セレンディピティ

藤澤 怜

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梅雨の華

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「この結末はどうなの?」
放課後、七星高校1階の図書室には文芸部員の4人しかいない。ここは利用者が少ないから居心地がいい。
この学校の図書室はもはや文芸部の部室と言ってもいいだろう。
本を借りにくる生徒はいるがここに入り浸って本を読む人は極めて少ない。
本棚に囲まれたこの空間で僕たち4人で夏のコンクールに向けての物語を作っている。
「いや、読み手に結末を委ねるってのをも作品の在り方だと思いますよ」
手を机の上で組みながら作品のアイデアを話す、1学年上の藤森先輩はアイデアの数は誰よりも出てくる。
しかし藤森先輩の案に時雨先輩は納得がいってないようだ。
「きちんと謎を解明させる。でなければ物語として成立しないわ。やっぱりあなたがいると話が脱線するわ」
ダメ出しに悪口が加わり藤森先輩が少し可哀想になるが、僕個人的には時雨先輩の言う事が正しいと思う。
色黒の男が眼鏡女子に罵倒されているこの空間に、本棚の上の窓から入ってくる風が冷たい。
頑張れ、先輩。
「犯人目線で進む4章で読み手が腑に落ちる形に持ってきたいですね」
ノートに丁寧に作品のキーワードをメモしている彼女は、僕と一緒に入部した音葉さん。アイデアがびっしり書かれたノートを見ながら積極的に案を出している。
作品の伏線、読者を騙す文章の構成、考えれば考えるほど選択肢は増え答えは出なくなる。
時雨先輩が決定権を持っているように見えるがそうではない、皆の出すアイデアが良ければ採用して文芸部全員が作っていると実感できて楽しい。
「百合ちゃん、伏線仕込むならどこがいいかしら?」
「そうですね、最初に物語の本筋とは違うところでの主人公と協力者のやり取りを見せて、読み手からしたら詐欺師と母のやり取りだと思わせられれば後から辻褄が合うかと思いますけど」
皆が腕を組んで目を瞑る。
「それ出来れば後半一気に伏線回収できて盛り上がるわね」
けどその中身をを考えるのが難しい。
ガチャ。
「藤森君、いるか?」
珍しく大きな声を出す海堂先生が図書室に入ってきた。
「私はここにいますよ」
先輩は椅子に座りながら後ろを振り向く。
それと同時に時雨先輩が「いますよ。連れてってくれますか?」
無言で近付いてくる先生は普段通り神妙な顔つきだ。
「君に話を聞きたい人が来ている、ちょっといいかな?」
藤森先輩の隣に立つ先生はじっと先輩を見ている。
「承知しました」
何も聞かずに立ち上がる先輩は、動揺もせず落ち着いてるように見えた。
「先生しばらくそれ、返さなくても大丈夫ですよ」
相変わらず時雨先輩はキツい。
「いいか、正直に話すんだ。そうすれば守ってやれる」
「藤森先輩何かあったんですか?」
なんだか良くない雰囲気だ。皆もそう感じているかもしれない。
「心配ないよ、2人とも。時雨先輩と進めていてくれ」
藤森先輩は時雨先輩の方を見た、時雨先輩とアイコンタクトを取っているように見える。いつもは時雨先輩に罵られているけどお互い頼りにしている感じがして最近は藤森先輩が哀れだとは思わなくなってきた。
海堂先生と2人で図書室を出て行った先輩はいつも通り背筋が伸びていて堂々と歩いている。
「話を聞きたい人って誰ですかね?」
「人気者は辛いわね」
机に肘を突きながら時雨先輩はつぶやく。
僕は違和感を感じたけどそれ以上詮索しなかった。
先輩達が大丈夫っていうなら大丈夫だよね、きっと。





       
「今日はこのくらいにしましょうか」
時刻は17時15分。
45分発の電車に乗らないと次の電車は6時を過ぎる。
「そうですね、帰りましょうか」
3人で人気の無い昇降口まで歩いて行く。
部活がある時は4人で電車に乗って帰るのが日課になっている。
最初は先輩達の会話をひたすら聞いているだけだったけど、最近は僕の話を聞いてもらったりしていてとても楽しい時間だと感じられる。
「藤森先輩戻ってきませんでしたね」
「話が長引いてるみたいね」
いつもの靴に履き替え、今にも雨が降り出しそうな雲の下を歩く。
校門を出て駅に向かう途中、前方から見覚えのある服装の人が来る。
担任の京野先生だ。僕と音葉さんは同じクラス。先生は優しくて可愛い、男子には絶大な人気のある先生だ。
下を見ながらゆっくり歩いている。
学校の外を歩いているなんて珍しいな。
近づいたところで挨拶をする
「先生さようなら」
「さよなら先生」
俯いた顔がこちらを見る
