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回想(5)ーSide千早
しおりを挟む女優の付き人らしい外国人女性たちが、千早の存在に気づいて振り向く。それには目もくれず、千早は明の元へたどり着き、夫の手をつかんだ。
いっさい感情を隠さず、むっとした表情のままけた違いに美しい女優へ、はっきりと言い放った。
「この人は私の夫です。あなたの誘いには乗れません!」
そのままくるりと背を向け、明の手を引いて歩き出す。すたすたと大股で歩いて、明を引っぱってやる。
明は、千早に引っぱられるままに歩いていく。引っぱられながら、明は一応、首だけ振り向き、目を丸くしている女優へ笑う。
―――とても幸せそうに、満足そうに。
そして前を見て、もう振り向かない。重そうに自分を引っ張る千早の背中を見ながら、千早に運ばれてその場を立ち去った。
助手席で、千早はぷりぷり怒っている。
ぷりぷり怒りながら、先程サービスエリアで買った、この地方の名物である中華まんを食べている。
怒っているので、二人分買ったけれど明には一つもあげるつもりはない。
「もう信じられない!何でさっさと断って帰ってこないのよ!そんなにお給料もらってないの?輝君にもうちょっと上げてもらわないといけないの?何に使ってるのよ一体!」
「金には困ってない。給料の額は全部振込でお前が管理してるから分かるだろ。さすがに滅多に会えない人だから、珍しくてちょっと話を聞いていただけだ」
「話ってあんなの旅行期間限定の愛人契約じゃない!そんな話聞いてどうするのよ!」
ぷりぷり怒って中華まんにかぶりついている千早を横目で見て、明が笑う。珍しく、とても楽しそうに。
その様子を見て、千早が明を睨む。
「……あなた、私が割り込んでくるのを待ってたんでしょ。人を試すような行為は失礼よ」
「さあ、どうだろうな。風がこそこそ盗み聞きに来ていたけど、あれはお前の術だったのか?」
しれっとからかってくる夫へ、千早は口の中の中華まんを飲み込んでから、言った。
「明。真面目な話よ」
トーンの変わった千早の声に、明は一瞬だけ隣に目をやって、千早を見る。そして視線を前方に戻す。
「何?」
「……女の人の、誘いには乗らないで」
少し顔を赤くして、けれど真剣な表情で夫の横顔へはっきりと言う。
「その、う、浮気されるのは、本当に辛いから、それだけは辞めて。お願いだから」
見つめる明の横顔は、感情が読めない。千早は、ふいと助手席の窓に顔を向ける。
「浮気されたら、その時はもう、別れるから」
しっかり顔を見て言いたかったのに、最後までは言えなかった。心臓の鼓動が、苦しいほど強く打っている。
中華まんの袋を握っていた千早の手に、明の左手が重なった。銀のリングがはまる手が、ぽんぽんと優しく千早の手をはたく。
「最近は、言いたいことをきちんと言うようになったな」
「……もういい大人ですから」
少女の頃、考えすぎて伝えたい事を上手く言えず、行き違いになったこともあった。我慢しすぎて抱え込んで、爆発してしまったこともあった。
知ってもらいたいことは、相手に分かるように言わないと伝わらない。上手く伝わらないこともあるけれど、せめて意思表示の努力だけは怠らないようにしようと千早は思っている。
それは、明と二人、これからも寄り添って生きていきたいから。喧嘩や誤解で仲たがいせず、長く連れ添って生きたいから。
それくらいの努力はしなければ、明と一緒にはいられない。それくらいの努力を惜しんでは、明に愛される資格はないと千早は思っている。
だからさっきも、まるで敵わない相手に、勇気を振り絞って明を取り返しに行ったのだ。
明の手が、千早の右手を握った。手を繋いだ形になって、その手を明はこの上なく優しく握る。
「浮気はしない。他の女の誘いには乗らない。お前が嫌がるなら、しないから」
手を何度も優しく握り直しながら、明は言う。
「だからその代わり、ちゃんと相手しろよ」
言われた言葉に、何の、と返しそうになって、一瞬後に気が付く。燃えるように千早の顔が赤くなる。
千早の手を揉むように何度も握りながら、明がちらりと目をやって、笑う。
「中華まん、ちゃんと食っとけよ。着いたら体力使うからな」
千早の手を握る明の手は、とても優しい。
けれど言われている言葉の意味を考えて、千早はその優しい感触に隠されたものに、とても人には言えない、甘い疼きを感じてしまっていた。
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