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第19話 そしてこれからも
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「ロラン様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま戻った」
同日の二十時頃。
侯爵家の別館の玄関でロラン様をお迎えした後、身支度を整えたロランとダイニングのソファに一緒に腰掛けた。
ロラン様はウエストコートから、簡素な衣服に着替えている。
今日も王宮で晩餐を済ませてきたとのことだったので食後にと、ハーブティーを二人分のティーカップに注ぎテーブルの上に置いた。
平時はもう少し遅い帰宅時間なのだけれど、今日は予定よりも早めに帰宅することができたということだった。
また、通常であればお茶を淹れるのは侍女の役割なのだけれど、ロラン様には私がいる時は私が淹れたいと前もって侍女頭には伝えてあるのだ。
「今日も一日お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
ロラン様はティーカップを手に取り口につけると、小さく息を吐き出す。
「やはり、あなたの淹れてくれるハーブティーは格別だな」
「そうでしょうか」
「ああ」
ロラン様はティーカップをテーブルの上に置くと、隣に座る私の髪をそっとその手で掬ったのでたちまち両頬が熱くなる。
結婚してから一ヶ月が経つけれど、未だにこういった触れ合いに不慣れで、動作がぎこちなくなってしまうのよね……。
「ところで、今日は孤児院での活動だったはずだが、如何だっただろうか」
「はい、実は……」
今日の出来事を話してる間、ロラン様は私の話に対して始終真剣な様子で耳を傾けてくれ、話が終わると深く頷いた。
「そうか、それは何よりだ。妹君は、恐らくこれから前に進めるのではないかな」
「ええ、そうですね。加えてお父様に確認をしたところ、メアリーの意思さえ確認できれば謹慎は解き、慈善活動等の参加を許すと言っていました。ただ、しばらくはお母様かお姉様が付き添う形になるようですが」
「そうか。本当によかった」
そう言ってロラン様は、今度は私の肩に自身の手を添えて私を抱き寄せた。
「それも全て、あなたが動いたおかげだ。本当によくやってくれた」
「い、いえ」
瞬く間に胸の鼓動が高鳴り、全身が熱を帯びてきた。
これまで何度も触れてもらったのに、どうにも未だに初めて触れてもらうかのような反応をしてしまうわ……。
「あなたがここにいてくれるから、安心して気を引き締めて王宮へと向かうことができるのだ。いつも感謝をしている」
「ロラン様……」
ロラン様は動きをピタリと止めて、苦笑したような表情を向けた。
「……前から気になっていたのだが」
「はい、何でしょうか」
「そろそろ、私の呼び名に対して敬称をとってはもらえないだろうか。私たちはもう夫婦なのだから」
今度は私の動きがピタリと止まった。
「そ、それは追々……」
「では今、呼んでもらえないだろうか。徐々に慣れるためには必要なことだと思うのだ」
「今ですか?」
「ああ」
鼓動が先程よりも勢いよく打ち付け始める。
ああ、どうしましょう。これまでも何度も挑んだのだけれど、本人を前にすると言葉が詰まってしまうのよね……。
けれど、誠実なロラン様の意志を蔑ろにすることはしたくないし……。
「分かりました」
そっと深呼吸をしてから、ロラン様の目を見て意を決した。
「ロラン」
ああ、ようやく言うことができたわ。
呼び名を変えることは、とても勇気が必要なことだったのね……。
「……やはり良いな」
ロラン様、いいえ、ロランは満面の笑みを浮かべて私の頬に自身の手を添えた。
「マリア、ありがとう。勇気を出してくれて」
「いいえ。ロランがずっと待っていてくれたから、言えることができたのですわ」
私はそっと頬に添えられた手に自分の手を重ねた。力強い温かさが心地よかった。
「これからもよろしくお願いします」
「ああ、私こそよろしく頼む」
