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第一章
12,月光
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(俺は、かつてユリウス殿下に剣を捧げた。今でもその気持ちに変わりはない。だが・・・、あの方の本当の目的が分からないまま、このまま一緒にいても良いのだろうか・・・。)
ユリウスの膨大な力は、一国を亡ぼす力を持つ。そしてあの老婆の予言。彼はこれから、いったいどうするつもりなのだろう?
いずれにせよ、ミカルークはユリウスの側を離れるつもりは無かった。6年前、彼を守れなかった負い目が、ミカルークの心に楔となって打込まれていた。
リオノーラを見つけるまでの半年間。それはユリウスが動き出すまでの猶予だったのかもしれない。「ディーハの姫」はユリウスを闇に落とさない為の最後の砦だ。だが、砦を見つけた彼はどうする?。セテリオス王国に対する、彼の憎悪は、どの様な結果を望むのだろう?
ミカルークは買い物を続けるリオノーラの白い髪を見つめた。珍しい髪色だ。不吉と言われる赤い瞳も、彼女に辛い生い立ちを与えただろう。
だが、リオノーラの心には影が無い。理不尽な目に遭って尚、彼女は人を思いやる心に満ちている。もしかして、彼女がユリウスにとって良い導き手となるかもしれない。暗闇に蹲る、彼の心を救ってくれるかもしれない。
だが、もし、そうでなかったら・・・、
「なに、共に地獄に落ちる覚悟は出来ているさ。」
市場の賑やかな喧騒につつまれ、ミカの呟きは誰にも聞こえなかった。
「お口に合うか分かりませんが・・・。」
テーブルの上に並べた料理の前で、リオノーラは不安そうに皆の顔を見ている。
久しぶりに作った料理は、前に台所で働いていた頃、使用人のハンナに教えて貰ったメニューだった。リオノーラが手伝っていたのは、主にまかない料理だ。王宮で暮らしていた事のあるユリウス達の好みには、合わないのではと心配だった。
「すっごいす!、リオノーラさん。ご馳走じゃ無いですか!!」
ミカは興奮したように、「もう食べていいすか?!」と聞くと、凄い勢いで口に運び始めた。
「う、美味い!。リオノーラさん、マジで料理上手なんですね!。」
「よ、良かったです。」
サシャは、何も言わないが、黙々と食べているところを見ると、不味いわけでは無いのだろう。リオノーラはホッと胸を撫で下ろした。だが、ふとユリウスの様子を見て、ドキリする。
リオノーラが料理を作っている間は、目を輝かせて「まだ?、もうすぐ?」と楽しみにしていたのに、今は目の前の料理に手も付けず、黙り込んでしまっている。
「ユ、ユリウス様、どうかなさいました?。もしかして、お気に召さなかったですか?」
嫌いな食材でも入っていたのだろうか?。それとも、自分の作った食事など、やはり気に入らなかったのだろうか?。リオノーラの胸に不安がよぎった。
「殿下、どうしたのですか?」
サシャもミカも食事の手を止めた。ユリウスは皆が見つめる中、ゆっくりと顔を上げた。
「困ってるんだ・・・。」
「えっ?!」
やっぱり気に入らない食材が入っていたんだ。もっと買い物の時に確認すればよかった。リオノーラが、謝ろうとした時、
「多分、僕は嬉しいんだと思う。でも、いつも嬉しいフリをしているから、どうすればいいか分からない・・・。」
ユリウスの言葉を聞いた三人は、かける言葉を見失った。
「何年も、本当に嬉しい事なんて無かったから、やり方を知らないんだ。でも、今は、フリをするのは違う気がする・・・。」
ユリウスは、まるで、迷子になったように、途方にくれた顔をリオノーラに向けた。その顔を見た途端、リオノーラは堪らない思いに駆られた。そして、ユリウスに駆け寄り、彼の頭を優しく抱きしめていた。
「やり方なんて、考えなくて良いです。ユリウス様のそのままで。」
「・・・そのままで?」
「はい、無理に作らなくて良いのです。嬉しい時は嬉しいと、辛い時は辛いと、そのまま仰ってください。」
そして、そっと彼の頭を離し、ふわりと微笑んだ。
「良かったら召し上がってください。美味しくなかったら不味いと、ちゃんと言ってくださいね。」
ユリウスはしばらくリオノーラを見つめていたが、スプーンを持つと、ゆっくりとスープを口に運んだ。
「・・・美味しい。」
いつもの弾むような声音では無く、きらきらした瞳でも無かった。でも、それはユリウスが、彼のままで言った言葉だった。リオノーラにはそれが分かった。
「良かったです。沢山召し上がってくださいね。」
それから、ユリウスは静かに食事を続けた。たまに、「美味しい」と一言呟いたり、「これは何?」と尋ねる事はあったが、いつもの明るい無邪気な子供を、装う事は無かった。
夕食の片付けをし、洗い物をする為にリオノーラは小屋の外に出た。明るい月が、リオノーラの顔を照らす。
(ユリウス様の印象が、いくつも変わるのは、あの方がいつも、何かのフリをしているからなのだろうか・・・?)
リオノーラに見せる、天使の様に可愛い少年のフリ。ミカとサシャに指示を出す時の、明晰な指揮官のフリ。では、「逃げるの?」と聞いた時の、暗く淀んだ瞳の少年は?
