【完結】無能烙印の赤毛令嬢は、変わり者男爵に溺愛される☆

白雨 音

文字の大きさ
上 下
21 / 27

21

しおりを挟む

「わたしも行くわ!」

ラッドは驚いた様で、先程の決意が嘘の様に慌て出した。

「ええ!?あなたは勿論、こちらに残って下さい!
あなたを連れて行くなんて、そんな事、とても出来ませんよ!
王都は流行り病で封鎖されているんですよ?
感染経路もはっきりしていませんし、発病すれば死は免れません、
そんな危険な所にあなたを連れて行くなんて…」

「そうですよ!婚約者なら、旦那様をお止めして下さい!」

サマンサがわたしを押し退ける勢いでやって来た。

「旦那様をそんな危険な所に行かせたり出来ませんよ!
旦那様はこの町にとって、大事な方なんですからね!
何かあったらどうするんです!ええ、絶対に、行かせませんよ!」

「サマンサ、先にも言ったけど、この町の為でもあるんだよ、
この町を守る為にも、王都に行き、皆と協力するべきなんだ」

「そんなの、王都の人たちに任せておけばいいんですよ!
王都の人たちは優秀な人たちばかりでしょう、わざわざ旦那様が行く事はありませんよ。
旦那様はここに居て、町の人たちを守ったらいいんです。
流行り病が来ても、旦那様がいれば何とでもなりますからね!」

王都や他の人たちの事を考えるラッドに対し、サマンサはこの町の事しか考えていない。
二人の考えが重なる事は無いだろう。
それに、何より、ラッドの邪魔をしないで___!

わたしはズイと一歩踏み出し、強い目をサマンサに向けた。

「この町にも優秀な医師はいるでしょう、この町はその人たちが護ってくれるわ。
薬は十分な量があるし、ショーンさんが判断して薬を出せるでしょう?
それか、町の医師と相談してもいい、それで暫くは凌げる筈よ。
その間に、ラッドとわたしは王都の流行り病を治してくるわ、それが一番良い方法でしょう?」

「ルビー!」と、ラッドが顔を輝かせた。
ショーンも、「良い案だと思います」と頷いた。
だが、サマンサには届かなかった様だ…

「何が『一番良い方法』ですか!
それでは、旦那様が死んでもいいと言ってる様なものですよ!」

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいわ、わたしはラッドを死なせる気なんて微塵もありません!
死なせない為に、わたしが付いて行くのよ、何かあっても、わたしがラッドを護ります!」

わたしは伯爵令嬢の如く、毅然と言い放った。
サマンサは怯んだものの、負けまいと言い返してきた。

「あ、あなたみたいな小娘に、何が出来るって言うの!!」

「出来ます!だって、わたしはラッドの《希望》だもの!」

サマンサは目を見開いた。
ラッド、ショーンも時が止まったかの様に、固まっている。

正確に言えば、わたしの《赤毛》なんだけど…と、付け加える前に、サマンサが零した。

「それは、そうかもしれませんけどね…」

毒気を抜かれている。
《赤毛》の事を知らないサマンサは、他の解釈をした様だ。

「でも、流行り病に掛かれば、そんな愛や恋なんて、実際には何の役にも立ちませんよ」

「つまり、旦那様の事を誰よりも愛しているルビー様以上に、旦那様を助けられる方はいない、という事ですね」

ショーンまでにこやかに言う。
誤解だわ…
いえ、全くの誤解でもないけど…

「ルビー!ありがとうございます!」

ラッドがわたしの両手を取り、ギュっと握った。
顔は輝き、丸眼鏡の奥の薄い青色の目はキラキラとしていたが、ふっと、陰を落とした。

「でも、あなたを連れて行くのはやはり…
あなたに何かあれば、僕は自分がどうなってしまうか分かりません…」

「あなたは、わたしの亡骸を使って、敵討ちすればいいのよ」

《赤毛》取り放題だもの!
ラッドは笑うかと思ったが、怒った顔で叫んだ。

「そんなのは嫌です!!」

「だったら、わたしに何かあった時には、あなたが助けて。
あなたに何かあれば、わたしが助けるから。
あなたの研究を一番理解出来るのは、わたしでしょう?
わたしを連れて行くよりも、置いて行く方が後悔するわよ?」

ラッドがわたしを見つめる。
わたしたちは時を忘れ、見つめ合っていた。

「感情に流されているだけですよ!馬鹿馬鹿しい…!」

サマンサはまだ何やら文句を言っていたが、気の利くショーンに連れて行かれた。
わたしは頭の隅でそれを察し、ラッドの手を取った。

「ラッド、一緒に王都に行きましょう。
それで、二人で無事に帰って来られたら、結婚してあげる!」

「はい!絶対に、一緒に帰りましょう!」

ラッドがわたしを強く抱きしめる。
わたしは笑いながら、抱きしめ返した。


◇◇


わたしは即日、旅支度をし、翌日には旅立った。

王都までは馬車で二週間近く掛かる。
途中まで、御者はサムにして貰い、馬を代える時に御者を雇い、サムには帰って貰った。
館の事は使用人たちに任せ、薬の事はショーンに任せている。
ショーンが相談出来る様に、町の医師たちにはラッドの不在を知らせておいた。

道中、ラッドはずっと、薬や医学の本を読んでいた。
わたしもこれといってする事が無かったので、ラッドが読んだ本を借りて読んだ。
ラッドの手伝いをするのだから、知識は少しでもあった方がいい。

ラッドは使者から、病状等を聞いていて、わたしにも教えてくれた。

ある日、突然、高熱が出て、体に黒い斑点が出来始める。
体は痩せていき、節々が痛み、髪が抜け、吐血…長くとも二週間の内に命を落とす。
同居の者に感染が見られる事から、症状が出ると直ぐに申し出て隔離する事になるのだが、
隔離される事を恐れてか、申告しない者が多く、病は広がる一方だと言う。
その為、遂に王都は封鎖を決めた。
許可が無ければ、出る事も入る事も出来ない。
ラッドは王都の使者から、召喚状を貰っていたので、そこは心配無かった。


王都が近くなり、わたしたちは感染対策の為、着替えをした。
フード付きのローブを被り、口元には布を巻く。
手には手袋、足元はブーツ。わたしもズボンを穿いた。

「ルビー、本当に、行きますか?今なら、引き返せますよ?」

ラッドが神妙な面持ちで、確認をしてきた。
口元を布で覆っている事もあり、わたしは気持ちが伝わる様にウインク付きで、「勿論、行くわ!」と返した。
ラッドの目がふっと細められ、彼が微笑んでいるのが分かった。

「本当を言うと、あなたがいて下さって、僕は心強いです。
一人なら、不安だったでしょう…感謝しています、ルビー。
僕はあなたを絶対に、守ります___」

それは、どんなロマンチックな言葉よりも、胸に響いた。

「ありがとう!キスをしたいけど、今は我慢ね!」

思わず言ってしまった。
ラッドは目を丸くし、それから何やらワタワタとしていた。
結婚したらキス以上の事をするのに、分かってるのかしら??


馬車が王都の門の前に着いた。
門は閉じられ、脇に検問の兵が二人立っている。
わたしたちは馬車を降り、帰って貰い、検問の兵に召喚状を見せた。
兵は厳しい顔をしていたが、薬師と分かると急に態度を軟化させた。

「薬師の方ですね、良く来て下さいました、案内します___」

門が開かれ、通されたかと思うと、直ぐに馬車に乗せられた。
都に人の姿は無く、家の窓にはカーテンが引かれ、閑散としている。

ここが、王都…

まるで、ゴーストタウンだ。
通りを抜け、馬車が向かったのは、郊外に建つ小さな教会だった。

感染者は主に、神殿、教会、修道院、学校等に隔離されており、
医師や薬師はそこで治療や研究に当たっている様だ。

「新しい薬師の方ですか、ご案内します___」

修道女が御者から引き継ぎ、案内してくれた。

「患者はこちらです…」

教会の礼拝堂のベンチには、ズラリと患者が寝かされていて、
至る処から、呻き声や唸り声、咳が聞こえている。
一応、寝具はあるものの、高い吹き抜けの天井では、断熱効果は無く、
まだ冬ではないので凌げている様だが、あまり良い環境とは思えなかった。
ポツポツと医師、看護の者の姿が見えた。

