その娘、罪人の刻印をもちながら最強の精霊術師である。

一之森はる

文字の大きさ
上 下
4 / 9

2 悪魔メフィストフェレス

しおりを挟む

 フェリスは握りしめていた奇宝石へ、力を込める。
 発動させる寸前―――それを目視したメフィストの魔力により、奇宝石は粉々に砕け散った。

「っ、」

 美しい宝石の輝きを残したまま、塵と化す奇宝石に、フェリスの顔が歪む。

「あはは……っ! 嗤っちゃう、もうやだ、嗤っちゃう! 神を殺すって、すごい発想だわ! ルシファー様から命を与えられ、ルシファー様の力を使って、どう殺すっていうのよ!」
「不可能なことではない」

 厳かな声が、メシアの嗤いを消し去る。
 答えたのはエルだった。

「この力は、お前達の最も忌み嫌いものだろう? のう、メシフィストよ」
「……お前の主が、誰だか分かってるの? この世界の創造主たるルシファー様を、裏切るつもり……?」

 底冷えする声は、最早人間のそれではない。
 脳髄にまで無遠慮に侵入してくるような低い音は、まさしく悪魔という証明に他ならない。

 しかし、エルは怯えることもなく勇敢に咆える。

「我らは、この世界唯一の『善』! 悪魔とは相容れぬ存在よ―――っ!」
「この、糞風情が……!」

 直後、メシアの眼光が鋭く燿りを放つ。
 展開する魔術はひとつ、ふたつ、みっつ……五つに渡り、どれもが強大なる禍々しさを持って牙を剥こうとしている。

 フェリスは懐から奇宝石を二つ取り出すと、内ひとつに、力を引き出すがために詠唱を込める。

「―――accompli≪完了≫、

 一に元素、循環し廻る空気の源。
 司りし精霊の賜物、恩寵を仰ぎ祈りを捧ぐ」

「捕えよ!」

 迫る牙に、奇宝石が爆ぜる。
 五つの影を相殺したフェリスは、メシアが新たに影を作りだしたのを確認して、地を這うように駆け出した。

「liaison 結合≫―――circulation≪巡る≫、

 素は偉大なる息吹、統べる万物の根源。
 万難を排し、求めに応えを」

 フェリスの前後から、影が速度を上げて喰らいつこうとする。

 再び懐から奇宝石を取り出し、床に向けて念じれば、途端、突風が巻き起こり、影を飲み込み粉砕する。

「次から次へと……」

 メシアの魔力に、貯蔵は無い。
 限られた奇宝石が無くなれば、それはフェリスの敗北を意味する。
 残るは2つ。それが尽きるまでに、片を付けなければならない。

 奇宝石に流れ込む伝導回路が完璧となったのを確認すると、フェリスは奇宝石を宙へ放り、叫んだ。

「四大の精霊、侍るは理、我に栄華の導きを―――!」

 奇宝石を核として、力が集束していく。
 圧縮される風の唸りに、メフィストは眉を寄せて影を編み込み、盾とした。

「させるものか!」

 ―――そして、高密度に圧縮された力が、メフィスト目掛けて発散される。

 衝撃に耐えきれず、床や壁に亀裂が走り、瓦礫を撒き散らす。
 風と言っても、最早大砲以上の威力だ。
 フェリスの渾身で放った力は、室内を半壊させ、メフィストのいた場所に大穴を開ける。そこから見える別塔をも、穿っていた。

 突風が静まった後、フェリスは痺れる腕を摩りながら顔を上げる。

「……」

 そこには。

「―――こんな力で、」

 傷一つない殻が、あった。

「『ファウストの魔神』と呼ばれたあたしが、膝をつくとでも……?」

 卵が割れるように、殻に無数のヒビが入る。
 ピシッ、ピシッ、と砕けていく音は、まるで終焉を予期する時計の音のようにも思えた。

「……ぁ、」

 恐怖が身体中を這いずるかのようだ。

 ひび割れた殻の隙間から見えたメフィストの瞳は、この世のものとは思えない形を見せ、そこにははっきりとした憤りを感じさせた。
 蛇のような瞳こそが、元来の姿なのだろう。

「フェリス、もう一度だ!」
「何度やったって無駄よ。あたしを傷つけるのも、殺せるのも、ルシファー様ただ一人だけ」
「フェリス!」

 エルの呼び声に、応える声は上がらない。

 草食動物にとって、肉食動物に睨まれれば逃げることを最優先する。
 捕食対象となったものは、狩る側に対して圧倒的な力の差と、恐怖を覚える。
 それが、いわば人間と悪魔の関係であるといえよう。

 だが逃げるべきフェリスの身体は恐怖に固まり、動くことすら叶わない。

「安心して。『まだ』殺してあげない」
「っ、……」
「たっぷり絶望と恐怖を味わわせて、たっぷり悪意を染み込ませてあげる。そういう魂って、たまらなく美味しいの」

 にたあ、と蛇のような瞳が孤を描く。
 その笑いすら不気味でしかなく、フェリスは喉をひくつかせ、反射的に駆け出した。

「フェリス!?」
「駄目、いや……っ!」

 混乱しながらも、奇宝石に念じて風に乗る。
 だが窓から飛び降りる寸前―――殻の破る音が聞こえ、振り向いたフェリスは『かの者』の真の姿を目に入れてしまう。

 それは、この世で最も醜い化物としか見えなかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...