人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉

文字の大きさ
上 下
89 / 96
第3部 幸せのために

縁談

しおりを挟む
 燻る思いを抱きながらも日々を過ごし、クレアがユーリ王国に帰郷し三ヶ月が経った頃。
 クレアは、父親である国王オドアケル三世の執務室へと呼び出されていた。

「私に縁談のお話が」
「……ああ」

 父親である国王の表情は暗く、執務室の雰囲気もどことなく重く感じられた。

「実は、我が国きっての有力貴族であるボアラ公爵から、クレアに是非嫁いで欲しいと求婚書が届いているんだ」

 それは、正式な手段を踏んでのことだった。
 ただ、受け取った釣書によると、ボアラ公爵の現在の年齢は五十八歳で子供が二人。孫は三人いて、一番年上の孫とクレアは同い年らしい。

「前妻を去年亡くされていてな。傷心のところクレアが戻ってきたのを聞き、是非正妻にと希望している」
「……まだ、喪が開けてから時が経っていないように思うのですが」

 突然の話だとは思ったが、意外にもクレアの心は冷静だった。

「ああ。だからこそということなのだが。……申し訳ない。本来なら、まだクレアは帰郷したばかりであるし縁談は断るべきなんだが、何しろ相手が我が国きっての有力な家門であるし外務大臣だ。相手方は持参金は必要なく反対に支度金を用意するとまで言っている。だが、その要望は受けるつもりはなく、持参金はこちらで用意するつもりだ。正式な申し出のため、一度クレアに話を通さないわけにはいかなかったのだよ」
「……左様ですか」

 これは、クレアのところに話がきた時点で、もう彼女に断る権利はないに等しいということだ。
 下手にごねても、お互いのためにはならないだろう。

 加えて、可能性は低いとは思うが、クレアが断ったことにより妹のマーサにこの縁談が回されるという事態は避けたかった。
 場合によっては、今マーサが結んでいる婚約を解消させて、新たに結び直させるということもあるかもしれない。

「承知いたしました。そのお話、お受けいたします」
「よいのか」
「はい。ただ、一つ条件があるのです」
「ああ、なんだろうか。なんでも言って欲しい」
「はい。その持参金の半額を、私に回していただくことはできないでしょうか」
「……」

 国王は目を見開くが、クレアが事情を説明すると大きく頷いた。

「そうか。お前はそのスラムの人々に、多額の寄付をしたいのだな」
「はい。私が彼らに対してできることは少ないですが、それでも何かをしたいのです」

 国王は深く頷いた。

「分かった。ただし、支度金は嫁いだあとにお前にとって大切なものなので額は減らさず、本来幼い頃よりお前にあてがわれるはずだった予算を好きに使うとよい。ただ、寄付をするのであれば、ブラウ帝国の皇室に知られると国家間の問題に発展しかねないので隠蔽工作はさせてもらうが」
「お父様……」
「クレア。お前には、苦労ばかりかけて本当に申し訳ない」
「いいえ、お心遣いをいただきましてありがとうございます」

 クレアは父親を安心させようと笑おうとした。
 だが、それはできなかった。笑おうとしてもどうしても口元が固くなってしまうのだ。

(きっと、人質にならずにこの国で順調に暮らしていたとしたら、お姉様方のように私もとうにお父様が決めた相手と結婚をしていただろうし、今断ったりしたら大臣とお父様の関係が悪くなるかもしれないわ)

 姉らや妹のマーサは、幼い頃から婚約をしていたので年相応の嫡男の元に降嫁することが叶ったが、クレアの場合は婚約をする前に人質となり、周囲の結婚適齢期の貴族の令息は皆婚約者がいるか既婚者であるので、自然と後妻にと希望する話が舞い込むとは思っていた。
 
 この国にあのような形で戻ってきた以上、クレアは自分が政略結婚の駒になることは重々覚悟していたのだ。
 
 加えて、クレアが一度はブラウ帝国という大陸きっての列強国の皇太子の婚約者であったことは周知の事実である。
 だが、帝国側から一方的に婚約を破棄されたことによって、ある意味でクレアは傷物になったと一部の貴族からは思われているらしい。
 そもそも、特殊な経緯を持つクレアを妻に迎えて利点になると考える貴族は、ほとんどいないだろう。

 そのため、初婚の相手からの縁談はないと暗にクレア自身も思っていたし、両親や周辺の者も同様に思っているだろうと考えていた。

「……今回の縁談話は、本来であれば求婚書を受け取ること自体もしていない。だが、我が国は近年隣国のドニア国に軍事的に脅かされ、軍事力に劣る我が王家はボアラ公爵家の所有する騎士団に頼らざるを得ないのだ。あまり考えたくはないが、もし公爵家が他の勢力と結びつくことがあれば由々しき事態だ」
「お父様……」

 これまでの気苦労からか、父親の顔は深い皺がいくつも刻まれていた。

 クレアは、ユーリ王国に戻ってからマーサと共に講義を受けているので、この国の最近の情勢を理解している。
 近年では、隣国ブラウ帝国だけではなく同盟国コチョウ王国以外の国がユーリ王国の領土狙っている節があるらしい。そういう事情もあって、少しでも他国との関係を強化しようとマーサはツイン王国の有力貴族の嫡男に嫁ぐことが決まっているのだ。

 また、クレアが短期間ではあるがアーサーと婚約していた際は、正直に言ってユーリ王国の大半の人々は安堵していたそうだ。
 このままあわよくばブラウ帝国と同盟を組み、近隣国からの脅威から守ってもらえると考えたのだろう。

 だが、クレアはその役割を果たせなかったが、周囲の使用人や侍女らはこれまでのクレアの苦労を知っているからか皆一様に優しかった。

「我が国は渓谷に囲まれており貿易の拠点にもなりにくく、強みは特産であるお茶の栽培ですが、近ごろでは諸国のお茶の需要が高まり、そのお茶の供給原を手に入れようと諸国は画策しているのですよね」

 国王は驚いたのか目を見開いた。

「その通りだ。知っていたのだな」
「はい。知識は最大の武器であり防御になり得ますので」

 クレアは、無意識にアーサーの姿を思い浮かべた。

(アーサー様。最後に、もう一度だけお会いしたかった……。お手紙を書こうかしら。いえ、それはダメ)

 せめて別れの挨拶をしておきたかったが、最後にあのように別れたのだ。
 彼も今頃婚約を結び直しているはずだろうし、今更元婚約者の自分が荒波を立てることは好ましくないだろう。

(アーサー様が幸せでありますように。ここからお祈りしています)

 クレアは執務室を出ると、廊下の窓の外からそっと夕焼けを見上げたのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~

ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。 長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。 心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。 そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。 そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。 レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。 毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。 レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく―― これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。 ※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」 男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。 ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。 それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。 とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。 あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。 力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。 そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が…… ※小説家になろうにも掲載しています

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

こんなはずではなかったと、泣きつかれても遅いのですが?

ルイス
恋愛
世界には二つの存在しか居ない、と本気で思っている婚約者のアレク・ボゴス侯爵。愛する者とそれ以外の者だ。 私は彼の婚約者だったけど、愛する者にはなれなかった。アレク・ボゴス侯爵は幼馴染のエリーに釘付けだったから。 だから、私たちは婚約を解消することになった。これで良かったんだ……。 ところが、アレク・ボゴス侯爵は私に泣きついて来るようになる。こんなはずではなかった! と。いえ、もう遅いのですが……。

王太子殿下が私を諦めない

風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。 今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。 きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。 どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。 ※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

処理中です...