26 / 30
第二章
3,新しい場所
しおりを挟む
「ユリウス様、ここのお庭は広いですね。」
リオノーラは庭を歩きながら、ユリウスに笑いかけた。
「うん。これならヨハンも、退屈しないよ。いっぱい野菜や果物、作って貰おうよ。」
ユリウスはそう言ってクスクス笑った。屈託のない笑顔だった。
(良かった・・・。ユリウス様が楽しそうで・・・。)
セテリオス国でアンリ達と逃げて来てから、今日で十日になる。
あの時、ヨハンはリオノーラに向かってぼそりと言った。
『まるで神罰の様な雷でしたな・・・。』
ガラガラという音の中で、ユリウスは笑っていた。岩山の上で、崩れるベスパの塔を眺めながら、冷めた目で、口元だけに笑みを浮かべて・・・。
リオノーラに出来たのは、震える手でユリウスを抱きしめる事だけだった。
(お爺さんには、分かったんだ。あの稲妻は、ユリウス様が起こしたと言う事が・・・。)
恐らくハンナとアンリは、その事に気が付いていない。でなければ、リオノーラと一緒に来なかったか、もしくは彼女が、ユリウスと共に居る事を止めただろう。それ程に、ユリウスの力は恐ろしい・・・。
ヨハンは全てを理解し、飲み込んだ上でリオノーラと共に居る事を選んだ。
『儂はもう、良い年寄ですからのぉ。大抵の事は怖く無くなりましたわ。』
そう言って、リオノーラに微笑んでくれた。
『儂は、ただお嬢様を、お守りするだけですじゃ。』
ヨハンは庭の向こうにある、農地を確認していた。リオノーラは彼の背を見つめた。
(お爺さんが昔、傭兵をしていた事も、あんなに強い事も知らなかった・・・。)
もしかしたら、今までも、知らない所で守られていたのかもしれない。リオノーラはヨハンに向かって、そっと頭を下げた。
そして再び、崩れ落ちたベスパの塔に思いをはせた。あの塔には他に人は居なかったのだろうか・・・。そして、あの看守はどうなったのだろう・・・。
(ユリウス様は、セテリオス国が滅びる事を、望んでらっしゃるのかしら・・・。)
「滅びの始まり」とユリウスは言った。それは、ユリウスがあの国を滅ぼすと言う事なのだろうか?と、リオノーラの心は、重い石を飲んだように沈んだ。そして、ユリウスにそんな事をさせてはいけないと思った。そんな事をしたら、きっとユリウスの心は壊れてしまう。だって、ベスパの塔が崩れている時、ユリウスは少しも楽しそうでは無かった。
「リオ、どうしたの?」
ユリウスがリオノーラの顔を覗きこんでいた。
「あっ、すみません。ちょっと、考え事してました。」
「そうなの?。そろそろ屋敷の中に入る?。少し寒くなって来たよね。」
ユリウスはそう言って、自分の羽織っていた上着をリオノーラにかけた。
「ユ、ユリウス様!。駄目です!。ユリウス様がお風邪をひいてしまいます。」
心底慌てて、ユリウスに上着を返した。でも、ユリウスは不満そうに口を尖らせた。
「え~?。でも恋人同士はこうするって、本に書いてあったよ?。」
「こ、恋人!?。」
「そう。僕とリオは、これからずっと一緒に居るんだし。それって恋人と同じじゃない?。」
にっこり笑って小首を傾げるユリウスのあまりの可愛らしさに、リオノーラの胸はきゅっとなった。でも、『恋人』と言うパワーワードに頭が付いて行かない。ぐらぐらしそうな思考を必死にまとめようとしたが、「あの・・・、その・・・。」としか言葉が出てこなかった。
すると、後ろの方からパタパタと誰かが駆けてくる足音が聞こえた。そして、リオノーラの前に回り込むようにして、肩を掴んだ。
「お、お嬢様・・・!。さぁ、そろそろ中に・・・入りましょう。・・・お部屋も決めなくてはいけませんし!」
「ア、アンリ?。」
走ってきたせいで、アンリは息が切れていた。はぁはぁ言いながら、リオノーラの肩を抱く様にして、屋敷に戻ろうとする。その背中に向かって、ユリウスが声をかけた。
「アンリ。今は僕がリオと話をしてるんだけど?。」
アンリはくるりと振り向いて、