「 さよなら、気を付けてね」
こちらに気づいていなかったみたいだ。
なんだか元気が無いみたいだ。朝はいつも通りに見えたんだけどな。
「倉木さん、今日藤森君は部活には来てない?」
時雨先輩が立ち止まり先生と向かい合う。
「来ましたけど、途中で海堂先生と出て行きましたよ。」
「そうなのね。ありがとう。3人とも気をつけて帰ってね」
先生は私達とすれ違い学校の方に向かって歩いて行く。
「藤森先輩何したんですかね?」
「彼はふざけているけど、馬鹿な事はしないはずよ、さぁ2人とも電車が来るわよ急ぎましょう」
3人で駅に向かう道は海からの潮風が吹いてくる。
3人で横並びに座り窓から海を眺めながら電車に揺られる。
「ねぇ百合ちゃん、これあげる」
時雨先輩は鞄から出したオレンジ色の小さい袋を手渡してくれた。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「もちろん」
袋の中には小さいシルバーの光沢のある細長いものが入っている。
「これは、簪ですか?」
音葉さんが手にした物は髪をとめる簪に似ている。
「髪留めよ、私の父が錫の職人なの。私とお揃いよ」
「ありがとうございます!小さくて可愛いですね」
「似合ってるわ、やっぱり百合ちゃんはシンプルな物が似合うわね。錫ってわかる?」
錫(スズ)は初めて聞いたが柔らかい金属みないなものだと教えてもらった。
手で曲げると簡単に変形する。
「初めて見ました。ありがとうございます♪大切にします」
時雨先輩と音葉さんは仲がいい。
本の話ばかりではなく色んな事をよく話しているが気が合うとはこういう事だろう。
まるで姉妹みたいだ。
「カッコいいね、シルバーアクセサリーみたい」
黒髪に輝く小さな花は高度な技術の結晶だ。
「疾風にもあげる、使って」
「えっ」
僕に手渡されたのはプチプチに包まれている。
開けてみると栞が入っていた。
「疾風にはこれね、いっぱい使ってね」
「カッコいいですね、ありがとうございます」
本を読む習慣が無かった僕はいつも本に付いてる紐の栞を使っていた。
いつも僕は皆より先に電車を降りる。
曇空の下2人の乗った電車を手を振りながら見送る。
雨が降りそうだ。冷たい風が体に当たる。
大体いつもの場所に停めてある自転車の鍵を解錠し家に向かう。
確か天気予報では明日は雨だったな。
「ただいま」
「おかえり」
父が遠くから返事をくれる。
おそらく晩御飯の用意をしているんだろう。部活がなく帰りが早い時は僕が御飯を作る。
玄関から廊下の奥にある仏間にある仏壇に正座して線香を立てる。これが帰宅後の日課だ。
「ただいま、母さん」
母はもういない。病気でこの世を去った。
兄が1人いるが石川県の大学に行っている。
僕は最近ココアが好きで毎日帰ってきてから飲んでいる。
飲みながら新聞を見ては地元で起きたことに目を通す。
駅前で飲酒運転で会社員が逮捕された事、近くで詐欺の被害があった事、毎日色んな事が起きている。
「なぁ、先週の金曜日駅前で乱闘あったらしいぞ」
「どこの情報?新聞に書いてないよ」
キッチンに立っている父を見るが父はフライパンを見たまま僕に話しかける。
「うちの従業員から聞いたんだよ。警察が来る前に逃げたみたいだけどな」
「物騒だね」
聞いた話では、現場にいたのは4人、その内2人が暴行を受けて2人が立ち去ったらしい。
乱闘というか喧嘩だ。駅前みたいなカメラばかりあるところでの事ならすぐに捕まるだろう。
今は街の至る所に監視カメラがあり、悪い事をしてもすぐにバレてしまうと父はよく言っている。
「逃げたのはカップルだったらしいぞ、だいぶ若いんじゃないかって言ってたよ」
父の話を聞いて頭の中で先輩の顔が出てくる。そんな事やりそうにないけど今日明らかに連れていかれたし、何かあって話を聞きたい人が来ていたんだろうけど、世間は案外狭いからなぁ。
「そうなんだ」
時雨先輩からもらった栞を部屋に置いて父と一緒に夕食を食べる。








朝、目が覚めると雨の音が微かに聞こえてきた。
天気予報通り朝から雨だ。もうすぐ6月も終わるというのになかなか暖かくならない。
久しぶりに寒い朝、もう夏に向けて衣替えをしてしまったが珍しく今日は冷えている。
頭の中には藤森先輩の事が離れなかった。
あまり他人の事を考えることなんて無かったけど、心配になった。
朝ご飯を食べていつもの時間に家を出ようとすると
「気をつけて行けよ」
「うん、いってくる」
いつもの電車に乗って学校に行く。
電車の3両目、音葉さんがよくこの車両に乗っている。
「おはよう」
傘を持って椅子に座っている彼女の前に僕は立つ。
「おはよう」
朝の通学時間は椅子がほぼ埋まっていて座れない。
