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第3部 幸せのために

ここでは名前で呼んで欲しい

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「そちらの美丈夫は、第二宮の下男の方ということだけど、ナディアさんの恋人かい?」
「い、いえ!」
「おや、違うのかい? そうだと思ったんだけどね」
 
 この場にはマリの娘のアンナもいるのだが、アーサーの相手がアンナではなく自分だと思ったのはどうしてだろうと、ふとクレアは思ったがみるみる頬が熱くなってきたのでそれ以上考えるのはやめた。

「なるほど。病に効く魔法道具のレシピね……」
「はい。私のお祖母様が先日から持病を悪化させて寝込んでしまいまして。何かよい道具はないものかとご相談に上がったのです」
「それは大変だ! そうだねえ、うーん」
 
 ちなみに、本来の「皇女がかかっている伝染病に効く方法を探したい」という理由は混乱を招く恐れがあり伏せる必要があったので、架空の祖母の話を作ったのである。
 マリは、代々受け継がれてきた魔法のレシピが書いてある分厚い本を取り出して、パラパラと何枚かページをめくった。

「そうだ、これなんてどうだろう。これもまた原材料が分からなくて、手付かずだったものなんだ」
「そうなのですね。えっと……」

 件のページには「万能魔法薬」と書かれており、材料には「綺麗な水、月見草」と書かれていた。

「月見草と書かれているんだけどね、様々な種類の月見草や、なんならナディアさんが持ってきてくれた水を混ぜて生成してみたんだが、これまた失敗してね」

 そう言い終わった途端に、ドアベルの音が響いたので、マリと一言クレアとアーサーに断ってからアンナが店頭へと移動して行った。
 すると、アーサーは興味深そうにレシピのページを読むとポツリと呟いた。

「月見草か」

 そして、自然な流れでアーサーは椅子に座ると再び思案する。

「アーサー様。何か、心あたりがおありなのでしょうか?」
「リウス」
「……! そうでした」
「それに……、今の君はあくまで仮にだが下女で俺は下男なんだろう? もっと気やすい言葉で会話をした方が自然だと思うんだけど」
「……!」

 早速、言葉を崩したアーサーに、クレアは全力でたじろいた。

「そ、それは、その。私には少し難易度が高すぎるといいますか……」
「そうか。それなら俺の方から少しずつ崩していくが、よいか?」
「は、はい!」

 それは、あくまで市井にいる時の限定的なものであれば心臓が持つが、第二宮でもこのような様子だったら胸の高鳴りはしばらく鳴り止まないだろうとクレアは思ったのだった。
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