42 / 96
第1部 仮初めの婚約者
名前で呼んで欲しい
しおりを挟む
そして帰路の途中。
ガタゴトと揺れる馬車内にクレアはアーサーと向かい合って座り、先ほどからあることを切り出そうとしては何度も思い留まっていた。
「ところで」
「は、はい!」
まさか、アーサーの方から話しかけてくるとは思わず、思いっきり身体をびくつかせてしまった。
「何でしょうか」
先ほどのことがあったからなのか、アーサーに話しかけられると緊張が走り妙に胸が騒がしい。
もちろん、その前からも緊張はしていたが、この緊張はそれとは別の部類のもののように感じた。
「もしよかったらなんだが、君にどうかと思うんだ」
懐から何かを取り出すアーサーを眺めながら、考えてみると彼は今日一日で随分クレアに対しての話し方が気軽なものになったなと思った。
先ほどは、それは魔道具で変装していたからだと思ったのが、すでに変装は解かれている。
「気兼ねなく使って欲しい」
アーサーの前置きの言葉の後、クレアに手渡されたのは二つの包み紙だった。
一つは薄桃色の紙袋で、もう一つは茶色の紙袋のようだ。
「あの、これは……?」
「贈り物と言ったら、少々大袈裟なのかもしれないな」
紙袋を開けるように仕草で促されたので、まず桃色の紙袋を開けることにした。
「……わあ、素敵……」
紙袋の中身はハンカチだった。
全体的に紫色の細かなレースが施されたもので、あまりそういうものとは縁遠かったのであまり判断がつかないが、かなり上等の絹のようだが……。
「とても、高価なものと見受けられるのですが……」
受け取っても良いのだろうか。とはいえ、返すのも非礼だと思われた。
「ああ、構わない。君に使って欲しいんだ」
何か他にも言いたそうではあるが、アーサーはあえてその言葉を紡がないようである。
「ありがとうございます、皇太子殿下」
「アーサー」
「……?」
「俺の名前はアーサーだ。……良かったらそう呼んでもらえないだろうか」
胸が強く跳ねた。
「駄目だろうか」
「い、いえ。……よろしいのですか?」
想いを通じ合っているはずの、公女のイリスにしかその名前を呼ぶことを許してないのでは、とクレアは思った。
「ああ、もちろん」
「分かりました。では、私のこともクレアとお呼びください」
「ああ、分かった。クレア、これからもよろしく頼む」
「はい、アーサー様。こちらこそよろしくお願いします」
そう言い合うと、どこか可笑しく思ったからか気がつくと二人で笑い合っていた。
その間も、クレアの胸の鼓動は高鳴ったままなのであった。
ガタゴトと揺れる馬車内にクレアはアーサーと向かい合って座り、先ほどからあることを切り出そうとしては何度も思い留まっていた。
「ところで」
「は、はい!」
まさか、アーサーの方から話しかけてくるとは思わず、思いっきり身体をびくつかせてしまった。
「何でしょうか」
先ほどのことがあったからなのか、アーサーに話しかけられると緊張が走り妙に胸が騒がしい。
もちろん、その前からも緊張はしていたが、この緊張はそれとは別の部類のもののように感じた。
「もしよかったらなんだが、君にどうかと思うんだ」
懐から何かを取り出すアーサーを眺めながら、考えてみると彼は今日一日で随分クレアに対しての話し方が気軽なものになったなと思った。
先ほどは、それは魔道具で変装していたからだと思ったのが、すでに変装は解かれている。
「気兼ねなく使って欲しい」
アーサーの前置きの言葉の後、クレアに手渡されたのは二つの包み紙だった。
一つは薄桃色の紙袋で、もう一つは茶色の紙袋のようだ。
「あの、これは……?」
「贈り物と言ったら、少々大袈裟なのかもしれないな」
紙袋を開けるように仕草で促されたので、まず桃色の紙袋を開けることにした。
「……わあ、素敵……」
紙袋の中身はハンカチだった。
全体的に紫色の細かなレースが施されたもので、あまりそういうものとは縁遠かったのであまり判断がつかないが、かなり上等の絹のようだが……。
「とても、高価なものと見受けられるのですが……」
受け取っても良いのだろうか。とはいえ、返すのも非礼だと思われた。
「ああ、構わない。君に使って欲しいんだ」
何か他にも言いたそうではあるが、アーサーはあえてその言葉を紡がないようである。
「ありがとうございます、皇太子殿下」
「アーサー」
「……?」
「俺の名前はアーサーだ。……良かったらそう呼んでもらえないだろうか」
胸が強く跳ねた。
「駄目だろうか」
「い、いえ。……よろしいのですか?」
想いを通じ合っているはずの、公女のイリスにしかその名前を呼ぶことを許してないのでは、とクレアは思った。
「ああ、もちろん」
「分かりました。では、私のこともクレアとお呼びください」
「ああ、分かった。クレア、これからもよろしく頼む」
「はい、アーサー様。こちらこそよろしくお願いします」
そう言い合うと、どこか可笑しく思ったからか気がつくと二人で笑い合っていた。
その間も、クレアの胸の鼓動は高鳴ったままなのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,817
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる