モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい(完結)

優摘

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最終章 悪役令嬢は・・・

17(トラヴィス目線)

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部屋に通された私とディーンは顔を見合わせた。ディーンの瞳に焦燥の影がよぎる。

「心配するな。アリアナにはクリフが付いている。それにセルナクも直ぐに彼女をどうこうするつもりも無いだろう」

そんな事をすればこの私を敵に回す事ぐらい、奴らも承知しているはずだ。

だが、油断をしていた訳では無かったが、私はその考えが甘かった事を直ぐに思い知る事となる。

夕方になって、私達はセルナク国王の晩餐へと呼ばれた。廊下に出て案内に付いて行く途中でリリーとグローシアに出った。

「殿下・・・」

リリーとグローシアは見るからに憔悴している。

それを見て私は不安に駆られた。

「アリアナの部屋は近くでは無かったのか!?」

「二人はどこか違う場所へ連れて行かれたんです。私達もさっきから全然会えなくて・・・」

全然部屋から出して貰えなかったのです、とリリーは眉を寄せた。

私の胸がキリリと痛む。

(しくじったかしら・・・)

アリアナと引き離されるのは予想していたが、どうにも相手の動きが読みづらい。

もう少し強硬的に出てくれたら、こっちも反撃しやすいのだが・・・。

(こう、慇懃無礼に来られると、イラつくけど思い切った事がやり難いのよねぇ・・・)

もしかしたら、アリアナ達は晩餐に呼ばれないのかもしれない。そうなると次に二人に合流できるのは何時になるのか・・・。

だけど私達が晩餐会の部屋に入ると、驚いた事にアリアナはもうテーブルの席にすました顔で座っていた。

(アリアナ、良かった!。無事だったのね)

だけど私は直ぐに違和感に気付いた。

(クリフは何処?)

侍女なら彼女の後ろに控えているはずなのに。それに当のアリアナが、私達が入ってきたと言うのにこちらを見ようともしない。

言いようの無い不安が私の胸に広がった。

(もしかしてまた、精神魔術をかけられてしまったの?・・・でも・・・それにしては雰囲気が・・・)

「さぁ、席に着いてくれたまえ、トラヴィス殿下」

急にかけられた声に驚き顔を向けると、セルナク王が上座の席でワイングラスを片手に座っている。しかし、彼の目は暗く淀み焦点が合っていなかった。

「どうかされましたかな、皇太子殿下?」

そう聞いてきたのは港に出迎えに来た宰相。笑みを浮かべた彼の目も奇妙な色に濁っている。

「・・・っ!?」

「殿下・・・!」

ディーンとグローシアも異変に気付き、私とリリーの前に出ると剣を抜いた。

「・・・セルナク王・・・」

王だけでない、宰相を始めこの場にいるセルナク国の官吏達、そして使用人に至るまで、この部屋の全ての人間が精神魔術の支配されていた。

「アリアナ!」

ディーンが座っている彼女を呼んだが、こちらを見る事無く、アリアナは真っすぐ前を向いたままだ。その唇にほのかに笑みを浮かべている。

「ディーン!アリアナの様子が変だ」

あの子のが持ってる、周りを照らす様ないつもの明るさが無い。雰囲気だってまるっきり違う。しかも彼女は元の『アリアナ』でも無かった。

「嘘でしょ・・・」

思わず前世の口調が出てしまったが、そんな事はどうでも良い。

アリアナの姿をしたモノはゆっくり立ち上がると、初めてこちらに目を向けた。

そしてその目を真正面から見て、私はようやく分かった。

隣でリリーが小さく悲鳴を上げ、ディーンの顔がサッと青ざめる。

私は思わず両手を強く握りしめた。

「・・・モーガン先生・・・いや・・・初代皇妃エンリル」

喉が干上がったように声が掠れた。

エンリルはアリアナの顔で、口の端を上げてにぃっと笑った。

「どうかしら?この姿ならライナスも気に入ってくれるかしら?」

両手を広げて自分の身体を見回す様にする。その仕草の可愛らしさが、逆にグロテスクに感じてしまう。

「モーガンやエメラインよりも、馴染む気がするわ。ヘンルーカの身体だからかしらね?」

(・・・何を言ってんのよ、この女・・・?)

