その娘、罪人の刻印をもちながら最強の精霊術師である。

一之森はる

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1 はじまりは、2年後に。

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 ―――2年後。

 二つの種族による戦は続き、両軍共に甚大なる被害が出ていた。
 時同じくして、戦乱の真っ只中で高密度の精霊術が確認される。
 
 これにより、軍配が上がっていた筈の魔族側中心国であるアダン帝国は、救世主の力と畏れ、休戦の申し出が人間側中心国イヴァール皇国へと伝えられる。
 刻印の者による事件が相次いでいたイヴァール皇国は、これを受理。
 正式に休戦の条約が結ばれるも、両国の一触即発の空気は変わらないまま、時は過ぎた。

 一方、休戦するきっかけであった高密度の精霊術は、救世主の御力と噂が広まり、人々の支持はより高まった。
 救世主は、演説の場でこう告げる。

『今は他国との戦争ではなく、神の裁定を重んじる時。このままでは、刻印の者によって内部から瓦解してしまう』―――と。

 それにより民の協力の下、次々と発見される刻印の者への弾圧、処罰が決行された。
 しかしながら、危険度が最も高いと言われている『フェリス=ブランシャール』は、未だ処罰されていない。



 人々の雑音で賑わう城下町を抜けると、大きな広場、そして荘厳たる城が見えてくる。
 少年は、顔が隠れてしまうほどに深く被っていたローブを僅かに持ち上げると、城を見上げて溜息まじりに告げた。

「……人の悪意は魔力となり、善意は精霊の源となる。悪意に立ち向かう悪魔とは、滑稽だね」
「どうやら信じてくれたみたいで嬉しいよ。君に信じてもらうのに、2年を要するとは思ってなかったけど」

 ローブの下から、もぞもぞと動く物体が、少年の独り言に応える。

「エル、大人しくしていて」
「精霊という力の集合体である我を、このような狭い場所へ閉じ込めるとは―――君という人間は、いつだって」
「うるさい」

 肩口あたりをバシン、と軽く叩けば、声の主は黙した。

 少年は再度城を見上げ、顎に手を当て思案する。
 城への入り口は、常にひとつしか開放されていない。広場から続く跳ね橋のみだ。
 高い崖の上に建ち、周りは厳重な警備を配している塀、そして見晴らしの良い草原に囲まれている。

 軍事的拠点としても、最高の城壁と言われている城を前に、少年は口角を上げた。

「正面から行くつもり?」
「まさか」

 短いやり取りを交わした後、少年は懐から奇宝石を取り出す。
 風を操り、広場に転がっていた小石をふたつ、みっつと浮かした少年は、念じて、それを門兵へとぶつけた。

「っ、誰だ!?」

 突如として叫ばれる門兵の怒りの声に、広場にいた民衆は顔を向ける。
 その中に潜む、居る筈のない石を投げた犯人を捜そうと、門兵は槍を握って再び叫んだ。

「名乗りでよっ! これは侮辱に値する!」

 何が起きたのか分からず、混乱する民衆。
 犯人を逃しはしまいと躍起になる門兵。駆けつける憲兵達。

 場が騒然となったのを機に、少年は人ごみに紛れ駆け出した。
 握り締めたままの奇宝石へ念じ、広場を囲む塀から飛び降りる―――だが落ちるのではない。風の流れに乗った身体は、城の一角にある外殻塔へと辿り着く。
 外壁にしがみついた少年は、風の向きが変わったことを察知すると、再び念じて塀をこえた居館へと侵入した。

 瞬間、使用限度を超えた奇宝石は、粉々に砕け散ってしまう。
 手の平で塵と化した石を見て、少年は肩を落とすしかなかった。



 ―――王城、救世主≪メシア≫の間。

「ああ、美しい……美しい、愛している、メシア様……我らが主、メシア様……」
「ふふ、もっとよ。あぁ……もっと私を賛美して」

 ベッドに横たわりながら、睦言を繰り返す皇子の上で、メシアは悦びの表情を浮かべる。
 身体の悦び、心の悦び―――メシアは、人がもたらす感情に酔いしれた。

 人の悪意は、最上の喜び。メシアの、メフィストという神の力となる。
 人の善意は、無上の悲しみ。メフィストの知らぬ、『あの方』の捨てた力である。

 その善意の力を持つ『人』を貶めることに、メフィストは心から昂った。

「メシア様……なによりも、誰よりも輝く……光の御子……」

 ―――皇子が、うわ言のように呟いた、その時だった。


「悪趣味」

 軽蔑を滲ませた一言が、皇子の言葉もメシアの歓喜に打ち震える声も制止させる。
 咄嗟に声の聞こえた方へ振り向けば、そこには窓枠に寄り掛かる、ローブを被った少年がいた。

「貴様、誰だ!」

 皇子は起き上がり、メシアを背後へ回す。
 向き直った少年のローブがもぞもぞと動くと、嗤い混じりに声が聞こえてきた。

「この国の皇子は、どうやら骨抜きにされてしまったようだ。悪魔の『魅了』に負けるとは情けない」
「仕方ないよ、エル。精霊の守りも加護もない人なら、抗う術はない」

 どこからともなく聞こえる声に、皇子は信じられないものを見るかのように、目を丸くする。
 だが更に驚愕の事態が起こる。

「あ、こら」

 少年のローブの合わせ目から飛び出した『何か』は、勢い余って空中で何度か回転すると、「ぷは」と息を吐き出した。

 その姿。その形状。
 広大な世界に生息する生き物の、どれにも当てはまらない姿に、皇子は悲鳴を上げた。
 背に生える羽、頭部についた三角の耳、柔らかな毛並みの動物は、愛らしい瞳を皇子に向けると「うるさい」と叱咤する。

「なな、なんだそれは……っ! 誰か、誰か―――ッ!」

 救援を求める皇子に対し、少年は懐から新たな奇宝石を取り出すと、近場にあった豪華な装飾の棚を浮かして皇子へとぶつける。
 鈍い音と共に声が途切れ、棚と共に皇子はベッドから転がり落ちた。

「ちょっと黙ってて」

 少年はベッドへ座ったままのメシアへ近づくと、冷酷な瞳をもって睨みつける。
 見上げるメシアは、目を細めた。

「久しぶりね。全然見つからなかったから、狼にでも食べられちゃったのかと思ってた。精霊を現象化したの? やっぱり、貴女最高ね」

 くっくと嗤うメシアは、言葉を続ける。

「でも貴女、刻印を見る限りあまり『悪意』を貯め込んでないじゃない。これじゃあ、操るにはまだ足りなーい」
「っ、貴様……! 貴様なんぞに、操られるものか! 刻印の仕組みも、世界の理も、エルに教えてもらった……!」

 世界の仕組み―――それは、神ルシファーが創ったこの世界は、別次元の世界を模して創られたというものだ。
 本来のルシファーは楽園から追放された存在であり、神たる力を有する悪魔だという。

 ルシファーは永い時を経て、この世界を創造した。
 人間をふたつに分け、片一方にはルシファーが天使であった時の力、人の善意を源とする精霊を、
 片一方にはルシファーの悪魔としての力であり、人の悪意を源とする、魔力を扱わせた。

 人の善。人の悪。
 果たしてどちらが勝るのか。
 どちらが生き残るのか―――それを、ルシファーは知るために。

 その時は、近くして訪れる。
 故に。

「私は、この世界の神を殺す……っ! メフィストフェスト、悪魔である貴様もだ!」

 高らかに、フェリスは宣言した。
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