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20. 持つ者と持たざる者

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「本当にこの男でいいのか」

アガット様、視線がまるで氷点下です。今日も人を見下すような表情です。腕組みは癖のようです。

「アメリアは出会いが少ないから男を見る目が無いんだろう。いつでも私の養女にするから社交界でも裕福な商人でももっとたくさん知り合ってから選ぶといい。なにも結婚なんか急がなくていいんだ」

「結婚……!?」
「私たちそんな、まだ」

フレディがバタバタしてローブの袖が翻る。アメリアも頬を押さえている。
「ほう、結婚の覚悟もなくアメリアに言い寄ったのか。これだから平民は」

女将さんが割り込んだ。
「また!アガット様!そんな嫌味な言い方して!
平民がどうのこうのというより最近の若者は自由恋愛で親に相談もなく結婚を決めるからさみしいってさっきはグダグダ言ってただけでしょう!
貴族同士なら婚約期間が長いからドレスや家具や、結婚式の料理も吟味できるし……とか、延々愚痴ってたじゃありませんか!」

「……エレンの両親がエレンのために用意した宝飾品や衣装がある。お前が使うには古くさいかもしれないが、勝手に処分するのも私には出来なくてな。
その部屋を見るのもつらいとエレンは寄りつかない。
何でも使えるものがあれば使え。換金してもいい」

「そんな、私が使っていいんでしょうか」

「お前の祖父母が用意したものなんだから使えば良いだろう。本来ならエレンが使えば良かったんだ。換金なり何なりすればベックが苦労することもなかった。あの意地っ張りのバカ娘が」

「アガット様は、父のことが嫌いだったのではないのですか?」

その言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をする。

「嫌いといえば嫌いだな。エレンの我儘でベックを振り回したことを親類として申し訳なく思っている。あとは、そうだな、エレンとお前を残して死んだことは許し難い。私を頼らなかったことが何より腹立だしい。もっとずるく貴族の権力を利用して生きる方法もあっただろうに。
馬鹿だと思う。本当に、馬鹿なやつだ。」

「それがあいつだ」
大将が紙の束を持ってきた。

「料理馬鹿だったから、料理人をやめてからもレシピを考えていた。アガット様やヨーク領の食材のことを何度も考えていたらしい。手紙で寄越してきた。最後なんて、字が震えている。
スープをたくさん書いている。

悲しい時でも飲めるスープ。
エレンに作って欲しいと書いてある。
自分が亡くなったあとのことだな。
あと、アメリアの祝いのスープもある。
これは結婚式に使おうと思う。

アガット様の嫌いな野菜を使ったソースもありますよ。中年になって髪の毛が後退しないための工夫とか」

「そういう手の込んだ嫌味なところがベックの嫌いなところだ」

「アガット様は父と親しかったのですか?」
「うちの料理人だったからな。元々。エレンが無理なダイエットを始めてうちで倒れた。その時にベックが説教ついでに相談にのって。そこからだな」

大将も女将さんも、知っているらしい。
「王都に来たベックと食堂で出会ったんだ。エレンはウェイトレスをしていたよ。ほんっとに不器用で、一生懸命で世間知らずで。
訳ありだとは思ってたけど貴族令嬢を連れて逃げていたなんて、私たちも驚いたよ。
そしたらアガット様が現れて。時々お忍びで食べに来て。ベックは申し訳なさそうに、エレンは心底嫌そうに対応してたわねえ」

「ヨークにいた方が安全だからな。戻らないかと説得していた。ベックが料理人をやめてから引っ越ししたので数年行方がわからなかった。権力を行使して探し出した。家族のために使わずいつ使うんだ。」

「家族、ですか」
アメリアが呟く

「私にとってはエレンもベックもアメリアも、家長として責任があると思っていた。」

アガット様は咳払いをした。

「伝わってなかったですけどね!」
「良いこと言ってるのに冷たく聞こえるね」
女将とフレディが、こそこそ言っていた。

「君はアメリアをどうやって守る気だ?」

「国二つまでなら躊躇なく消せます」
フレディは即答した。
「ダメ!」
「せめて躊躇して!」

アメリアとおかみさんの悲鳴めいた声があがる。

「誠意だけでなんとかしようとする奴よりは断然良い。しかし、何か困ったことがあれば変な意地を張らずに頼ってこい」

相変わらず冷たい態度だったが、嬉しそうなんだろうな、これは多分。
と少しアガット様のことがわかったアメリアだった。
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