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第1部 仮初めの婚約者
自然な笑み
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それから、空が暮れなずむ頃になるまで、クレアは淡々と各室内を掃除をして回った。
大方の部屋は空き部屋で、家具もテーブルや椅子といった必要最小限のものだ。
手持ちのハタキで埃を払ってから箒とちり取りでゴミを取り、その後は固く絞った雑巾で家具を丁寧に拭いていくのだ。
そうした工程の最中、クレアは常に紛失物の本がどこかに置かれていないか注意深く確認しながら作業を行っていたが、今まで発見には至っていない。
(茶色のカバー……、占星術の本……、表紙の星の絵……)
以前に何度かその本は目にしていた。
というのも、クレアは一応建前では丁重にもてなされて教育も受けていることとなっているので、皇女と共に講義は受けているのだ。
その際に、確か講義室に講義と関係のない私物を持ち込んではならないのに、皇女が平然と該当の本を持ち込み読んでいるのを目にしたことがあるのだった。
こういったずさんなところがあるから、本を紛失するに至ったと思うのだが……。
ともかく、本の特徴を思い浮かべながら手際よく掃除を終えると、突然視界が白くなったように感じた。
(……何……?)
──自身の奥から何か途轍もなく熱いものを感じる。
それは、普段生活している上では殆ど感じたことがない部類のものだった。
不思議に思いながらも何となく行かなくてはいけないような気がして、先ほど掃除をした左隣の部屋へと戻った。
ここは散々確認したのだから、何もないはずだが……。
室内に入り突き当たりのビューローの上を確認すると……、茶色の本が目に入る。思わず手に取り表紙を確認すると星の絵が描かれていた。
「もしかして……これって……」
クレアは本を両手で抱えると、すぐさま退室して三階へ昇っていく。
そして到着すると、階段付近にいた侍女にアンナの居場所を聞き、その場所である居室へと向かうと、テーブルの上を念入りに捜索しているアンナと合流することができたのだった。
「クレア様……! ひょっとしてその本って……」
「ええ、きっとこの本だと思うのですが」
アンナは、本を受け取るや否やすぐさまその状態の確認を始めた。
念入りにメモと照らし合わせて一通り内容を確認し終えると深く長い息を吐いた。
「きっとこの本で間違いないと思います」
「よかった……!」
クレアは小さく息を吐いて胸を撫で下ろした。表情は殆ど無表情で変わらないが、その実、心から安堵をしているのだ。
「クレア様、本当にありがとうございました……!」
アンナは深く頭を下げた。
慌てて姿勢を戻すように伝えるが、アンナはしばらくその姿勢のままだった。
「それで、どこにあったのでしょうか」
「二階の空き部屋の一室に置いてありました」
「二階の居室ですか……? おかしいですね。居室は何度も探したはずなのですが……」
「確かに……」
クレアも一度その該当の部屋は掃除をしながら隅々まで探していて、その際、先ほど発見したビューローの上も確認していたが、その時は見つからなかったのだ。
「きっと見落としていたのでしょうね。ともかく、本当にありがとうございました! クレア様、このお礼は必ずさせていただきます!」
「お礼ですか? いいえ、それには及びません」
「いいえ、是非させてください。クレア様が発見してくださらなかったら、きっと大変なことになっていましたから」
「そうでしょうか」
「はい! ですから、私でよければ何かお礼をさせていただきたいのです。……私のできる範囲内でになりますが」
クレアは目を閉じた。
これ以上断るのは反対に申し訳が立たないと思いなおすと、ふと現在の懸念事項が頭を過った。
(お持ちのようなら、ドレスをお借りできないかしら。……いいえ、だめよ。もし私に貸したことが発覚したら、皇女様方がアンナさんを咎めてしまうかもしれない)
「……お心遣いはありがたいのですが、大丈夫です。ありがとうございます」
そう言って軽く辞儀をして立ち去るクレアを、アンナは呼び止めた。
「……お待ちください。クレア様は皇太子殿下披露パーティーで着ていくドレスが中々工面ができないでおいでではないですか?」
「なぜ、それを……」
呟くと、アンナはすぐにクレアの手を取った。
「ご安心ください。きっとクレア様のお力になれるかと思います!」
「……それはとても心強いですが……」
アンナの弾けるような微笑みに釣られたのか、クレアも微かだが笑みを零した。
このような自然に笑うことなど、ここに来てからは初めてかもしれないとクレアは思ったのだった。
大方の部屋は空き部屋で、家具もテーブルや椅子といった必要最小限のものだ。
手持ちのハタキで埃を払ってから箒とちり取りでゴミを取り、その後は固く絞った雑巾で家具を丁寧に拭いていくのだ。
そうした工程の最中、クレアは常に紛失物の本がどこかに置かれていないか注意深く確認しながら作業を行っていたが、今まで発見には至っていない。
(茶色のカバー……、占星術の本……、表紙の星の絵……)
以前に何度かその本は目にしていた。
というのも、クレアは一応建前では丁重にもてなされて教育も受けていることとなっているので、皇女と共に講義は受けているのだ。
その際に、確か講義室に講義と関係のない私物を持ち込んではならないのに、皇女が平然と該当の本を持ち込み読んでいるのを目にしたことがあるのだった。
こういったずさんなところがあるから、本を紛失するに至ったと思うのだが……。
ともかく、本の特徴を思い浮かべながら手際よく掃除を終えると、突然視界が白くなったように感じた。
(……何……?)
