人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉

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第3部 幸せのために

幸せのために

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 三人は、スラムの露店エリアから少し外れた河川敷まで移動してきた。

「まず、伝染病の状態です。あと、このスラムで暮らして何か困ったことはないですか? 改善して欲しい点があったら教えて欲しいのですが」
「加えて、ここを牛耳っている人物も把握しておきたいな」

「なに、そんなことでいいのか?」 

 ダビは拍子抜けをしたような表情をした。

「はい。とても重要なことなのです」

 それからダビに細かく事情を聞きながらメモを取っていく。そのメモを元に、アーサーと話し合うとある結論に至った。

「どうやら、教育が行き届いていないようですね」

 知力は何よりの武器になる。
 知らないということは、よからぬことを企てている人間に隙を与えてしまうことになるかもしれないからだ。

「ああ、俺もそう思う」
「学校を設立することはできないのでしょうか」
「それは今すぐには難しいだろうな」

 学校を設立するには莫大な費用が掛かる。
 加えて、皇太子の権限のみではインフラに関わる取り決めはまず難しいだろう。

「だったら俺の知り合いに頼むからさ、そいつん家に誰か先生を呼んでくれよ。そうすれば、そこら辺にいる子供たちに声を掛けるからよー」

 クレアとアーサーは顔を見合わせた。

「それは、とてもよい案だと思います!」
「そうだな、まずは今できることから始めよう」

 そうして、早速三日後にダビの近所のお婆さんの家に講師が派遣されて来た。
 講師は、クレアの妃教育の講師の紹介でちょうど職を探していた講師の免許を持つ男性である。
 以前働いていた学園を定年が来たので辞していたところ、事情を説明したら快諾してくれたらしい。彼の同僚だった元講師らも一緒に教室を開くことになった。

 もちろん皆魔法の杖で変装をし、防御のコインも携帯し身元は完璧に隠した上で彼らは行動した。

 そうして、読み書きや計算が全くできなかった子供たちが教室で教わっていくにつれて、徐々にできるようになっていった。もちろんダビも妹と一緒に受けている。

 周囲には不平を述べる大人も大勢いたが、そういった時はキチンと講師がどういったことを学んでいるのか、その上で子供たちがこれだけ成長したのだと説明すると納得したのか、それとも言い返す言葉を思いつかないのか大抵帰っていくそうだ。
 ダビの父親も最初は二人が知識を持つのを嫌がったが、講師が必死にその重要性を伝えたので父親も折れたらしい。

 また、スラムでは仕事をしてもほとんど賃金を得られないことも分かった。
 正確にはそれらを斡旋している人物が賃金を自分の懐に入れてしまっていることも多く、そもそもが外界からはほぼ遮断されているエリアなので、経済が上手く回っているとはとても言い難いだろう。
 
 まずはスラムから外界遮断されているこの状況を改善するのと、安定的な仕事を作りだし賃金を正当に受け取ることができる仕組みを作ること。もちろん、賃金は正当に受け取れるようにしなければならない。
 それが緊急の課題だと、アーサーは元々自分が受け持つ公務と並行してスラムの現状を少しでも変えるために資料を集めて法案の作成を日々行っている。

 それは、元々アーサーは属国で綺麗な部分だけを見て育ってきたわけではないし、それにより何か思うところがあるからなのかもしれないとクレアは思ったが、アーサーからはきっかけはクレアだったと打ち明けてもらった時はとても嬉しく思った。

 また、スラムの食糧不足は緊急的に対策が必要だったので、まずは第二宮で余っている食糧を持っていきスラム内で有志を募って炊き出しを行った。クレアやアーサーは立場的に何度も赴くわけにはいかないので、炊き出しにはスラム内の夫人らに頼んで行ってもらった。
 炊き出しは順調で、いつも長蛇の列ができてすぐにはけてしまうそうだ。

 そしてクレアは、その約三ヶ月の間に第二宮の自室や花壇で何度も「綺麗な水」や「月見草」「薔薇の花」を創造の力で創り出していたが、近ごろでは身体が重たく感じたり力を使うのに時間がかかるようになっていた。
 伝染病はほぼ抑えられたのだが、綺麗な水はマリの魔法道具店で需要が膨れ上がっているのでも必要であるし、いつ伝染病が再流行するか分からないので大量に生産しておくことにしたのだ。

 また、クレアはナディアとしてアーサーと共にスラムを訪れるたびに謎の息苦しさを感じていた。
 それは元々感じてはいたが、最近はより感じるようになったのだ。
 空気が重い。それはいわば瘴気のようなものであるとクレアはぼんやりと思った。

「この空気が少しでも薄れれば……」
 
 たちまちクレアから眩い光が発して、周囲を照らした。

「空気が軽くなった?」

 だが、いつもと違い身体が重く気怠かった。
 人払いをしていたので、幸い周囲にはアーサー以外の人はいない。

「今の力は一体……?」

 ──どさっ。

 アーサーが呟いたのとほぼ同時に、クレアは急に意識が遠のきその場で倒れてしまった。

「……レア! クレ…ア!」

 アーサーの必死の叫び声は、もうほとんど聞こえなかった。

【あとがき】
今作をお読みいただきまして、本当にありがとうございます……!
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