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第2部 自由
自分自身の手で
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婚約式から約一ヶ月が経った十月の中旬。
クレアは、第二宮でアーサーの正式な婚約者として悠々自適な暮らしを送っていた。
第二宮で暮らし始めた当初は、食べきれないほどの量の食事が毎食提供されていたのだが、それをありがたいと思いつつ、食の細いクレアはしばらく量を半分にして欲しいと専属の侍女長のサラに申し出たのであった。
また、これまでは布で身体を拭き取る清拭で済ませていた身体のメンテナンスも、今では毎日お風呂に入れるようになったし、リリーら専属の侍女らにあれこれとドレスを選んでもらって着飾ることができている。
(……なんて、なんてありがたいのかしら……! これらのドレスは仮初めの婚約期間が終わるまで、大切に着ていかなければ)
そもそも、クレアがここを離れたらこれらのドレスはどうなってしまうのだろうか。
(本来の婚約者であるイリス様は、きっと私が着てたようなドレスをお召しになられないでしょうね。そもそも、きっとご自分でも持っておられるし、婚約者になった後もいくらでも仕立てるでしょうから……)
イリスが着ないのであれば、既に揃えられているドレスはリリーやアンナら侍女や下女に配れば問題はなさそうである。
ただ、可能であればクレアの祖国から送られてきたドレスは、いくらかでも持ち出すことができればよいのだが。
(私が袖を通したものでも、皆さんに着てもらえますように……)
そう思いながら、中庭を散策しているとふとあることに思い至った。
(この生活が終わったら、私はどうなるのかしら……)
皇太子であるアーサーからは、婚約者生活の期日を提示されていない。
元より、「愛することはない」と言われてはいるが期間限定とは聞いていなかった。
「愛することはない……」
そもそもあの言葉は、「これから一生愛することはないが、婚約者、ないし妻になって欲しいと」いう意味だったのだろうか。
加えて、先日に婚約式まで執り行っている。これからクレアは、皇太子妃でなくとも妾妃にされる可能性もあるのかもしれない。
だが、やはりイリスの存在が気にかかるし、そもそも人質王女の、それもほとんど面識のないクレアと婚約を結んでも彼にはほとんど利点はないと思うのだが。
アーサーの言葉の真意は定かではないが、ともかく今後の身の振り方を早々に決める必要がある。
(自分自身で生きていけるすべを、身につけたい)
これまでは、ただ皇女宮で下女として生きていた。
だが、これからはあの街で暮らしていた人々のように、クレアも何か手に職をつけて生きていかなければいけない。
(そういえば、あの力は……)
婚約式の朝、ビリビリに切り裂かれた衣装を元の姿に戻したあの不思議な力。あの力はどういったものなのだろうか。
アーサーと二人の間の秘密となっているのだが。
「二人だけの秘密……」
呟くと顔が熱くなってきた。
何か自分とは全く無縁だった世界に足を踏み入れたような、そのような気分である。
ともかく、婚約が解消された暁にはクレアはここからスッと追い出される可能性もあるので、それまでに色々と準備をしておきたい。
加えて、婚約者としての努めがない時は自由時間を与えられたので、是非ともそれを有効活用したいと思う。
(とはいえ、せっかくの自由な時間をどのようにして過ごせばよいか想像がつかないわ)
クレアはこれまで自由な時間を持つことができなかったので、反対に自由にしてよいと言われると戸惑いが生じるのだった。
そう思いながら、クレアは中庭の散策を再開したのだった。
クレアは、第二宮でアーサーの正式な婚約者として悠々自適な暮らしを送っていた。
第二宮で暮らし始めた当初は、食べきれないほどの量の食事が毎食提供されていたのだが、それをありがたいと思いつつ、食の細いクレアはしばらく量を半分にして欲しいと専属の侍女長のサラに申し出たのであった。
また、これまでは布で身体を拭き取る清拭で済ませていた身体のメンテナンスも、今では毎日お風呂に入れるようになったし、リリーら専属の侍女らにあれこれとドレスを選んでもらって着飾ることができている。
(……なんて、なんてありがたいのかしら……! これらのドレスは仮初めの婚約期間が終わるまで、大切に着ていかなければ)
そもそも、クレアがここを離れたらこれらのドレスはどうなってしまうのだろうか。
(本来の婚約者であるイリス様は、きっと私が着てたようなドレスをお召しになられないでしょうね。そもそも、きっとご自分でも持っておられるし、婚約者になった後もいくらでも仕立てるでしょうから……)
イリスが着ないのであれば、既に揃えられているドレスはリリーやアンナら侍女や下女に配れば問題はなさそうである。
ただ、可能であればクレアの祖国から送られてきたドレスは、いくらかでも持ち出すことができればよいのだが。
(私が袖を通したものでも、皆さんに着てもらえますように……)
そう思いながら、中庭を散策しているとふとあることに思い至った。
(この生活が終わったら、私はどうなるのかしら……)
皇太子であるアーサーからは、婚約者生活の期日を提示されていない。
元より、「愛することはない」と言われてはいるが期間限定とは聞いていなかった。
「愛することはない……」
そもそもあの言葉は、「これから一生愛することはないが、婚約者、ないし妻になって欲しいと」いう意味だったのだろうか。
加えて、先日に婚約式まで執り行っている。これからクレアは、皇太子妃でなくとも妾妃にされる可能性もあるのかもしれない。
だが、やはりイリスの存在が気にかかるし、そもそも人質王女の、それもほとんど面識のないクレアと婚約を結んでも彼にはほとんど利点はないと思うのだが。
アーサーの言葉の真意は定かではないが、ともかく今後の身の振り方を早々に決める必要がある。
(自分自身で生きていけるすべを、身につけたい)
これまでは、ただ皇女宮で下女として生きていた。
だが、これからはあの街で暮らしていた人々のように、クレアも何か手に職をつけて生きていかなければいけない。
(そういえば、あの力は……)
婚約式の朝、ビリビリに切り裂かれた衣装を元の姿に戻したあの不思議な力。あの力はどういったものなのだろうか。
アーサーと二人の間の秘密となっているのだが。
「二人だけの秘密……」
呟くと顔が熱くなってきた。
何か自分とは全く無縁だった世界に足を踏み入れたような、そのような気分である。
ともかく、婚約が解消された暁にはクレアはここからスッと追い出される可能性もあるので、それまでに色々と準備をしておきたい。
加えて、婚約者としての努めがない時は自由時間を与えられたので、是非ともそれを有効活用したいと思う。
(とはいえ、せっかくの自由な時間をどのようにして過ごせばよいか想像がつかないわ)
クレアはこれまで自由な時間を持つことができなかったので、反対に自由にしてよいと言われると戸惑いが生じるのだった。
そう思いながら、クレアは中庭の散策を再開したのだった。
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