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閑話3 この世の春(ノエル)
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(う、嘘だろ・・・。)
僕は手足がガクガク震えだすのが分かった。
(ど、どうしよう・・・?)
二人を追って、崖を降りようとしたクリフを、クラーク殿が止めた。
「やめろっ!今から追っても間に合わない。それに僕らの馬が蹴った石が、二人に当たるかもしれない。」
クラーク殿は厳しい顔で馬の上から崖下を覗きこんだ。
「ディーンに任そう。彼は馬の扱いに慣れているし、魔術にも長けている。きっとアリアナを助けてくれるだろう。」
そう言いながらも、彼の顔色は真っ青で、手綱を持つ腕が震えていた。僕はそれを見た瞬間、自分がとんでもない事をしてしまった事に気付いた。
「ご、ごめんなさいっ!ぼ、僕が馬を驚かせたから・・・ア、アリアナ嬢が乗っていたのに。ど、どうしよう・・・アリアナ嬢に何かあったら僕のせいだ・・・。」
男なのに、情けない事に涙がボロボロ零れ落ちてしまった。
「ノエル、今はそんな事言ってても仕方がない。とにかく僕達も下山しよう。二人が無事なら、下で合流できる。」
クラーク殿がそう言った時、横から「パーンッ」と音を立てて、右頬を思いっきり叩かれた。僕は反動で尻もちをついてしまった。
叩いたのはミリアだった。
「クラーク様、弟の不始末、大変申し訳ございません。何かあった場合、私も一緒に責任を取ります。」
「ミリア、今は良い。とにかく急いで下山したい。僕の馬に乗りたまえ。」
「承知いたしました。」
そして、ミリアは僕を睨むと、クラーク殿の馬に乗って、下山していった。クリフもすぐ、その後を追っていく。
(ああ、本当にどうしよう!。アリアナ嬢が・・・、僕はどうしたら良いんだ。)
僕は座り込んだまま、動けなかった。すると、今度は「ゴン」と言う音と共に、左の頬を思いっきり殴られた。僕は地面を2,3回転がった。
「惚けてる場合じゃないでしょ!。しっかりしなさい!」
僕を殴ったのはジョーだった。ジョーは僕の胸ぐらを掴んで、立ち上がらせた。
「私の馬に乗って!。さっさと下山するよっ。アリアナ様を探さなきゃ。」
僕はジョーの馬に乗せて貰った。僕が前で、馬を操るのはジョーだ。憧れの女の子との二人乗りだけど、イメージしていたのとは違った。
(ううう、全然楽しくない・・・。)
アリアナ嬢の事が心配だし、急いでいるから話も出来ないし、両頬はひりひり痛むし、横を走っているグローシア嬢は、殺意の籠った目で、ずっと僕を睨みつけているし・・・。
(人生で一番辛い日かも・・・。)
馬に揺られて下山途中、僕は散々な気分だった。
ありがたい事に、アリアナ嬢もディーン殿も、そして馬も無事だった。
僕はアリアナ嬢に誠心誠意、謝罪した。優しいアリアナ嬢は、「あれは、虻が悪かったんです。怪我もなく無事でしたから、気にしないで下さい。」と言ってくれた。
そして、ディーン殿にもアリアナ嬢を助けてくれたお礼を言った。ディーン殿は、「気にしなくて良い。良い事もあったから。」と良く分からないけど、そう言ってくれた。
それで、やっと少し気分が戻ってきた。両頬はまだ痛かったけど、これでまた、楽しい夏休みが過ごせると思ってホッとした。でも、屋敷に戻ってから、ミリアにこんこんと説教されてしまった
「アリアナ様に何か起きてたら、うちのバークレイ家なんか簡単に潰されてたわよ。もうちょっと反省しなさい!」
正直そこまで考えてなかったから、僕は青くなった。
夜、ベッドに座って頬をタオルで冷やしながら、僕はクリフに話しかけた。
「アリアナ嬢が無事で本当に良かったよ・・・。」
「・・・。」
「ディーン殿にも、感謝しないとな。アリアナ嬢をよく助けてくれたよ・・・。」
「・・・。」
クリフは返事をしない。こいつも僕がした事に怒っているのだろうか。
「なぁ、クリフ。怒ってるのか?。悪かったよ、楽しいピクニックを台無しにして。」
そう言うと、クリフはやっとこちらに目を向けた。そして苦笑すると、
「別にノエルに怒ってるわけじゃない。わざとやった訳じゃないだろう?」
「そりゃそうさ。」
「考え事してたんだ。どうしてあの時、一歩遅れたんだろうって。」
「えっ?」