席は遠くから通っている人だけが利用できるメリットの一つでもある。
「音葉さん髪留めかっこいいね」
昨日時雨先輩からもらった髪留めが彼女の左耳の上に止まっていた。大きすぎずとてもシンプルでカッコいい。
「気に入っちゃった。疾風も栞使いなさいよ」
「新しい本買ったら使うよ」
待ち合わせている訳ではないがなんだかお決まりみたいになってきた。
学校の最寄駅に着き、大量のビニール傘を見ながら自分の教室まで歩いて行くなかで胸騒ぎが自分から離れなかった。
藤森先輩何か変な事に巻き込まれてないだろうか。
「藤森先輩大丈夫だったかしら?」
「今日普通に来ていればいいけどね」
やはり音葉さんも心配していたようだ。
「ところで、昨日の話だけど疾風どう思う」
小説の内容はまだ固まっていない。全員が納得する形になるまでとことん案を出して行くのが部としても約束だった。
「序盤の刀が屋敷から無くなった件。登場人物が全員犯行を知っていたとなれば最後に話の腰を折るような気がするんだ。思い切って刀の設定を無くして殺人からの詐欺師への復讐1つに絞ったらどうかな?」
「それだと、どこにでもありそうな話になりそうなのよね」
なかなかこの部の女性陣は男性陣の意見を聞いても首を縦に振らない。確かに2人の出す案にはいつも感心するけど案を出しても玉砕されるのが慣れっこになってきた。
「今日も集まれたら集まりましょう」
「そうたね、先輩達に連絡してみよう」
文芸部のグループにメッセージを送ったが返信が来たのは昼休みだった。
「放課後集まりましょう。よろしくお願いします」
と書かれたメッセージがグループに送られてきた。
教室ではあまり話はしない。お互いそんな感じで今日まで来ている。
廊下から教室に入る。ここでは僕は一人きり。
「音葉さん、その髪留め素敵。」
「可愛い!それどこのやつ?」
音葉さんは僕と違いクラスに友達が出来ていた。
「文芸部の先輩からのプレゼントなの!いいでしょ♫」
僕以外にはこの高校に来た経緯は話してないみたいらしい。
音葉さんは他の生徒とは雰囲気みたいなものが違う、都会から来たお嬢様だからか?クラスメイトからも人気がある。
相変わらず僕は1人だ。勉強に集中できるがそれが嬉しいような悲しいような気がする。
教室の扉が開き、担任の京野先生ではなくホームルーム来たのは教頭先生だった。
「おはようございます。京野先生は本日午後からの登校になります。何かあれば職員室に来てください、では出席をとります」
放課後になっても相変わらず、雨は止まない。
傘を持ったまま図書室に向かう途中、生徒会長の西野さんがいた。
西野さんは音葉さんの従兄弟のお姉さんであり同居している西野さんの娘さんだ。
僕はサーフィンを通じておじさんとは顔見知りである。
「百合ちゃん、今日も部活?」
「はい」
相変わらず、僕とは目も合わないが音葉さんには優しい。
「あまり、遅くならないようにね」
いつも西野先輩は音葉さんには優しい。
「疾風が駅まで送ってくれますので。」
「ん、もちろん」
咄嗟に口から出てしまったが一緒に帰ってるだけで送り届けている自覚は無かった。しかも部活の日は4人一緒だから。
「百合ちゃんをよろしくお願いね」
僕の目を見て放たれた言葉には少しプレッシャーみたいなものが含まれている感じがした。
「はい、わかりました」
そう答えるのが精一杯だった。美人な先輩に緊張している自分が情けない。
音葉さんに手を振り昇降口に向かう西野先輩を見送り、僕達はまた図書室へと歩き出す。
「疾風はお兄さんと仲良いの?」
「良い方だと思うよ。あまり喧嘩した覚えもないんだよね」
「羨ましいわ、私にもお兄ちゃんが欲しかったわ」
音葉さんはひとりっ子らしい。そういえば聞いた事無かったっけ。
「ちょっと変わった兄だけどね」

図書室に入ると時雨先輩と海堂先生がいた。
「こんにちは」
「こんにちは、百合ちゃん。あっ!似合ってるじゃない!早速付けてくれたのね!」
「凄い可愛くてさっそく付けちゃいました。ありがとうございました。」
「私とお揃いよ。私はこっちに付けてるの♪」
右耳の上に付いている髪留めは音葉さんの物とは形は違うが小さく花が所々装飾されている。
「クラスの友達にもいいなぁーって言われました!大切にしますね♪」
2人は先輩後輩というより、同じクラスの友達みたいだ。女の子は本当に楽しそうだ。
「2人にも話がある、昨日の藤森君の件だ」
海堂先生は、はしゃぐ2人とは真逆で深刻な顔をしている。
「藤森先輩どうしたんですか?」
「謹慎よ」
時雨先輩は少し笑顔を残したまま、僕達とは目を合わせずさらっと言った。
「謹慎?どうして?」
