5 / 7
回想(5)ーSide千早
しおりを挟む女優の付き人らしい外国人女性たちが、千早の存在に気づいて振り向く。それには目もくれず、千早は明の元へたどり着き、夫の手をつかんだ。
いっさい感情を隠さず、むっとした表情のままけた違いに美しい女優へ、はっきりと言い放った。
「この人は私の夫です。あなたの誘いには乗れません!」
そのままくるりと背を向け、明の手を引いて歩き出す。すたすたと大股で歩いて、明を引っぱってやる。
明は、千早に引っぱられるままに歩いていく。引っぱられながら、明は一応、首だけ振り向き、目を丸くしている女優へ笑う。
―――とても幸せそうに、満足そうに。
そして前を見て、もう振り向かない。重そうに自分を引っ張る千早の背中を見ながら、千早に運ばれてその場を立ち去った。
助手席で、千早はぷりぷり怒っている。
ぷりぷり怒りながら、先程サービスエリアで買った、この地方の名物である中華まんを食べている。
怒っているので、二人分買ったけれど明には一つもあげるつもりはない。
「もう信じられない!何でさっさと断って帰ってこないのよ!そんなにお給料もらってないの?輝君にもうちょっと上げてもらわないといけないの?何に使ってるのよ一体!」
「金には困ってない。給料の額は全部振込でお前が管理してるから分かるだろ。さすがに滅多に会えない人だから、珍しくてちょっと話を聞いていただけだ」
「話ってあんなの旅行期間限定の愛人契約じゃない!そんな話聞いてどうするのよ!」
ぷりぷり怒って中華まんにかぶりついている千早を横目で見て、明が笑う。珍しく、とても楽しそうに。
その様子を見て、千早が明を睨む。
「……あなた、私が割り込んでくるのを待ってたんでしょ。人を試すような行為は失礼よ」
「さあ、どうだろうな。風がこそこそ盗み聞きに来ていたけど、あれはお前の術だったのか?」
しれっとからかってくる夫へ、千早は口の中の中華まんを飲み込んでから、言った。
「明。真面目な話よ」
トーンの変わった千早の声に、明は一瞬だけ隣に目をやって、千早を見る。そして視線を前方に戻す。
「何?」
「……女の人の、誘いには乗らないで」
少し顔を赤くして、けれど真剣な表情で夫の横顔へはっきりと言う。
「その、う、浮気されるのは、本当に辛いから、それだけは辞めて。お願いだから」
見つめる明の横顔は、感情が読めない。千早は、ふいと助手席の窓に顔を向ける。
「浮気されたら、その時はもう、別れるから」
しっかり顔を見て言いたかったのに、最後までは言えなかった。心臓の鼓動が、苦しいほど強く打っている。
中華まんの袋を握っていた千早の手に、明の左手が重なった。銀のリングがはまる手が、ぽんぽんと優しく千早の手をはたく。
「最近は、言いたいことをきちんと言うようになったな」
「……もういい大人ですから」
少女の頃、考えすぎて伝えたい事を上手く言えず、行き違いになったこともあった。我慢しすぎて抱え込んで、爆発してしまったこともあった。
知ってもらいたいことは、相手に分かるように言わないと伝わらない。上手く伝わらないこともあるけれど、せめて意思表示の努力だけは怠らないようにしようと千早は思っている。
それは、明と二人、これからも寄り添って生きていきたいから。喧嘩や誤解で仲たがいせず、長く連れ添って生きたいから。
それくらいの努力はしなければ、明と一緒にはいられない。それくらいの努力を惜しんでは、明に愛される資格はないと千早は思っている。
だからさっきも、まるで敵わない相手に、勇気を振り絞って明を取り返しに行ったのだ。
明の手が、千早の右手を握った。手を繋いだ形になって、その手を明はこの上なく優しく握る。
「浮気はしない。他の女の誘いには乗らない。お前が嫌がるなら、しないから」
手を何度も優しく握り直しながら、明は言う。
「だからその代わり、ちゃんと相手しろよ」
言われた言葉に、何の、と返しそうになって、一瞬後に気が付く。燃えるように千早の顔が赤くなる。
千早の手を揉むように何度も握りながら、明がちらりと目をやって、笑う。
「中華まん、ちゃんと食っとけよ。着いたら体力使うからな」
千早の手を握る明の手は、とても優しい。
けれど言われている言葉の意味を考えて、千早はその優しい感触に隠されたものに、とても人には言えない、甘い疼きを感じてしまっていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる