闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

文字の大きさ
上 下
13 / 35
第四章  決断

決断(2)

しおりを挟む


「皆、あきらの事を不安に思っている事はよく分かっている。俺もあいつが一体何を考えているのか、正直分からない。
 だが、従兄弟いとことして同じ神刀しんとうの使い手として、あいつのことは俺に任せてもらえないか?」

 静まった当主たちに、ひかるはごく平穏に伝える。

 皆、『滅亡めつぼうの子』と呼ばれている明のことをもちろん忘れてはいない。

 いまだ宗家屋敷そうけやしきにとどまっていることも、敵か味方か分からないことも、皆の不安に拍車はくしゃをかけていた。不安すぎて皆、口に出せなかったのだ。

 水をかけられたように黙りこんだ分家当主たちの中で、蘇芳すおう家当主がたたみにひたいを付けて謝罪した。

「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした……」

「いや、気にするな。明のことは一度みなに意見を聞こうと思っていたところだ」

 実は蘇芳家は、輝の母・美鈴みすずの実家で、蘇芳の先代当主は輝の祖父である。現当主は母方の従兄弟にあたる。

 この年の離れた従兄弟が、幼い頃、一族内で冷遇れいぐうされる輝とよく遊んでくれたものだ。


 彼が輝のことを心配するあまり、明の件を口に出してしまったのはよく分かっている。

 輝の言葉に、蘇芳はたたみに額を付けたまま顔を上げない。今の立場上、必要以上に親しい態度は取れず、輝はそのまま部屋を退出した。



 輝はその足で、自室としている洋客間へと向かう。部屋に入ると、造り付けられたクローゼットを開いた。

 小物を入れる引き出しの一つを開けると、中から正絹しょうけんにくるまれた細長い包みを取り出す。

 長さ三〇センチ弱の包みを開くと、中にはひとふりの懐剣かいけんが入っていた。

 その短刀は、朱金しゅきんの地に桜の蒔絵まきえで装飾され、豪華な中に薄紅うすべに色の桜が可憐な印象だった。

 結ばれた赤い房飾ふさかざりもあざやかで、ごく最近作られたばかりのものだと分かる。

 武器というより装飾品に近く、はなやかな着物に似合いそうな、いかにも若い女性の持ち物だった。
 
 並の宝飾品よりはるかに値が張るだろうその懐剣を、輝は手の中におさめたままじっと見つめる。
 
 その顔は、先ほどまで分家当主達に見せていた力強い表情とはうって変わって、泣き出しそうな、年相応の青年のものだった。



 春めいてきた明るい昼下がり。千早ちはやはゆっくりと池の周遊道しゅうゆうどうを歩いていた。
 
 二週間ほど前に飛竜健信にけがを負わされた足は、今は痛みもなく生活にも支障はない。
 
 しかし父親と信じていた相手に襲われた事実は、今でも千早の心を重くしている。

 呪術の師匠でもあった人物が、共に長年狩り続けてきた魔物に堕ちてしまったことも、千早の気分を重苦しくしていた。

(明は、どんな気持ちでいるんだろう……)

 自分とは関係性がまったく違うが、明も父親が人をふみ外し魔物と化してしまった。

 人を超える力を持つ呪術者は、ふとしたことで人をふみ外し、魔物と化すことがある。

 それは、人以上の力に人間としての肉体と精神を喰われてしまうのだ。だからこそ呪術を扱う者は、強くおのれをりっし、己が力を制御しなければならない。


 でも、と春の陽光にきらめく湖面こめんをながめながら、千早は思う。

(明のお父様は、あの人とはまったくちがう気がする……)

 飛竜健信は、結局は神刀に選ばれなかったコンプレックスを消化することができなかっただけだ。

 けれど明の父である御乙神みこがみ織哉おりやは、妻を殺された恨みのあまり魔物に魂を売ったのだ。

 愛する妻の、かたきを取るために。
 
 一度だけ見た明の母親、佐藤さとう唯真ゆまは、容姿もとても美しかったが、それ以上に愛情深い優しい女性に感じた。御乙神織哉にとても愛されていたのだろうと、赤の他人の千早すら感じる女性だった。

