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しおりを挟む「わたしも行くわ!」
ラッドは驚いた様で、先程の決意が嘘の様に慌て出した。
「ええ!?あなたは勿論、こちらに残って下さい!
あなたを連れて行くなんて、そんな事、とても出来ませんよ!
王都は流行り病で封鎖されているんですよ?
感染経路もはっきりしていませんし、発病すれば死は免れません、
そんな危険な所にあなたを連れて行くなんて…」
「そうですよ!婚約者なら、旦那様をお止めして下さい!」
サマンサがわたしを押し退ける勢いでやって来た。
「旦那様をそんな危険な所に行かせたり出来ませんよ!
旦那様はこの町にとって、大事な方なんですからね!
何かあったらどうするんです!ええ、絶対に、行かせませんよ!」
「サマンサ、先にも言ったけど、この町の為でもあるんだよ、
この町を守る為にも、王都に行き、皆と協力するべきなんだ」
「そんなの、王都の人たちに任せておけばいいんですよ!
王都の人たちは優秀な人たちばかりでしょう、わざわざ旦那様が行く事はありませんよ。
旦那様はここに居て、町の人たちを守ったらいいんです。
流行り病が来ても、旦那様がいれば何とでもなりますからね!」
王都や他の人たちの事を考えるラッドに対し、サマンサはこの町の事しか考えていない。
二人の考えが重なる事は無いだろう。
それに、何より、ラッドの邪魔をしないで___!
わたしはズイと一歩踏み出し、強い目をサマンサに向けた。
「この町にも優秀な医師はいるでしょう、この町はその人たちが護ってくれるわ。
薬は十分な量があるし、ショーンさんが判断して薬を出せるでしょう?
それか、町の医師と相談してもいい、それで暫くは凌げる筈よ。
その間に、ラッドとわたしは王都の流行り病を治してくるわ、それが一番良い方法でしょう?」
「ルビー!」と、ラッドが顔を輝かせた。
ショーンも、「良い案だと思います」と頷いた。
だが、サマンサには届かなかった様だ…
「何が『一番良い方法』ですか!
それでは、旦那様が死んでもいいと言ってる様なものですよ!」
「人聞きの悪い事を言わないで欲しいわ、わたしはラッドを死なせる気なんて微塵もありません!
死なせない為に、わたしが付いて行くのよ、何かあっても、わたしがラッドを護ります!」
わたしは伯爵令嬢の如く、毅然と言い放った。
サマンサは怯んだものの、負けまいと言い返してきた。
「あ、あなたみたいな小娘に、何が出来るって言うの!!」
「出来ます!だって、わたしはラッドの《希望》だもの!」
サマンサは目を見開いた。
ラッド、ショーンも時が止まったかの様に、固まっている。
正確に言えば、わたしの《赤毛》なんだけど…と、付け加える前に、サマンサが零した。
「それは、そうかもしれませんけどね…」
毒気を抜かれている。
《赤毛》の事を知らないサマンサは、他の解釈をした様だ。
「でも、流行り病に掛かれば、そんな愛や恋なんて、実際には何の役にも立ちませんよ」
「つまり、旦那様の事を誰よりも愛しているルビー様以上に、旦那様を助けられる方はいない、という事ですね」
ショーンまでにこやかに言う。
誤解だわ…
いえ、全くの誤解でもないけど…
「ルビー!ありがとうございます!」
ラッドがわたしの両手を取り、ギュっと握った。
顔は輝き、丸眼鏡の奥の薄い青色の目はキラキラとしていたが、ふっと、陰を落とした。
「でも、あなたを連れて行くのはやはり…
あなたに何かあれば、僕は自分がどうなってしまうか分かりません…」
「あなたは、わたしの亡骸を使って、敵討ちすればいいのよ」
《赤毛》取り放題だもの!
ラッドは笑うかと思ったが、怒った顔で叫んだ。
「そんなのは嫌です!!」
「だったら、わたしに何かあった時には、あなたが助けて。
あなたに何かあれば、わたしが助けるから。
あなたの研究を一番理解出来るのは、わたしでしょう?
わたしを連れて行くよりも、置いて行く方が後悔するわよ?」
ラッドがわたしを見つめる。
わたしたちは時を忘れ、見つめ合っていた。
「感情に流されているだけですよ!馬鹿馬鹿しい…!」
サマンサはまだ何やら文句を言っていたが、気の利くショーンに連れて行かれた。
わたしは頭の隅でそれを察し、ラッドの手を取った。
「ラッド、一緒に王都に行きましょう。
それで、二人で無事に帰って来られたら、結婚してあげる!」
「はい!絶対に、一緒に帰りましょう!」
ラッドがわたしを強く抱きしめる。
わたしは笑いながら、抱きしめ返した。
◇◇
わたしは即日、旅支度をし、翌日には旅立った。
王都までは馬車で二週間近く掛かる。
途中まで、御者はサムにして貰い、馬を代える時に御者を雇い、サムには帰って貰った。
館の事は使用人たちに任せ、薬の事はショーンに任せている。
ショーンが相談出来る様に、町の医師たちにはラッドの不在を知らせておいた。
道中、ラッドはずっと、薬や医学の本を読んでいた。
わたしもこれといってする事が無かったので、ラッドが読んだ本を借りて読んだ。
ラッドの手伝いをするのだから、知識は少しでもあった方がいい。
ラッドは使者から、病状等を聞いていて、わたしにも教えてくれた。
ある日、突然、高熱が出て、体に黒い斑点が出来始める。
体は痩せていき、節々が痛み、髪が抜け、吐血…長くとも二週間の内に命を落とす。
同居の者に感染が見られる事から、症状が出ると直ぐに申し出て隔離する事になるのだが、
隔離される事を恐れてか、申告しない者が多く、病は広がる一方だと言う。
その為、遂に王都は封鎖を決めた。
許可が無ければ、出る事も入る事も出来ない。
ラッドは王都の使者から、召喚状を貰っていたので、そこは心配無かった。
王都が近くなり、わたしたちは感染対策の為、着替えをした。
フード付きのローブを被り、口元には布を巻く。
手には手袋、足元はブーツ。わたしもズボンを穿いた。
「ルビー、本当に、行きますか?今なら、引き返せますよ?」
ラッドが神妙な面持ちで、確認をしてきた。
口元を布で覆っている事もあり、わたしは気持ちが伝わる様にウインク付きで、「勿論、行くわ!」と返した。
ラッドの目がふっと細められ、彼が微笑んでいるのが分かった。
「本当を言うと、あなたがいて下さって、僕は心強いです。
一人なら、不安だったでしょう…感謝しています、ルビー。
僕はあなたを絶対に、守ります___」
それは、どんなロマンチックな言葉よりも、胸に響いた。
「ありがとう!キスをしたいけど、今は我慢ね!」
思わず言ってしまった。
ラッドは目を丸くし、それから何やらワタワタとしていた。
結婚したらキス以上の事をするのに、分かってるのかしら??
