人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉

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第3部 幸せのために

国の暗部

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 それから約一週間後。
 クレアはアーサーと共に俗に皆がそう呼んでいる「スラム」の入り口に訪れていた。
 
 というのも、万能魔法薬によりトスカの病状が落ち着いたと報告を受けたので、次に感染症の発生源とされているスラムの現状を遠くからでも、ほんの少しでも構わないので把握しておきたいとクレアがアーサーに懇願したのでそれが叶ったというわけだ。

「ここがスラム……」

 クレアが目の当たりにしているのは、スラムの入り口のほんの面の部分である。
 そもそも封鎖されているので、柵の隙間から僅かな部分のみしか見ることができない。

 それでも、その惨状を知るには充分過ぎるほどだった。

 家屋は木材を使用しているが、見るからにボロボロで修繕が必要だろう。その大きさもかつてクレアが暮らしていた平屋の十分の一もなく、その広さで家族五、六人がすんでいる。

 皆一様にボロを纏っているというのが相応しいほど衣服として機能していない布切れを着ており、満足な食事を摂ることができていないのか痩せ細っていた。

「酷い……」

 クレアも第二宮移住するまでは、ほぼ一日二食のパンのみの食事をしていたが、目前の人々はその時の境遇よりも遥かに悪いように思える。

 このままでは負の連鎖が止まらない。
 貧しい者は満足な食事も摂ることができず、何年経ってもその暮らしが改善されることはないだろう。

 だが、貧しい者たちが結束して皇族に牙を剥くということはないのだろうか。

 もちろん周囲の警備は万全であるし、そもそも彼らには武器の所持を認められてもいなければそもそも衣食住のままならないのにそれを賄おうとも思わないだろう。

 ──だが、負のエネルギーの力は凄まじい。

 クレアは何故かそれを肌で、というよりは本能のようなもので感じ取った。

「失うものはもう何もない」

 急にクレアがボソリと呟いたので、アーサーは思わず視線を向けた。

「そういう想いを抱いた人は強いと思います。それがたとえ、悪魔に魂を売り渡すことであっても」

 そもそもスラムの現象を放置をしている皇族の方が、彼らからしてみたら充分悪なのではないだろうか。

「……そうだな。俺が住んでいた属国のマーム国はこのような場所が多くあるような国だった」

 クレアの目が大きく見開かれる。

「マーム国では傭兵を雇った富豪や商人たちが多くいた。その傭兵団の中にはスラム出身者が何割もしめていたんだ」

 貧しくともその辺りに転がっている木片を握り締め、幼き頃から自己流で鍛錬を重ねた少年たちがいた。
 彼らは正式な剣術を学んだわけではなく、ましてや騎士でもないので敵に対して礼儀を通すこともない。

 奇襲を常とするものいたので、いつしかスラム出身の傭兵は脅威とされた。

「マーム国の隣国ドガは、傭兵団によって王家が滅んだと聞いている。……俺も君の『失うものは何もない』と決意した人間が強いという言葉に強く同意する」

 アーサーの身の上話を聞けるとは思ってもみなかったので驚いたが、彼の本心が聞けたようで心が柔らかくなっていくように感じた。

「国の暗部をそのままにしていたら必ず負の連鎖が起きます。アーサー様、私がこのような発言をするのは過ぎたことだとは思いますが、……この国の暗部を今よりも少しでも構いません。改善していただきたいのです」

 それを放置しておけば、負のエネルギーが今よりも高まりよくないことが起こると思った。
 ただ、あの底しれない皇帝はそれをも当然のこととして放置しているように思えるが。

「ああ、俺もそう思っていたところだ。皇太子としてできる政策を全て行っていきたいと思う」
「アーサー様……!」

 クレアは嬉しくなり無意識にアーサーの手を握っていた。
 アーサーが大きく目を見開いたのでクレアはすぐに手を戻したのだった。

「も、申し訳ありませんっ‼︎」
「いや、構わない。むしろ、いや、コホン」

 そうして二人はスラムの問題と向き合うことになったのだった。

 万能魔法薬は月光草を第二宮の庭園で大量に生産し、クレアの不思議な力で発現させた綺麗な水と共に魔力混合装置にかけて製作した。

 それを複製魔法が使用できる宮廷魔法使いに極秘に手渡し大量生産してもらった。
 大量に生産された魔法薬は続々とスラム中に配られ、皆次第に病状が落ち着いてきたと報告を受けたのである。
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