「俺も、アリアナ嬢を助けようと思った。でもディーン殿の方が早かった。」
「そりゃ、ディーン殿は馬に乗るのが上手いし・・・、でもたまたまだろ?。クラーク殿だって、ディーン殿よりは遅かったよ。」
「クラーク殿は、使用人に帰りの指示をしていたから、気付くのが遅くなったんだ。でも俺は、ノエルがアリアナ嬢を馬に乗せるところを見ていたのに・・・。」
「クリフ・・・?」
クリフの目は、前を真っすぐ見すえて、恐ろしい程真剣だった。こんなクリフも、今まで見た事無かった。僕は、彼に、何を言ったら良いのか分からなくなった。
固まっている僕に気付いて、クリフは肩の力を抜く様なしぐさをして笑った。
「だからさ、昨日言っただろ?。自覚を持って無いと、どんな良い教育を受けても身に着かないって。それが、俺とディーン殿の違いだな・・・。」
自嘲気味にそう言って、クリフはまた黙り込んでしまった。だから僕もしばらく黙ったまま、ベッドに寝っ転がって天井を見上げた。
(今日、元気そうなアリアナ嬢を見た時は、本当にホッとしたよなぁ。)
滝の近くの道で、アリアナ嬢とディーン殿が、こちらに向かって大きく手を振っているのを見た時、僕は「助かったぁ!」と思った。どちらが怪我をしていても、僕はミリアにボコボコにされていただろう。
それによく考えたら二人とも公爵家の者なんだ。ミリアが言ってたように、僕の家なんか簡単にペシャンコだ。
(だから、やっぱり僕はラッキーだったんだよ。大事にはならなかったし、アリアナ嬢だって笑って許してくれたし、本当についてたよ。・・・でも、やっぱり今日は疲れたなぁ。)
あくびをすると、両頬が痛くて、少し涙が出た。僕はクリフに「もう寝るよ。」と声をかけて、布団に潜り込んだ。
ウトウトしながら、同じ馬に乗って帰るアリアナ嬢とディーン殿を思い出していた。二人は話しながら、楽しそうに笑っていた。
(なんだか、前よりも二人が仲良くなっている気がしたなぁ。まぁ、アリアナ嬢から見たら、ディーン殿は自分を助けてくれたヒーローだ。当然と言えば当然かもしれない。・・・やっぱり、不仲説はただの噂だったんだな。)
僕にはもう、チャンスは無いかと思うと、少し寂しかった。
(でも、あの二人ならお似合いだな・・・。)
夢の中で、そんなふうに思った。
この世の春(ノエル) -終-
僕は手足がガクガク震えだすのが分かった。
(ど、どうしよう・・・?)
二人を追って、崖を降りようとしたクリフを、クラーク殿が止めた。
「やめろっ!今から追っても間に合わない。それに僕らの馬が蹴った石が、二人に当たるかもしれない。」
クラーク殿は厳しい顔で馬の上から崖下を覗きこんだ。
「ディーンに任そう。彼は馬の扱いに慣れているし、魔術にも長けている。きっとアリアナを助けてくれるだろう。」
そう言いながらも、彼の顔色は真っ青で、手綱を持つ腕が震えていた。僕はそれを見た瞬間、自分がとんでもない事をしてしまった事に気付いた。
「ご、ごめんなさいっ!ぼ、僕が馬を驚かせたから・・・ア、アリアナ嬢が乗っていたのに。ど、どうしよう・・・アリアナ嬢に何かあったら僕のせいだ・・・。」
男なのに、情けない事に涙がボロボロ零れ落ちてしまった。
「ノエル、今はそんな事言ってても仕方がない。とにかく僕達も下山しよう。二人が無事なら、下で合流できる。」
クラーク殿がそう言った時、横から「パーンッ」と音を立てて、右頬を思いっきり叩かれた。僕は反動で尻もちをついてしまった。
叩いたのはミリアだった。
「クラーク様、弟の不始末、大変申し訳ございません。何かあった場合、私も一緒に責任を取ります。」
「ミリア、今は良い。とにかく急いで下山したい。僕の馬に乗りたまえ。」
「承知いたしました。」
そして、ミリアは僕を睨むと、クラーク殿の馬に乗って、下山していった。クリフもすぐ、その後を追っていく。
(ああ、本当にどうしよう!。アリアナ嬢が・・・、僕はどうしたら良いんだ。)
僕は座り込んだまま、動けなかった。すると、今度は「ゴン」と言う音と共に、左の頬を思いっきり殴られた。僕は地面を2,3回転がった。
「惚けてる場合じゃないでしょ!。しっかりしなさい!」
僕を殴ったのはジョーだった。ジョーは僕の胸ぐらを掴んで、立ち上がらせた。
「私の馬に乗って!。さっさと下山するよっ。アリアナ様を探さなきゃ。」