「あら、失礼を致しましたわ。でも、ユリウス様はご存じないでしょうが、女性は身体を冷やすと良くないのです。そろそろ屋敷の中に入られた方が良いと思いますわ。」
ユリウスは少しムッとした顔で、
「僕だってそれぐらい知ってるよ。」
「あら、そうでございましたか。」
アンリはしれっとそう言った。ユリウスは眉間にしわを寄せる。それを見て、リオノーラは焦った。
「ア、アンリ。ユリウス様に失礼だわ。」
ユリウスがアンリに対して怒るのでは無いかと冷や冷やした。だが、リオノーラと目を合わせると、予想に反してユリウスはにこっと笑った、そして、
「いいよ、別に。僕もそろそろ、屋敷に入ろうと思っていたし。」
そう言って、リオノーラと手を繋いで歩き始めた。そして、
「リオは僕がアンリに怒ると思ってる?。心配しなくても大丈夫だよ。」
「で、でも・・・。」
「リオはアンリが大事なんだろ?。僕はリオと一緒に居たいから、アンリを傷つける様な事はしないよ。・・・ただし、君が一緒にいてくれるならだけど・・・。」
最後の方の言葉は小声で、アンリには聞こえなかっただろう。ユリウスの口調と、その言葉の奥に潜む、ゆらゆらした黒い影のようなものに、リオノーラの背に汗が流れた。
(私はまだ、ユリウス様に信用されてはいない・・・。)
リオノーラに向ける笑顔も、「恋人」などと言う言葉も、単にリオノーラを引き留める手段に過ぎない。それは、お互いにとって、なんて寂しい事なのだろう。
(ユリウス様は幾つもの顔を持っていて、どれが本当のユリウス様かが分からない・・・。)
だが、リオノーラが作った料理を食べて、『美味しい』と呟いた時のユリウスは、少なくとも作られた顔では無かった。あの時のユリウスは無表情で、逆に感情が感じられなかったが、それでもむき出しの彼の心に、唯一触れられた瞬間だった。
(もっと、もっと、本当のユリウス様に出会えますように・・・。)
今はまだ、そばに居ても、ユリウスの事を誰よりも遠くに感じていた。
リオノーラは庭を歩きながら、ユリウスに笑いかけた。
「うん。これならヨハンも、退屈しないよ。いっぱい野菜や果物、作って貰おうよ。」
ユリウスはそう言ってクスクス笑った。屈託のない笑顔だった。
(良かった・・・。ユリウス様が楽しそうで・・・。)
セテリオス国でアンリ達と逃げて来てから、今日で十日になる。
あの時、ヨハンはリオノーラに向かってぼそりと言った。
『まるで神罰の様な雷でしたな・・・。』
ガラガラという音の中で、ユリウスは笑っていた。岩山の上で、崩れるベスパの塔を眺めながら、冷めた目で、口元だけに笑みを浮かべて・・・。
リオノーラに出来たのは、震える手でユリウスを抱きしめる事だけだった。
(お爺さんには、分かったんだ。あの稲妻は、ユリウス様が起こしたと言う事が・・・。)
恐らくハンナとアンリは、その事に気が付いていない。でなければ、リオノーラと一緒に来なかったか、もしくは彼女が、ユリウスと共に居る事を止めただろう。それ程に、ユリウスの力は恐ろしい・・・。
ヨハンは全てを理解し、飲み込んだ上でリオノーラと共に居る事を選んだ。
『儂はもう、良い年寄ですからのぉ。大抵の事は怖く無くなりましたわ。』
そう言って、リオノーラに微笑んでくれた。
『儂は、ただお嬢様を、お守りするだけですじゃ。』
ヨハンは庭の向こうにある、農地を確認していた。リオノーラは彼の背を見つめた。
(お爺さんが昔、傭兵をしていた事も、あんなに強い事も知らなかった・・・。)
もしかしたら、今までも、知らない所で守られていたのかもしれない。リオノーラはヨハンに向かって、そっと頭を下げた。
そして再び、崩れ落ちたベスパの塔に思いをはせた。あの塔には他に人は居なかったのだろうか・・・。そして、あの看守はどうなったのだろう・・・。
(ユリウス様は、セテリオス国が滅びる事を、望んでらっしゃるのかしら・・・。)
「滅びの始まり」とユリウスは言った。それは、ユリウスがあの国を滅ぼすと言う事なのだろうか?と、リオノーラの心は、重い石を飲んだように沈んだ。そして、ユリウスにそんな事をさせてはいけないと思った。そんな事をしたら、きっとユリウスの心は壊れてしまう。だって、ベスパの塔が崩れている時、ユリウスは少しも楽しそうでは無かった。
「リオ、どうしたの?」
ユリウスがリオノーラの顔を覗きこんでいた。
「あっ、すみません。ちょっと、考え事してました。」
「そうなの?。そろそろ屋敷の中に入る?。少し寒くなって来たよね。」
ユリウスはそう言って、自分の羽織っていた上着をリオノーラにかけた。
「ユ、ユリウス様!。駄目です!。ユリウス様がお風邪をひいてしまいます。」
心底慌てて、ユリウスに上着を返した。でも、ユリウスは不満そうに口を尖らせた。
「え~?。でも恋人同士はこうするって、本に書いてあったよ?。」
「こ、恋人!?。」
「そう。僕とリオは、これからずっと一緒に居るんだし。それって恋人と同じじゃない?。」
にっこり笑って小首を傾げるユリウスのあまりの可愛らしさに、リオノーラの胸はきゅっとなった。でも、『恋人』と言うパワーワードに頭が付いて行かない。ぐらぐらしそうな思考を必死にまとめようとしたが、「あの・・・、その・・・。」としか言葉が出てこなかった。
すると、後ろの方からパタパタと誰かが駆けてくる足音が聞こえた。そして、リオノーラの前に回り込むようにして、肩を掴んだ。
「お、お嬢様・・・!。さぁ、そろそろ中に・・・入りましょう。・・・お部屋も決めなくてはいけませんし!」
「ア、アンリ?。」
走ってきたせいで、アンリは息が切れていた。はぁはぁ言いながら、リオノーラの肩を抱く様にして、屋敷に戻ろうとする。その背中に向かって、ユリウスが声をかけた。
「アンリ。今は僕がリオと話をしてるんだけど?。」
アンリはくるりと振り向いて、
「あら、失礼を致しましたわ。でも、ユリウス様はご存じないでしょうが、女性は身体を冷やすと良くないのです。そろそろ屋敷の中に入られた方が良いと思いますわ。」
ユリウスは少しムッとした顔で、
「僕だってそれぐらい知ってるよ。」
「あら、そうでございましたか。」
アンリはしれっとそう言った。ユリウスは眉間にしわを寄せる。それを見て、リオノーラは焦った。
「ア、アンリ。ユリウス様に失礼だわ。」
ユリウスがアンリに対して怒るのでは無いかと冷や冷やした。だが、リオノーラと目を合わせると、予想に反してユリウスはにこっと笑った、そして、
「いいよ、別に。僕もそろそろ、屋敷に入ろうと思っていたし。」
そう言って、リオノーラと手を繋いで歩き始めた。そして、
「リオは僕がアンリに怒ると思ってる?。心配しなくても大丈夫だよ。」
「で、でも・・・。」
「リオはアンリが大事なんだろ?。僕はリオと一緒に居たいから、アンリを傷つける様な事はしないよ。・・・ただし、君が一緒にいてくれるならだけど・・・。」
最後の方の言葉は小声で、アンリには聞こえなかっただろう。ユリウスの口調と、その言葉の奥に潜む、ゆらゆらした黒い影のようなものに、リオノーラの背に汗が流れた。
(私はまだ、ユリウス様に信用されてはいない・・・。)
リオノーラに向ける笑顔も、「恋人」などと言う言葉も、単にリオノーラを引き留める手段に過ぎない。それは、お互いにとって、なんて寂しい事なのだろう。
(ユリウス様は幾つもの顔を持っていて、どれが本当のユリウス様かが分からない・・・。)
だが、リオノーラが作った料理を食べて、『美味しい』と呟いた時のユリウスは、少なくとも作られた顔では無かった。あの時のユリウスは無表情で、逆に感情が感じられなかったが、それでもむき出しの彼の心に、唯一触れられた瞬間だった。
(もっと、もっと、本当のユリウス様に出会えますように・・・。)
今はまだ、そばに居ても、ユリウスの事を誰よりも遠くに感じていた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる