牢で出会った私の王子

優摘

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第二章

7,新しい名前

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ユリウスとサシャフェルトが帰り着いたのは、ハンナとリオノーラが夕飯の支度をしている時だった。

「おかえりなさいませ、ユリウス様。もうすぐ支度が終わりますので、食堂でお待ち下さっていても大丈夫ですよ。あっ、でもその前に手を洗って来てくださいね。」

リオノーラがワゴンでお皿を運びながら、笑いかけた。

「ただいま、今日の夕食は何?」

「チキンを焼きました。後はサラダとポタージュです。」

ユリウスは嬉しそうに目を細めた。

「リオノーラが作った?。」

「ええ、ハンナと一緒に。」

「じゃ、きっと美味しいね!。直ぐに食堂に行くから。」

そう言ってパタパタと音を立てて走って行った。ハンナがスープの鍋を持ってきながら、呆れたようにその様子を見ていた。

「全くもう、ユリウス様ときたら、お嬢様が手をかけた料理じゃないと、美味しいと言ってくれないんですからね。困ったもんですよ。」

ユリウスは、少しでもリオノーラが関わった料理で無いと、美味しいと思わないようだった。最後にパセリを乗せるだけでも良い、塩で味付けるだけでも良いから、リオノーラが手を加えた料理で無いとダメなのだ。そして、不思議な事に調理の様子を見ている訳でも無いのに、リオノーラが作ったのか、そうでないのかが分かる様だった。

「ハンナさんのお料理はとても美味しいわよ。だって、ミカさんもサシャさんもそう言ってるでしょ?。ユリウス様がおかしいのよ。いったい、どういう能力なんだか。」

アンリは顔をしかめながら、お皿を並べた。アンリのユリウスに対する目は、相変わらず厳しい。
アンリが心配していた部屋割りだが、結局のところ、リオノーラとユリウスは隣同士の部屋になった。最初、同じ部屋にしたいと言ったユリウスを、なだめる為の妥協案であった。そして、アンリの部屋はリオノーラのもう一つの隣の部屋になった。その方が、リオノーラの身の回りの世話をするのに便利だろうと、サシャフェルトが提案したものだった。使用人には広すぎる部屋で、アンリは恐縮してしていたが、リオノーラをユリウスの手から守る為だと、自分を納得させていた。そして、サシャフェルトがユリウスの向かい側の部屋に入り、他の3人は1階にある部屋を、それぞれ適当に使う事にした。


夕食の時、ユリウスは珍しく気おくれした様に、おずおずした様子でリオノーラに話しかけた。

「・・・あのね、今日叔父上と話した時に言われたんだけど、リオは外では違う名前にした方が良いみたい。」

「え?」

リオノーラが理由を聞く前に、アンリがユリウスに食いついた。

「ユリウス様!。それは、どういう事ですか!。どうしてお嬢様が、偽名など使わなくてはいけないんです!?」

ユリウスが頬を膨らませて、

「アンリに言って無いよ!。」

そう言って、フイッと顔を逸らせた。

「僕だって、リオが他の名前を使うなんて、嫌なんだからね。」

「殿下、きちんと説明しなければ、リオノーラさんが困ってしまいますよ。」

サシャフェルトが冷静に注意をし、エインズワース侯爵に言われた事を説明した。

「そういう訳で、リオノーラさんには大変申し訳ないのですが、外では違う名前を名乗って欲しいのです。」

ユリウスはしょんぼりした様子で、リオノーラを上目遣いで見上げた。

「ごめんね、リオ。マルヴァには意外とセテリオスの情報が伝わってるみたいなんだ。嫌だろうけど、我慢して貰える?。」

リオノーラは慌てて、ユリウスを慰める様に言った。

「そんな!。ユリウス様が謝る事ではありませんわ。むしろ、私のせいでユリウス様にご迷惑をおかけしてるみたいで、申し訳ないです・・・。」

そして、俯いているユリウスの顔を覗き込むようにして、

「偽名を使う事なんて、何てことありません。むしろ、どんな名前にしようかな?って楽しみです。」

悪戯っぽく笑った。リオノーラのその様子を見て、ユリウスの顔は明るくなった。

「僕は今まで通り、リオって呼びたいな。だからファーストネームはリオで良いよね。」

「それだと、あまり変わらない気がしますが・・・。」

サシャフェルトは苦い顔をしたが、ミカルークがぽんぽんと肩を叩いて、

「まぁまぁ。あんまり違う名前だと、返って間違ったりして不自然かもしれないぜ。俺達も、リオさんって呼ぶ様にしようや。ハンナさん達は、元からお嬢様って呼んでるから、そのままで良いっすよね。もし、名前で呼ぶ時は注意してくださいよ。」

ハンナ、ヨハン、アンリの三人が頷いた。

「じゃ、姓はどうする?。」

「・・・あの、では、フェアクロフと名乗ってもよろしいでしょうか?。」

リオノーラがそう聞いた時、アンナがハッとした顔をし、ヨハンがビクッと身を震わせた。ユリウスとサシャフェルトはそれに気づいたが、特にその事には触れなかった。

「フェアクロフ?。誰か知ってる人の姓なの?」

ユリウスが首を傾げながら聞くと、

「母が、とても信頼していた方のお名前らしいのです。私はお会いした事は無いのですが。エリアス・フェアクロフ様。忘れない様にと、幼い時に言われたので・・・。」

リオノーラは懐かしむように、頬を染めながらそう言った。

「フェアクロフ・・・他大陸で聞く名前だね。リオはディーハ出身っていう事にするみたいだから、丁度良い。リオ・フェアクロフ・・・。うん、良いね、とってもいい名前だと思う。アシュレイよりも、リオにぴったりだ。」

ユリウスは本当に嬉しそうに、手を叩いて笑った。

「偽名に良い名前ってのも、変っすけどね。じゃ、俺達もこれからそう呼びますんで。」

改めてよろしくってのも、おかしいすかね?と言いながら、ミカルークは夕食のチキンにかぶりついた。

「う~ん、美味いっす!。このチキン最高すね!。ハンナさんは、本当に料理が上手ですねぇ。」

「味付けは、お嬢様がなさってくれたんですよ。焼いたのは私ですけどね。」

ハンナはそう言って、ユリウスをチラリと見た。彼も、チキンを頬張りながら目を輝かせている。そして、ハンナが一人で作ったマッシュポテトには手を付けようともしていない。(やっぱり、ユリウス様には分かるのね。)
とハンナは苦笑しながら、

「お嬢様、ユリウス様のマッシュポテトに胡椒をかけてあげてくださいませ。そうすれば、ユリウス様も、お気に召すと思いますので。」

ハンナの思惑通り、ユリウスは全ての料理を残さず平らげた。
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