僕はジョーの馬に乗せて貰った。僕が前で、馬を操るのはジョーだ。憧れの女の子との二人乗りだけど、イメージしていたのとは違った。
(ううう、全然楽しくない・・・。)
アリアナ嬢の事が心配だし、急いでいるから話も出来ないし、両頬はひりひり痛むし、横を走っているグローシア嬢は、殺意の籠った目で、ずっと僕を睨みつけているし・・・。
(人生で一番辛い日かも・・・。)
馬に揺られて下山途中、僕は散々な気分だった。
ありがたい事に、アリアナ嬢もディーン殿も、そして馬も無事だった。
僕はアリアナ嬢に誠心誠意、謝罪した。優しいアリアナ嬢は、「あれは、虻が悪かったんです。怪我もなく無事でしたから、気にしないで下さい。」と言ってくれた。
そして、ディーン殿にもアリアナ嬢を助けてくれたお礼を言った。ディーン殿は、「気にしなくて良い。良い事もあったから。」と良く分からないけど、そう言ってくれた。
それで、やっと少し気分が戻ってきた。両頬はまだ痛かったけど、これでまた、楽しい夏休みが過ごせると思ってホッとした。でも、屋敷に戻ってから、ミリアにこんこんと説教されてしまった
「アリアナ様に何か起きてたら、うちのバークレイ家なんか簡単に潰されてたわよ。もうちょっと反省しなさい!」
正直そこまで考えてなかったから、僕は青くなった。
夜、ベッドに座って頬をタオルで冷やしながら、僕はクリフに話しかけた。
「アリアナ嬢が無事で本当に良かったよ・・・。」
「・・・。」
「ディーン殿にも、感謝しないとな。アリアナ嬢をよく助けてくれたよ・・・。」
「・・・。」
クリフは返事をしない。こいつも僕がした事に怒っているのだろうか。
「なぁ、クリフ。怒ってるのか?。悪かったよ、楽しいピクニックを台無しにして。」
そう言うと、クリフはやっとこちらに目を向けた。そして苦笑すると、
「別にノエルに怒ってるわけじゃない。わざとやった訳じゃないだろう?」
「そりゃそうさ。」
「考え事してたんだ。どうしてあの時、一歩遅れたんだろうって。」
「えっ?」
「俺も、アリアナ嬢を助けようと思った。でもディーン殿の方が早かった。」
「そりゃ、ディーン殿は馬に乗るのが上手いし・・・、でもたまたまだろ?。クラーク殿だって、ディーン殿よりは遅かったよ。」
「クラーク殿は、使用人に帰りの指示をしていたから、気付くのが遅くなったんだ。でも俺は、ノエルがアリアナ嬢を馬に乗せるところを見ていたのに・・・。」
「クリフ・・・?」
クリフの目は、前を真っすぐ見すえて、恐ろしい程真剣だった。こんなクリフも、今まで見た事無かった。僕は、彼に、何を言ったら良いのか分からなくなった。
固まっている僕に気付いて、クリフは肩の力を抜く様なしぐさをして笑った。
「だからさ、昨日言っただろ?。自覚を持って無いと、どんな良い教育を受けても身に着かないって。それが、俺とディーン殿の違いだな・・・。」
自嘲気味にそう言って、クリフはまた黙り込んでしまった。だから僕もしばらく黙ったまま、ベッドに寝っ転がって天井を見上げた。
(今日、元気そうなアリアナ嬢を見た時は、本当にホッとしたよなぁ。)
滝の近くの道で、アリアナ嬢とディーン殿が、こちらに向かって大きく手を振っているのを見た時、僕は「助かったぁ!」と思った。どちらが怪我をしていても、僕はミリアにボコボコにされていただろう。
それによく考えたら二人とも公爵家の者なんだ。ミリアが言ってたように、僕の家なんか簡単にペシャンコだ。
(だから、やっぱり僕はラッキーだったんだよ。大事にはならなかったし、アリアナ嬢だって笑って許してくれたし、本当についてたよ。・・・でも、やっぱり今日は疲れたなぁ。)
あくびをすると、両頬が痛くて、少し涙が出た。僕はクリフに「もう寝るよ。」と声をかけて、布団に潜り込んだ。
ウトウトしながら、同じ馬に乗って帰るアリアナ嬢とディーン殿を思い出していた。二人は話しながら、楽しそうに笑っていた。
(なんだか、前よりも二人が仲良くなっている気がしたなぁ。まぁ、アリアナ嬢から見たら、ディーン殿は自分を助けてくれたヒーローだ。当然と言えば当然かもしれない。・・・やっぱり、不仲説はただの噂だったんだな。)
僕にはもう、チャンスは無いかと思うと、少し寂しかった。
(でも、あの二人ならお似合いだな・・・。)
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