──自身の奥から何か途轍もなく熱いものを感じる。
それは、普段生活している上では殆ど感じたことがない部類のものだった。
不思議に思いながらも何となく行かなくてはいけないような気がして、先ほど掃除をした左隣の部屋へと戻った。
ここは散々確認したのだから、何もないはずだが……。
室内に入り突き当たりのビューローの上を確認すると……、茶色の本が目に入る。思わず手に取り表紙を確認すると星の絵が描かれていた。
「もしかして……これって……」
クレアは本を両手で抱えると、すぐさま退室して三階へ昇っていく。
そして到着すると、階段付近にいた侍女にアンナの居場所を聞き、その場所である居室へと向かうと、テーブルの上を念入りに捜索しているアンナと合流することができたのだった。
「クレア様……! ひょっとしてその本って……」
「ええ、きっとこの本だと思うのですが」
アンナは、本を受け取るや否やすぐさまその状態の確認を始めた。
念入りにメモと照らし合わせて一通り内容を確認し終えると深く長い息を吐いた。
「きっとこの本で間違いないと思います」
「よかった……!」
クレアは小さく息を吐いて胸を撫で下ろした。表情は殆ど無表情で変わらないが、その実、心から安堵をしているのだ。
「クレア様、本当にありがとうございました……!」
アンナは深く頭を下げた。
慌てて姿勢を戻すように伝えるが、アンナはしばらくその姿勢のままだった。
「それで、どこにあったのでしょうか」
「二階の空き部屋の一室に置いてありました」
「二階の居室ですか……? おかしいですね。居室は何度も探したはずなのですが……」
「確かに……」
クレアも一度その該当の部屋は掃除をしながら隅々まで探していて、その際、先ほど発見したビューローの上も確認していたが、その時は見つからなかったのだ。
「きっと見落としていたのでしょうね。ともかく、本当にありがとうございました! クレア様、このお礼は必ずさせていただきます!」
「お礼ですか? いいえ、それには及びません」
「いいえ、是非させてください。クレア様が発見してくださらなかったら、きっと大変なことになっていましたから」
「そうでしょうか」
「はい! ですから、私でよければ何かお礼をさせていただきたいのです。……私のできる範囲内でになりますが」
クレアは目を閉じた。
これ以上断るのは反対に申し訳が立たないと思いなおすと、ふと現在の懸念事項が頭を過った。
(お持ちのようなら、ドレスをお借りできないかしら。……いいえ、だめよ。もし私に貸したことが発覚したら、皇女様方がアンナさんを咎めてしまうかもしれない)
「……お心遣いはありがたいのですが、大丈夫です。ありがとうございます」
そう言って軽く辞儀をして立ち去るクレアを、アンナは呼び止めた。
「……お待ちください。クレア様は皇太子殿下披露パーティーで着ていくドレスが中々工面ができないでおいでではないですか?」
「なぜ、それを……」
呟くと、アンナはすぐにクレアの手を取った。
「ご安心ください。きっとクレア様のお力になれるかと思います!」
「……それはとても心強いですが……」
アンナの弾けるような微笑みに釣られたのか、クレアも微かだが笑みを零した。
このような自然に笑うことなど、ここに来てからは初めてかもしれないとクレアは思ったのだった。
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