の中におさめたままじっと見つめる。
その顔は、先ほどまで分家当主達に見せていた力強い表情とはうって変わって、泣き出しそうな、年相応の青年のものだった。
春めいてきた明るい昼下がり。千早はゆっくりと池の周遊道を歩いていた。
二週間ほど前に飛竜健信にけがを負わされた足は、今は痛みもなく生活にも支障はない。
しかし父親と信じていた相手に襲われた事実は、今でも千早の心を重くしている。
呪術の師匠でもあった人物が、共に長年狩り続けてきた魔物に堕ちてしまったことも、千早の気分を重苦しくしていた。
(明は、どんな気持ちでいるんだろう……)
自分とは関係性がまったく違うが、明も父親が人をふみ外し魔物と化してしまった。
人を超える力を持つ呪術者は、ふとしたことで人をふみ外し、魔物と化すことがある。
それは、人以上の力に人間としての肉体と精神を喰われてしまうのだ。だからこそ呪術を扱う者は、強く己れを律し、己が力を制御しなければならない。
でも、と春の陽光にきらめく湖面をながめながら、千早は思う。
(明のお父様は、あの人とはまったくちがう気がする……)
飛竜健信は、結局は神刀に選ばれなかったコンプレックスを消化することができなかっただけだ。
けれど明の父である御乙神織哉は、妻を殺された恨みのあまり魔物に魂を売ったのだ。
愛する妻の、仇を取るために。
一度だけ見た明の母親、佐藤唯真は、容姿もとても美しかったが、それ以上に愛情深い優しい女性に感じた。御乙神織哉にとても愛されていたのだろうと、赤の他人の千早すら感じる女性だった。
けれどどんな理由があろうとも、恐ろしいことをしているのはまちがいない。かつての同胞を、もう一〇〇人超手に掛けている。
ここまでの事をしてしまえば、もうどんな理由も言い訳も通用しない。魔物として狩らねばならない存在だ。
現実をなぞりながら、しかし千早は思い返す。
二度目の宗家屋敷襲撃の際、御乙神織哉と対峙した時。
まがまがしいはずの赤い眼は、一瞬、凪いだ水面のように、とてもおだやかに千早を見た気がしたのだ。
なつかしいような、悲しいような。
何かとても遠くの大切なものを見つめたような、そんな魔物とは思えない情感あふれる目で、一瞬、千早を見たのだ。
そして市橋家のある街を訪ねた時、絶望のあまり千早は飛び降り自殺を図った。
無数の悪霊にたかられ、もう何もかもが嫌だと死に逃げようとした時。
明にそっくりな顔がのぞき込んできた。表情も明と同じく、悲しげだった。
それはただ一瞬の出来事だったから、もしかしたら千早の記憶ちがいかもしれない。御乙神織哉に同情し、彼を美化しているだけかもしれない。
千早も長年魔物を狩り続けてきた術者である。魔物のことは多少知識がある。
御乙神織哉のように、怨恨以外の感情を残している魔物は見た事がなかった。
以前「魔物に同情するな」と教えられた。「魔物に堕ちた者は、すでに人ではない」と。
しかし御乙神織哉は、人としての優しい感情を残している気がするのだ。でもそれは、魔物としてあり得ないことだし、千早以外にはまさに魔物としての行動しか見せていない。
分からない――悩みながら歩き、千早は目的の、明のいる離れへとたどり着いた。
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