闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

文字の大きさ
上 下
2 / 35
第一章  攻防

攻防(1)

しおりを挟む


 
 月のない、暗闇の夜だった。よく手入れされた竹林ちくりんに通る道を、等間隔とうかんかくでともる外灯がほんのりと照らしている。
 
 冷え込む夜気の中、誰かがひとり道を歩んでくる。
 
 外灯がうっすらと照らすその姿は、黒髪、黒い着物、そして男盛りの秀麗な容貌の持ち主だった。
 
 黒装束の美丈夫びじょうふが歩くたび、彼の足元の影が濃くなっていく。外灯の弱い光が、それほど濃い影を作れる訳もないのに、足元の影は見る間に黒さを増してゆく。
 
 
 影がふくれ上がった。上に、横に、真黒い闇はふくらんでいく。

 外灯の明かりも吸い込んで、ふくらみ上がる闇に無数の赤い目が開いた。
 
 美丈夫の足が止まる。前方は竹林が開け、重厚な和風家屋わふうかおくがたたずんでいた。

 歴史を感じる巨大な数寄屋門すきやもんは、重々しい扉がぴたりと閉じられている。
 
 ふくらんだ闇は、いつの間にか異形の魔物たちへと姿を変え、音もなく屋敷を取り囲んでいく。その中の一体が、美丈夫の頭上を越え扉へと飛び掛かった。
 
 しかしその体は、激しい音と共にはじかれる。屋敷の周囲を、魔物の目には見えない破魔結界はまけっかいが取り囲んでいたのだ。
 
 後方に転がった魔物には目をやらず、黒衣の男は舞うように右腕を振り、いつの間にか一振りの日本刀を握っていた。
 
 左足を後ろに引き、右下方に両手で日本刀を下げ、下段の構えを取る。
 
 男の赤い目が意を持って細められ、力強く日本刀を振り上げた、その時。
 
 厚い木製の扉が、白い雷光と共に魔物たちへと吹き飛んでくる。
 
 轟音ごうおんと共に迫ってきた扉を、黒衣の美丈夫は真っ二つに斬った。
 
 畳二枚分はある重厚な扉は二つに分かれ、逃げ遅れた魔物を数体潰しながら地面に墜落する。
 
 
 すさまじい落下音を聞きながら、黒衣の男――魔物・御乙神織哉が見やる先には、周囲を自身が放つ白い雷光で照らしながら数寄屋門をくぐる、御乙神みこがみ一族宗主・御乙神みこがみひかるの姿があった。