あの時のユリウスの目に、リオノーラは見覚えがあった。ベスパの塔に捕らえられていた時、鏡を見た時の自分の瞳・・・。
彼はあの塔にたった一人、5年と言う長い月日を過ごしたのだ。
(ユリウス様の心は、まだあの塔の中に閉じ込められているのかもしれない。)
月光が彼女の白髪を銀色に輝かせていた。リオノーラは祈る様に目を瞑った。
ユリウスの膨大な力は、一国を亡ぼす力を持つ。そしてあの老婆の予言。彼はこれから、いったいどうするつもりなのだろう?
いずれにせよ、ミカルークはユリウスの側を離れるつもりは無かった。6年前、彼を守れなかった負い目が、ミカルークの心に楔となって打込まれていた。
リオノーラを見つけるまでの半年間。それはユリウスが動き出すまでの猶予だったのかもしれない。「ディーハの姫」はユリウスを闇に落とさない為の最後の砦だ。だが、砦を見つけた彼はどうする?。セテリオス王国に対する、彼の憎悪は、どの様な結果を望むのだろう?
ミカルークは買い物を続けるリオノーラの白い髪を見つめた。珍しい髪色だ。不吉と言われる赤い瞳も、彼女に辛い生い立ちを与えただろう。
だが、リオノーラの心には影が無い。理不尽な目に遭って尚、彼女は人を思いやる心に満ちている。もしかして、彼女がユリウスにとって良い導き手となるかもしれない。暗闇に蹲る、彼の心を救ってくれるかもしれない。
だが、もし、そうでなかったら・・・、
「なに、共に地獄に落ちる覚悟は出来ているさ。」
市場の賑やかな喧騒につつまれ、ミカの呟きは誰にも聞こえなかった。
「お口に合うか分かりませんが・・・。」
テーブルの上に並べた料理の前で、リオノーラは不安そうに皆の顔を見ている。
久しぶりに作った料理は、前に台所で働いていた頃、使用人のハンナに教えて貰ったメニューだった。リオノーラが手伝っていたのは、主にまかない料理だ。王宮で暮らしていた事のあるユリウス達の好みには、合わないのではと心配だった。
「すっごいす!、リオノーラさん。ご馳走じゃ無いですか!!」
ミカは興奮したように、「もう食べていいすか?!」と聞くと、凄い勢いで口に運び始めた。
「う、美味い!。リオノーラさん、マジで料理上手なんですね!。」
「よ、良かったです。」
サシャは、何も言わないが、黙々と食べているところを見ると、不味いわけでは無いのだろう。リオノーラはホッと胸を撫で下ろした。だが、ふとユリウスの様子を見て、ドキリする。
リオノーラが料理を作っている間は、目を輝かせて「まだ?、もうすぐ?」と楽しみにしていたのに、今は目の前の料理に手も付けず、黙り込んでしまっている。
「ユ、ユリウス様、どうかなさいました?。もしかして、お気に召さなかったですか?」
嫌いな食材でも入っていたのだろうか?。それとも、自分の作った食事など、やはり気に入らなかったのだろうか?。リオノーラの胸に不安がよぎった。
「殿下、どうしたのですか?」
サシャもミカも食事の手を止めた。ユリウスは皆が見つめる中、ゆっくりと顔を上げた。
「困ってるんだ・・・。」
「えっ?!」
やっぱり気に入らない食材が入っていたんだ。もっと買い物の時に確認すればよかった。リオノーラが、謝ろうとした時、
「多分、僕は嬉しいんだと思う。でも、いつも嬉しいフリをしているから、どうすればいいか分からない・・・。」
ユリウスの言葉を聞いた三人は、かける言葉を見失った。
「何年も、本当に嬉しい事なんて無かったから、やり方を知らないんだ。でも、今は、フリをするのは違う気がする・・・。」
ユリウスは、まるで、迷子になったように、途方にくれた顔をリオノーラに向けた。その顔を見た途端、リオノーラは堪らない思いに駆られた。そして、ユリウスに駆け寄り、彼の頭を優しく抱きしめていた。
「やり方なんて、考えなくて良いです。ユリウス様のそのままで。」
「・・・そのままで?」
「はい、無理に作らなくて良いのです。嬉しい時は嬉しいと、辛い時は辛いと、そのまま仰ってください。」
そして、そっと彼の頭を離し、ふわりと微笑んだ。
「良かったら召し上がってください。美味しくなかったら不味いと、ちゃんと言ってくださいね。」
ユリウスはしばらくリオノーラを見つめていたが、スプーンを持つと、ゆっくりとスープを口に運んだ。
「・・・美味しい。」
いつもの弾むような声音では無く、きらきらした瞳でも無かった。でも、それはユリウスが、彼のままで言った言葉だった。リオノーラにはそれが分かった。
「良かったです。沢山召し上がってくださいね。」
それから、ユリウスは静かに食事を続けた。たまに、「美味しい」と一言呟いたり、「これは何?」と尋ねる事はあったが、いつもの明るい無邪気な子供を、装う事は無かった。
夕食の片付けをし、洗い物をする為にリオノーラは小屋の外に出た。明るい月が、リオノーラの顔を照らす。
(ユリウス様の印象が、いくつも変わるのは、あの方がいつも、何かのフリをしているからなのだろうか・・・?)
リオノーラに見せる、天使の様に可愛い少年のフリ。ミカとサシャに指示を出す時の、明晰な指揮官のフリ。では、「逃げるの?」と聞いた時の、暗く淀んだ瞳の少年は?
あの時のユリウスの目に、リオノーラは見覚えがあった。ベスパの塔に捕らえられていた時、鏡を見た時の自分の瞳・・・。
彼はあの塔にたった一人、5年と言う長い月日を過ごしたのだ。
(ユリウス様の心は、まだあの塔の中に閉じ込められているのかもしれない。)
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