訝しく思っていると、ディーンがゆらりとエンリルに近づこうとする。

「待て、ディーン!」

慌てて肩を掴むと、その手を凄い勢いで払いのけられた。ディーンはエンリルに掴みかかる様に襲い掛かったが、待機していた兵士達に抑え込まれてしまう。そしてエンリルの指がくるりと回ると、ディーンの身体が硬直して動かなくなった。

(捕縛魔術!?)

「やめろ!」

そう叫んで駆け寄ろうとしたが、私の前にも兵士達が立ちふさがった。

「どけ!」

こうなったら魔術で全員吹っ飛ばしてやる。しかし両手を振り上げた途端、後ろで悲鳴が聞こえた。

振り返ると、リリーとグローシアに兵士たちが剣を突き付けている。

「うふふふふ・・・貴方が魔術を使うのと、彼女達に剣が刺さるのとどちらが早いかしらね?」

残酷な言葉を吐くエンリルの声は、まるっきりアリアナの声だ。

(くっそ~!このサイコパス女がぁ!)

ギリギリと歯噛みをする思いで板挟みになっていると、リリーが静かに目を閉じた。そして剣を突き付けられてる事を忘れた様に、胸の前で手を組んだ。

(リリー!?)

リリーの身体から柔らかい光が溢れ出し、彼女とグロシーアを囲んでいた兵士達を包み込んだ。そして直ぐに兵士の身体から黒いモヤの様な物が溢れ出してくる。

「聖魔術か!?」

(でもリリーの魔力はエンリルには及ばないはず・・・)

弾き返されてしまうのではと思ったが、兵士から湧き出たモヤは光の中に崩れて小さくなり、あっという間に跡形も無く消えていく。そして兵士たちは力を失ったようにバタバタと倒れ始めた。

(これがヒロインの力・・・!?)

リリーはこの短期間の間に、どうやらエンリルの魔力量を超えたようだ。魔術の質も高まっている。

彼女は次に組んでいた両手を広げた。聖なる光が部屋全体に広がる。

そして私の前に立ちはだかる兵士だけで無く、ディーンを押さえつけていた兵士達からも黒いモヤが立ち昇り、精神魔術が解術されていった。

同時にディーンの捕縛魔術も解けたようで、彼は顔をしかめながらも立ち上がる。

そんな中、エンリルは冷えた目でリリーを見つめた。

「リリー・ハート・・・いまいましいこの時代の聖女」

ぽつりとそう言いうと、突然くすくすと笑い始めた。

「お生憎様・・・、セルナク王達の魔術は解けなくてよ。宝玉を使ってるからねぇ。あんた一人じゃどうしようも出来ないわ」

確かに王や宰相達の目は淀んだままだ。

「・・・リナをどうした?」

ディーンが猛獣のうなり声の様な声で聞く。エンリルを睨む目に憎悪の炎が揺れていた。

「リナ・・・誰それ?ヘンルーカなら今頃、地獄に落ちているか輪廻の渦に巻かれているでしょうよ。うふふふ・・・なんて愉快なのかしら」

アリアナの身体で、さもおかしそうに笑い続けるエンリルは、完全に狂ってる様に見えた。

(まずいわ・・・。もし精神魔術で身体を乗っ取られたのだとしたら、アリアナの精神はもう・・・)

身体を追い出された精神は、もう次の転生へと進んでしまってるかもしれない。

(それに、中身がエンリルだからって、アリアナの身体に攻撃する訳にもいかないし。ああああ、もう!どうしたら良いのよ!)

絶体絶命じゃん!?

(こうなったらエンリル以外の奴らを、全員叩き潰してやろうかしら?)

ヤケクソ混じりにそう思った時に、

「トラヴィス殿下」

リリーの声に振り向くと、彼女は首元からペンダントに通した指輪を取り出した。

「彼を呼びます!」

そう言うと、リリーは指輪に魔力を注ぎ始めた。
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