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「ラッド、気持ちを切り替えて、頑張りましょう!
あなたなら、絶対に出来るわ!わたしも協力するから、何でも言ってね!」

ラッドが本から顔を上げ、わたしを見た。
丸眼鏡の奥の薄い青色の瞳が真剣な色を見せる。
あまり見ない真剣な表情に、わたしは思わずゴクリと唾を飲んでいた。

逆効果だったかしら?
プレッシャーを掛けてしまったかしら?
不安に見つめ返していると、ラッドは視線を落とした。

「ありがとうございます、きっと、方法はあります、それを早く見つけなくては…」

何かブツブツと言いながら、再び難しい顔をし、本に向かう。
こういう時、どんな言葉を掛けたらいいのか分からない。
ラッドを支える為に、わたしが出来る事は…頭を巡らせた結果、何も思い付かなかった。

「はぁ…わたしって、本当に役立たず?」

落ち込みそうになり、わたしは、パンパン!と自分の頬を叩いた。

「取り敢えず、手伝いの手は必要よね…
ラッド、わたしは手伝いに行って来るわね!」

声を掛けたが、届いたかどうかは分からなかった。





わたしは水差しとコップを持ち、看護をする者に付いて周った。

「ケホ、ゴホゴホ!カッカ!!」

咳き込んでいる患者がいて、わたしは水差しからコップに水を注ぎ、口元に近付けた。
患者は口を付けようとしたが、また咳き込んだ。

「カッ!!」

患者の口から、赤い物が吹き出し、わたしは茫然とした。

「あなた!離れなさい!皆、離れて!!」

わたしは押し退けられ、看護の者が患者を支えた。
騒然となり、わたしは気付くとそこから連れ出され、赤い物が付いた手を洗う様に言われた。

「感染したかもしれないわ、暫く様子を見なくてはいけません…」

修道女に言われ、わたしはまたもや茫然としていた。
わたしは離れの個室に案内され、隔離される事になった。
これから、一週間の内に症状が出なければ、感染はしていないと見なされ、解放される。

「一週間…」

窓はあるが、狭い部屋に一人…
それは気が遠くなる程、長い時間の様に思えた。

ドタバタ…

何やら音が聞こえてきて、わたしは顔を上げた。

ガチャガチャ…
バン!!

扉が開かれ、ラッドが飛び込んで来た。

「ラッド!!」

彼の姿を見た瞬間、わたしの感情は高ぶり、涙が滲んだ。

「ルビー!話は聞きました…」

ラッドは部屋に入って来ると、長い腕を伸ばし、わたしを抱き締めた。

「駄目!あなたに移るわ!」

「発症していない内は移りません」

冷静に返されて、わたしの頭も少し冷やされた。
わたしはおずおずと彼の背に手を回した。

「ラッド!ごめんなさい!わたしが、軽率だったの!」

もっと、注意していれば、避けられたのに!
何時、何処で感染してもおかしくはないのに___

「感染してたら、どうしよう!」

弱音なんて、日頃は言わないのに…
不安が口を突いて出ていた。

ラッドだからだ…
ラッドがギュっと抱きしめてくれるからだ…

「大丈夫です、あなたを死なせたりはしません!
それに、その時は、僕も一緒です。
皆で助かるか、二人で死ぬかですよ___」

独りではない、ラッドが一緒…
そう思うと、不思議と心が落ち着き、恐怖が薄れた。

「ありがとう、ラッド…」

でも、それを望んではいけないだろう…
ラッドを必要としている人は大勢いるもの…

「でも、あなたは生きて、皆の為にも生きなきゃ…」

「それなら、やっぱり、皆で助かりましょう」

ラッドが口元の布を取り、わたしに口付けた___


◇◇


ラッドは、朝、昼、晩、わたしの食事を持ち、様子を診に来てくれた。
一時の間、一緒に食事をし、軽い会話をしてくれ、髪を梳かしてくれた。

「いつもながら、綺麗な髪ですね」
「ありがとう」
「こうして、触れているだけでも、気分がスッキリとします」
「ラッド、スティーブンに意地悪を言われていない?」
「ああ、彼はお喋りですからね、鳥のさえずりの様なものです」
「そんなに可愛くないわよ!あははは!」
「いいですね、笑うのは良い事なんです、千年も前からある秘薬なんですよ」


わたしはこのまま発症せず、一週間が経つ事を願った。
不安になり、どうしようもなく怖くなる時には、必死に神に祈った。

「お願いです、神様!わたしを生きさせて下さい!
一族の救世主なんて望んだりしない!ただの平凡な娘で構わない!
ただ、ラッドと生きたいの!その為なら、なんだってする!」

どんな事でも耐えてみせる!

