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悪女(1)
しおりを挟む横森優子、高原美誠、葛城佳蓮の三人は、二ヶ月ぶりに顔を合わせていた。
場所は鶴羽市郊外にあるリゾートホテル内の、カジュアルなレストランである。
二年前に鶴羽小で起こった心霊事件から、三人はなんとなく、それこそ何となく、月に一度ほどプライベートで集まるようになり、ランチがてら情報交換もとい他愛ないおしゃべりをする。
メンバーがメンバーなので、会話の中身は多少『見えない世界』の話が多いが、別にそれが目的ではなく、大半は普通に女性らしい話題である。
確かに持つ能力は珍しい二人プラスワンだが、それと性格は別である。たまたま、気の合う三人が突拍子もない事件で出会ったということだ。
普段はできないお洒落をして女性好みの店で、気の合った者同士で食事とおしゃべりをする。これが楽しくない訳がない。三人とも、この『定例会』を楽しみにしていた。
旧姓藤本、現在葛城姓となったばかりの佳蓮は、真新しい結婚指輪を大事そうにいじりながら新婚生活について延々と語っている。……正確には、のろけている。
今日は一ヶ月前に挙式、入籍したばかりの佳蓮の話を聞くための女子会なのだ。
元々美人だが、今の佳蓮はまさに女としての美しさが絶頂だった。
幸せな花嫁というのはどこか特別な美しさがある。色気と、内側から輝くような女性らしさが同居しているような。
横森の『見鬼の目』から視ても、今の佳蓮はまとうオーラがまっピンクである。
ああもうホントに幸せ一杯なのねぇと、恩師の愛孫の幸福ダダもれな様子に、横森も心から幸せな気持ちになった。
「じゃあ新婚旅行は今度の夏休みに?もう一ヶ月もないじゃないですかぁ。いいなぁ」
「はい、夏期休暇と年休を合わせて取ってハワイに。慧吾さん、以前ホノルルマラソン走ったことあるそうでそのコースに近い場所にホテルを取ったんです。できればコースを一緒に走ってみようと思って。
後はマリンスポーツもいろいろ挑戦して、ノースショアで名物のシュリンプ料理食べて、エッグスシングスの本店行ってパンケーキも食べてみたいし、もう色々計画詰め込んじゃって。ちゃんとこなせるか心配ですっ」
全然心配が感じられない満面の笑顔で佳蓮は答える。
彼女のようにイヤミや優越感のない、素直なのろけは聞いていて楽しい。まさに幸せのおすそ分けを頂いている気分になる。
こちらも横森と同じような気分らしい、笑顔の高原へ目を向ける。三人の中では唯一の独身であるが、どうやらこののんびり屋さんは何も気にしていないらしい。
普通、グループで一人だけ独身で取り残されたりすると関係がぎくしゃくしたりするものだが、視る限り、高原にはその気配がない。今回の佳蓮の結婚も、心から祝福しのろけ話も楽しんで聞いている。
これは正真正銘、天然記念物もののお人好しだわと、横森は高原のことをほほえましく思っていた。友人の幸せに嫉妬して真っ黒になるよりは、コッチの方が絶対良い。
(でも、何でご縁を繋げてやらないのかしらね、あの鳥様は……)
どう見ても、高原は性格は良いのだ。容姿も、地味だが悪いわけではない。
しかし高原は男に縁がない。男性と付き合ったことがないのも見ていれば何となく分かる。
詳しく視れば、実は横森はいろいろと踏み込んだことも分かってしまう。高原のオーラがあれだけ子供並に澄んでいるのは……まぁ、そういうことだ。
とにかく、高原はあの聖獣の鉄壁ガードに囲われている。
聖獣がその気になれば、すぐにご縁を結ぶ事もできるはずなのだ。しかし今の年齢でこの様子では、何があってもあの聖獣は高原に男を近づける気はないのだろう。
もしかして彼女前世は未婚が義務づけられた巫女か何かだったのかしらと、横森は高原の前世まで考え始める。
でなければ、聖獣の行動に説明が付かない。大切にしている存在に、幸せになって欲しいと思うのが護る者の願いではないのだろうか。
やはり生涯一人は寂しい。聖獣の高原への肩入れ具合を見ていると、どう見ても肉親からの愛情のようなものを感じるのだが。
(高原先生の幸せを、願っていないはずないんだけどねぇ……)
なんか分からない、と考えながら横森は食後のコーヒーをすすった。
その高原と佳蓮は、結婚式の画像をスマホで見ている。横森は出席していないので横から見せてもらう。
画像に映る美しい花嫁は、年上の新郎に手を引かれてこの上なく幸せそうな笑顔で写っていた。
「ところで」と、スマホを横森に渡した佳蓮が美誠を見る。
「ちょっと聞きたいんだけど」
ん?と、デザートのケーキプレートをつついていた高原が呼ばれて顔を上げる。
先程までの幸せそうな笑顔とうって変わって、どこか悪い笑顔で佳蓮はコーヒーカップを手に取る。
「結婚式の時、迎えに来ていたイケメン、誰なの?」
高原の、ケーキをつつく手が一瞬止まる。
結婚式の画像を見ていた横森が、思わずスマホを取り落としそうになる。落下させまいとスマホをお手玉してしまった。
(えええぇっ?あの鳥様の鉄壁ガードを突破した男が居るの?一体どんな男なの!)
佳蓮とは相当ちがう方向から興味津々の横森は、しっかり捕まえたスマホをていねいに机の上に置いてから身を乗り出す。
佳蓮の悪い笑顔と横森の場違いなほど真剣な顔にはさまれ、高原はフォークをにぎったまま固まる。二人の圧力に押され、ちょっとのけぞる。
「……何の、話?」
「とぼけないで。もうあっちこっちから聞かれてすごく困ったんだから。式の後、独身の招待客に二次会誘われて困っている時に、品のいいイケメンがさっそうと現れて美誠を連れ去ったって。
女性陣、二次会で大騒ぎしてたのよ。何か若いのにすごく風格ある人だったって。お習い事の先生の身内って名乗ったらしいけど、実は付き合っているんじゃないの?」
ただいま自分が幸せ一杯のせいか、他人の恋愛話にも敏感になっているらしい。とうとう聞いたぞとばかりに目を輝かせて尋ねてくる佳蓮に、高原は何ともいえない微妙な表情になった。
その様子に、横森は空気がかみ合っていないのを感じる。
(これ、もしかして、ちょっとまずい話題……?)
高原は無言になる。頭の中で考えを整理している時の顔だ。すぐに言うべき事がまとまったようで口を開く。
「あの人はちがうの。そういうのじゃないの」
「えぇ~、隠さなくていいよ。仲良かったって聞いたよ?あの素敵な着物もお習い事の先生が貸してくれたって聞いたけど。それって家族ぐるみで付き合っているんじゃないの?」
幸せの絶頂過ぎて少々鈍感になっているらしい佳蓮は、高原の微妙な様子には気づかない。
これは助け船を出した方が良いと判断した横森は、笑顔を作って会話に参加する。
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