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第6章 悪役令嬢は利用されたくない
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リビングで、メイドのステラが入れてくれたお茶を一口すすった。
(美味しい・・・)
「やっぱりステラの淹れてくれたお茶は最高だわ。」
「ありがとうございます!アリアナ様!」
私はステラと微笑み合う。
(アリアナ様、か・・・)
この世界に来て、『アリアナ』として生きる様になって一年とちょっと。
ロリコンだけは嫌じゃ!と、最初はそれだけを想って自分なりに頑張ってきた。
だけど今日、私と『アリアナ』の有り方の異常さを、今更ながら突き付けられて、柄にもなく気持ちが乱れた。
トラヴィスが前の世界の記憶を持っていると知った時、最初は彼も私と同じだと思っていた。トラヴィスの中には『トラヴィス』と前の世界の記憶を持つ『ねーさん』が居るのだと。
(だけど違った)
トラヴィスは『ねーさん』の記憶を、あくまで前世の記憶だという。自分は皇太子トラヴィスだと、単にOLだった頃の記憶を持っているだけなのだと・・・。
私はもっと、その言葉の意味をちゃんと考えるべきだったのだ。
(ねーさんは、私とは違う。ちゃんとトラヴィスとして転生しているんだ。)
ヘルダー伯爵はトラヴィスの事も視ていた。だけど、精神が二つあるとは言わなかった。
(精神って言ってるけど、要は魂の事だよね?。)
私は『アリアナ』の身体の中で、小さなアリアナを押しのけているのだろうか?。小さな・・・欠片の様なアリアナの魂。
―――もし、この精神だけだと長くは生きられなかったかも・・・
ヘルダー伯爵の言葉。
私がアリアナの身体に入るまで、小さなアリアナはどんな生活を送っていたのだろう?。
ただの・・・ゲームのモブ悪役令嬢だと思ってたアリアナは、どんな人生を送ってきたのだろう?。
ゲームの説明書でしか、彼女の事を知らないのだ・・・。
(・・・どうして、そんな大事な事を、今までもっと考えてこなかったんだ・・・)
悪役令嬢でしかもモブだからって・・・彼女の事を軽く考えてなかったか!?。彼女はこの世界でちゃんと生きていた人だったのに。突然私に身体を奪われて、どんな気持ちだったのだろう。
(不可抗力とは言え、アリアナの人生を奪ってしまったんだ、私は!)
でも、私はあえてそう考えない様にしていた。それはきっと、いきなり違う世界に放り出された自分の方が可哀そうだと思ってたから・・・だけど!
悪役とは言え美少女になって、優しい兄に両親、たくさんの友達に囲まれた生活。
(楽しかった・・・)
色々あったし、断罪の事やロリコンの事は怖かったけど、この一年信じられない程楽しかったのだ。
(アリアナの事を、もっと考えるべきだったんだ。自分ばっかり楽しんで・・・。それなのに・・・)
それなのに、私はどこかで自分は一人だと感じている。だって、私は皆とは違うから・・・。私はもともとここには居ないはずの人間だったから。だから・・・
(ねーさんと出会ってから、少し浮かれてたな・・・。仲間が居たって思って嬉しかったんだ。でも違った。トラヴィスはちゃんとこの世界の住人だ。私とは違う。やっぱり私は一人だ。)
トラヴィスは前世を思い出しても、トラヴィスとして生きてきた記憶を持っていた。
私は知らない。アリアナの記憶はアリアナのものだ。私には前の世界の記憶だけ・・・
「駄目だって・・・こんな事で落ち込むな。」
こんな風に考えるのは傲慢だ。アリアナの事を思えば情けない限りだ。
周りの皆に対してだって失礼だ。クラークや両親にも申し訳ない。
ミリー、ジョー、レティ。ディーンにクリス、パーシヴァルもだ。
ノエル、グローシア、メイドのステラにマリア、シェフのスティーブン・・・そして
そして大好きなリリー・・・
皆、私の事を『アリアナ』だと信じて大事にしてくれているんだよ・・・。
(トラヴィスだってそうなんだ。彼は私がアリアナとして転生したんだって思ってたんだから・・・。)
ネガティブな感情が止まらない・・・こんなのはらしくない。
でも、前の世界でも・・・私は一人だった・・・。ううん、友達は居た。居たけど・・・私はどこか欠けていたから・・・。
(ああ、駄目だな。いっそもう、とことん下まで沈もうか・・・。)
どうせ・・・どんなに辛くても、落ち込んだとしても、時間が経てば私は浮上する。私はそんな風に出来てるのだから。底まで落ち込んだ後は、浮き上がるだけなのだから。
(でも、その後には動かないと・・・。)
ティーカップを両手で持ったまま、私はカップに残る液体を見つめる。
(動かないと・・・。)
どうやって?
