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序章
序章
しおりを挟む壁を切り取る小窓の障子に、黒い枝影が映っている。
小窓から差し込む陽の光をさける様に、明は壁側に寄り、じっと視線を落としていた。
正座する明の先に置かれているのは、一通の封書と一振の日本刀。
壁と畳が造形美を作り出すせまい茶室で、明は輝明の遺書と継承した神刀・星覇に向き合っていた。
凄味をともなうほど整った顔には、今は感情が見えない。明の意識が、すべて自分の内側へと向かっている証拠だ。
無造作に手を伸ばし、見つめていた封筒をつかむ。
何度も読み返した自分宛ての遺書を再び取り出し、明は厚手の便せんを見つめた。
『 明へ
何よりもお前に伝えたい事は、謝罪だ。十八年前の事、お前の両親とお前自身を追い詰め、命を奪った事、本当にすまなかった。
あれは私の間違いだった。今さら何も言っても遅いのは分かっているが、本当に申し訳なかったと思っている。
そして、あの時救出に来なかった父親の事を恨んでいると思うが、それは私が邪魔をしたからだ。
織哉は私を殺してでも家族の元へ向かおうとしていた。決してお前と唯真さんを見捨てた訳じゃない。だから恨むなら私を恨んでくれ。
織哉は、魔物に堕ちるほど家族を救えなかったことを悔やんでいる。私も、あの時の己の未熟さを今でも胸をかきむしりたくなるほど後悔している。
何と心の弱い人間かと笑ってくれ。たとえ神刀に選ばれても、心は些細な事で思いわずらう人間のまま、何も特別な事は無いのだ。
お前もそう遠くないうちに神刀を継承することになるだろう。けれどたとえどんな強大な力を持とうとも、心は人間のままであることを決して忘れないでほしい。
言い訳にしか聞こえないだろうが、十八年前の『滅亡の子』の騒動に関して、私は何かにうまく使われてしまったような気がしていた。
なぜなら、後からふり返って、当時の出来事が一つの結果に向かってのみ動いていたように感じたのだ。
ある時は、私がいくら手を打っても見事なまでに裏目裏目と出てしまう。ある時は、欲しい情報がいやになめらかに手に入る。事態が、とどこおりなく進んでいく。
お前が生まれ、そして御乙神一族を恨む事。後から考えると、不自然なほどその一点に向かってのみ現実が動いていたように感じたのだ。
自分の落ち度をかばいたい、都合の良い思い込みかも知れないと思ったが、私はどうしても違和感を振り払えずにいた。
そんな時、夢を見た。その夢は、私が殺した織哉が幾千もの赤い目が光る闇に飲み込まれる夢だった。
お前の生存を隠すために火雷を手放した当時の私には、さほどの力は無かった。それでもただの夢ではないと感じた。
その理由は、巨大な闇に飲まれゆく織哉の目が、生々しく感情を宿していたからだ。焼けた死体となった織哉が、それでも何かを強くうったえて私を見ていた。
織哉を育てた私には、それが分かった。悲しみと、怒りと、絶望と、そして何より固い決意が、焼け焦げた織哉の目に映っていた。
その夢を見た時、織哉は魔物に堕ちたのだと感じた。そして織哉を絡め捕った巨大な闇に、私は踊らされたのだと悟ったのだ。
それは何の根拠もないものだったが、私は確信した。頭の中に違和感なく降ってきたあのひらめきは、疑う気持ちは一片も起きず、しっくりと私の胸の中に納まった。天啓というものがあるならば、まさにあの事だと思う。
その日から私は、自分の見た夢の裏付けを探し始めた。一族の運営を健信に投げ、私は年単位の時間をかけて霊能力を限界まで溜め込み、占術を行った。
そして私の霊能の目は、ほんの一瞬、はるか遠い次元からこちらを見ている無数の赤い目を捕らえた。それは、織哉を飲み込んだあの闇に間違いなかった。
御乙神一族を狙う魔物は、存在する。そしてその魔物は、『滅亡の子』であるお前を狙っている。命を狙うのではない。お前の持つこととなる巨大な力を欲しているはずだ。
お前を操りその力を利用して、御乙神一族を滅ぼさんと画策しているのだと私は考えている。
おそらくこの遺書を読んでいる頃には継承しているだろう、お前が縁を結ぶ神刀の名は星覇と言う。
御乙神一族の起源に関わる刀で、詳細は代々の宗主だけが一子相伝で伝えられる事となっている。くわしくは輝にたずねて欲しい。
結論として、御乙神一族の命運は、星覇の使い手であるお前の心ひとつに掛かっていると私は考えている。
この十三年、先視で視える未来は滅亡と救済を行き来している。それは恐らく、お前の心持ちに連動しているのだろうと私は考えている。
お前が御乙神一族への復讐を迷っている心持ちがそのまま、未来に連動しているのだと。
お前は織哉に似て優しい子だ。親身になって世話をしてくれる三奈や、損得なく友達となった千早の事を思うと、復讐に振り切ることができないのだろう。
繰り返しになるが、お前とお前の両親を追い詰めてしまった事、本当に申し訳なかった。全ての非は宗主である私にある。
私が死した今、どうか一族の者たちを許してやってはくれないだろうか。当時お前達を追いつめたのは、一族の行く末をうれいて行動した者たちが大半だった。皆、自分の一家を、家族を思い、行動を起こしたのだ。
何とも勝手な事を言っている自覚はある。お前の味わった辛い思いは、日にち薬で消えるものではないと分かっている。そしていくら謝ったところで、織哉と唯真さんの命は返ってはこない。
私の未熟さが、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。失敗というものがこんなにも恐ろしいものなのだと、私は身に染みて知った。本当に、申し訳なかった。
最後になるが、何よりも、お前自身が幸せになるように生きて欲しい。朝目を覚ました時に、自分は幸せだと思える日々へと進んでほしい。
どの口が言うかとお前は思うだろうが、唯真さんは私にお前を託すつもりで『明』と名前を付けたはずだ。輝とお前を合わせて私の名前となる事は、とっくに気付いているだろう。
唯真さんから託されたお前を、真の我が子だと思い育ててきた。だから輝と同じく、お前の幸せも心から願っている。
幸せになりなさい。自分の思う、幸せな人生を生きなさい。
それがお前に残す、私の遺言だ。 』
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