【R18】鈴蘭の令嬢が羞恥に耐える話【本編完結】

仙桜可律

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こんなに悩んでいるのに言えません

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アルフレッドはエリーゼの四歳上。
縁談を考える年頃になると射程圏の年齢層だ。親世代の情報交換のなかでだんだんと話がまとまっていくことも多いらしい。
最近は恋愛結婚に憧れを持つ子女も多いので自然な出会いを周囲が演出することもある。

エリーゼ本人にとっては四歳の差は大きく感じられた。
兄エドガーとアルフレッドは王立学園の同級生だ。
昔から神童と讃えられた兄は大人たちと対等に話していたし、自分とは全く違う存在だと思っていた。

エリーゼは女子校に通っていたけれど、若い女性が寄ると噂話に花が咲く。

「エドガー様は最年少で科学省の試験を突破されてすごいですわね、陛下にも講義をなさるんでしょう」

「いえ、そんな畏れ多い。若者の研究成果の発表の場をこれから増やしていきたいとのご意向だそうです。他分野の方たちとの意見交換会のようなものだと聞いています」

兄の活躍をキラキラした瞳で聞いてくる令嬢たちに、申し訳ない気持ちになる。自分は兄のように頭が良いわけではないし、兄に憧れている令嬢に便宜を図ることもできない。

兄と仲が悪いわけではないが、会話が続かない。

引け目があるので積極的に会話に入れず聞き役となることが多い。

「エリーゼ様は婚約者はいらっしゃいませんでしたよね?」

「ええ、そろそろ……とは思っているのですが」

そこから、お互いの兄や弟や、人気の男性の話になる。
アルフレッドのこともよく話題になっていた。
侯爵家の次男で本人も優秀な騎士。光に透けると金にも見える紅茶のような色の輝く髪と、空色の瞳。
誰にでも柔らかい態度と恋の噂。

誰にでもチャンスがあるように期待してしまう。
エリーゼも夜会で何度か見かけた。いつも華やかな女性を伴っていた。

だから、素敵だなと思っていても自分とは別世界の人だと思っていた。
たった一つの思い出を大切にして、それだけでいいと思っていた。

昔、兄の学園に何度かある家族を招いて良いイベントがあって、エリーゼも参加したことがある。
学生の熱気にあてられて、ふわふわとした気持ちで学内を見学した。

芝生の中庭や食堂は人が多い。
校舎内は人が少ないのでちょっとした好奇心で上の階まで行った。

図書室が校舎内にあった。

図書館は新しいものが違う棟にあった。

そっと入ってみると、木の本棚と机が並んでいる。自習室なのかもしれない。
斜めに光がさして椅子の影が模様みたい。
くるくる回って絨毯に座り込んだ。

「埃が舞ってるよ」

クスクス笑いながら聞こえた声に周囲を見渡す。
どこにも人影は見えない。

少し怖くなって周囲を見渡すと、壁の絵が目に止まった。
絵本の挿し絵なのか、森の絵と少年が描いてある。
昔の王子様なのか、マントを着ている。
まさか、絵が喋った?

恐る恐る近づいて顔を寄せる。

「あなたなの?」

まさかねえ、と、恥ずかしくなって手で顔を扇いだ。
座り込んだりこんな仕草をしたり、今日はおかしいわ。

戻ろうとしたら、カーテンから腕が。

ぐっと引っ張られてカーテンの中に引き込まれた。

「きゃ、」

「騒がないで」

後ろから口を押さえられた。

「誰?
離してください」

「僕は隠れてただけ。君があんまり、その、面白かったから」

見られてた!
顔が熱を持つ。

「誰にも言わないで。私、いつもはこんなじゃないのよ。ちゃんとレディになるためにお稽古も授業も真面目にしているのよ」

後ろで笑いを噛み殺した声がする。手も震えている。

「本当よ?信じてないのね。今日はなんだか知らないところに来ておかしな気分になっちゃっているだけで、本当の私はきちんとしているのよ。」

悔しくて、むきになってしまった。

「どうかな?本当のレディなら絵が喋るなんて思わないね。お嬢ちゃん」

カーテンの薄暗い中では相手の姿が見えない。けれど、からかうような声は同じ年頃の子のようだった。
手は大きかったけど、苦しいほど押さえてこなかったし悪意を感じなかった。
「本気でそう思ったわけじゃないわ。あなたこそ、黙って覗いていたり笑うなんて失礼ね。ちっとも紳士じゃないわ」

頬を膨らますと、指でつつかれた。

「そうだね、僕も紳士的ではなかった。ごめんね」

「わかればいいのよ、許してあげる」

「それではレディ、お詫びに僕と踊っていただけますか」

カーテンをめくった。

暗いところから明るいところへ出たので目がチカチカする。
今までからかってきていた背後の男の子を見てやろうと振り返った。

「え」

手を握ったまま、悪戯っ子のように首を傾げている。
とっても綺麗な男の子。

金茶色の髪がサラサラと肩にかかっている。

「どうしたの?怖くなった?」

「怖くないわ、ただ、ちょっとビックリしただけ、だもん」

背が高いし思っていたよりも、青年だった。こんな人と会ったことないし、さっきまで近くにいたなんて。

「ダンスは嫌い?さっきは楽しそうだったのに」

「忘れてください!」

クスクス笑っている。

「お家の人は心配していない?戻れるかい?」

子供扱いされるのが恥ずかしい。

「大丈夫、まっすぐ降りればお兄ちゃんがいるので」


「ふうん、名前を聞いてもいいかな」

「エドガーよ」

そう答えたら、彼は目を見開いた。
「いや君の」
「わあ、あなたの目の色、空と同じね」

「ありがとう。君の目は、あの絵の森の緑とよく似ているね」

「そうかしら」

「また会おうね、小さなレディ」

「小さくないわ」
部屋を出るときに振り返ったら
頬杖をついて、ヒラヒラと手を振る彼。
窓を背にして、光が輪郭を縁取っていて
やっぱりとても綺麗で現実味がなかった。
だから両親にも兄にも言えなかった。


そのあと、色々なところで偶然出会うことになるアルフレッド様と図書室の彼がとてもよく似た色合いなのだけれど、自分が記憶を都合よく捏造しているのかもしれないと思って、確かめたことはない。

でも、ちょっと意地悪なところが似ている。どこかで再会してもいいように、淑女教育を頑張って先生から誉められるようになった。もともと本が好きだったけど知識を深めようと色々な分野の本を読むように心がけた。

婚約者はいない。
卒業後は結婚する人もいるし、働きに出る方もいる。領地経営を学ぶために更に学校にいく方もいる。
昔と違って選択肢が増えたぶん、迷いも生まれる。

エリーゼの恋人はアルフレッドだ。

なぜか周囲からそう思われて、いつの間にか恋人になった。

不釣り合いだと言われているのは知っている。
遊び人の彼にとっては、いつもと違う地味な令嬢が珍しかったのかもしれない。すぐに終わるんだろうと言われていた。
エリーゼ自身もそう思っていた。
二週間、1ヶ月、3ヶ月、

一夜の相手も多いと噂される彼にとって、エリーゼとの交際は異例だった。

それなのに将来を匂わせるような具体的な約束はない。

エリーゼはこのままだといつか限界を迎えて、彼を責めてしまって嫌われるんじゃないかと心配していた。






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