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時が止まったと思った

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芝居の効果で、男女二人が止まり、回りの風景や脇役だけがゆっくりと回転することがある。

そんな風に世界が見えることがあるなんて知らなかった。

花見の宴で。
花びらがはらはらと散るなかで、舟がすれ違った。

シュラク達は大きな舟で芸をみせたあと、酒をご馳走になっていた。女も呼ばれ華やかなものだった。
池の広いところで少し漂って、花を眺めていた。
人工の池に島を作り桜花を植えている。舟にも桜花を持ち込み、散る花びらを酒に浮かべて飲んだりしている。
だんだんと花びらを女達に振りかけて、それをとる振りをして体に触れるという不埒なものに変わろうとしていた。

娼婦も酌婦として呼ばれていた。役者は体に触れられるのを嫌う。酔った者には着飾った女の区別などない。

舟が流されていたのか、滑るように近づいた別の舟に気づくのが遅れた。
こちらのものより小さな舟だった。
当然向こうが避けるものと思っていた船頭にも油断があったのだろう。
その小さな舟に乗っていた人が立ち上がり、ふわりと扇を広げたかと思うと回った。
つい、と舟が揺らぎ角度が変わった。すれ違う時に長い黒髪が光った。
顔の下半分は仮面で覆われていた。
黒い瞳がちらりとシュラクを見た。

その一瞬、見とれてしまった。桜花が散るなか、その舟は遠ざかり、離れていった。すれ違ったあと、わずかな角度の差は大きくなり離れていった。

小さくとも趣味のいい意匠の舟だった。金持ちのお忍び用だろうか。愛人と楽しむような。
黒い袖に龍の刺繍、目元の朱色、白い手首、はりつめた指先。体の一部のような扇。

桜吹雪と黒髪に隠されたが、もし長く見てしまえば魂を取られていたかもしれない。
昔話に出てくる神仙のようにこの世のものではないほど美しいと思った。

赤い龍の刺繍が自分の吸われた魂のように、あの瞬間にあの人の袖に住み着いたのなら羨ましいとすら思った。

酒を飲むことを忘れて盃を持ったままのことを周囲に笑われ、やっと正気に、戻った。

酔ったみたいだとごまかして、舟の最後尾に移動した。

あの人の舟は小さく、どこかの船着き場に紛れればわからない。
それでもこの池の周囲にある店は限られている。

人工の池、計算された配置の樹木。

あの人が舞の名手ならどこかの座敷で会えるかもしれない。役者ではないと思う。娼婦でもないと思う。
本当に金持ちの愛人で、外にめったに出ないのかもしれない。

それから、シュラクはずっと探している。
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