「昨日、警察から連絡があった。本校の生徒が駅前で喧嘩をしたと。」
父が言っていた件だろう。
まさかの知り合いだったなんて、やはり世間は狭いなぁ。
「藤森先輩が喧嘩したって事ですか?」
音葉さんはさっきまでの笑顔はどこかへ行ってしまっていた。
「目撃者もいたし、走って逃げるところが監視カメラに映ってたらしいわ」
「なんで、そんなことを?」
「それが」「それが」
時雨先輩と海堂先生の声が重なる。
「あいつ何にも喋らないのよ」
「?」「?」
静かな図書室は空気が止まったようだそう。雨の音だけが聞こえる。
「つまり?」
長机を挟んで時雨先輩と海堂先生と向き合って座る。隣には音葉さんが座る。
警察の調べでは現場には4人。
藤森先輩と揉めた男性が2人。藤森先輩と現場には女性がもう1人。
藤森先輩は学校の制服を着ていたらしい、監視カメラに写っていて警察はこの学校にたどり着いた。
もう1人の女性はまだ警察も探している。殴られた相手の証言から女性と話をしていたら、藤森先輩が割り込んできたとの事。
先に手を出したのは相手らしいが、藤森先輩はやり返してしまったらしい。
警察は女性から話を聞きたいらしいが女性の身元が分からないとの事。
藤森先輩は女性の事は知らない人と言っている。
「藤森先輩はその人の事を助けただけなんじゃないんですか?」
音葉さんと同じことを僕も考えていた。
「それには女性の証言が必要よ。実際その場にいた人に話を聞かなければ証拠にならないわ」
時雨先輩は腕を組んだまま図書室の本達を見回している。
「警察が来るなんてよくない事が起こった証拠だよ、まぁ彼に話を聞くしかないだろう、倉木くん様子を見に行ってやってくれないか?」
海堂先生は先輩を守る為に一緒に警察の話を聞いたらしいが、男達が女性と揉めているから横を通ったら向こうが手を出してきたとの事で警察に話しているみたいだ。
だが相手は高校生が先に手を出してきたと言っていて警察は調べるのに女性の行方を追っているみたいだ。
どうやら最近流行りのマッチングアプリで知り合った女性だそうだ。
名前は偽名、職業は会社員。
それが女性の数少ない情報だ。
「藤森先輩は自宅にいますかね?」
「そのはずだけど、私1人でいいわ」
僕には時雨先輩にそれではお願いしますとは言えなかった。
「いえ、僕も行きますよ」
「私も行きます」
「じゃあ連絡してみるわね」
携帯で電話をする先輩の耳の上には錫のアクセサリーが付いている。
「なにしてるのよ!皆が心配するじゃない!」
いきなりの大声にビックリしたが、藤森先輩には本当に雑な対応だ。
「なんでよ、百合ちゃん達もいるわよ」
会話の内容はわかるようなわからないような、周りに僕達がいると喋りづらい事なのかな。
「わかったわ、じゃあ」
すぐに電話を切る、ほんの20秒くらいで会話が終わってしまった。
「2人ともパンケーキ食べに行くわよ」
「今ですか?」
電話の件よりもパンケーキが気になってしまった。なぜこのタイミングで?
「いいですね」
嬉しそうに答える音葉さんはどこのお店に行くかの方が気になっているのだろう。
「では、先生また報告しますね」
そう言って皆で図書室を出るが本当はパンケーキを食べに行くのでは無くて藤森先輩に内緒で会いに行くのではないか?
今は黙って付いていくしかないだろう。
「百合ちゃん、このお店どう?」
「素敵ですね、行ってみたいです❣️」
僕はいつでも時雨先輩の指示に従えるように色々考えていた。
これから藤森先輩と合流して女性のことを調べるのかと勝手に妄想を膨らませていた。
ミステリー小説を作っていたら、ミステリーな事件が起きた。
今までには感じたことの無い緊張と興奮が混ざった変な感情が自分の中に生まれていた。
さあ、行こうか




雨の中辿り着いたのは新潟駅前を少し歩いたパンケーキ屋だった。
「これも美味しそう♫」
「私こっちにしようかしら」
目の前の2人の女子高生は先程までの事など忘れてしまっているみたいだ。
ボックス席に座っている僕はこの状況がわからなかった。
1000円以上するパンケーキに驚きながら、こんなにも物価が上昇しているとは知らなかったと鉛色の空を見上げた。
注文を終えてメニューを下げてもらう、先程の電話から急に方向転換してここにいるが。
「今日2人とも何時までに帰ればいい?」
「どうしたんですか?」
先輩は携帯の画面を僕達にみせてくれた。
画面には藤森先輩とのメッセージのやり取りが表示されていた。
「学校の外で話せませんか?」
電話しながらメッセージを送っていた。
「藤森先輩はこれから来るんですか?」
「いや、18時に手伝いが終わるのよ。その後合流して話を聞く予定。」
