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第3部 幸せのために

スラムへ

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 クレアとアーサーはそれぞれ変装をし、スラムへと赴いた。
 ただ、病が移る心配があるので、その対策として最上級の防御魔法がかけられたコイン型のお守りを所持している。

 それは、完全に伝染病を含めた害悪から防御されるものだが、生産に非常に時間と労力を使うので国家予算並みの価値のある貴重なものである。なので、量産はできないとのことだ。

 そして、伝染病対策のために区切りがされているフェンスを潜り抜け、アーサーとクレアはスラムの街を進んでいく。
 今日は市場へと赴き実態を調査するのが目的で、それはその場所であればこのスラムで暮らす人々の実態を知ることができると考えてのことである。
 
 ドンッ

 しばらく歩いていると、クレアは通りすがりの男の子にぶつかってしまった。

「大丈夫か?」
「はい、少々前方不注意だったようです」

 クレアは、共にぶつかり尻もちをついている男の子に手を差し伸ばした。

「大丈夫ですか?」
「…………うん」

 少年は立ち上がると、特に何も言わずに早足で立ち去って行った。

「あの子大丈夫でしょうか。あまり食べられていないようですが……」

 掴んだ手首が予想に反して非常に細かったので、胸が張り裂けそうになる。

「ああ」

 アーサーも何かを紡ごうとするが、言葉に困ったのかそれ以上は口をつぐんだ。

「また会えるとは限りませんが、また会えたら渡せるように何か食料を買っておいてもよろしいでしょうか」
「……ああ」

 このような施しは、正直に言ってあまりしない方がよいだろう。何故ならキリがないからだ。周囲には先ほどのような境遇の少年は溢れるほどいるのだ。
 その誰もに、このようなことをしていたとしたら、彼らはクレアを頼ったり利用するようになるかもしれない。
 
 だがクレアは、やせ細った少年のことをとても人ごとには思えず、何か自分にもできることがないかと考えた。
 そうして、露店でパンを買おうと鞄から財布を取り出そうとすると、そこにあるはずの財布がなくなっていた。

「……お財布がなくなっています」
「……クロ」
「はい、ここに」

 アーサーが視線を向けた先には、先ほどの少年がクロに拘束されて立っていた。

「なんだよ! 俺が何をしたって言うんだよ‼︎」
「お前は、このお嬢さんの財布を盗んだんだ。命を取られなかっただけましだと思うんだな」
「たかが財布一つに、大袈裟なんだよっ‼︎」
「なんだと!」

 クロが少年に掴みかかりそうになったところを、アーサーが手を挙げて制した。

「確かに、ここではこんなことは日常茶飯事かもしれない。だがな、これは悪いことだ。それに、お前が財布をスッた女性はお前のことを心配して食料を買おうとしていた」
「……え?」

 クレアは、今にも泣きそうな顔を必死に取り繕うとした。こういう時、自分には感情がまだあるのだと実感する。

「……よかったら、そのお財布は差しあげます。ですが、こういうことは生きるためでもこれからは極力行わないで欲しいと思います。悪い人に目をつけられたら大変ですから。……ではこれで」

 クレアは背を向け歩き出す。

「……待って! ……ごめん。これは返す」
「いいえ、よいのです」
「いいって! ……その代わり、あんたのために何かしたい」
「……え?」

 少年はダビというらしい。
 彼の父親は絵に書いたような不遜な輩らしいが、ダビには妹がおり、妹に何か食べさせるためにスリを働いたそうだ。

「って言っても、俺ができるのは情報を伝えるくらいのことだけど」
「であれば、このスラムの現状を教えてください。報酬はこのお財布の中身の五倍を支払います」

 クレアはアーサーに視線を向けると、彼は無言で頷いた。

「いくら何でも、そんな情報で五倍は相場的に高すぎる。この財布の額でいいよ」
「いいえ。そのお金で、妹さんに美味しいものを食べさせてあげてください」

 にっこりと微笑むクレアに、アーサーは口元を緩ませる。

「ただ、くれぐれも父親には見つからないようにな。金があることが知れると、父親はお前を害し全てを奪っていくだろう」

 クレアにはそのような考えに至れなかったので、彼女はアーサーの助言が心底頼もしく感じた。
 
「ああ、わかってる。秘密の隠し場所があるんだ。それは大丈夫だと思う。それで何が知りたいんだ?」
「ここでは難だから場所を移そう」
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