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第一章
11,狂気
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「ユリウス様、私はあなたに命を助けて頂きました。だからこの命は貴方のものです。私はユリウス様のお側にいます。命をかけて貴方をお守りします。」
そう言った途端、ユリウスが自分を見る、目の色が変わった気がした。瞳に張られていた薄暗い膜がさっと取り払われた様な感覚。
ユリウスはリオノーラの頬に手を伸ばした。そしてゆっくりと自分の額を、リオノーラの額と合わせた。
「ありがとう、リオノーラ。」
彼は目をつぶって、そう言った。ユリウスの長いまつ毛が、リオノーラの直ぐ目の前で揺れてている。彼女は、自分の気持ちがユリウスに通じたのだろうかと思い、頬を緩ませた。
ユリウスは続けて聞いた。
「でも、本当に良いの?」
「はい、もちろんです。」
「そうなの・・・?。だって、もしリオが裏切ったら、僕、君の事殺しちゃうよ?」
リオノーラは、視界がぐらりと揺れた気がした。
それでも良いの?と笑うユリウスは、やはり天使の様に美しい・・・。
(ああ、この方の心の暗闇は深すぎて、私の言葉など届かないのだ・・・。)
リオノーラの胸は、石を飲んだように重くなった。
「すみません、リオノーラさん。その・・・今朝の殿下の事ですがね。」
街を歩きながら、ミカはリオノーラに切り出した。
午後、食材やリオノーラの身の回りの物を買うために、ユリウスは移動魔法で、皆を街へと連れて来た。ディーハ国の主要な街であるカナンは、沢山の店が立ち並び、大勢の人が歩いている。久しぶりに活気のある場所に来たリオノーラは、気持ちが高揚した。
ユリウスとサシャはカナンに着くなり、用事があるとの事で二人とは別行動をとっている。リオオーラはミカの案内で、これからの生活に必要な物を選んでいる所だった。
そんな中、ミカは申し訳なさそうに頭を搔いた。
「殿下は・・・その・・・、これまでの経験のせいで、人間不信なとこがあって・・・。それに、色々と極端と言うか、人との距離の取り方も下手ですし・・・。」
「分かってます・・・。いえ、分かってるつもりに、なってるだけかもしれませんが。ユリウス様のご苦労を考えれば、それも致し方ない事だと思います。」
リオノーラは、ユリウスの言葉を思い返していた。
『僕、君の事殺しちゃうよ?』
そう言ったユリウスの言葉に、嘘の気配は微塵も無かった。彼は本気でそう思っているのだと、リオノーラの心は苦しくなった。
「それは、あんまりですよ!殿下っ!。リオノーラさんが折角・・・。」
「殿下、それは困ります。我々には彼女が必要です。」
ミカやサシャが、ユリウスに注意していたが、彼は良く分かってないようだった。
「でもさ、リオが居なくなるんなら、同じ事でしょ?。どちらにせよ、僕は闇に落ちる。」
そう言って笑ったユリウスの顔は、何故か楽しそうで、そして壮絶なまでに美しかった。
一瞬、リオノーラは疑ってしまった。ユリウスは、本当は闇に落ちたがってるのでは無いかと・・・。それくらい恍惚とした表情で、彼はくすくすと笑っていた。
サシャが最後に言った言葉、「本当に思っても、言うべきでは無い事があります。」それだけは、「そっか、分かったよ。」と納得していたようだったが・・・。
「リオノーラさんは、怖くないですか?殿下の事。」
「怖い?いいえ。」
殺すと言われても、不思議と、彼の事を怖いとは思わなかった。戸惑いや驚き、そして悲しみはあった。でも恐れは無い。
「ミカさん、私、もう2回も死んでいるんですよ。ふふ・・・たいていの事は怖くなくなりました。」