「だから、お願い神様___!」


◇◇


三日目の早朝、わたしは酷い頭痛と共に、目を覚ました。
額に手をやると、燃える様に熱い…

「発症したの…?」

絶望で目の前が真っ暗になった。

どうしよう、どうしよう、どうしよう…

自分の手で、体をギュっと抱きしめる。
その時、ふと、肩から流れ落ちる髪に気付いた。

「髪の色が…」

わたしの赤毛が、暗赤色になっている___

「!!」

わたしは頭から寝具を被った。
ガタガタと震え出す。
病の所為ではない、それは、恐怖だ___!


コンコン

扉が叩かれ、わたしはビクリとした。

「ルビー、起きていますか?朝食をお持ちしました」

いつも通りのラッドの声。
いつもであれば、わたしを喜ばせてくれるものだが、今は違った。

「ルビー?入りますね?」

「入らないで!」

わたしは咄嗟に叫んでいた。
だが、すんなりと扉は開かれた。
ラッドが入って来て、わたしは体を小さくした。

「来ないで!発病したの…!」

「大丈夫ですよ、落ち着いて下さい、僕に診せて下さい」

「嫌っ!!」

わたしは寝具を被ったまま、彼に背を向けた。

「ルビー?」

ラッドが戸惑っているのが分かる。
だけど…
こんな髪を彼には見せられない!
わたしの赤毛を好きになってくれたのに…必要としているのに…
赤毛を失ったら、わたしは…

「!?」

不意に、後ろから抱きしめられた。

「ルビー、大丈夫ですよ、僕が付いています…」

「やめて!離して!」

わたしは身動ぎをし、振り解こうとしたが、ラッドはますます強くわたしを抱き締めた。

「ラッド、お願い、やめて…あなたまで感染しちゃう…」

「言ったでしょう、僕たちは一緒です」

「そんな価値、無いから…
わたし、赤毛じゃなくなっちゃったの…
もう、あなたの役には立てない…!」

わたしは、本当に役立たずになってしまった!
期待を裏切り、捨てられるのは初めてではない。
だけど、一度目よりも、ずっと辛い。
胸が切り裂かれる様に辛い___!

ラッドがわたしの体を離す。
そして、そっと、わたしの寝具を下げた。

「っ!!」

ラッドが息を飲むのが分かった。
わたしは自分が惨めで、ボロボロと泣いていた。
病の所為なのか、頭痛の所為なのか、熱の所為なのか、
それとも、絶望の淵にいるからか、頭がぐらぐらとしてきた。

「あなたの髪を、頂いてもよろしいですか?」

「こんな髪…どうするの?」

「《こんな髪》ではありません、《この世で最も貴重な髪》です」

こんな風になってしまったのに、変わらずにいてくれるラッドが、わたしには信じられなかった。

彼は本当に、望んでいるの?
それとも、わたしを安心させる為?

「あなたが望むなら、幾らでも、あげるわ…」

「ありがとうございます、ルビー」

ラッドはわたしにキスをした。
駄目よ!ラッドまで感染しちゃう!
わたしは抗いたいのに、体は動かなかった。
深いキスを受け入れ、体を離されてからも、ぼうっとしていた。

「あなたまで、感染してしまったら…」

「そうしたら、僕自身で治験出来ます」

感染するまでに、薬が出来なかったらどうするのだろう?
治験をする処ではないではないか…

「馬鹿ね…」

「馬鹿ですが、僕は約束を守ります」

ラッドがわたしの手を強く握った。
丸眼鏡の向こうの、薄い青色の瞳は強く光る。

「わたしとの顔合わせを、すっぽかしたのに?」

「ふっ、そうでした、今は酷く後悔していますよ。
あの日、あなたに会っていたら、もっと長く一緒にいられたのに…」

ラッドはわたしの頬を撫で、もう一度キスをしてから、わたしの髪の一房をナイフで切った。
懐から紙を取り出し、手早くだが丁寧に包んだ。

「あなたはなるべく温かくして、寝ていて下さい。
薬が完成するまでは会いに来られませんが、僕はいつもあなたの傍にいます」

ラッドは懐から、小さく光る物を取り出し、わたしの左手を取った。
そして、薬指に嵌めてくれた。
金色に輝く指輪___

「これ…?」

「無事に戻れたら、結婚して下さる約束でしたね。
なので、今はお守り…いえ、お呪いです。
あなたは病を克服し、僕と結婚する、僕の呪いです」

ラッドが部屋を出て行き、わたしは小さな寝床に横になった。
そして、左手の薬指に嵌る、細い金色の指輪を撫でた。
何やら植物の模様が入っている。古い物に見えた。

いつの間に用意していたのだろう?
ショーンさんかしら?

チラリと思ったけど、聞かない事にした。

このタイミングで渡してくれたのは、紛れも無くラッドなのだから___

「ラッドは、どうして、時々、ロマンチックになれるのかしら?」

わたしは熱で朦朧としながらも、笑っていた。

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