静かな部屋に時計の音だけがやたら大きく、耳にうるさい。
自分が空虚過ぎて、何を考えたら良いのかも分からない。
足元も、何もない空間に放り出された様に頼りない・・・なんて頼りない自分・・・
(ううう、すとぉっぷ!)
私はティーカップを置いて立ち上がった。
(こんな、ボケた顔で俯いてたら、メイド達に心配かけるでしょうが!)
せめて、うじうじするなら自分の部屋に行こうと頭を振った。
その時だった。
突然、胸の中にポッと明かりが灯った様な、優しい感情が生まれたのだ。
「えっ?」
(何?)
今考えていた事と、全く関係の無い感情に戸惑ってしまう。
そして、
(『大・・丈夫』)
なんの脈絡も無く、心に言葉が浮かんだ。
頭じゃ無くて、心の中に。
「何・・・これ?」
(私が思ったんじゃない・・・もしかして、これって・・・)
「ア・・・」
(アリアナ?!)
心の中で叫んでも、返事は来ない。だけど・・・
労わる様な気持ちが、胸に広がっていく。
――――ずっと君達の味方だよ・・・
クラークの言葉を思い出した。
不覚にも涙が出そうになった。
「あ、あのお嬢様?」
「は、はい!」
メイドのマリアに突然呼ばれ、現実に引き戻された。
鼻をすすり上げながら、「なんですか?」と返事をする。
「お客様がいらっしゃったのですが、いかがいたしますか?」
「お客様?」
どっぷりと自分の考えに浸っていたから、チャイムが鳴った事にも気づいて無かったようだ。
「誰ですか?」
「―――です。」
「え?」
(ああ、もしかしたらクラークが護衛に頼んでくれたのかな?)
「分かりました。私が出ます。」
私は玄関へと向かう。
「こんにちは、―――。兄が頼んだのでしょうか?。わざわざ来て頂いて、ありがとうございます。」
そう言って頭を下げた。
そして―――の顔を見た途端、どんっと突き落とされる様な感覚。
私の世界は暗転した・・・
第6章 終
(美味しい・・・)
「やっぱりステラの淹れてくれたお茶は最高だわ。」
「ありがとうございます!アリアナ様!」
私はステラと微笑み合う。
(アリアナ様、か・・・)
この世界に来て、『アリアナ』として生きる様になって一年とちょっと。
ロリコンだけは嫌じゃ!と、最初はそれだけを想って自分なりに頑張ってきた。
だけど今日、私と『アリアナ』の有り方の異常さを、今更ながら突き付けられて、柄にもなく気持ちが乱れた。
トラヴィスが前の世界の記憶を持っていると知った時、最初は彼も私と同じだと思っていた。トラヴィスの中には『トラヴィス』と前の世界の記憶を持つ『ねーさん』が居るのだと。
(だけど違った)
トラヴィスは『ねーさん』の記憶を、あくまで前世の記憶だという。自分は皇太子トラヴィスだと、単にOLだった頃の記憶を持っているだけなのだと・・・。
私はもっと、その言葉の意味をちゃんと考えるべきだったのだ。
(ねーさんは、私とは違う。ちゃんとトラヴィスとして転生しているんだ。)
ヘルダー伯爵はトラヴィスの事も視ていた。だけど、精神が二つあるとは言わなかった。
(精神って言ってるけど、要は魂の事だよね?。)
私は『アリアナ』の身体の中で、小さなアリアナを押しのけているのだろうか?。小さな・・・欠片の様なアリアナの魂。
―――もし、この精神だけだと長くは生きられなかったかも・・・
ヘルダー伯爵の言葉。
私がアリアナの身体に入るまで、小さなアリアナはどんな生活を送っていたのだろう?。
ただの・・・ゲームのモブ悪役令嬢だと思ってたアリアナは、どんな人生を送ってきたのだろう?。
ゲームの説明書でしか、彼女の事を知らないのだ・・・。
(・・・どうして、そんな大事な事を、今までもっと考えてこなかったんだ・・・)
悪役令嬢でしかもモブだからって・・・彼女の事を軽く考えてなかったか!?。彼女はこの世界でちゃんと生きていた人だったのに。突然私に身体を奪われて、どんな気持ちだったのだろう。
(不可抗力とは言え、アリアナの人生を奪ってしまったんだ、私は!)