時雨先輩は電話では話せないから図書室での電話を切り上げてここに来たのだという。
「手伝いって何をされてるんですか?」
音葉さんが疑問を時雨先輩に投げると、先輩は髪を指でいじりながら答える。
「ラブホテルの掃除よ」
入った事はないが聞いた事はある。
「百合ちゃん、入ったことある?」
笑いながら質問する先輩に顔を赤くしながら固まっている音葉さんは、口が半開きのまま固まっている。
「ないですぅ」
変なイントネーションでの返事にあからさまな動揺を隠せないでいる彼女を見て可愛いなぁと思った。
「疾風はもう慣れたものよね?」
もちろん入ったことなんてない、友達すらできないのに恋人なんてもってのほかだ。
「そうですね」と冗談を真顔で言うと、隣の音葉さんから肩を叩かれて正面の先輩からはおしぼりが飛んできた。
嘘ですと小さい声で謝り、出てきたパンケーキを3人で写真を撮りながら食べる。
なかなか2人は食べるスピードが早い。
時計を見るとまだ30分以上ある、父にメッセージを送り帰りは遅くなると伝えた。

小雨が降る中を傘を差した時雨先輩に付いて歩いて行く。
駅を背にビルの間を抜けて行くと車がすれ違うのがやっとの狭い道を先輩は反対方向から来る人達をすり抜けながら歩いて行く。
ちょうど帰宅ラッシュの時間駅に向かう人は多い。
さまざまな色の傘が道を行き交っている。
飲食店が並ぶ道沿いから一本路地に入ると小さい居酒屋が並びその奥にスポットライトに照らされている椰子の木がある街の雰囲気とは違う、大きく「precious」とネオンの光る建物が聳え立っている。
外国に来たみたいだと建物の前で立ち止まり建物を見上げた。
「そんなところで立ち止まらない!」
時雨先輩の声に我に返り前を向くと2人は建物の角を曲がって行ってしまった。
小走りで追いかけた先には私服姿の藤森先輩がいた。
「時雨さん、来て頂いて申し訳ない、音葉ちゃんもありがとう」
ジーンズに白いシャツを着ている先輩は制服姿の時と変わらずラフな感じが漂っている。
この姿を見て文芸部の人間とは誰も思わないだろう。
「あなた、何で警察に本当の事喋らないのよ!話をややこしくしてるの分からないの?」
激しく詰め寄る時雨先輩は明らかに怒っている。
さっきまでのパンケーキ屋の表情は一欠片も残っていない。
「藤森先輩なにがあったんですか?」
藤森先輩は僕の方を見ながらいつものように手を上げた。
「疾風、悪いな」
「いえ、大変でしたね」
まあなと言った先輩は晩飯を食べようと言ってくれた。
「先輩、出歩いて大丈夫なんですか?」
警察に事情を聞かれている割には自由なんだなと思った。
「大丈夫だ、俺の家に行こう」
そう言って歩き出す先輩はあまり今回の件では動揺してないように見えた。
会社帰りであろう人達とすれ違いながら桂林という赤い看板の中華料理屋さんの前で先輩は止まった。
「俺の家だ、入れよ」
店の中は明るいが定休日の白い札が扉に掛かっている。
「お邪魔しまーす」
時雨先輩の後から入ると、カウンターの中に人がいる。
「あら!何?可愛い子が来てくれたじゃない!?」
僕も思っていたけれど時雨先輩と音葉さんは確かに可愛い。
「ゆっくりしていって、今日はお客さん来ないから」
「ありがとうございます、お邪魔します」
店内はテーブルが5つとカウンター。壁には大きな黒板のようなものがあり、メニューが張ってある。
僕達3人はカウンターに座る様に案内された。
「母さん、調理場借りるよ。皆ご馳走様するよ」
「藤森先輩が作るんですか?」
僕と音葉さんもびっくりしていると、先輩はエプロンを付けながらお前も手伝うんだと僕を指名した。
「料理はあまりできませんよ」
「俺が切るから炒めてくれ、回鍋肉と麻婆豆腐でどう?」
「お願いします」×2
女性陣はとても嬉しそうだ。
制服が汚れるからとエプロンを貸してくれた。
先輩は手慣れているのか、食材と中華鍋を出して準備を進める。
「疾風、米を3合炊いてくれ」
米は水で2回素早く洗う、水の吸収が早いので表面の汚れを取ると美味しい味になると父が教えてくれた。
「おぉ、分かってるな」
藤森先輩はキャベツをむしりながらちゃっかりこちらを見ていた。
「父に教わりました」
「疾風には良い親父さんがいていいなぁ」
「この店は先輩のご両親が経営されているんですか?」
「いや、母さんが経営している。うちに父親はいない」
「そうでしたか」
短い会話だったけど先輩の苦労が少し感じられた。片親だから可哀想だなんて思わない、我が家も片親だがとても楽しく暮らしている。
他人が他所の家庭の事を色々言うものではないが、苦労はする。それだけは分かる。
厨房に火が着いた。
用意された鉄の中華鍋は家にあるフライパンの倍は大きかった。