ロランの手の温もりを感じながら、これからも何かが起こったとしても、二人で乗り越えていけると強く思った。
(了)
「ああ、ただいま戻った」
同日の二十時頃。
侯爵家の別館の玄関でロラン様をお迎えした後、身支度を整えたロランとダイニングのソファに一緒に腰掛けた。
ロラン様はウエストコートから、簡素な衣服に着替えている。
今日も王宮で晩餐を済ませてきたとのことだったので食後にと、ハーブティーを二人分のティーカップに注ぎテーブルの上に置いた。
平時はもう少し遅い帰宅時間なのだけれど、今日は予定よりも早めに帰宅することができたということだった。
また、通常であればお茶を淹れるのは侍女の役割なのだけれど、ロラン様には私がいる時は私が淹れたいと前もって侍女頭には伝えてあるのだ。
「今日も一日お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
ロラン様はティーカップを手に取り口につけると、小さく息を吐き出す。
「やはり、あなたの淹れてくれるハーブティーは格別だな」
「そうでしょうか」
「ああ」
ロラン様はティーカップをテーブルの上に置くと、隣に座る私の髪をそっとその手で掬ったのでたちまち両頬が熱くなる。
結婚してから一ヶ月が経つけれど、未だにこういった触れ合いに不慣れで、動作がぎこちなくなってしまうのよね……。
「ところで、今日は孤児院での活動だったはずだが、如何だっただろうか」
「はい、実は……」
今日の出来事を話してる間、ロラン様は私の話に対して始終真剣な様子で耳を傾けてくれ、話が終わると深く頷いた。
「そうか、それは何よりだ。妹君は、恐らくこれから前に進めるのではないかな」
「ええ、そうですね。加えてお父様に確認をしたところ、メアリーの意思さえ確認できれば謹慎は解き、慈善活動等の参加を許すと言っていました。ただ、しばらくはお母様かお姉様が付き添う形になるようですが」
「そうか。本当によかった」
そう言ってロラン様は、今度は私の肩に自身の手を添えて私を抱き寄せた。
「それも全て、あなたが動いたおかげだ。本当によくやってくれた」
「い、いえ」
瞬く間に胸の鼓動が高鳴り、全身が熱を帯びてきた。
これまで何度も触れてもらったのに、どうにも未だに初めて触れてもらうかのような反応をしてしまうわ……。
「あなたがここにいてくれるから、安心して気を引き締めて王宮へと向かうことができるのだ。いつも感謝をしている」
「ロラン様……」
ロラン様は動きをピタリと止めて、苦笑したような表情を向けた。
「……前から気になっていたのだが」
「はい、何でしょうか」
「そろそろ、私の呼び名に対して敬称をとってはもらえないだろうか。私たちはもう夫婦なのだから」
今度は私の動きがピタリと止まった。
「そ、それは追々……」
「では今、呼んでもらえないだろうか。徐々に慣れるためには必要なことだと思うのだ」
「今ですか?」
「ああ」
鼓動が先程よりも勢いよく打ち付け始める。
ああ、どうしましょう。これまでも何度も挑んだのだけれど、本人を前にすると言葉が詰まってしまうのよね……。
けれど、誠実なロラン様の意志を蔑ろにすることはしたくないし……。
「分かりました」
そっと深呼吸をしてから、ロラン様の目を見て意を決した。
「ロラン」
ああ、ようやく言うことができたわ。
呼び名を変えることは、とても勇気が必要なことだったのね……。
「……やはり良いな」
ロラン様、いいえ、ロランは満面の笑みを浮かべて私の頬に自身の手を添えた。
「マリア、ありがとう。勇気を出してくれて」
「いいえ。ロランがずっと待っていてくれたから、言えることができたのですわ」
私はそっと頬に添えられた手に自分の手を重ねた。力強い温かさが心地よかった。
「これからもよろしくお願いします」
「ああ、私こそよろしく頼む」
ロランの手の温もりを感じながら、これからも何かが起こったとしても、二人で乗り越えていけると強く思った。
(了)
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