妃杉きすぎ家の皆を殺させはしない。今夜こそ、決着をつける」

 輝が神刀しんとう天輪てんりんを両手で構える。それと同時に闇に沈んでいた妃杉邸に一気に明かりがつき、気配を消し隠れていた御乙神の術師じゅつしたちが飛び出してくる。

 その数は十数人。純白の正装をまとい魔物と対峙たいじする一団に、輝よりも年少の、十代半ばの少年少女がちらほらと混ざっている。

 ここ一ヶ月、ひんぱんに繰り返される魔物の襲撃で、御乙神一族は戦える成人の術師が少なくなってきていた。
 
 御乙神一族を滅ぼさんとする魔物たちは、宗家屋敷そうけやしきだけでなく分家の屋敷まで襲い始めていた。
 
 襲撃の頻度ひんどが増え、命を落とした者、助かっても怪我で動けない者と、じりじりと戦える人数が減ってきていた。
 
 当初は十代の術者の戦闘参加を許可していなかった輝も、現状と少年少女たちの懇願こんがんに負け、今回から参加を許していた。
 
 今夜、魔物の標的となったのは、御乙神分家・妃杉家だった。未来を見通す戦術である先視さきみで魔物の行動を察知した輝は、先回りして妃杉邸に潜んでいたのだ。

 
 白装束の術師たちを率いる御乙神みこがみひかると、闇の異形たちを率いる御乙神みこがみ織哉おりやと、白と黒の勢力は数寄屋門をはさみ相対し、にらみ合う。
 
 その均衡きんこうを破ったのは、少年の短い叫びだった。言葉にならない声を残して彼は、固いはずの地面に引き込まれる様に姿を消した。
 
 何が起こったか正確に分からず、動揺で僅かに気が散じた御乙神の術師たちへ、魔物たちはいっせいに襲い掛かった。
 
 異形の魔物たちに、神格しんかくの清らな力を宿した呪具で対抗する者、森羅万象しんらばんしょうの力を呼び出し応戦する者、それぞれ得意な戦法で魔物に挑んでいく。
 
 輝は、今や因縁いんねんの相手となった魔物の首魁しゅかい、御乙神織哉と切り結んでいた。魔の風が巻き上がる中、それを切り裂くように雷光がほとばしる。
 
 白い雷光をまとう神刀しんとう天輪てんりんと魔の風が巻き、元は神刀であった建速たけはやが金音を立てる中、またもや一人の少女が地面へと引き込まれ、姿を消す。
 
 少女の途切れた悲鳴に気付き、剣戟けんげきを繰り広げる魔物の赤い目をにらみながら、輝は声を張り上げた。

「次元をまたいで攻撃を仕掛ける魔物がいる!霊視が得意な者、居場所を特定しろ!」

 世界はたくさんの次元が重なっている。今自分らがいる次元にごく近い次元に潜み、力の弱い者を狙って自分のいる次元へと引きずり込んでいる魔物がいるのだ。


 宗主の声に、ひとりの中年男性が戦列を離れ屋敷の中に駆けこんでいく。

 板張りの廊下を走りたどり着いた、荒縄と複雑な形の紙垂しでが下げられた木製の扉を開ける。

 中には、御乙神一族の正装に身を包む老人と女性、そして幼い子供たちが合わせて八人いた。立ち上がった初老の女性が、急ぎ足で男性に駆け寄る。

孝晴たかはる、どうしましたか。もしや……」

「お母さん、大丈夫です、落ち着いて聞いてください」

 母親の肩に手を乗せ、妃杉きすぎ家当主・妃杉きすぎ孝晴たかはるは不安げに自分を見つめる家族に視線を巡らす。

「次元の向こうから攻撃を仕掛ける魔物がいます。我々で集団呪術を行使してその魔物の居場所を特定したいのです」

「孝晴、それは……」

「確かに、俺たちが狙い撃ちにされる可能性もあるでしょう。でも他の者たちは魔物を防ぐのに精一杯だし、何より今夜標的になったのはこの妃杉家です。他の分家が戦ってくれているのに、戦力外とはいえ妃杉の者たちが隠れているだけでは申し訳ない」

 一家の者に視線を巡らす妃杉の目が止まる。妻の膝に座って、腕に抱かれている末の息子だった。今年五歳になったばかりだ。

 小さな手で母の着物を握りしめ、最上位の破魔結界を張り巡らしたこの部屋にまで届く魔の気配におびえながら、苦し気に自分を見つめる父を見上げる。

「おとうさん、ぼくもやる」

「遥斗。あなたはダメ……」

 小さな声を上げた末の息子に、母親が泣きそうな顔で止めに入る。

「やらせよう。どうせこのままでは本当に一家殲滅せんめつさせられる。遥斗、お父さんもお母さんも皆もいるから、安心して術に集中するんだ」

 あなた、と悲嘆を込めてとがめる母の腕の中から、遥斗はうん、と大きくうなづいて見せる。

「がんばる。ぼくもたたかう」

 末息子のけなげな決心に、妃杉は髪をひとなでしてやる。そしてすぐに顔を上げ、自分を見つめる両親、祖母、そして三人の息子たちへ声を張り上げる。

「さあ、円陣を組んで!手を繋ぎ、お互い同調するんだ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷いの道しるべは君への想い