だから僕が手伝う事になったのか。
渡された湿ったタオルで鍋の持ち手を掴み持ち上げると料理人の凄さが一瞬で分かった。
非常に重い。
「貸してみ、緩急をつけて揺らす!」
何も入っていない中華鍋を先輩は軽々扱う、具材が放り込まれ炎の熱が上半身にぶつかってくる。
「家でやる料理とは違いますね」
「やってみろ」
見様見真似でやるが上手にはいかない、焦げない様にオタマでかき混ぜながら鍋を揺らす。
横から次々と調味料が入れられて気付けばいい匂いが手元から溢れてくる。
あっという間に料理が完成する。
大皿に盛り付けた料理は自分が手伝った料理だからか非常に美味しいそうだ。
「なんと美味しそうな事か!」
「美味しそうですね♪」
2人の女子高生にはとても好評だった、山椒が効いた麻婆豆腐は今までに食べた事のない味で僕の中の歴代1位になった。
「それで何があったのよ、いい加減話しなさい」
時雨先輩は前のめりになりながら向かい合う藤森先輩に問い掛ける。
そう、今日ここに来た目的は先輩の事件について本人から直接話を聞くためだった。
「先輩が相手の人に手を出したって聞きましたけど」
音葉さんも先輩に続き問い掛ける。
この2人はなんだか最近似てきたな。
藤森先輩は水の入ったコップ持ったまま話してくれた。
「バイトに行く途中ホテルの裏で女の人が男2人と喧嘩してたんだ、通り過ぎて見たら京野先生だった」
絶句とはこんな状況の事を言うのか、換気扇のおとだけがお店の中に響く。
色々な考えが頭に巡る。
「先生が喧嘩?」
「いや、あれはトラブルに巻き込まれたって感じかな。最初知らん顔しようとしたけど、先生向こうの奴らにしつこく迫られてたし、ちょうど目が合ったから声掛けたんだ。先生、泣きそうな顔してたからほっとけなくて」
仲裁に入ったらそこにいた1人の男に突き飛ばされた様でやり返してしまったみたいだ。
「正直に言えばいいじゃない!なんで隠すのよ」
時雨先輩の笑いながら少し怒ったような声。
「その時にやっちまったと思ってたよ。先生、マッチングアプリで出会った人で仲良くしてたみたいなんだけどしつこく誘われたみたいで。まあ結果的に助けられたから良かったかなって」
2人でその場から逃げた時に話を聞いたら、教師なのにマッチングアプリやってる事を学校に知られたくないと言っていたみたいだ。
教師だって恋愛するのは普通だけど学校という場所はいわゆる、普通が世間とは違う、それは学生の僕でも分かる事だった。
「あの先生、かなり取り乱してたからねぇ。その子がお店に連れて来た時はもうこの世の終わりみたいな顔してたからねぇ」
藤森先輩のお母さんが店の奥から出てきた。
話を聞くと翌日の朝から先生は謝罪に来たみたいだった。
「学校の先生だなんて言ったら面倒でしょ、噂になったら可哀想だからそのまま逃げちゃいなさいって私が言ったのよ」
なんとも豪快なお母様だが、それでいいのかな。
先輩1人が助け損のような気がしてならなかった。
「先輩、それでいいんですか?人助けしたのに、真実を隠して停学だなんて」
「疾風、いいんだよ。男ならこんな事もあるよ。美人にありがとうと言われたらいい仕事したと満足するのさ」

皆でお皿洗いをしながら、創作している小説の内容を話合う。
今回の件は先生には申し訳無いが素直に話すべきだと思う。
停学だなんて評定に響くだろう。僕だったら他人を庇うなんてできないだろう。この先輩はお人好しというか他人に甘いと言うか。
「実は全員真実を知っているのけど、本当の事を言わない。まさに完全犯罪だな」
藤森先輩は洗い物をしながら笑っている。
「真実を隠したままというのはどちらにとっても気持ちの悪いものよ」
時雨先輩はお皿を布巾で拭きながら笑っていない。
「私も正直に言った方がいいと思いますよ、先生も困ってるんじゃないですかね」
テーブルを拭きながらこちらを見ている音葉さんも時雨先輩と同じ意見らしい。
「警察に真実がわかったら先生が責められるんじゃないんですかね?生徒だけ矢面に立たして余計に怒られるんじゃないですか?」
「京野先生は何も悪い事してない。むしろあのまま放っていたら先生が被害者になってたかもしれない」
藤森先輩はもう笑っていなかった。むしろ怒っているのが伝わってくる。
「お母様、ご馳走様でした。お休みの時に申し訳ありませんでした」
時雨先輩に続いて僕達も頭を下げる。
「気にしないで。この子が友達連れて来るなんて久しぶりだったから、また来てね」
「ありがとうございます」

すっかり太陽は落ちて3人で駅に向かって歩くなかずっともやもやした気持ちは晴れなかった。
京野先生は悪くないのか?いや自分だけ逃げて卑怯じゃないのか?
