闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

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第二章  事情

事情(1)

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 倒壊とうかいをまぬがれた宗家屋敷の一室で、ひかるは今日も未来を視る術、先視さきみを行っていた。

 える未来は二種類。重なるように二つの未来が同時に視えている。


 一つは黒衣の男が魔物を引きつれ宗家屋敷を襲うビジョン。黒衣の男はもちろん魔物の首魁、元は神刀しんとうの使い手であり輝の叔父でもある御乙神みこがみ織哉おりやだ。

 そして御乙神織哉に立ちはだかるのは、神刀・星覇せいはをかまえる明。不気味なほど黒い空から流星を降らせ明は父親を倒すが、その後、明は絶望したように自刃する。


 もう一つの未来は、明は織哉と共闘し、御乙神一族を殲滅せんめつしていく。じきに空から流星が降り、宗家屋敷を潰し衝撃波で術師達は吹き飛ばされる。

 一面荒野となった風景には、建物の残がいと人間の身体が散らばっている。その中に、輝は自分の首も見た。

 正に御乙神一族の終焉しゅうえんの景色を、明は暗い笑みを浮かべ見下ろしていた。隣に立つ父に幼子の様に頭をなでられ、良く似た容姿の二人は連れ立って歩き出す。

 
 ここ一ヶ月ほど、この先視のビジョンは変わらない。

 本来、先視で視える未来は一つだけだ。まれに現状が変わると連動して未来のビジョンが変わる事もあるが、同時に未来が二つ見える事は過去に例がなかった。

 けれど同時に視えるという事は、実現の可能性は同程度であるはずだ。

 どちらの未来が到来するのか、いまだ輝には分からなかった。




 六畳の茶室に、今日も明は一人でいた。星覇は亜空間あくうかんさやに格納し、片足を立て壁に寄り掛かっている。

 自堕落じだらくな格好だが、空に投げた視線はかたく厳しい。深く重く、思考をめぐらせている事が察せられた。

「入るぞ」

 声がかかって壁と同色のふすまが開き、御乙神一族の術師の正装をまとった輝が入って来る。

 間一メートルほど空けて、輝は明に向き合って座った。純白の正装が立てる衣擦きぬずれの音に、ようやく明は従兄弟へと目をやる。


 研ぎ澄まされた空気をまとい、輝は凛と背筋を伸ばして明を見ていた。

 座るひざの上に置かれた手には、和紙製の白い封筒がにぎられている。

 おもむろに輝は、明に封筒を差し出した。

「父さんの、俺宛ての遺書だ」

「……いいのか?」

 輝は、その問いに答えるように封筒をさらに差し出す。
 
 目前の輝に、今までのような敵意は見えない、ただ真剣な表情の従兄弟の眼をじっと見て、そして明は差し出された和紙製の封筒に目をやる。
 
 封筒を受け取り、便箋を取り出す。純白の和紙に、整った文字が整然と並んでいる。
 
 まるで輝明てるあきの人となりを現す様な文面だった。強く向いて来る輝の視線を感じながら、明は遺書を読み始めた。


 遺書の内容は、明へ宛てたものをさらに詳細にした内容だった。

 十八年前の一族の内紛が、実は何者かに誘導されたものであったこと。その確証を得るため、宗主の仕事から退き裏付けを探っていたこと。

 明への遺書には書かれていなかった内容は、星覇の由来と最近視えるようになった二つの未来のこと。端的たんてきな文章で、詳しく説明されていた。

 星覇は、霊能術家・御乙神一族の起源に深く関わる刀だった。

 一〇〇〇年の昔、御乙神一族の始祖は『人間』から外れた異能を恐れられ、血縁もろとも処刑されようとしていた。

 しかし時の権力者が、御乙神家の始祖を秘密裏に生き永らえさせた。

『人にあらざるその力で我に仕えよ』と。それならば生存を認め、人の世から追放しないと。

 そして時の権力者が所有していた、森羅万象しんらばんしょうの力とつながる六本の可思議な刀を預けられ、その番人としての役を負わされた。それが一〇〇〇年続く霊能術家れいのうじゅか・御乙神一族の起源だった。

 刀は意志を持ち、刀が選んだ者に森羅万象の力を使わせる。
 
 炎につながる火雷からい
 雷につながる天輪てんりん
 風につながる建速たけはや
 水につながる海神わだつみ
 冷気へとつながる月読つくよみ

 この五本の神刀は、まだ御乙神家の者が使いこなせる範疇はんちゅうの代物だった。

 しかし星覇だけは、つながる力が、天翔あまかける星々――宇宙だった。

 一〇〇〇年前に一人だけ出た星覇とえにしを結んだ使い手は、その圧倒的な力により身が燃え尽き、さらに発現された力は制御を失い、都が一つ吹き飛んだという。

 あまりに危険な代物であると、時の権力者は御乙神一族に星覇の破壊を命じたがそれもかなわなかった。

 この危険な呪具が世に知れ悪用されぬよう、星覇の存在は代々の頭、今でいう宗主のみに一子相伝いっしそうでんで伝えられるようになったという。
 
 現在の宗家屋敷が建てられたのは約一〇〇年前。その際に星覇は、宗主執務室の地下深くに厳重に封印をして埋められた。それは代々の宗主が、星覇を何者にも渡さぬよう、体を張って守るという意味だった。

 輝明は、早い段階から明が星覇の使い手であると予想していた。だからこそ火雷からいを手放してまで宗家屋敷内に明を留め置いていた。

 多数ある霊能の流派の中でも、特に力の強い御乙神一族を単独で滅ぼすなら、星覇を継承する以外方法は無いと輝明は考えていたのだ。

 御乙神家を狙う魔物の存在を感知して、輝明の予想は確信に変わった。明が千年ぶりに星覇に選ばれる使い手だからこそ、御乙神を恨む魔物に目を付けられたのだと。

 御乙神一族を狙う魔物たちは、何らかの方法で輝明ら一族に関係する者たちの動向をあやつり、明が御乙神一族を深く憎む様に仕向けてきた。

 破滅的な力を持つ星覇の使い手であるから『滅亡の子』となった訳ではない。

 明は、魔物たちに造られた『滅亡の子』であるはずだと。

 滅亡の未来は、御乙神の血を絶やさんとする魔物たちの暗躍あんやくによって手繰たぐり寄せられている――。輝明は、長い時間をかけて調べ上げたその結果を、遺書にまとめていた。

 そして遺書は、輝明から輝への『依頼』で締められていた。


『お前には大変な責務を負わせてしまうが、今視えている二つの未来の、どちらでもない第三の未来をつかみ取って欲しい。このために、お前には幼い頃から辛い思いをさせてしまった。

 けれど、だからこそお前には、一族を、明を正しい道へと導く力があるはずだ。お前はもう、とうに父を超えた、実力も知性も兼ね備えた宗主となっている。それは一番間近で見てきた私が保証する。
 
 明もお前も、皆がそろって幸せになる第三の未来をつかみ取って欲しい。二人とも大切な私の子供たちだ。お前たち二人が幸せな未来に生きることを、心から願っている』


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