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回想(4)ーSide千早
しおりを挟む一時間ほど走って、途中、高速道路のサービスエリアへ寄る。用事を済ませて車へ帰ってくると、明はまだ帰ってきていなかった。
車に乗り込んで待っているが、なかなか帰ってこない。休日でもなく特に混んでいる訳でもないサービスエリアである。
何かあったかしらと、車を降りてほんの少し、呪術で周囲を探る。すると明は、サービスエリアの建物の裏を通る、小さな散策道に居ることが分かった。
あれだけ強い明なら何があっても心配する事もないが、なんとなく気になってその場所へ向かう。
新芽の伸びてきた街路樹の間から、明と数人の見知らぬ人影が見えた。
遠目にその姿を見て、千早は理由を思い当たる。はぁ、とため息をつく。正にどっと疲れが出た。
(また女性に絡まれてるのね……)
飛び抜けて容姿の良い明は、昔から女性に大人気だ。二人で出かけても、千早の買い物を待っている間に話しかけてくる女性も結構いる。
昔と違い、一族の女性たちの目に触れることもあるので、既婚者であるのが分かっているのにちょっかいを掛けてくる者もいるらしい。
もちろん明のことを信じてはいるが、やはり聞きたくもないし見たくもない光景だ。明だって男だ。愛をささやく妻が居ても、浮気心がうずく時もあるだろう。
昔、十代の頃、明が女性と遊んでいたことは知っている。金銭や服など奢ってもらい、その場限りの体の関係を持つ。昔から名前を変えて絶対に無くならない、今でいう、何とか活とやらだ。
あれだけ容姿が良ければ、お金を払ってでも明に触れてみたいと思う女性はいるだろう。
三〇代になる明は、年なりの風格が出てきて以前よりも更に男前になった気がする。女性の目を引かない訳がないのだ。
せっかくの甘い浮き立った気分が、一気に地まで落ちてしまう。しかし遠目に見ていた光景をよく見てみて、千早は違和感を感じる。明と話をしている相手は、数人の白人女性たちだった。
外国人観光客が多くなった最近、彼女らの存在が珍しい訳ではない。しかし皆、派手ではないのに一目で分かるほど洗練されたファッションセンスの服を着こなしている。どうも普通の外国人観光客ではない様子だった。
明の正面に立つ女性が、掛けていた大きめのサングラスを取る。するとどこか見覚えのある、美しい容貌があらわになる。それは世事に疎い千早でも知っている、外国の有名な映画女優だった。
あまりのことに思わず術を行使し、森羅万象の風を明の元に遣わす。通訳らしい女性が、ネイティブと変わらないなめらかな発音で日本語を話す。
「今月末まで、彼女は日本をお忍びで旅行しています。その間、あなたと個人的に会いたいと言っています。都合が付くなら、旅行に同伴して日本を案内して欲しいとのことです。
引き受けてくれるのなら、あなたをツアコンとして雇用する形で賃金を払います。契約金は日本円で三〇〇万円。日当は一〇〇万円、別途ボーナスも支払うそうです。もしくは、あなたの言い値でも良いそうです。
旅行中の費用はすべてこちらで持ちます。ぜひお願いしますと、彼女は言っています」
あくまでフラットな物言いで通訳の女性は話す。上からでもないへりくだるわけでもない、角を立てない交渉に慣れた物言いだ。
もう、千早は本気で脱力してしゃがみこんでしまった。あなたどれだけ魔性なのと、インターナショナルで通用してしまう夫の容姿の良さに、もう立ち上がる気力もない。
(本当に離婚しようかしら……)
千早は、自分の容姿に自信などない。良くて中の中、ごく平凡という所だろう。
霊能力目当てに誘拐された自分は、本当は一般家庭の出自だ。御乙神一族のように、力の元に美形の血が集まってきたような血筋ではない。
年齢も、もう三〇代だ。若くて綺麗な女の子にはどうやっても敵わない。世間から隔絶されて育ったせいで、まともな学歴すらない。積み重ねてきた物は霊能の技だけだ。これも世間一般に表立って通用するわけではない。
これといって取り柄のない自分に、自信など、本当は持ちようがない。
なぜ明がこんな自分をあれほど大切にしてくれるのか、実は千早は、いまだによく解らない。
千早は、今までの明との日々を振り返る。
父の顔色をうかがい、言われるがまま生きていた子供時代。
信じていたものが崩壊した絶望の中、一族滅亡の危機に命がけで戦った一〇代。
一八歳の時に騒動にけりが付き、それからは自分本来の人生を取り戻そうと頑張った。
そして二十一歳、高校卒業と同時に明と結婚した。
記憶を振り返る中、明が自分のためにしてくれた事を思い出す。そして顔を上げた。
見たくもないと思っていた、明が女性に言い寄られる現場を、腹に力を入れて見すえる。
明の前に立つ女優は、信じられないほど美しい人だった。スタイルも、同じ人間とは思えないほどバランスが良い。長い手足と小さな顔。肩のラインすら美しく色気がある。
明も武芸で鍛えた身体は上背があり、元々のバランスも日本人離れして整っているので、隣に並んだら正にお似合いだろう。遠目で見ていると余計に、自分とは素材が違いすぎるのが良く分かった。
千早は、足に力を入れて立ち上がって、その場から歩き出した。意識して胸を張り、できるだけ姿勢良く歩いていく。
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