「疾風、女性を車道側に歩かせるもんじゃないわよ」
僕達の後ろを歩く先輩から笑い混じりの注意がきた。
「失礼しました」
音葉さんを歩道側に促し、車道側を歩く。
走る車のヘッドライトに照らされながら黙って歩く僕は満腹感とは逆の物足りなさが腹の中で渦巻いている。
「先輩どうするんでしょうか?このまま何も言わないつもりでしょうか?」
音葉さんは後ろにいる時雨先輩に話しかける。
「まあ、相手が先に手を出してきたんだし、この件はただの喧嘩よ」
時雨先輩はなんだか元気が無いような気がする。
いつも堂々としている印象ばかりがあったが、藤森先輩が停学になって寂しいのかもしれない。
京野先生が正直に警察に言ったところで藤森先輩の停学が無くなるわけではないと言っていた。
先生の立場を考えればバレたくないだろう。
辺りはすっかり暗くなっている、日は落ちているが駅にはまだまだ人が多い。
明日も学校があるため3人で電車に乗って帰ろうとした時に、エスカレーターから降りてきた女性は知っている顔だった。
京野先生がエスカレーターでホームから降りてきた。
先生はずっと下を見たまま1人、両手に荷物を持っていた。
先輩からいままでの経緯を聞いていたのもあるが憂鬱そうに見えてしまう。
先生の家こっちなのかな、帰るところか。
それとも藤森先輩のところに行くんだろうか。
お節介なのは十分承知だが気になって仕方がない。
隣の2人は気づいていないみたいだけど、この湧いてくるもやもやを先生にぶつけたい気持ちが止まらなかった。
「忘れ物しました。先輩達先に帰って下さい」
エスカレーターが上がりきり改札に向かう2人を置いて階段を降りる。
女の人を尾行するのは初めてだが、もしかしたら藤森先輩に会いに行くんじゃないかと思った。
「明日にしなさい、もう!」
時雨先輩の声を背中に受けて階段を降りながら先生の後ろ姿を探す。
藤森先輩の家に行くのかな。それとも自宅がこっちなのか?
余計なお世話と分かっているけど、今来た道を戻っていた。





藤森先輩はやはり理不尽な罰を受けている。
普段は優しい京野先生に残念とは違う、なんとも説明できないもどかしさが腹の中で蠢いている。
もう他人事ではなくなっていた。
道中、先生を見つけられないまま桂林まで来てしまった。ここに来ている確証はないけどなんとなくここに来ている気がした。
ホテルのある通りの曲がり角からお店を覗く。
まだお店には灯りが点いているが、正直入りずらい。
忘れ物なんかないからだ。昔からサーフィンやスノーボードは忘れ物が致命的だと教えられ必ず無意識に確認する癖がついた。
「あんたもテツに似て猪突猛進タイプね」
「はい?」
振り向くと時雨先輩が背中にピッタリ張り付いていた。
「なにしてるんですか!」
「疾風、先生のストーカーなんてみっともないわよ、百合ちゃんが悲しむじゃない」
「時雨先輩も気づいたんですね、先生が駅にいたの」
まあね、と言った先輩は辺りを見ながら呟いた、音葉さんを電車に乗せて送ってきたみたいだ。
「先生はタクシーに乗っちゃったからここに来てるか分からないけど、疾風は予想通りの行動ね」
小説の読み過ぎなのか時々先輩は勘がいい。
色々な憶測ができる人であり、優秀みたいだ。
「いや、気になっちゃって」
「あなたには関係無いはずよ、首を突っ込むと痛い目見ることもあるんだから覚えておきなさい」
すみませんと言うと、先輩からお店の中を覗いて先生がいるか見てこいと言われた。
「僕一人でですか!?」
「当たり前でしょ!チラッと見て来なさい」
お店の入り口の横にある窓は閉まっている為入り口からしか店内は伺えない。
影が映らないように慎重に扉を開けると先程見た先生の後ろ姿があった。
やっぱりここに来てた。
少し暗い店内は先ほどの楽しい空間とは同じとは思えないほどの重い空気が流れているのが分かった。
「…ゔっ…もうしわけ、ありませんでした」
「先生!あなた、なにも悪い事してないじゃない!責任感じること無いわよ。ほら座って」
藤森先輩のお母さんは先生の背中を摩りながら崩れそうな体を支えるように寄り添っている。
いつものしっかり者の先生ではなく、ただのボロボロの女の人にしか見えなかった。
「先生、気にしないでください。先生だって被害者になるところだったんですから」
藤森先輩も先生に寄り添いながら優しい言葉をかけている。自分を犠牲にしても他人を責めない姿勢は凄いなと思った。
「先生、ご飯食べていきなよ。俺作ってあげるから」
厨房に立つ先輩はとても格好良かった。
「先生ここにいましたね」
「そうね、帰りましょうか」
大人があんなに泣いている姿を見るのは久しぶりだ。母さんの葬式を少し思い出した。
嗚咽するほど泣くのは人生でもそんなにないだろう。そこまで先生も思い詰めていたのかなと思うと先程のモヤモヤは無くなっていた。
そっと扉を閉めて静かにお店を離れた。
無言のまま時雨先輩と駅に向かって歩く、もう道を行く人の数も少なくなってきた。
「今日の事は百合ちゃんに話しておきなさいよ」
「言ってもいいんですか?」
