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ボルクは自分のことを賢いと思っていた

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ボルクは自分のことを賢いと思っていたし、実際に周囲の大人からもそう言われて育った。同じく優秀な兄が少々理想を追い求め夢見がちであるのに対し、自分は合理的で時には打算的にもなれると。

自分のことを優秀だと思っていた、

その事を恥じている。

彼女を見かけたのは図書室だった。
重そうな本を机に運び、また立ったと思えば何冊も抱えていく。
本で壁を作るようにして、その中で書き物をしているらしい。

「そこの君」

「はい」

「そんなにたくさんの本を必要とするのか?一冊読んでから次の本を借りればいいし、貸し出しもしている。もし他の誰かが本を必要とした時に本棚になければ困るだろう」

少しきつい調子で言った自覚はある。
ボルクも本が好きだったから図書室のマナーに厳しかった。
女生徒がゆっくり顔を上げたとき、つい見とれてしまった。

泣いていたり、怒っているのではなく。
ただ、形のいい眉を下げて、深い湖のような色の目で見つめ返してきた。

慌てているようでもないし、ただ目があったまま、ボルクは周囲の音が全て消えていくような感覚に陥った。
彼女が目をつむり、首を少し傾げた。

あとからそれは彼女の数少ない癖だと知った。
髪の毛はチョコレートブラウンなのに睫毛は少し明るい色だ。先は金色がかっている。

一歩踏み出したときに、彼女がぱちっと目を開いた。
はっとする。
彼女は少し微笑んでから、立ち上がった。
「黙ったままで失礼しました。私は一年生のアイリス・シーカーと申します。」
「同じく一年生のボルク・ハービスだ。」

「私がたくさんの本を必要とするのは、私には知識と教養が足りてないからなのです。たとえば、この本。私が本当に読みたいのはこの一冊なのですが」
彼女が示したのは姫君の出てくるおとぎ話。子供の好むものだ。
「これを?君が?」

「はい。この話は庶民にも広まっていますが、私は書物で読むのは初めてなのです。出てくる言葉がわからないので、まずこの辞書が必要です。」

「それでもわからなくて、当時の衣装や風習の載った子供向けの事典がこちら」
「当時の言葉使いについての本がこれと、隣国に訳されたものがこれ。宗教の違いで変えられている部分があるのです。これは隣国の言葉のための辞書と、さらにその隣の国では姫君の話が現地の伝説と混ざっています。その元の伝説が」

「わかった、本当に君に必要なんだな。」

「すみません。私、一つを知ると他も知りたくなってしまって。あと、この本も私が独占しているかもしれません。」

彼女が見せたのは
『初級マナー』の教本。
貴族の子女がレッスンの初めによく使われる本だ。七才くらいを想定しているのではないだろうか。
「私は平民です。今は縁あって子爵の養女となりましたが、付け焼き刃ではなかなか身に付かないものですね」

平民?
まさか

「いや、君の言葉使いは正しいし所作も綺麗だ。努力したんだろう?僕の祖母がいつも言っていた。努力は裏切らないと」
「素敵な方でしたのね」

そういって笑った顔に見とれた。

本当は彼女の話し方は正しいだけではなく、貴族の令嬢に多い思わせ振りな曖昧な装飾がなく、清らかで好感がもてると思っていた。
初対面でそんなことを言えば怪しまれると思ったから留まった。

「私の祖母は、『身につけられるものはつけられるだけつけておけ』ですのよ。」

「なんだそれ?」

「昔、戦火に終われた先祖がいたそうで。外国語に堪能だとか手先が器用だとか、狩りが上手いとか、ほんの少しの差で明暗が分かれてしまうのをたくさん見たそうです。
知識も技術も学べるうちに身に付けておけば、いつか役に立つかもしれないと。」

まあ平和な時代では必要がなければ一番ですね、と彼女は笑った。

それは本当に屈託がなくて。

ボルクは打ちのめされた。自分は学べる環境にあって知識を増やしただけで、彼女のように自分から学ぼうとしたことはなかった気がしたから。

あとで母親に聞いたら、アイリスの育った修道院は厳格なことで有名で貴族の令嬢の更正先に選ばれることもあるそうだ。マナーの基礎はあったのではないかと思う。

アイリスは学年が進むにつれて才女として有名になってしまって、もう初対面のときのような笑顔を見ることは少ない。
それでも、難問に悩むときに軽く目をつむって首をかしげる。そして正解を思い付いたらぱちっと目を開けて
「聞いてください!」と言わんばかりの表情を浮かべる。

それが見たくて、アイリスに授業についての議論や相談をしてしまう。
打算的かもしれない。賢いとは言いがたい子供じみた衝動だ。
でも、本当に本当にアイリスを困らせる質問はできなくて、友達の位置にいる。
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