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回想(7)ーSide千早
しおりを挟む物心ついた時から厳しい修行の日々で、学校に通うこともなく世間も常識も知らないまま、一〇歳の頃には名門・御乙神一族の霊能者として命がけの仕事をこなしていた。
要は千早は奴隷だった。飛竜家に繁栄をもたらすためにただただ人生を搾取され続けた、家畜のような存在だったのだ。
それでも千早は、親の言うことだからと従っていた。言うことを聞いていればいつかは優しくしてもらえると思っていた。
家族に愛されたかった。だから思考停止し唯々諾々と滅茶苦茶な扱いに従っていた。
でも全ては虚構だった。千早が自分に都合よく思い込んでいた、現実と乖離した幻だった。
飛竜家の人々は、現実は千早が泣こうが悲しもうがまともな人生を失おうが、何も気にならなかったのだ。
―――しょせんは、赤の他人だったのだから。
幼い頃からの過剰な呪術の行使で、千早は子供を授かれない体となっていた。信じていた家族は偽物で帰る場所もなく、愛した人との未来も描けない。あの時の千早は、人生からすべての希望をむしり取られた状態だった。
明は苦しみを叫ぶ千早を膝に乗せ、悲鳴のような愚痴にひとつひとつ応えながらずっと抱きしめてくれていた。明け方、声が枯れ泣き疲れた千早は、明に抱きしめられたまま気を失った。
その日から千早は生きる気力を失い、起き上がる事も出来なくなった。
(どうしてそこまでしてくれるの?何でそんなに私に執着しているの?私の何が欲しいの?)
初対面の時のあの目が、明の本性だ。研がれた刀のような恐ろしさ。
今は昔に比べればずいぶん柔らかくなったが、ふとした時に、あの抜き身の刀のような気性がかいま見える。
本当は千早など、その気になればどうにでもどうとでも出来る人だ。
気に入っているのなら力づくで自由にすることも造作ないのに、優しくして甘やかして離れないようにする。心を掴もうとする。
そんな面倒な努力を、千早のために明はしてくれるのだ。昔から。
だから千早も努力する。明に自分の意志を伝える努力、明に言い寄る女性と戦う努力。夫婦として、共に生きる努力を。
―――いくらしても、いくら努力しても、報いることは出来ないけれど。
(……どうしてそこまでしてくれるの……)
飛竜健信を殺したのは明だ。直接手を下すことは寸前で止められたものの、死因は間違いなく明が実行した拷問だ。
あの時、起き上がれなくなった千早の元に、一体の弱った霊体が現れた。
それはとても美しい女性で。見惚れるほど美しい霊体は、綺麗な金茶髪の髪を揺らし、悲しい顔をして千早を見つめていた。
その表情は、千早を見つめる明にそっくりで。言葉は無くともそれだけで、彼女が御乙神一族に殺された明の母親だと気付くのに十分だった。
明は、飛竜健信を誘拐し、牢獄のような亜空間に閉じ込め時間をかけていたぶりながら殺しにかかっていた。
その手口は残虐極まりないもので。明を愛する母親が、弱った魂を削ってでも訴え出るのが分かるほど見るに堪えないものだった。
あの時の事を思い出すと、今でも胸がえぐられるような痛みがする。
私刑の残虐さが堪えるのではない。明にそこまでさせてしまった事実の重さに、胸がえぐられるのだ。
それは執着なのかも知れない。それは愛情ではないのかも知れない。
けれど明が千早のために、人ひとりを殺した事実は変わらない。
千早が自分でけりを付けなければならなかったのに、明には関係のない事で彼の手を汚させてしまった。
その事実を思うと、千早がいくら努力しても、いくら明にふさわしい存在になるために努力しても、とても報いることは出来ないと思うのだ。
そして本当は何より恐いのが、明が、あの凶行を悔いてしまわないかということ。
あんなことをしなければ良かったと、後悔しないかということ。
自分などのために人を殺したことを、後悔しないか。
若気の至りだったと、それを無かったことにしたくて捨てられてしまわないか、考えると叫びだしそうなほど不安になる。
どれだけ明のことを愛しているか、言葉では言い表せない。
努力しても現実は追いつかないけど、心を捧げて愛しているのは真実だから、それを知って欲しい。
失えば取り替えなど決して効かないほど、愛しているから。だから、居なくならないで。
執着でも依存でも良いから、私から、離れないで……
不意に目元をおおう手を取られた。浴衣を着た濡れ髪の明が、千早をのぞき込んでいた。
ベット脇にしゃがみ込み、静かな目で泣く千早を見つめる。
「大丈夫か。身体、きついのか」
表情の変わらない中に、微妙な感情の気配を感じる。それはほんの近しい人間だけが感じるものだろう。とても心配してくれていた。
「大丈夫。何でもないの。……ちょっと、昔のことを思い出していただけ」
心配を掛けないように、嘘を付かないように、ぎりぎりの所だけを伝える。
取られた手を握り返した。近い距離の夫を、見つめる。
「明」
「何だ」
「愛してる」
じっと見つめてくる千早を、明は思案顔で見つめ返す。様子がおかしいとは思っているようだが、何も言わない。ただ静かに見つめ返す。
「いつも、ずっと昔からあなたに守られてばかりで、とてもあなたに返しきれないけど、でもあなたのこと、誰よりも愛してる。ずっと、子供だった頃から愛してる」
身を起こして、珍しく千早から明にキスをする。精一杯の、愛の心を込めて。
明はベットに腰掛けて、うすい掛布をまとう千早をすくい上げ、膝に乗せる。長い黒髪をさらりと梳いて、優しく目をのぞき込み、そしてくちびるを重ねる。
ふたり穏やかに、愛情を交わし合う。
ゆっくりとまとう掛布を剥いでいく。もう慣れているはずなのに、部屋も薄暗いのに、身体を伝う明の視線から逃げたくなる。羞恥のあまり身をよじる。
今でもまるで少女のように恥じらう妻を、余すところなくすべてを見つめる。
背中を支えゆっくりと下に敷き、優しく髪を梳いてやりながら、何かをこらえる瞳を見つめ明は伝える。
「俺も、愛してる。お前のほど綺麗なものじゃないと思うが、でも、お前を愛してる」
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