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第1部 仮初めの婚約者

君に望みはないのか

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「侍女と下女?」
「はい。彼女たちは私を一助するために危険に身を置くことになってしまったのです。一応対策はいたしましたが、正直なところ安心はできないのが現状です」

 先ほどトスカはあのように言ってはいたが、いつ皇女たちの気まぐれでリリーたちに牙が剥くか分かったものではない。
 できることなら、恩のある二人を少しでも危険因子から切り離したかった。

「……分かった。直ちに現状を把握し取り計らうよう手配する」
「……ありがとうございます!」

(良かった。これで二人は安心して暮らすことができるのね)
 
 心から安堵し胸を撫で下ろしていると、アーサーが更に声をかけた。

「君自身は、何か望みはないのか?」
「私自身ですか?」
「ああ。君の個人的な願いはないのだろうか」
 
 今までそのような問いを人から投げかけられたことなどなかったから、戸惑い口が吃ってしまう。
 だが、純粋な日頃からの要望が自分の中で渦巻いていることに気がつく。

「……自由が欲しいです」
「自由?」
「はい。……一日のほんの僅かな時間で構いません。自分自身が望んで使える時間が欲しいのです」

 自由な時間。それは今のクレアにとってはとても贅沢なことだ。
 というよりは、この国に人質として連れてこられてからこれまでそのような時間などあっただろうか。

 それに、そのような時間が持てれば、仮初めの婚約者の役目が終わった後、自分自身で身を立てて自力で生きていく力を身につけられるかもしれない。
 そう思考を巡らせると、その望みが叶えばよいという気持ちが高まるが、あまり期待しすぎてもよくないと自戒の念を込めた。

「……分かった。それもできうる限り取り計らおう」
「……ありがとうございます」

 まさか聞き入れられるとは思ってもみなかったので、半分生返事で応えてしまった。

「……それでは、早速報告へ行こうと思うがよろしいか?」

 ピタリとクレアの動きが止まった。

「報告と言いますと……」
「父上……皇帝陛下の元へご報告へ伺うがよろしいだろうか」
「……皇帝陛下……」

 クレアは、血の気が引いていくのを感じながら、この婚約が一気に現実味を増したと思ったのだった。
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