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第一章
7,天使の温もり
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(う~ん、今から片付けても、朝食には間に合わないかしら・・・。)
リオノーラはそう思いつつも、汚れた食器を桶に入れていく。
「リ、リオノーラさん?。何してるんです!?」
「お台所を片付けます。食器を洗ってきますわ。」
「い、いや、そんな!」
ミカは慌てた。まさか、貴族の娘であるリオノーラが、片付けを始めるとは思わなかったからだ。しかも、汚れた食器の洗い物など。
「リオノーラさんに、そんな事して貰うわけには・・・俺がやりますよ。」
「あら、ではミカさんはお手伝いしてくださいな。ここにある食器を全部運んでください。洗い場は小屋の裏ですよね?」
ここに来て以来、ずっとおどおどしていた彼女とは、見違えるようにてきぱきと指示を出し、リオノーラは片付けを始めた。
そしてあっという間に食器を洗ってしまうと、ミカと共に台所を片付けてしまった。
「見違えるようっす。・・・リオノーラさん、手際良っすね。」
「慣れてますから。」
そう言って、リオノーラは次に小屋の中を見回した。
(昨日は気が付かなかったけど、随分とほこりが溜まっているわ。)
「ミカさん、お掃除をしたいのですが、掃除道具はどこですか?」
「ええっ?」
ミカは驚いて声を上げた。洗い物の次は掃除?伯爵家の令嬢が?。顔にはそう書いてあった。
サシャもその様子を見て、椅子から立ち上がった。
「驚きましたね・・・。リオノーラさんは、随分家事に慣れているようですが、何か事情が?」
「事情と言うほどでは・・・。」
ミカとサシャが怪訝そうな目をしたのを見て、リオノーラは苦笑した。
「私、貴族と言っても側室の娘なので、子供の頃は使用人と一緒に育ったのです。母は身分が低かったですし、早くに亡くなりましたから。」
リオノーラが4歳の時であった。父であるゲオルグ・アシュレイ伯爵は、それと同時にリオノーラを自分の娘として扱う事はやめ、炊事場で働く使用人に預けた。恐らく、正妻の差し金である事は間違いない。
「幸い、私を育ててくれたハンナはとても優しい人で・・・、仕事は楽ではありませんでしたが、おかげで一通りの家事は出来るようになりました。」
「なら、どうしてベスパの塔に?。あそこは貴族の罪人が入れられる所ですが。」
「それは・・・。」
リオノーラが説明しようとした時、
「リオ!おはよう。」
ユリウスが、寝室から飛び出すように出て来て、リオノーラに抱きついた。
「きゃっ、ユリウス様!」
リオノーラは驚いたが、胸の辺りで揺れるふわふわした彼の髪を見て、胸が温かくなった。
彼の背はちょうどリオノーラのお腹の辺りだ。ユリウスは抱きついたままリオノーラを見上げ、「えへへ」と笑った。
(可愛いわ!。なんて可愛らしい方なんだろう!。)
改めて見てもユリウスは、本当に美しい子供だった。こんな顔で笑顔を向けられたら、誰もが彼に魅了されるに違いない。
(本当に天使みたいな方・・・。この方のお傍に居られるなんて、私は幸せなのかも。)
リオノーラの顔にも笑みが浮かんだ。
ユリウスは微笑んだまま、リオノーラの目をじっと覗きこんだ。
「ねぇ、リオ?。」
「リオって、私の事ですか?」
「そうだよ?。そんな風に呼ばれるのは嫌?。」
ユリウスの顔に少し不安げな表情が浮かぶ。
「い、いいえ!。全然嫌では無いですよ。愛称で呼ばれたことが無かったから、ちょっと驚いただけで・・・。」
リオノーラは慌ててそう言った。
「良かった!。じゃあそう呼んで良い?。」
「はい、もちろんです。うれしいですわ。」
リオノーラの胸が、温かさで満たされた。それは随分久しぶりに感じる感覚だった。
朝食は結局、昨日の夕飯と同じメニューになった。リオノーラは何か作ろうと思ったのだが、そもそも材料が無かったのだ。
「もし、材料を買って来て頂けたら、食事は私が作りますが・・・。」
「ええっ、ほんと!?。嬉しいな。僕、ずっと、ちゃんとした料理って食べてないもん。」
ユリウスは嬉しそうに手を叩いだ。
「すみませんね。買って来たものばっかで・・・。」
ミカが頭をかきながら、そう言った。
「ベスパの塔に比べたら、まだマシだけどね。」
そう言ったユリウスの口調が、あまりにも皮肉に満ちていたから、リオノーラは思わずハッとした。
「ねぇ、リオ?。あそこのは酷かったよね?」
「え、ええ・・・。」
ユリウスはリオノーラから離れて、両手を広げた。
「おかげで、ほら!。年齢の割に、僕は背が低いんだ。栄養が足らなかったんだね。」
にこにこ笑いながら言うユリウスに、リオノーラはどう返したらいいのか分からない。困っていると、助け船を出すようにミカが、
「すぐに取り戻せますよ。ここに来てから、だいぶ伸びましたよ。」
「ほんと?!」
ミカの言葉にユリウスは目を輝かせた。
「ほんとっす。あんたが辺境で俺達を見つけてくれた時なんて、もっと小さくてがりがりでしたからね・・・。」
ベスパの塔でユリウスは、リオノーラ以上に酷い扱いを受けていた。食事が与えられない日も、多々あった。できれば牢の中で死んでしまえば良いという、第三王妃とリオノーラの父であるゲオルグの差し金だった。
リオノーラはそう思いつつも、汚れた食器を桶に入れていく。
「リ、リオノーラさん?。何してるんです!?」
「お台所を片付けます。食器を洗ってきますわ。」
「い、いや、そんな!」
ミカは慌てた。まさか、貴族の娘であるリオノーラが、片付けを始めるとは思わなかったからだ。しかも、汚れた食器の洗い物など。
「リオノーラさんに、そんな事して貰うわけには・・・俺がやりますよ。」
「あら、ではミカさんはお手伝いしてくださいな。ここにある食器を全部運んでください。洗い場は小屋の裏ですよね?」
ここに来て以来、ずっとおどおどしていた彼女とは、見違えるようにてきぱきと指示を出し、リオノーラは片付けを始めた。
そしてあっという間に食器を洗ってしまうと、ミカと共に台所を片付けてしまった。
「見違えるようっす。・・・リオノーラさん、手際良っすね。」
「慣れてますから。」
そう言って、リオノーラは次に小屋の中を見回した。
(昨日は気が付かなかったけど、随分とほこりが溜まっているわ。)
「ミカさん、お掃除をしたいのですが、掃除道具はどこですか?」
「ええっ?」
ミカは驚いて声を上げた。洗い物の次は掃除?伯爵家の令嬢が?。顔にはそう書いてあった。
サシャもその様子を見て、椅子から立ち上がった。
「驚きましたね・・・。リオノーラさんは、随分家事に慣れているようですが、何か事情が?」
「事情と言うほどでは・・・。」
ミカとサシャが怪訝そうな目をしたのを見て、リオノーラは苦笑した。
「私、貴族と言っても側室の娘なので、子供の頃は使用人と一緒に育ったのです。母は身分が低かったですし、早くに亡くなりましたから。」
リオノーラが4歳の時であった。父であるゲオルグ・アシュレイ伯爵は、それと同時にリオノーラを自分の娘として扱う事はやめ、炊事場で働く使用人に預けた。恐らく、正妻の差し金である事は間違いない。
「幸い、私を育ててくれたハンナはとても優しい人で・・・、仕事は楽ではありませんでしたが、おかげで一通りの家事は出来るようになりました。」
「なら、どうしてベスパの塔に?。あそこは貴族の罪人が入れられる所ですが。」
「それは・・・。」
リオノーラが説明しようとした時、
「リオ!おはよう。」
ユリウスが、寝室から飛び出すように出て来て、リオノーラに抱きついた。
「きゃっ、ユリウス様!」
リオノーラは驚いたが、胸の辺りで揺れるふわふわした彼の髪を見て、胸が温かくなった。
彼の背はちょうどリオノーラのお腹の辺りだ。ユリウスは抱きついたままリオノーラを見上げ、「えへへ」と笑った。
(可愛いわ!。なんて可愛らしい方なんだろう!。)
改めて見てもユリウスは、本当に美しい子供だった。こんな顔で笑顔を向けられたら、誰もが彼に魅了されるに違いない。
(本当に天使みたいな方・・・。この方のお傍に居られるなんて、私は幸せなのかも。)
リオノーラの顔にも笑みが浮かんだ。
ユリウスは微笑んだまま、リオノーラの目をじっと覗きこんだ。
「ねぇ、リオ?。」
「リオって、私の事ですか?」
「そうだよ?。そんな風に呼ばれるのは嫌?。」
ユリウスの顔に少し不安げな表情が浮かぶ。
「い、いいえ!。全然嫌では無いですよ。愛称で呼ばれたことが無かったから、ちょっと驚いただけで・・・。」
リオノーラは慌ててそう言った。
「良かった!。じゃあそう呼んで良い?。」
「はい、もちろんです。うれしいですわ。」
リオノーラの胸が、温かさで満たされた。それは随分久しぶりに感じる感覚だった。
朝食は結局、昨日の夕飯と同じメニューになった。リオノーラは何か作ろうと思ったのだが、そもそも材料が無かったのだ。
「もし、材料を買って来て頂けたら、食事は私が作りますが・・・。」
「ええっ、ほんと!?。嬉しいな。僕、ずっと、ちゃんとした料理って食べてないもん。」
ユリウスは嬉しそうに手を叩いだ。
「すみませんね。買って来たものばっかで・・・。」
ミカが頭をかきながら、そう言った。
「ベスパの塔に比べたら、まだマシだけどね。」
そう言ったユリウスの口調が、あまりにも皮肉に満ちていたから、リオノーラは思わずハッとした。
「ねぇ、リオ?。あそこのは酷かったよね?」
「え、ええ・・・。」
ユリウスはリオノーラから離れて、両手を広げた。
「おかげで、ほら!。年齢の割に、僕は背が低いんだ。栄養が足らなかったんだね。」
にこにこ笑いながら言うユリウスに、リオノーラはどう返したらいいのか分からない。困っていると、助け船を出すようにミカが、
「すぐに取り戻せますよ。ここに来てから、だいぶ伸びましたよ。」
「ほんと?!」
ミカの言葉にユリウスは目を輝かせた。
「ほんとっす。あんたが辺境で俺達を見つけてくれた時なんて、もっと小さくてがりがりでしたからね・・・。」
ベスパの塔でユリウスは、リオノーラ以上に酷い扱いを受けていた。食事が与えられない日も、多々あった。できれば牢の中で死んでしまえば良いという、第三王妃とリオノーラの父であるゲオルグの差し金だった。
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