あまり、人に言ってはいけない様な現場を目撃したと思ったのだが。
「百合ちゃんに何回も嘘ついたり、内緒にして怒られたんでしょ?大切にしなさい」
すべて包み隠さないのが大切にする事だとは思わないけど、1人だけ知らない事を後で知ったらまた気分悪くするだろうなとは思った。
「そうします」
時雨先輩の横顔は少し笑っているように見えた。
「文芸部は時雨先輩と藤森先輩以外に部員の方はいなかったんですか?」
時雨先輩は半分聞いてないような返事をしながら小さく答えた。
「他にも居たわよ、けど皆辞めたわ。残ったのが私達だけよ。どうして?」
文芸部の活動は僕には新鮮で楽しい時間だった。それは優しい先輩と面白い先輩の2人が居てくれたからでもある。
「部員が2人だけで少し驚いたので」
時雨先輩は鼻で笑いながら空を見上げている。
「道清先輩達みたいになりたかったんだけどね、なれなかったな」
以前は現在のやり方とは違い、1人ずつ物語を書いて皆でそれを読み代表を決めてコンクールに応募していた事。率直な意見で時に人を傷つけてしまった過去。
時雨先輩は駅に着いてからも話続けた。
「本当に良いものを作りたくて私は意見しているのに、そんな事言われて傷つくとか、自己中扱いされたり、こっちが傷つくわよ」
駅のホームは人気が少ない。帰宅ラッシュはもう終わっている。
「時雨先輩の良いものを作りたいっていう気持ち、僕は理解出来ますよ」
「ありがとう。心強い後輩が3人もいてくれて嬉しいわ。やっぱり続けてよかった。」
「先生には申し訳無いですけど、今日の事を小説にしたら案外面白くなるかもしれませんね」
「私も同じこと考えていたよ!」
次の小説のテーマが決まった。





あれから2週間がたった。
梅雨時期だが珍しく晴れた。やはり太陽が出ている海は気持ちいい。
砂浜に空いた穴からカニが出たり入ったりを繰り返している。
「先生、最近元気になってきたね」
「そうだね。あの件は先生も先輩も悪くないだけになんだか、もどかしいね」
ここに2人で来るのは何度目だろう、コンビニでデザートを買って海を見ながら話をする会が不定期で開かれる。
「来週から先輩も謹慎期間が終わるから、また皆で活動できるね」
「うん」
部活で創作している作品ができたら次は恋愛小説を書く事だけが決定した。
現在執筆中の作品ができる前に次回作の案が出てくるなんてと、時雨先輩は笑っていた。
「疾風と藤森先輩の作ってた料理、美味しかったな」
「先輩凄いよね、また食べに行きたいね」
「次は抜け駆けやめてよね」
「何の話?」
「忘れ物とか嘘ついて、時雨先輩と2人で駅前デートしたでしょ」
「してないよ!」
よく食べる彼女は笑いながらプリンを食べている。
「今回の件。もし小説にしたら音葉さんだったらどういう筋書きにする?」
キラキラ輝く海を見ながらスプーンを咥えて動かない彼女の表情はいつもの図書室で見る顔になっていた。
「実は、教師と生徒は密会していた。そこに元恋人が現れ教師を脅すの、生徒は先生を守ろうと男を殺害してしまう。2人は遠くに逃げるのであった。
とか」
「ハッピーエンドじゃないんだね」
「それも一つの物語よ」
物語は読むのが専門と言っていた君だけど、最近は先輩達の影響か物語を作っては話してくれる。
楽しそうな君を見ていると文芸部に入ってよかったと思えた。
「夏休みも部活やるのかな?」
「つぎの」
部活で作っている物語は大筋出来てきた。
何回も読んで修正を加えながら皆で意見を出し合っている。
僕達が入部して最初の作品が完成するのはもうすぐだ。
「さてと、バイトに行くよ」
僕は藤森先輩のお母さんのお店でアルバイトをする事になった。
お皿洗いが専門だ。
あの日、先輩のお母さんが僕の事をすごく気に入ってくれたみたいだ。
可愛い子と一緒に働けて嬉しいと言ってくれた。
「頑張ってね。今度ご飯食べに行くから」
「僕は皿洗い専門だよ」
「修行したまえ」
今月で夏休みに入る、勉強に部活とバイトとサーフィンと今年はいつになく忙しそうだ。











「もしもし」
「時雨さん、明日からまた登校します。またよろしくお願いします」
「よかったわね。留年は避けられそう?」
「2週間だけだったから、余裕だよ」
「まったく、人騒がせなんだから」
「ご迷惑をお掛けしました」
「海堂先生に感謝しなさいよ、薫先輩に協力してもらって何とか丸く納めたんだから。」
「感謝しています」
「もう、無茶しないでね」
「わかったよ、約束する」
「早速だけど夏休みに合宿しない?まだ行ったことのない所に行って色々見てみたいの」
「久しぶりにお泊まりデートできるなんて嬉しいな」
「ばか!部活の一環で行くんだから変な事考えないでよね!」
「時雨さんの要望なら僕はなんでも従いますよ」
「よろしい、また決めましょう。2人にも相談しなきゃ!」
「そうだね」
「じゃあ、またね」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
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