 けれどどんな理由があろうとも、恐ろしいことをしているのはまちがいない。かつての同胞どうほうを、もう一〇〇人超手に掛けている。

 ここまでの事をしてしまえば、もうどんな理由も言い訳も通用しない。魔物として狩らねばならない存在だ。
 
 
 現実をなぞりながら、しかし千早は思い返す。
 
 二度目の宗家屋敷襲撃の際、御乙神織哉と対峙たいじした時。

 まがまがしいはずの赤い眼は、一瞬、いだ水面みなものように、とてもおだやかに千早を見た気がしたのだ。
 
 なつかしいような、悲しいような。

 何かとても遠くの大切なものを見つめたような、そんな魔物とは思えない情感あふれる目で、一瞬、千早を見たのだ。

 そして市橋いちはし家のある街を訪ねた時、絶望のあまり千早は飛び降り自殺を図った。

 無数の悪霊にたかられ、もう何もかもが嫌だと死に逃げようとした時。


 明にそっくりな顔がのぞき込んできた。表情も明と同じく、悲しげだった。
 
 それはただ一瞬の出来事だったから、もしかしたら千早の記憶ちがいかもしれない。御乙神織哉に同情し、彼を美化しているだけかもしれない。
 
 千早も長年魔物を狩り続けてきた術者である。魔物のことは多少知識がある。
 
 御乙神織哉のように、怨恨えんこん以外の感情を残している魔物は見た事がなかった。
 
 以前「魔物に同情するな」と教えられた。「魔物に堕ちた者は、すでに人ではない」と。
 
 しかし御乙神織哉は、人としての優しい感情を残している気がするのだ。でもそれは、魔物としてあり得ないことだし、千早以外にはまさに魔物としての行動しか見せていない。
 

 分からない――悩みながら歩き、千早は目的の、明のいる離れへとたどり着いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

神聖百鬼夜行伝

夜庭三狼
ファンタジー
2007年5月10日・M-SO日本京都府京都市、或未曾有な夢から目覚めた名家『弥生家』の長女・弥生凪花は自身の不注意で鬼教師から教室を追い出され、途方に暮れている時、登校中に聞こえた噂通りの不審者に遭遇し、追われてしまう。 すると、凪花の脳内に見覚えのある声が響く、凪花はその声通りに道を辿ると、或山奥の巨岩のもとに辿り着く。其の岩には日本刀が刺さっており、その下には鞘が落ちてあった。 凪花はその日本刀で不審者の体躯を斬ると、斬られた不審者は日本刀から血を巻き取られ、最期を迎え、凪花は人を殺して仕舞ったと後悔する。すると、人間だった不審者は忽ち肉体が豹変し、悪鬼となっていた。 不審者の正体は悪鬼であり、凪花が手にした日本刀は邪心に反応して血を渦状に巻き取る妖刀『渦潮丸』であり、声の正体は嘗て西日本を全体に勢力を広げ、天下統一目前に病に臥した越前国の武将・神渕眞栗であった。神渕眞栗の言葉によって、凪花は退魔師としての人生を歩む事となる……。 此れは武将・神渕眞栗の妖刀『渦潮丸』を手にした名家の少女が京都の英雄になるまでの成長譚であり、悪しき妖怪から京都を守る英雄譚である。 ※カクヨムにも同様の内容を掲載中です。どっちでも読んでも構いません。 ※作者が影響を受けやすい人間である為、影響を受けている作品を無意識に意識している所があるので、ご了承してください。

スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍
キャラ文芸
雪の降る大晦日、京子は帰省中の実家で招集命令を受けた。 東京で大きな爆発が起きたという。 一人新幹線に飛び乗った京子はまだ15歳で、キーダーとして最初の仕事になるはずだった──。 事件は解決しないまま5年が過ぎる。 異能力者がはびこる日本と、京子の恋の行く末は──? エピソード1は、そんな京子の話。 エピソード2と3は高校生の男子が主人公。同じ世界に住む二人のストーリーを経て、エピソード4で再び京子に戻ります。 ※タイトル変えてみました。 『スラッシュ/異能力を持って生まれたキーダーが、この日本で生きるということ。』→『スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択』 ※カクヨム様・小説家になろう様・ノベリズム様にも同じものをアップしています。ツギクル様にも登録中です。 たくさんの人に読んでいただけたら嬉しいです。 ブクマや評価、感想などよろしくお願いします。 1日おきの更新になりますが、特別編など不定期に差し込む時もあります。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

作ろう! 女の子だけの町 ~未来の技術で少女に生まれ変わり、女の子達と楽園暮らし~

白井よもぎ
キャラ文芸
地元の企業に勤める会社員・安藤優也は、林の中で瀕死の未来人と遭遇した。 その未来人は絶滅の危機に瀕した未来を変える為、タイムマシンで現代にやってきたと言う。 しかし時間跳躍の事故により、彼は瀕死の重傷を負ってしまっていた。 自分の命が助からないと悟った未来人は、その場に居合わせた優也に、使命と未来の技術が全て詰まったロボットを託して息絶える。 奇しくも、人類の未来を委ねられた優也。 だが、優也は少女をこよなく愛する変態だった。 未来の技術を手に入れた優也は、その技術を用いて自らを少女へと生まれ変わらせ、不幸な環境で苦しんでいる少女達を勧誘しながら、女の子だけの楽園を作る。

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

処理中です...