上 下
61 / 96
第2部 自由

力の発動

しおりを挟む
「綺麗な水……」
 
 クレアは、アンナとアンナの母親が戻ってくるまで先ほどのレシピノートを確認することにした。

 やはり「花びらと綺麗な水」という非常にざっくりとした材料しか載っていない。
 
 なんでも、その材料を「魔力混入装置」にかければ数十秒から数分で出来上がるそうだ。
 また、補足をすると魔力自体は微量であっても生き物であれば秘められているものなので、毎日装置の上部にある皿のような部品に手を翳せば魔力を蓄積することができるらしい。

「作り方は……」

 作り方は至ってシンプルだ。
 水の中に花びらを浮かべて、魔力混入装置にかければ完成するらしい。

「何かメモが貼ってあるわ」 

 レシピノートの隅に正方形のメモが貼り付けてあり、それには「本来なら特別な薬品と精油で作るはずだけれど……」と書いてあった。
 おそらく、アンナの母親のマリが貼り付けたものだろう。

「綺麗な水って、どういうものかしら」

 クレアはそれを思い浮かべてみることにした。
 綺麗な水は、きっととても透明で澄んでいるのだろう。加えて、飲み口はスッキリと爽やかで命の息吹を感じさせてもらえるものである。

(そして、もちろん無臭で、井戸から汲んで飲んでいたお水のように冷たくて美味しくて、けれどそれよりももっと綺麗で……)

 瞼を閉じて思い浮かべていると、胸の奥が熱く感じた。
 そうと思った途端に、クレア自身から眩い発光が生じる──!

 思わず強く目を閉じ、しばらく時間を置いてから瞼を開くと、クレアの手元には水差しが握られていた。

「これは……何かしら……」

 先ほどまでは何も握っていなかったはずなのに、一体これはどうしたことか。
 クレアの手に握られているのは透明なガラス製の水差しで、それは女性が両腕で抱えられるほどの大きさである。
 
 あまりのことで思考が停止しかけたが、このまま力を抜いたら水差しを落としてしまうと思い、それを握る手に力を込めた。

「これは、まさか……先ほどの光から生まれた……?」

 そう言葉にすると、急に不可思議な現象が現実味を帯びたように感じる。

 思い返してみると以前にもこのような光が発した後、不思議な現象が起きたのだ。
 それは、婚約式で着用する衣装を切り裂かれたことを目の当たりにし、不思議な力で復元したあの時と状況が一致しないだろか。
 
「クレア様、お待たせをいたしました」

 クレアが思考を巡らせていると、アンナとアンナの母親が戻って来た。
 手に持つ水差しの説明をどうするかと迷う暇もなく二人が戻って来たので、水差しの対処ができなかったのだった。

「あら、ナディアさん、それはなんだい?」

 マリがいち早く気がついた。
 クレアはどう答えようかと目を泳がすと、持参したガラス瓶に視線を移した。

(そうだわ……!)

「実は、お水を予め持ってきていたので、これを先ほどの香水の材料に使えないかと思いまして」
「あら、そうなの」

 アンナはクレアの方に視線を向けたが、少し不思議そうな表情をしただけで特に疑問には思っていないようだ。
 なんとか切り抜けられたと胸を撫で下ろしていると、アンナの母親が「それなら使わせてもらおうかね」と言って腕を差し出したので手渡した。

(よく考えてみると、よく分からないお水を渡すのはあまりよくないかしら……)

 だが、クレアが思考を巡らせている間にあっという間に準備が整えられて、魔力混入装置に先ほどの水がセットされていた。
 装置は人が抱えられるくらいの大きさで、その中央にキラリと光る石がはめ込まれている。

「花びらは……、そうだわ。先ほどアンナが持ってきてくれた花びらを使おうかしら」

 そうして、水面の上に何枚か花びらを浮かべて装置を起動させた。
 グルルンという独特な起動音が三十秒ほど鳴り響いた後、自動的にそれは止まったのだった。

「完成したわ」
「え、もう?」

 呆気に取られていたアンナは母親の近くに掛け寄り、その入れ物を受け取って自身の手の甲に一滴それを垂らしてみる。
 すると、少し離れているのにも関わらず、クレアにもその香りを認識することができた。

「とてもよい香りですね!」
「はい。まだ効果はわかりませんが、なんだか身体が軽くなったような気がします」
「そうなのですね。香りもするし、ひとまず香水としては完成したようですね」

 ただ、まだ「疲労回復」の効果があるかは判断することができないので、今日のところは完成した香水を半分に分け一つは魔法具店に預けて、もう一つはクレアらが持ち帰ることにしたのだった。

(完成していればよいのだけれど……)

 このクレアの願いがどうなったかは、後日判明することになるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

葵 すみれ
恋愛
成り上がりの男爵家に生まれた姉妹、ヘスティアとデボラ。 美しく貴族らしい金髪の妹デボラは愛されたが、姉のヘスティアはみっともない赤毛の上に火傷の痕があり、使用人のような扱いを受けていた。 デボラは自己中心的で傲慢な性格であり、ヘスティアに対して嫌味や攻撃を繰り返す。 火傷も、デボラが負わせたものだった。 ある日、父親と元婚約者が、ヘスティアに結婚の話を持ちかける。 辺境伯家の老人が、おぼつかないくせに色ボケで、後妻を探しているのだという。 こうしてヘスティアは本人の意思など関係なく、辺境の老人の慰み者として差し出されることになった。 ところが、出荷先でヘスティアを迎えた若き美貌の辺境伯レイモンドは、後妻など必要ないと言い出す。 そう言われても、ヘスティアにもう帰る場所などない。 泣きつくと、レイモンドの叔母の提案で、侍女として働かせてもらえることになる。 いじめられるのには慣れている。 それでもしっかり働けば追い出されないだろうと、役に立とうと決意するヘスティア。 しかし、辺境伯家の人たちは親切で優しく、ヘスティアを大切にしてくれた。 戸惑うヘスティアに、さらに辺境伯レイモンドまでが、甘い言葉をかけてくる。 信じられない思いながらも、ヘスティアは少しずつレイモンドに惹かれていく。 そして、元家族には、破滅の足音が近づいていた――。 ※小説家になろうにも掲載しています

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

処理中です...