「毎日、何人か運ばれて来ますが、回復された方は…」

修道女は言い淀み、頭を振った。
思っていたよりも、壮絶な状況に、わたしは茫然となったが、
ラッドは患者の側に行き、膝を着き容体を診ていた。


「薬師の方は三人いらっしゃいます、こちらです___」

薬師たちは教会の裏手の棟の一室を使い、治療薬の開発に当たっていた。
それぞれに助手らしき人も付いており、そこには七名がいた。

「ラッド・ウエインです、クインヒルで薬師をしています」

ラッドが挨拶をすると、薬師の一人が声を上げた。

「ラッド?まさか、あの、《変人ラッド》か?」

変人???
知り合いなのかもしれないが、その言い方では、悪意しか感じない。
確かに、ラッドは変人だけど、皆の前で言うなんて、底意地が悪いに決まってるわ!
わたしは目を眇めたが、当のラッドはいつも通りだった。

「僕を知っている様ですが、失礼ですが、何処かでお会いしたでしょうか?」

「薬学校の同期だ、スティーブン・ジョンソン!いつも首席争いをしてただろう、
まさか、忘れてなんかいないよな?」

首席争い?

「ラッド、あなた、学校で首席だったの??」

驚きのあまり、割って入ってしまった。
ラッドは普通の調子で、「はい、良い順位を頂いていました」と答えた。

控えめだこと!
王立の薬学校を卒業するだけでも凄いのに、まさか、首席だったなんて!
わたしの婚約者は見掛けによらず、優秀過ぎるわ!
それは、妬まれても仕方がないわよね…

「勉強が出来るのは認めてやるが、こいつの専門は魔法薬だからな!
卒業論文に、魔女がどうの、魔法薬がどうのって書いた奴は、学校創立以来、おまえが初めてらしいぜ。
そういや、それで、おまえは片田舎に追いやられたんだったな、けど、まだ薬師を続けてたのか?驚いたぜ!
まさか、まだ魔法だの魔女だの言ってないよな?
この状況で、そんなおかしな事始められたら迷惑だ、容赦なく追い出すからな!」

はぁぁ!??

「あんたね!ふざけんじゃないわよ!」と、わたしが啖呵を切るよりも早く、ラッドがにこやかに言った。

「僕の研究を覚えていて下さり、ありがとうございます。
長年の研究に、漸く光が見えて来た処です、
これまでの成果を持って、全力で取り組ませて頂きます」

忘れていたが、ラッドは天然だった。
同じく忘れていたであろうスティーブンは、顔を引き攣らせていた。

「勝手にしろ!おまえなんか、端から戦力外なんだよ!
おい!ピート、何見てる!手を止めるな!」

スティーブンはクルリと背を向け、助手に捲し立てた。
こんな奴に負けて堪るか!という感じだ。

嫌な感じ!!

わたしは前途多難に思えていたが、
ラッドは普通の調子で、他の薬師たちに声を掛け、現状を詳しく聞いていた。

逞しいというか…羨ましいわ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

料理大好き子爵令嬢は、憧れの侯爵令息の胃袋を掴みたい

柴野
恋愛
 子爵令嬢のソフィーには、憧れの人がいた。  それは、侯爵令息であるテオドール。『氷の貴公子』と呼ばれ大勢の女子に迫られる彼が自分にとって高嶺の花と知りつつも、遠くから見つめるだけでは満足できなかった。  そこで選んだのは、実家の子爵家が貧乏だったために身につけた料理という武器。料理大好きな彼女は、手作り料理で侯爵令息と距離を詰めようと奮闘する……! ※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】悪役令嬢はラブロマンスに憧れる☆

白雨 音
恋愛
その日、一冊の本が、公爵令嬢ヴァイオレットの頭を直撃した。 それは《ラブロマンス》で、驚く事に、自分と同姓同名の登場人物がいた。 だが、ヒロインではなく、引き立て役の【悪役令嬢】! 「どうしてわたしが悪役なの?」と不満だったが、読み進める内に、すっかりロマンスの虜となっていた。 こんな恋がしたい!と、婚約者である第二王子カルロスに迫るも、素気無くされてしまう。 それに、どうやら、《ヒロイン》も実在している様で…??  異世界恋愛:短編(全9話)※婚約者とは結ばれません。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

処理中です...