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第1部 仮初めの婚約者

語られる事実

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「綺麗……」

 思わず感嘆の息を漏らしていると、今度は椅子に掛けるように促された。
 
 着付けをしてもらうのは乳母が亡くなってからは数回程度であるし、ここ最近は久しくなかった。
 なのでどこかくすぐったいような感情が込み上げてきたが、同時にどこか安堵感も覚えた。

 その心地を感じている間に、化粧と髪の結い上げが終了していた。入室してからまだ二十分も経っていないはずだが……。

「凄い……」
「ええ、クレア様はとてもお綺麗でいらっしゃいますので、お化粧もより生えますわ」
「いえ、あなた方の手際がとても良かったので」

 そうは言ったが、リリーの手際が良いのは普段からあのワガママ皇女たちの着付けを行っているからであり、アンナは侍女たちの着付けや化粧を施していてそれぞれ鍛えられていることをクレアは知っていた。

「そう仰っていただきまして、何よりでございます」

 リリーはテーブルの上から黒い箱を手に取ると、それを開いてクレアに見せた。それは、浅い長方形の箱で中には複数の煌めく宝石が収められている。
 宝石のことは詳しくは分からないが、ダイヤモンドやサファイア、エメラルドなど、どれも高価で希少な宝石だということは判断がついた。

「……この中から選んでもよいのですか?」

 これまで装飾品を身につけたことはあったが、その全ては二人の皇女が選んだ物であった。
 当然、傷一つつけたら手酷い罰が待っていたので、いつも内心青ざめながら身につけていたものだった。

「もちろんです。これらは全てクレア様のためにおあつらえになられたものなのですから」
「これら、全て……ですか?」
「左様ですわ」

 クレア思わず目を瞬かせた。

「全てと言うと、……もしかして今私が身につけているドレスもですか?」
「はい、左様でございます」

 言葉につまり何と切り出して良いか考えあぐねているクレアにリリーは気がついたのか、そっと口元を緩めた。

「実は、皇女様方からは固く口止めをされていたのですが、毎年クレア様の祖国であられるユーリ王国から、クレア様のためにあつらわれた複数のドレスや宝石が贈られていたのです。……ドレスのサイズがほぼ寸分違わぬのは、表向きにはクレア様は丁重に我が国でもてなされていることになっておりますので、クレア様の採寸等は日頃から国同士の連絡で情報が渡っているためでしょう」
「そんな……今まで贈ってくださっていたのに……私はお礼も言わずに……」

 突然真実が打ち明けられたが、クレアはそれが重くて受け止めきれそうになかった。

「お父様やお母様は……ご健在なのですね……?」

 その情報すら普段皇女らが遮断してしまっているので、クレアは知らないのだ。

「はい、ご両親である国王夫妻もご兄弟も皆様お元気でいらっしゃいます。……ただ、一人帝国で人質としてお暮らしのクレア様の身を案じていらっしゃり、せめて祖国の物を身につけて欲しいと贈ってくださっておられたのです」

 クレアは視界がぼやけていくのを感じたが、傍に立つリリーが涙を流しているのを見ると必死に込み上げてくるものを抑えた。
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