その娘、罪人の刻印をもちながら最強の精霊術師である。

一之森はる

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プロローグ 1

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「あ、ぐ……ッ!」

 降りしきる雨によって、泥と化した地面へ頭を押さえつけられる。

 高価なドレスも、『幸福』の象徴である翠の髪も、泥にまみれて見るも無残な姿を大衆へ晒す。
 取り囲む群衆―――その中に近衛兵や、親しかった護衛の者達、慕ってくれた学友を見つけるも、皆一様にして畏怖の瞳を向けていた。

「観念するんだ、ブランシャール侯爵令嬢……いや、もう『侯爵令嬢』などではないな。お前はただの罪人だ!」

 周囲にわざと聞かせるかのような大声の中に、嫌悪の感情を含ませ、この国の第一皇子は告げた。

「なにを……っ! 私には身に覚えのないことです! どうか、どうか冷静なご判断を!」

 身体を押さえつけられたまま、必死にフェリスは叫ぶ。

 だが、それは無意味に他ならなかった。
 何十人と集まる広場の中心で、フェリスの言葉に耳を傾ける者など、居はしなかったのだ。

「この期に及んで、まだ言い足りないかッ! 貴様は咎人―――これが、その証拠であろう!?」

 皇子が大股で近づき、力の加減などつけずに掴んだフェリスの腕には、不自然に巻きつく『刻印』が刻まれていた。
 それを目にした大衆から、どよめき立つ声が上がる。

 振り払おうにも、皇子の力は強く、フェリスは痛みを我慢するしかなかった。

「見ろ、この刻印を! 神が咎人につける『烙印』であろう!」
「いいえ、いいえ違います! これはそこにいる、メシアによりつけられたのです……っ!」

 フェリスは皇子の後ろへ佇む、同じ年頃の救世主≪メシア≫へ視線を注ぐ。
 メシアは謂れの無いことだと言わんばかりに目を丸くすると、悲痛に顔を歪め首を振った。

「そんなこと……! どうして、『神の導き』によって召喚された私が、」

 目に涙を浮かべ、華奢な体で皇子にしがみつく。

「私にそんな力はありません……! どうか惑わされないで、皇子様」
「大丈夫です、メシア様。すべてこの女の妄言……まずは、国の代表として非礼を詫びましょう」
「皇子……ッ!」

 惨めにひざまづく皇子の姿に、フェリスは悲しみに叫ぶ。

 どうして気づかないの、どうして分からないの。
 顔を上げれば、メシアが浮かべている恍惚とした表情が目に入る筈なのに、取り囲む周囲の誰一人としてそれに気づかない。

 ―――彼女は、『救世主』などではない。

 そのことに誰よりも早く気づいたフェリスだったが、もう全てが遅かったと悟り、失意に顔を伏せた。

「フェリス。貴様をたった今ここで、死罪に処する! 誰か、俺の剣を!」
「……っ」

 皇子の言葉に、権威を持ち合わせた者達が慌ただしく動き始める。
 近衛兵はフェリスをその場で座らせ、頭を下げさせた。
 彼の側近は装飾の施された剣を差出し、受け取った皇子は迷いも無く刀身を抜き放つ。

「皇子……どうか、私の言葉を聞いて……」
「しつこいぞ、フェリスッ! 私も元婚約者の首を刎ねる覚悟をしたのだ、貴様も死を受け入れろ」

 元、とつけられ、フェリスは唇を噛み締めて涙をこらえた。

 たとえ、家同士が決めた婚約だとしても―――フェリスは皇子を愛していた。皇子もまた、想いを返してくれていると思っていた。
 それなのに、こんな、あっさりと破棄されるなんて。
 何度も交わした愛の言葉すら忘れ、迷いなく死罪を突き付けるなんて。
 ただの一言も、訴えを耳に入れてはくれないなんて―――。

 絶望に涙を落とすフェリスは、顔を上げメシアを睨む。

 全ては、彼女が狂わせたのだ。
 悔しい。悔しい―――悔しい。

 このまま何も出来ずに終わるなんて、そんなの嫌だ。

 悔しい。ただ、ただ悔しい。

「やだ……怖い。睨まないで」

 小さく嘲笑を浮かべながら、彼女は音も無く唇を動かす。
 『つ、み、び、と、さん』と。

 悔しげに目を細めたとき、フェリスの耳は剣が風を切る音を拾った。
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