5 / 35
第二章 事情
事情(1)
しおりを挟む倒壊をまぬがれた宗家屋敷の一室で、輝は今日も未来を視る術、先視を行っていた。
視える未来は二種類。重なるように二つの未来が同時に視えている。
一つは黒衣の男が魔物を引きつれ宗家屋敷を襲うビジョン。黒衣の男はもちろん魔物の首魁、元は神刀の使い手であり輝の叔父でもある御乙神織哉だ。
そして御乙神織哉に立ちはだかるのは、神刀・星覇をかまえる明。不気味なほど黒い空から流星を降らせ明は父親を倒すが、その後、明は絶望したように自刃する。
もう一つの未来は、明は織哉と共闘し、御乙神一族を殲滅していく。じきに空から流星が降り、宗家屋敷を潰し衝撃波で術師達は吹き飛ばされる。
一面荒野となった風景には、建物の残がいと人間の身体が散らばっている。その中に、輝は自分の首も見た。
正に御乙神一族の終焉の景色を、明は暗い笑みを浮かべ見下ろしていた。隣に立つ父に幼子の様に頭をなでられ、良く似た容姿の二人は連れ立って歩き出す。
ここ一ヶ月ほど、この先視のビジョンは変わらない。
本来、先視で視える未来は一つだけだ。まれに現状が変わると連動して未来のビジョンが変わる事もあるが、同時に未来が二つ見える事は過去に例がなかった。
けれど同時に視えるという事は、実現の可能性は同程度であるはずだ。
どちらの未来が到来するのか、いまだ輝には分からなかった。
六畳の茶室に、今日も明は一人でいた。星覇は亜空間の鞘に格納し、片足を立て壁に寄り掛かっている。
自堕落な格好だが、空に投げた視線はかたく厳しい。深く重く、思考をめぐらせている事が察せられた。
「入るぞ」
声がかかって壁と同色の襖が開き、御乙神一族の術師の正装をまとった輝が入って来る。
間一メートルほど空けて、輝は明に向き合って座った。純白の正装が立てる衣擦れの音に、ようやく明は従兄弟へと目をやる。
研ぎ澄まされた空気をまとい、輝は凛と背筋を伸ばして明を見ていた。
座るひざの上に置かれた手には、和紙製の白い封筒がにぎられている。
おもむろに輝は、明に封筒を差し出した。
「父さんの、俺宛ての遺書だ」
「……いいのか?」
輝は、その問いに答えるように封筒をさらに差し出す。
目前の輝に、今までのような敵意は見えない、ただ真剣な表情の従兄弟の眼をじっと見て、そして明は差し出された和紙製の封筒に目をやる。
封筒を受け取り、便箋を取り出す。純白の和紙に、整った文字が整然と並んでいる。
まるで輝明の人となりを現す様な文面だった。強く向いて来る輝の視線を感じながら、明は遺書を読み始めた。
遺書の内容は、明へ宛てたものをさらに詳細にした内容だった。
十八年前の一族の内紛が、実は何者かに誘導されたものであったこと。その確証を得るため、宗主の仕事から退き裏付けを探っていたこと。
明への遺書には書かれていなかった内容は、星覇の由来と最近視えるようになった二つの未来のこと。端的な文章で、詳しく説明されていた。
星覇は、霊能術家・御乙神一族の起源に深く関わる刀だった。
一〇〇〇年の昔、御乙神一族の始祖は『人間』から外れた異能を恐れられ、血縁もろとも処刑されようとしていた。
しかし時の権力者が、御乙神家の始祖を秘密裏に生き永らえさせた。
『人にあらざるその力で我に仕えよ』と。それならば生存を認め、人の世から追放しないと。
そして時の権力者が所有していた、森羅万象の力とつながる六本の可思議な刀を預けられ、その番人としての役を負わされた。それが一〇〇〇年続く霊能術家・御乙神一族の起源だった。
刀は意志を持ち、刀が選んだ者に森羅万象の力を使わせる。
炎につながる火雷
雷につながる天輪
風につながる建速
水につながる海神
冷気へとつながる月読
この五本の神刀は、まだ御乙神家の者が使いこなせる範疇の代物だった。
しかし星覇だけは、つながる力が、天翔ける星々――宇宙だった。
一〇〇〇年前に一人だけ出た星覇と縁を結んだ使い手は、その圧倒的な力により身が燃え尽き、さらに発現された力は制御を失い、都が一つ吹き飛んだという。
あまりに危険な代物であると、時の権力者は御乙神一族に星覇の破壊を命じたがそれもかなわなかった。
この危険な呪具が世に知れ悪用されぬよう、星覇の存在は代々の頭、今でいう宗主のみに一子相伝で伝えられるようになったという。
現在の宗家屋敷が建てられたのは約一〇〇年前。その際に星覇は、宗主執務室の地下深くに厳重に封印をして埋められた。それは代々の宗主が、星覇を何者にも渡さぬよう、体を張って守るという意味だった。
輝明は、早い段階から明が星覇の使い手であると予想していた。だからこそ火雷を手放してまで宗家屋敷内に明を留め置いていた。
多数ある霊能の流派の中でも、特に力の強い御乙神一族を単独で滅ぼすなら、星覇を継承する以外方法は無いと輝明は考えていたのだ。
御乙神家を狙う魔物の存在を感知して、輝明の予想は確信に変わった。明が千年ぶりに星覇に選ばれる使い手だからこそ、御乙神を恨む魔物に目を付けられたのだと。
御乙神一族を狙う魔物たちは、何らかの方法で輝明ら一族に関係する者たちの動向をあやつり、明が御乙神一族を深く憎む様に仕向けてきた。
破滅的な力を持つ星覇の使い手であるから『滅亡の子』となった訳ではない。
明は、魔物たちに造られた『滅亡の子』であるはずだと。
滅亡の未来は、御乙神の血を絶やさんとする魔物たちの暗躍によって手繰り寄せられている――。輝明は、長い時間をかけて調べ上げたその結果を、遺書にまとめていた。
そして遺書は、輝明から輝への『依頼』で締められていた。
『お前には大変な責務を負わせてしまうが、今視えている二つの未来の、どちらでもない第三の未来をつかみ取って欲しい。このために、お前には幼い頃から辛い思いをさせてしまった。