リオノーラは断頭台に立った時の恐怖を、思い出していた。そして、自分を罵る民衆の声も。
(あの時の絶望感は忘れられない・・・、でもその運命から救って下さったのはユリウス様だ。)
「私、斧で首を切られたのです。あれ程怖い事は、なかなかありませんわ。」
リオノーラは手で、自分の首を切る様な仕草をした。
「いや、リオノーラさん・・・それマジでヤバいっす。」
ミカが顔を引きつらせる。そして大きい体を縮こませる様にして、頭を下げた。
「もっと早く、リオノーラさんを見つけられたら良かったんだけど、俺達も殿下の魔法に頼るしか手が無くて・・・。2回も恐ろしい目に遭わせて、なんか申し訳ないです。」
「いえ、そんな!。ミカさんが謝る事では無いです。」
リオノーラは慌てて、両手を振った。
「前も言いましたが、ユリウス様に助けて頂かなければ、結局は死んでいた命なのです。だからユリウス様にもお二人にも感謝していますわ。」
曇りの無い顔で笑ったリオノーラを、ミカは感心したように見つめた。最初、ユリウスが彼女を連れて来た時、線の細い、か弱そうな女性だと思った。そして、彼女が予言の相手だと知った時、彼女の事を気の毒に思う気持ちと、とてもユリウスの相手は務まるまいと感じたのだ。だが、
「リオノーラさんは、強いですね。」
「わ、私がですか!?」
「ええ、どうか殿下をよろしくお願いします。」
ミカは12歳の時に、彼の近衛として働く事となった。ユリウスが4歳の時である。ミカは子供ながらに、聡明で才能のある王子に仕えられることを誇りに思った。
だが、出会って半年であの事件が起きた。
サシャと二人で辺境の鉱山へ送られ、きつい労働の中、数年を過ごした。雷を伴う嵐の夜でも、休む頃は許されなかった。
そして、一生をこの苦界で過ごす覚悟をし始めた頃、痩せた小さな少年が、突然自分達の前に現れた。彼はボロボロの服をまとっていたが、目はぎらぎらと強い光を放っていた。そして、こう言ったのだ。
「さぁ、この茶番を終わらせてやろう。」
あの時、ユリウスの瞳の中に見た狂気は、今でもミカの心に不安を感じさせる。
そう言った途端、ユリウスが自分を見る、目の色が変わった気がした。瞳に張られていた薄暗い膜がさっと取り払われた様な感覚。
ユリウスはリオノーラの頬に手を伸ばした。そしてゆっくりと自分の額を、リオノーラの額と合わせた。
「ありがとう、リオノーラ。」
彼は目をつぶって、そう言った。ユリウスの長いまつ毛が、リオノーラの直ぐ目の前で揺れてている。彼女は、自分の気持ちがユリウスに通じたのだろうかと思い、頬を緩ませた。
ユリウスは続けて聞いた。
「でも、本当に良いの?」
「はい、もちろんです。」
「そうなの・・・?。だって、もしリオが裏切ったら、僕、君の事殺しちゃうよ?」
リオノーラは、視界がぐらりと揺れた気がした。
それでも良いの?と笑うユリウスは、やはり天使の様に美しい・・・。
(ああ、この方の心の暗闇は深すぎて、私の言葉など届かないのだ・・・。)
リオノーラの胸は、石を飲んだように重くなった。
「すみません、リオノーラさん。その・・・今朝の殿下の事ですがね。」
街を歩きながら、ミカはリオノーラに切り出した。
午後、食材やリオノーラの身の回りの物を買うために、ユリウスは移動魔法で、皆を街へと連れて来た。ディーハ国の主要な街であるカナンは、沢山の店が立ち並び、大勢の人が歩いている。久しぶりに活気のある場所に来たリオノーラは、気持ちが高揚した。
ユリウスとサシャはカナンに着くなり、用事があるとの事で二人とは別行動をとっている。リオオーラはミカの案内で、これからの生活に必要な物を選んでいる所だった。
そんな中、ミカは申し訳なさそうに頭を搔いた。
