牢で出会った私の王子

優摘

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第二章

3,新しい場所

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「ユリウス様、ここのお庭は広いですね。」

リオノーラは庭を歩きながら、ユリウスに笑いかけた。

「うん。これならヨハンも、退屈しないよ。いっぱい野菜や果物、作って貰おうよ。」

ユリウスはそう言ってクスクス笑った。屈託のない笑顔だった。

(良かった・・・。ユリウス様が楽しそうで・・・。)



セテリオス国でアンリ達と逃げて来てから、今日で十日になる。

あの時、ヨハンはリオノーラに向かってぼそりと言った。

『まるで神罰の様な雷でしたな・・・。』

ガラガラという音の中で、ユリウスは笑っていた。岩山の上で、崩れるベスパの塔を眺めながら、冷めた目で、口元だけに笑みを浮かべて・・・。

リオノーラに出来たのは、震える手でユリウスを抱きしめる事だけだった。

(お爺さんには、分かったんだ。あの稲妻は、ユリウス様が起こしたと言う事が・・・。)

恐らくハンナとアンリは、その事に気が付いていない。でなければ、リオノーラと一緒に来なかったか、もしくは彼女が、ユリウスと共に居る事を止めただろう。それ程に、ユリウスの力は恐ろしい・・・。

ヨハンは全てを理解し、飲み込んだ上でリオノーラと共に居る事を選んだ。

『儂はもう、良い年寄ですからのぉ。大抵の事は怖く無くなりましたわ。』

そう言って、リオノーラに微笑んでくれた。

『儂は、ただお嬢様を、お守りするだけですじゃ。』

ヨハンは庭の向こうにある、農地を確認していた。リオノーラは彼の背を見つめた。

(お爺さんが昔、傭兵をしていた事も、あんなに強い事も知らなかった・・・。)

もしかしたら、今までも、知らない所で守られていたのかもしれない。リオノーラはヨハンに向かって、そっと頭を下げた。

そして再び、崩れ落ちたベスパの塔に思いをはせた。あの塔には他に人は居なかったのだろうか・・・。そして、あの看守はどうなったのだろう・・・。

(ユリウス様は、セテリオス国が滅びる事を、望んでらっしゃるのかしら・・・。)

「滅びの始まり」とユリウスは言った。それは、ユリウスがあの国を滅ぼすと言う事なのだろうか?と、リオノーラの心は、重い石を飲んだように沈んだ。そして、ユリウスにそんな事をさせてはいけないと思った。そんな事をしたら、きっとユリウスの心は壊れてしまう。だって、ベスパの塔が崩れている時、ユリウスは少しも楽しそうでは無かった。

「リオ、どうしたの?」

ユリウスがリオノーラの顔を覗きこんでいた。

「あっ、すみません。ちょっと、考え事してました。」

「そうなの?。そろそろ屋敷の中に入る?。少し寒くなって来たよね。」

ユリウスはそう言って、自分の羽織っていた上着をリオノーラにかけた。

「ユ、ユリウス様!。駄目です!。ユリウス様がお風邪をひいてしまいます。」

心底慌てて、ユリウスに上着を返した。でも、ユリウスは不満そうに口を尖らせた。

「え~?。でも恋人同士はこうするって、本に書いてあったよ?。」

「こ、恋人!?。」

「そう。僕とリオは、これからずっと一緒に居るんだし。それって恋人と同じじゃない?。」

にっこり笑って小首を傾げるユリウスのあまりの可愛らしさに、リオノーラの胸はきゅっとなった。でも、『恋人』と言うパワーワードに頭が付いて行かない。ぐらぐらしそうな思考を必死にまとめようとしたが、「あの・・・、その・・・。」としか言葉が出てこなかった。
すると、後ろの方からパタパタと誰かが駆けてくる足音が聞こえた。そして、リオノーラの前に回り込むようにして、肩を掴んだ。

「お、お嬢様・・・!。さぁ、そろそろ中に・・・入りましょう。・・・お部屋も決めなくてはいけませんし!」

「ア、アンリ?。」

走ってきたせいで、アンリは息が切れていた。はぁはぁ言いながら、リオノーラの肩を抱く様にして、屋敷に戻ろうとする。その背中に向かって、ユリウスが声をかけた。

「アンリ。今は僕がリオと話をしてるんだけど?。」

アンリはくるりと振り向いて、

「あら、失礼を致しましたわ。でも、ユリウス様はご存じないでしょうが、女性は身体を冷やすと良くないのです。そろそろ屋敷の中に入られた方が良いと思いますわ。」

ユリウスは少しムッとした顔で、

「僕だってそれぐらい知ってるよ。」

「あら、そうでございましたか。」

アンリはしれっとそう言った。ユリウスは眉間にしわを寄せる。それを見て、リオノーラは焦った。

「ア、アンリ。ユリウス様に失礼だわ。」

ユリウスがアンリに対して怒るのでは無いかと冷や冷やした。だが、リオノーラと目を合わせると、予想に反してユリウスはにこっと笑った、そして、

「いいよ、別に。僕もそろそろ、屋敷に入ろうと思っていたし。」

そう言って、リオノーラと手を繋いで歩き始めた。そして、

「リオは僕がアンリに怒ると思ってる?。心配しなくても大丈夫だよ。」

「で、でも・・・。」

「リオはアンリが大事なんだろ?。僕はリオと一緒に居たいから、アンリを傷つける様な事はしないよ。・・・ただし、君が一緒にいてくれるならだけど・・・。」

最後の方の言葉は小声で、アンリには聞こえなかっただろう。ユリウスの口調と、その言葉の奥に潜む、ゆらゆらした黒い影のようなものに、リオノーラの背に汗が流れた。

(私はまだ、ユリウス様に信用されてはいない・・・。)

リオノーラに向ける笑顔も、「恋人」などと言う言葉も、単にリオノーラを引き留める手段に過ぎない。それは、お互いにとって、なんて寂しい事なのだろう。

(ユリウス様は幾つもの顔を持っていて、どれが本当のユリウス様かが分からない・・・。)

だが、リオノーラが作った料理を食べて、『美味しい』と呟いた時のユリウスは、少なくとも作られた顔では無かった。あの時のユリウスは無表情で、逆に感情が感じられなかったが、それでもむき出しの彼の心に、唯一触れられた瞬間だった。

(もっと、もっと、本当のユリウス様に出会えますように・・・。)

今はまだ、そばに居ても、ユリウスの事を誰よりも遠くに感じていた。
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