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の続編、第二部となります。  魔物討伐の名門である御乙神一族を滅ぼすと予言された『滅亡の子』・明と、一族の次期宗主の許嫁である千早との恋を描きます。     かつての神刀の使い手であり明の父親でもある、魔物・御乙神織哉の襲撃後、明は所在が分からなくなる。  千早は明を探すため宗家屋敷に残るが、許嫁の輝はくりかえし恋心を伝えてくる。明への想いと輝の求愛に板挟みになり、千早は悩む。  そんな中、再び魔物の襲撃が起き宗家屋敷はまたもや戦場となる。  激戦のさなか、千早と明に想定外の出来事が起こり、千早は激しいショックを受け、明も御乙神一族を滅ぼす『滅亡の子』としての片鱗を現す。  しかし自殺を図るほど傷ついた千早を守ろうと、明は千早に寄り添い続ける。けれど千早は心を閉ざし、生きる気力すら失ってしまった。   混乱の中、宗主の座を継いだ輝も『滅亡の子』の予言の真の事情をつかみ始めていた。  異次元に潜み、御乙神一族を監視する存在に気付き始めていた――。 

天之琉華譚 唐紅のザンカ

ナクアル
キャラ文芸
 由緒正しい四神家の出身でありながら、落ちこぼれである天笠弥咲。 道楽でやっている古物商店の店先で倒れていた浪人から一宿一飯のお礼だと“曰く付きの古書”を押し付けられる。 しかしそれを機に周辺で不審死が相次ぎ、天笠弥咲は知らぬ存ぜぬを決め込んでいたが、不思議な出来事により自身の大切な妹が拷問を受けていると聞き殺人犯を捜索し始める。 その矢先、偶然出くわした殺人現場で極彩色の着物を身に着け、唐紅色の髪をした天女が吐き捨てる。「お前のその瞳は凄く汚い色だな?」そんな失礼極まりない第一声が天笠弥咲と奴隷少女ザンカの出会いだった。

ナイトメア

咲屋安希
キャラ文芸
「きっとその人は、お姉さんのことを大事に思ってるんだよ」   人と違う力を持つ美誠は、かなわぬ恋に悩んでいた。 そしてある時から不思議な夢を見るようになる。朱金の着物に身を包む美少女が夢に現れ、恋に悩む美誠の話を聞き、優しくなぐさめてくれるのだ。 聞かれるまま、美誠は片思いの相手、名門霊能術家の当主である輝への想いを少女に語る。生きる世界の違う、そして恋人もいる輝への恋心に苦しむ美誠を、着物の少女は優しく抱きしめなぐさめる。美誠は、少女の真剣ななぐさめに心を癒されていた。 しかしある時、ひょんなことから少女の正体を知ってしまう。少女のありえない正体に、美誠の生活は一変する。 長編「とらわれの華は恋にひらく」のスピンオフ中編です。  

『元』魔法少女デガラシ

SoftCareer
キャラ文芸
 ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。 そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか? 卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。  

管理機関プロメテウス広報室の事件簿

石動なつめ
キャラ文芸
吸血鬼と人間が共存する世界――という建前で、実際には吸血鬼が人間を支配する世の中。 これは吸血鬼嫌いの人間の少女と、どうしようもなくこじらせた人間嫌いの吸血鬼が、何とも不安定な平穏を守るために暗躍したりしなかったりするお話。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも掲載しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

小説版つみねこ きさらぎ駅編~不知火陽太の過去~

奈雲
キャラ文芸
【当たり前がなくなる日。】 不知火陽太少年は両親と弟に囲まれ幸せに過ごしてきた。しかしその当たり前の日常がある日突然音を立てて崩れ落ちていく。 強盗殺人犯によって両親を殺され、家に放火され弟を焼き殺された陽太は心に深い傷を負ってしまった。 日々他人からの心内言葉で心を閉ざしていた彼のもとに現れたのは【大悪魔 サタン】。 これはひょんなことから大悪魔サタンを呼び出してしまった陽太少年が体験する楽しくてちょっぴり怖くて不思議な物語。

処理中です...