馬車が王都の門の前に着いた。
門は閉じられ、脇に検問の兵が二人立っている。
わたしたちは馬車を降り、帰って貰い、検問の兵に召喚状を見せた。
兵は厳しい顔をしていたが、薬師と分かると急に態度を軟化させた。
「薬師の方ですね、良く来て下さいました、案内します___」
門が開かれ、通されたかと思うと、直ぐに馬車に乗せられた。
都に人の姿は無く、家の窓にはカーテンが引かれ、閑散としている。
ここが、王都…
まるで、ゴーストタウンだ。
通りを抜け、馬車が向かったのは、郊外に建つ小さな教会だった。
感染者は主に、神殿、教会、修道院、学校等に隔離されており、
医師や薬師はそこで治療や研究に当たっている様だ。
「新しい薬師の方ですか、ご案内します___」
修道女が御者から引き継ぎ、案内してくれた。
「患者はこちらです…」
教会の礼拝堂のベンチには、ズラリと患者が寝かされていて、
至る処から、呻き声や唸り声、咳が聞こえている。
一応、寝具はあるものの、高い吹き抜けの天井では、断熱効果は無く、
まだ冬ではないので凌げている様だが、あまり良い環境とは思えなかった。
ポツポツと医師、看護の者の姿が見えた。
「毎日、何人か運ばれて来ますが、回復された方は…」
修道女は言い淀み、頭を振った。
思っていたよりも、壮絶な状況に、わたしは茫然となったが、
ラッドは患者の側に行き、膝を着き容体を診ていた。
「薬師の方は三人いらっしゃいます、こちらです___」
薬師たちは教会の裏手の棟の一室を使い、治療薬の開発に当たっていた。
それぞれに助手らしき人も付いており、そこには七名がいた。
「ラッド・ウエインです、クインヒルで薬師をしています」
ラッドが挨拶をすると、薬師の一人が声を上げた。
「ラッド?まさか、あの、《変人ラッド》か?」
変人???
知り合いなのかもしれないが、その言い方では、悪意しか感じない。
確かに、ラッドは変人だけど、皆の前で言うなんて、底意地が悪いに決まってるわ!
わたしは目を眇めたが、当のラッドはいつも通りだった。
「僕を知っている様ですが、失礼ですが、何処かでお会いしたでしょうか?」
「薬学校の同期だ、スティーブン・ジョンソン!いつも首席争いをしてただろう、
まさか、忘れてなんかいないよな?」
首席争い?
「ラッド、あなた、学校で首席だったの??」
驚きのあまり、割って入ってしまった。
ラッドは普通の調子で、「はい、良い順位を頂いていました」と答えた。
控えめだこと!
王立の薬学校を卒業するだけでも凄いのに、まさか、首席だったなんて!
わたしの婚約者は見掛けによらず、優秀過ぎるわ!
それは、妬まれても仕方がないわよね…
「勉強が出来るのは認めてやるが、こいつの専門は魔法薬だからな!
卒業論文に、魔女がどうの、魔法薬がどうのって書いた奴は、学校創立以来、おまえが初めてらしいぜ。
そういや、それで、おまえは片田舎に追いやられたんだったな、けど、まだ薬師を続けてたのか?驚いたぜ!
まさか、まだ魔法だの魔女だの言ってないよな?
この状況で、そんなおかしな事始められたら迷惑だ、容赦なく追い出すからな!」
はぁぁ!??
「あんたね!ふざけんじゃないわよ!」と、わたしが啖呵を切るよりも早く、ラッドがにこやかに言った。
「僕の研究を覚えていて下さり、ありがとうございます。
長年の研究に、漸く光が見えて来た処です、
これまでの成果を持って、全力で取り組ませて頂きます」
忘れていたが、ラッドは天然だった。
同じく忘れていたであろうスティーブンは、顔を引き攣らせていた。
「勝手にしろ!おまえなんか、端から戦力外なんだよ!
おい!ピート、何見てる!手を止めるな!」
スティーブンはクルリと背を向け、助手に捲し立てた。
こんな奴に負けて堪るか!という感じだ。
嫌な感じ!!
わたしは前途多難に思えていたが、
ラッドは普通の調子で、他の薬師たちに声を掛け、現状を詳しく聞いていた。
逞しいというか…羨ましいわ。
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