「殿下は・・・その・・・、これまでの経験のせいで、人間不信なとこがあって・・・。それに、色々と極端と言うか、人との距離の取り方も下手ですし・・・。」
「分かってます・・・。いえ、分かってるつもりに、なってるだけかもしれませんが。ユリウス様のご苦労を考えれば、それも致し方ない事だと思います。」
リオノーラは、ユリウスの言葉を思い返していた。
『僕、君の事殺しちゃうよ?』
そう言ったユリウスの言葉に、嘘の気配は微塵も無かった。彼は本気でそう思っているのだと、リオノーラの心は苦しくなった。
「それは、あんまりですよ!殿下っ!。リオノーラさんが折角・・・。」
「殿下、それは困ります。我々には彼女が必要です。」
ミカやサシャが、ユリウスに注意していたが、彼は良く分かってないようだった。
「でもさ、リオが居なくなるんなら、同じ事でしょ?。どちらにせよ、僕は闇に落ちる。」
そう言って笑ったユリウスの顔は、何故か楽しそうで、そして壮絶なまでに美しかった。
一瞬、リオノーラは疑ってしまった。ユリウスは、本当は闇に落ちたがってるのでは無いかと・・・。それくらい恍惚とした表情で、彼はくすくすと笑っていた。
サシャが最後に言った言葉、「本当に思っても、言うべきでは無い事があります。」それだけは、「そっか、分かったよ。」と納得していたようだったが・・・。
「リオノーラさんは、怖くないですか?殿下の事。」
「怖い?いいえ。」
殺すと言われても、不思議と、彼の事を怖いとは思わなかった。戸惑いや驚き、そして悲しみはあった。でも恐れは無い。
「ミカさん、私、もう2回も死んでいるんですよ。ふふ・・・たいていの事は怖くなくなりました。」
リオノーラは断頭台に立った時の恐怖を、思い出していた。そして、自分を罵る民衆の声も。
(あの時の絶望感は忘れられない・・・、でもその運命から救って下さったのはユリウス様だ。)
「私、斧で首を切られたのです。あれ程怖い事は、なかなかありませんわ。」
リオノーラは手で、自分の首を切る様な仕草をした。
「いや、リオノーラさん・・・それマジでヤバいっす。」
ミカが顔を引きつらせる。そして大きい体を縮こませる様にして、頭を下げた。
「もっと早く、リオノーラさんを見つけられたら良かったんだけど、俺達も殿下の魔法に頼るしか手が無くて・・・。2回も恐ろしい目に遭わせて、なんか申し訳ないです。」
「いえ、そんな!。ミカさんが謝る事では無いです。」
リオノーラは慌てて、両手を振った。
「前も言いましたが、ユリウス様に助けて頂かなければ、結局は死んでいた命なのです。だからユリウス様にもお二人にも感謝していますわ。」
曇りの無い顔で笑ったリオノーラを、ミカは感心したように見つめた。最初、ユリウスが彼女を連れて来た時、線の細い、か弱そうな女性だと思った。そして、彼女が予言の相手だと知った時、彼女の事を気の毒に思う気持ちと、とてもユリウスの相手は務まるまいと感じたのだ。だが、
「リオノーラさんは、強いですね。」
「わ、私がですか!?」
「ええ、どうか殿下をよろしくお願いします。」
ミカは12歳の時に、彼の近衛として働く事となった。ユリウスが4歳の時である。ミカは子供ながらに、聡明で才能のある王子に仕えられることを誇りに思った。
だが、出会って半年であの事件が起きた。
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そして、一生をこの苦界で過ごす覚悟をし始めた頃、痩せた小さな少年が、突然自分達の前に現れた。彼はボロボロの服をまとっていたが、目はぎらぎらと強い光を放っていた。そして、こう言ったのだ。
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