でも、私はあえてそう考えない様にしていた。それはきっと、いきなり違う世界に放り出された自分の方が可哀そうだと思ってたから・・・だけど!
悪役とは言え美少女になって、優しい兄に両親、たくさんの友達に囲まれた生活。
(楽しかった・・・)
色々あったし、断罪の事やロリコンの事は怖かったけど、この一年信じられない程楽しかったのだ。
(アリアナの事を、もっと考えるべきだったんだ。自分ばっかり楽しんで・・・。それなのに・・・)
それなのに、私はどこかで自分は一人だと感じている。だって、私は皆とは違うから・・・。私はもともとここには居ないはずの人間だったから。だから・・・
(ねーさんと出会ってから、少し浮かれてたな・・・。仲間が居たって思って嬉しかったんだ。でも違った。トラヴィスはちゃんとこの世界の住人だ。私とは違う。やっぱり私は一人だ。)
トラヴィスは前世を思い出しても、トラヴィスとして生きてきた記憶を持っていた。
私は知らない。アリアナの記憶はアリアナのものだ。私には前の世界の記憶だけ・・・
「駄目だって・・・こんな事で落ち込むな。」
こんな風に考えるのは傲慢だ。アリアナの事を思えば情けない限りだ。
周りの皆に対してだって失礼だ。クラークや両親にも申し訳ない。
ミリー、ジョー、レティ。ディーンにクリス、パーシヴァルもだ。
ノエル、グローシア、メイドのステラにマリア、シェフのスティーブン・・・そして
そして大好きなリリー・・・
皆、私の事を『アリアナ』だと信じて大事にしてくれているんだよ・・・。
(トラヴィスだってそうなんだ。彼は私がアリアナとして転生したんだって思ってたんだから・・・。)
ネガティブな感情が止まらない・・・こんなのはらしくない。
でも、前の世界でも・・・私は一人だった・・・。ううん、友達は居た。居たけど・・・私はどこか欠けていたから・・・。
(ああ、駄目だな。いっそもう、とことん下まで沈もうか・・・。)
どうせ・・・どんなに辛くても、落ち込んだとしても、時間が経てば私は浮上する。私はそんな風に出来てるのだから。底まで落ち込んだ後は、浮き上がるだけなのだから。
(でも、その後には動かないと・・・。)
ティーカップを両手で持ったまま、私はカップに残る液体を見つめる。
(動かないと・・・。)
どうやって?
静かな部屋に時計の音だけがやたら大きく、耳にうるさい。
自分が空虚過ぎて、何を考えたら良いのかも分からない。
足元も、何もない空間に放り出された様に頼りない・・・なんて頼りない自分・・・
(ううう、すとぉっぷ!)
私はティーカップを置いて立ち上がった。
(こんな、ボケた顔で俯いてたら、メイド達に心配かけるでしょうが!)
せめて、うじうじするなら自分の部屋に行こうと頭を振った。
その時だった。
突然、胸の中にポッと明かりが灯った様な、優しい感情が生まれたのだ。
「えっ?」
(何?)
今考えていた事と、全く関係の無い感情に戸惑ってしまう。
そして、
(『大・・丈夫』)
なんの脈絡も無く、心に言葉が浮かんだ。
頭じゃ無くて、心の中に。
「何・・・これ?」
(私が思ったんじゃない・・・もしかして、これって・・・)
「ア・・・」
(アリアナ?!)
心の中で叫んでも、返事は来ない。だけど・・・
労わる様な気持ちが、胸に広がっていく。
――――ずっと君達の味方だよ・・・
クラークの言葉を思い出した。
不覚にも涙が出そうになった。
「あ、あのお嬢様?」
「は、はい!」
メイドのマリアに突然呼ばれ、現実に引き戻された。
鼻をすすり上げながら、「なんですか?」と返事をする。
「お客様がいらっしゃったのですが、いかがいたしますか?」
「お客様?」
どっぷりと自分の考えに浸っていたから、チャイムが鳴った事にも気づいて無かったようだ。
「誰ですか?」
「―――です。」
「え?」
(ああ、もしかしたらクラークが護衛に頼んでくれたのかな?)
「分かりました。私が出ます。」
私は玄関へと向かう。
「こんにちは、―――。兄が頼んだのでしょうか?。わざわざ来て頂いて、ありがとうございます。」
そう言って頭を下げた。
そして―――の顔を見た途端、どんっと突き落とされる様な感覚。
私の世界は暗転した・・・
第6章 終
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