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ヒューゴ様に朝の訓練後の差し入れを渡したいと思ったものの、まだ勇気が出なかった。一度は訓練場の外で漏れ聞こえる音を聞いただけで満足して帰ってしまった。
私には時間がないのに、怯んでいる場合ではない。
翌日も出掛けた。
何人か令嬢がいたので会釈をすると、学園で同じ学年だったエマ様が話しかけてくれた。
「マリア様、こちらでは初めてお会いしますわね!どなたに差し入れを?」
「あ、エマ様。私初めてなので教えていただけると嬉しいですわ。騎士さまの邪魔をしない作法とかありましたら」

「訓練が終わるまではこちらで見学できますわ。前列は人気ですの。
大抵、訓練の場所は決まっています」

「こんな広い場所で見えるでしょうか」

「お顔までは見えませんわ。それでも同じ時間を過ごすことに意義があると私は思います!
それに終わったら通路を通られますので、そこで差し入れを渡せますわ。人気の方はゆっくり話せませんが」

騎士様達は自由に訓練をされているので、走っている方もいれば一人で体を伸ばしたり鉄棒をしたり、素振りをしている方もいる。試合形式のことをしている方もいる。

ヒューゴ様はすぐにわかった。端っこのほうで壁に向かっている。

壁の上の方に掴まって上ったり足を掛けたりしている。

片手で掴まっているわ!
すごい!
猫みたい。

ヒューゴ様は走っているときは狼みたいだと思ったけど、図鑑でみた黒ヒョウみたいだわ。
「マリア様?もしかして」

「エマ様!私について来られたのですか?えっと、お目当ての方は良いのですか」

「今日はマリア様に興味があったので。ヒューゴ様ですか、なるほど。」

「あの、ヒューゴ様を、見にこられる令嬢はいらっしゃるのでしょうか」

「いえ全く!」

「え」

「少し近寄りがたい雰囲気なので。マリア様、ライバルは居ませんわ!」

「エマ様、私は思い出作りに来ただけですの。
しばらくしたら、お会いできなくなりますわ。
私、平民になりますの。」

エマ様は、少し驚かれていましたが、すぐに明るく笑顔になりました。
「私の姉の友人で、平民の商家に嫁がれた方がいますの。落ち込まれていたんですが、次にお会いしたときには幸せそうで!こんな!こーんなに大っきなダイヤモンドを付けてらしたのよ!」
エマ様は握りこぶしをグイっと差し出しました。
そんなダイヤはないでしょう、と思いながら、笑ってしまう。
「どこに嫁いでも幸せになることもありますわ!」
エマ様のまっすぐな気持ちが嬉しかった。

数回ヒューゴ様の訓練を見学していて。お話も出来るようになった。毎回、これでお会いするのは最後かもしれないと思って勇気を出した。

髪を切った。
侍女は気の毒がってくれたけれど、これからは自分で手入れをしたり編んだりしないといけない。
手入れの方法を、平民でも手に入るもので教えてほしいと言うと、涙を押し込めて笑ってくれた。
切ったものはウィッグにして、外出のときには付けていた。少しずつ、身軽になる。
ヒューゴ様への思いも、数回に分けて減らしていけば街にすむ頃には良い思い出になっているはず。

でも、私は目立ってしまっていることに気づかなかった。ヒューゴ様を妬んでいる人たちの存在にも。

つやつやに手入れされた髪で、おしゃれをして、朝に訓練場に出掛けて。
戻ってからは掃除や料理、買い物の計算を教えてもらう。
両親は私との距離に迷っていたようだが、自立心を応援してくれた。
「親類の男子を養子にして結婚してくれればマリアはうちの娘でいられるのよ。私たちさえ黙っていれば」

「お母様、私は誰かの犠牲を望みません。それに、恋をしましたの。だから前よりは強くなったつもりです」

涙もろくなったお母様の背中を撫でた。

ある日、訓練場で男たちが話しかけてきた。

「なあ、ヒューゴが怪我をして今日は訓練に出ないって言ってるんだ。でも自分が居ないとあんたが心配するんじゃねえかって」

「えっ?大丈夫なのですか?」

「ヒューゴは状態をあんたに言うなって言ってるから、部屋の前まで連れていくから中の話し声だけ聞くことはできるぜ」

少し迷いました。侍女に一緒についてきてもらおうと振り返ったときに、口に布を当てられました。
しまった、街での危険について教えてもらったのに、隙を見せてはいけないと


「……で、……、それより、」

どれくらいの時間がたったのかわかりません。
目隠しをされています。
口に布を噛まされ、腕も後ろで縛られていました。

身をよじったら、目隠しを外されました。
「起きたか、お嬢さん」
ニヤニヤした男が髪を引っ張りました。
「貴族のお嬢さんに化けた平民か?こんな髪をして」

ウィッグが外れています。
肩にギリギリ付くかどうかの髪は、確かに貴族令嬢としてはあり得ません。
「前からあのスカした黒野郎にはムカついてたんだ。」

「女に興味ねえ、みたいな顔して、あんたには甘いか知らねえが。自分のせいであんたが傷つけられたと知ったらアイツ、どうなるんだろな」

「騎士やめるんじゃねえか」

下品な笑い声が広がります。
ナイフで、胸元を切られました。
自分の世間知らずな馬鹿さに悔し涙が出ました。そのあとも男たちはヒューゴ様のことや貴族への不満をぶちまけていました。
近付いて、頬を触られたときに、嫌がって泣いたら余計に喜ばせたようでした。唇を噛み締めて泣かないようにしました。

戸の隙間から、何かが投げ入れられて煙がでました。
男たちは慌てています。
視界が悪くなって、人にぶつからないように部屋の角に行きました。
ヒューゴ様の名を呼ぶ声が聞こえて、
それでも今の姿と髪を見られたくなくないと言ってしまいました。

ヒューゴ様が助けに来てくれた。
その事に、それまでの恐怖が溶けていきました。
上着を借りて背中に負ってもらうなんて。
温かい背中は色々と妄想してしまいそうでしたが、神様がくれたご褒美なのだと思いました。


貴族でも平民でも、個人的な関わりはありませんから、この思い出だけで消えようと思いました。貴族令嬢が見に来ていたっけ、とでも覚えていて欲しい。

待つように言われましたが、責任感の強い彼とこれ以上過ごすと、もっと我儘になってしまいそうなので帰りました。
畳んだ上着を抱き締めて、最後だから許されると思って
「大好きでした」
と呟きました。

明日、家を出ようと思います。


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