けれど、だからこそお前には、一族を、明を正しい道へと導く力があるはずだ。お前はもう、とうに父を超えた、実力も知性も兼ね備えた宗主となっている。それは一番間近で見てきた私が保証する。
明もお前も、皆がそろって幸せになる第三の未来をつかみ取って欲しい。二人とも大切な私の子供たちだ。お前たち二人が幸せな未来に生きることを、心から願っている』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
迷いの道しるべは君への想い
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の続編、第二部となります。
魔物討伐の名門である御乙神一族を滅ぼすと予言された『滅亡の子』・明と、一族の次期宗主の許嫁である千早との恋を描きます。
かつての神刀の使い手であり明の父親でもある、魔物・御乙神織哉の襲撃後、明は所在が分からなくなる。
千早は明を探すため宗家屋敷に残るが、許嫁の輝はくりかえし恋心を伝えてくる。明への想いと輝の求愛に板挟みになり、千早は悩む。
そんな中、再び魔物の襲撃が起き宗家屋敷はまたもや戦場となる。
激戦のさなか、千早と明に想定外の出来事が起こり、千早は激しいショックを受け、明も御乙神一族を滅ぼす『滅亡の子』としての片鱗を現す。
しかし自殺を図るほど傷ついた千早を守ろうと、明は千早に寄り添い続ける。けれど千早は心を閉ざし、生きる気力すら失ってしまった。
混乱の中、宗主の座を継いだ輝も『滅亡の子』の予言の真の事情をつかみ始めていた。
異次元に潜み、御乙神一族を監視する存在に気付き始めていた――。
天之琉華譚 唐紅のザンカ
ナクアル
キャラ文芸
由緒正しい四神家の出身でありながら、落ちこぼれである天笠弥咲。
道楽でやっている古物商店の店先で倒れていた浪人から一宿一飯のお礼だと“曰く付きの古書”を押し付けられる。
しかしそれを機に周辺で不審死が相次ぎ、天笠弥咲は知らぬ存ぜぬを決め込んでいたが、不思議な出来事により自身の大切な妹が拷問を受けていると聞き殺人犯を捜索し始める。
その矢先、偶然出くわした殺人現場で極彩色の着物を身に着け、唐紅色の髪をした天女が吐き捨てる。「お前のその瞳は凄く汚い色だな?」そんな失礼極まりない第一声が天笠弥咲と奴隷少女ザンカの出会いだった。
ナイトメア
咲屋安希
キャラ文芸
「きっとその人は、お姉さんのことを大事に思ってるんだよ」
人と違う力を持つ美誠は、かなわぬ恋に悩んでいた。
そしてある時から不思議な夢を見るようになる。朱金の着物に身を包む美少女が夢に現れ、恋に悩む美誠の話を聞き、優しくなぐさめてくれるのだ。
聞かれるまま、美誠は片思いの相手、名門霊能術家の当主である輝への想いを少女に語る。生きる世界の違う、そして恋人もいる輝への恋心に苦しむ美誠を、着物の少女は優しく抱きしめなぐさめる。美誠は、少女の真剣ななぐさめに心を癒されていた。
しかしある時、ひょんなことから少女の正体を知ってしまう。少女のありえない正体に、美誠の生活は一変する。
長編「とらわれの華は恋にひらく」のスピンオフ中編です。
『元』魔法少女デガラシ
SoftCareer
キャラ文芸
ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。
そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか?
卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。
モノの卦慙愧
陰東 愛香音
キャラ文芸
「ここじゃないどこかに連れて行って欲しい」
生まれながらに異能を持つひなは、齢9歳にして孤独な人生を強いられた。
学校に行っても、形ばかりの養育者である祖父母も、ひなの事を気味悪がるばかり。
そんな生活から逃げ出したかったひなは、家の近くにある神社で何度もそう願った。
ある晩、その神社に一匹の神獣――麒麟が姿を現す。
ひなは彼に願い乞い、現世から彼の住む幽世へと連れて行ってもらう。
「……ひな。君に新しい世界をあげよう」
そんな彼女に何かを感じ取った麒麟は、ひなの願いを聞き入れる。
麒麟の住む世界――幽世は、現世で亡くなった人間たちの魂の「最終審判」の場。現世での業の数や重さによって形の違うあやかしとして、現世で積み重ねた業の数を幽世で少しでも減らし、極楽の道へ進める可能性をもう一度自ら作るための世界。
現世の人のように活気にあふれるその世界で、ひなは麒麟と共に生きる事を選ぶ。
ひなを取り巻くあやかし達と、自らの力によって翻弄される日々を送りながら、やがて彼女は自らのルーツを知ることになる。
管理機関プロメテウス広報室の事件簿
石動なつめ
キャラ文芸
吸血鬼と人間が共存する世界――という建前で、実際には吸血鬼が人間を支配する世の中。
これは吸血鬼嫌いの人間の少女と、どうしようもなくこじらせた人間嫌いの吸血鬼が、何とも不安定な平穏を守るために暗躍したりしなかったりするお話。
小説家になろう様、ノベルアップ+様にも掲載しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【完結】陰陽師は神様のお気に入り
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。
非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。
※注意:キスシーン(触れる程度)あります。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる