19 / 96
第1部 仮初めの婚約者
不意打ちの出会い
しおりを挟む
「……お取り込み中のところ、大変失礼をいたしました」
震える身体を何とか抑えながら、クレアは必死に声を上げた。
「……このことは決して口外致しません。ですから、どうかご慈悲を賜りたいと存じます」
アーサーは頭を下げるクレアを訝しげに思ったのだろうか。
しばらく周囲には、誰も声を発せず沈黙が流れたが、一呼吸を置いてからそれを打ち破るように高く通った声が響く。
「……もしかして、あなたはクレア様でしょうか?」
その声に咄嗟に顔を上げるが、まだ許されていないのに顔を上げたことに対して内心後悔を抱いた。
一国の王女とはいえ、現状では皇女たちに虐げられている人質王女でしかない自分と、ブラウ帝国の由緒正しき名門の公爵令嬢。
どちらが優位に立っているかなどは、火を見るより明らかであった。
「……はい」
「まあ、どうしてこんなところにおられるのですか?」
尤もな疑問であるが、それはお互い様であろうとも思う。
「それは……」
咄嗟に振り返ると、そこにはもうトスカの姿はなく、ただ薄暗い風景が広がるのみだった。
(トスカ様……、逃げたのね……)
皇女たちによる普段からの仕打ちからこういったことには慣れてはいるが、流石に氷のように冷たい表情を浮かべてくるアーサーを目前にすると、ただただ平伏したい気持ちが襲ってくる。
「夜風に……あたりたくて……」
何とか絞り出した声は、掠れて全く頼りなく感じた。
「そうでしたか。ですが、わたくしたちはまだ所用がありますの。よろしければ、少々外してくださらないかしら」
渡に船とはこのことかと喜んだが、クレアの脳裏に先程のトスカの嫌な笑顔が浮かんだ。
(駄目だわ。このまま何も言わずに立ち去ったら、トスカ様が二人の噂を流してしまう可能性があることを伝えられないわ。それは何としても避けなければ)
そう強く思うと、あることにおもいあたる。
(そういえば、元々皇太子殿下の婚約者になるはずの方がいたとトスカ様から聞いたことがあるわ。もし、それがイリス様だとしたら、尾ひれをつけた噂が広がってしまうかも)
そのような噂が実際に流れてしまえば、皇太子と第一皇子の間で帝国中を巻き込んだ争いが起こることに繋がるかもしれない。
それによって、流さなくてもよい血が流れる可能性があるのだ。
──それは、絶対にあってはならないことだ。
「……実は、先ほどまで第二皇女様もご一緒しておりました。……お二人がこの場でお会いになってらっしゃるところをはっきりと目撃しております」
考えてみれば、中庭の出入り口には皇宮専属の二人の護衛騎士が控えているのだが、皇太子らは彼らに何か手心でも持たせたのだろうか、とふと思った。
震える身体を何とか抑えながら、クレアは必死に声を上げた。
「……このことは決して口外致しません。ですから、どうかご慈悲を賜りたいと存じます」
アーサーは頭を下げるクレアを訝しげに思ったのだろうか。
しばらく周囲には、誰も声を発せず沈黙が流れたが、一呼吸を置いてからそれを打ち破るように高く通った声が響く。
「……もしかして、あなたはクレア様でしょうか?」
その声に咄嗟に顔を上げるが、まだ許されていないのに顔を上げたことに対して内心後悔を抱いた。
一国の王女とはいえ、現状では皇女たちに虐げられている人質王女でしかない自分と、ブラウ帝国の由緒正しき名門の公爵令嬢。
どちらが優位に立っているかなどは、火を見るより明らかであった。
「……はい」
「まあ、どうしてこんなところにおられるのですか?」
尤もな疑問であるが、それはお互い様であろうとも思う。
「それは……」
咄嗟に振り返ると、そこにはもうトスカの姿はなく、ただ薄暗い風景が広がるのみだった。
(トスカ様……、逃げたのね……)
皇女たちによる普段からの仕打ちからこういったことには慣れてはいるが、流石に氷のように冷たい表情を浮かべてくるアーサーを目前にすると、ただただ平伏したい気持ちが襲ってくる。
「夜風に……あたりたくて……」
何とか絞り出した声は、掠れて全く頼りなく感じた。
「そうでしたか。ですが、わたくしたちはまだ所用がありますの。よろしければ、少々外してくださらないかしら」
渡に船とはこのことかと喜んだが、クレアの脳裏に先程のトスカの嫌な笑顔が浮かんだ。
(駄目だわ。このまま何も言わずに立ち去ったら、トスカ様が二人の噂を流してしまう可能性があることを伝えられないわ。それは何としても避けなければ)
そう強く思うと、あることにおもいあたる。
(そういえば、元々皇太子殿下の婚約者になるはずの方がいたとトスカ様から聞いたことがあるわ。もし、それがイリス様だとしたら、尾ひれをつけた噂が広がってしまうかも)
そのような噂が実際に流れてしまえば、皇太子と第一皇子の間で帝国中を巻き込んだ争いが起こることに繋がるかもしれない。
それによって、流さなくてもよい血が流れる可能性があるのだ。
──それは、絶対にあってはならないことだ。
「……実は、先ほどまで第二皇女様もご一緒しておりました。……お二人がこの場でお会いになってらっしゃるところをはっきりと目撃しております」
考えてみれば、中庭の出入り口には皇宮専属の二人の護衛騎士が控えているのだが、皇太子らは彼らに何か手心でも持たせたのだろうか、とふと思った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,816
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる