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しおりを挟むわたしは地下室に保管されている薬を覚える事にしたのだが、
材料や成分、効き目等も気になり始め、
ショーンが分かる事はショーンに、分からない事はラッドに聞いた。
自然と薬になるまでの工程にも興味が出てきて、教えて貰う側ら、
ラッドに薬学の本を選んで貰い、借りて読む事にした。
小屋が出来るまでの間は、外の受付用のテーブルで勉強をした。
客が来れば直ぐに分かるので一石二鳥だ。
問題は、令嬢の天敵である日差しを受けてしまう事だけど、
そこは大きな傘を立てて貰い、凌いでいる。
「そこから入って来てもいいんだろう?」
初めて訪れる人たちは恐る恐るという様に、出来たばかりの小さな入口から入って来た。
ミリーに頼んでいた看板が役に立っている。
因みに、【薬はこちら!ラッド&ルビーの薬店】と書かれている。
わたしが頼んだのではなく、ミリーの案で、出来上がりを見て驚いた位だ。
『わたしの名まで入れていいのかしら?』
それとなくショーンに相談したが、にこやかに、
『はい、町の人たちも喜ぶでしょう』と返された。
どうして喜ぶのかしら??
未だにその理由は分からない。
「ええ、勿論です」わたしは読んでいた本を閉じ、対応した。
「いらっしゃいませ、どうぞ、座って下さい、今日はどうされましたか?」
わたしは男に椅子を勧め、ペンを手にした。
「頭痛薬が無くなっちまって…」
「お名前は?」
「ジョセフ・ストーン」
わたしは名簿を取り出し、その名を探した。
過去台帳を使い、アルファベット順で探せる様に、名簿を作ったのだ。
ストーンの名は直ぐに見つかった、そこには、買った薬の名も記入していた。
わたしは小さな紙にそれを写しながら、質問をした。
「ストーンさん、薬はいかがでしたか?同じ物がよろしいですか?」
「ああ、気に入ってるんだ、あれがないと落ち着かない…」
「分かりました、薬を取って来ますので、暫く待っていて下さい」
わたしはメモを持ち、作業部屋のラッドを訪ねた。
「ラッド、ジョセフ・ストーンさんが、前と同じ頭痛薬をお求めよ」
「うん、出してあげて、一回一粒、一度飲んだら三時間は飲まないように注意書きして…
小瓶に三十粒」
「分かったわ」
わたしは地下に向かい、頭痛薬の瓶を取り、メモと擦り合わせ、確認した。
最初の一週間は、ショーンが付いて薬を確認してくれていたが、
二週目になると、「お一人で大丈夫でしょう」と任される様になった。
認められたみたいでうれしい反面、期待外れにならない様、気を引き締めている。
「うん、間違いないわね!」
わたしは空の小瓶に、三十粒移して戻ると、注意書きをメモして、瓶と一緒に渡した。
「一回一粒、一度飲んだら三時間は空けて下さい、三十粒入っています」
「ああ、ありがとう」
ジョセフは代金を払い、瓶を持って帰った。
ラッドは基本、貧しい人からは料金を受け取っていないが、
意外にも、支払ってくれる人の方が多かった。
わたしはその理由の一つに、「料金が良心的だから」ではないかと考えている。
世間では、高名な医師程、診察や薬の代金が破格という風潮がある。
貴族の主治医たちは皆、裕福で、平民の診察などはまず受け付けなかった。
町医者も、自分たちの生活が掛かっている為、診察代、薬代を安くする事は出来ない。
薬も多くは他から仕入れている為、高価だ。
その点、ラッドは自分の薬草畑や、茸のなる森を持っていて、特別な材料を仕入れるだけで済んでいる。
収穫も町の人が手伝ってくれる為、安く薬を作る事が出来、
その上、ラッドは儲けを考えていないので、その分、値段も安く出来ていた。
安い薬は軽視されるものだが、ラッドの作る薬は効き目も良いらしく、
評判が評判を呼び、この町では最も信頼され、好んで服用されていた。
「ラッド人気の理由の一つでもあるかもね」
記録を付け、一段落したわたしは、再び本を開いた。
手伝いをする様になり、わたしは時間を持て余す事も無くなった。
寧ろ、もっと時間が欲しい程に、充実していた。
「ルビー様、この間はありがとうございました、これ良かったら食べてね」
薬を世話した人たちは時々、自分たちの畑で出来た野菜や、果実、卵等を持って来てくれる。
「余り物で悪いけど」という事だが、重宝している。
「ヘーゼルさん、ありがとう!立派な野菜だわ!その後、腰の調子はいかがですか?」
「まぁ!覚えていてくれたの?うれしいわ、ええ、もうすっかり良くなったわ、ラッド様の薬は良く効くから」
わたしは人の顔や名を覚えるのが得意な方なので、これも役に立っている。
話題には困らないし、相手も安心して話せる様だ。
「前にね、『ルビー様は高慢ちきで取っ付きにくい』と言っていた人がいたんだけど、あれは嘘ね!」
受付の手伝いを始めてから、たまに、こういった事を言われる。
残念ながら、心当たりが無い訳ではない。
以前は伯爵令嬢然とした態度でいたから…
その方が喜ばれると思っていたけど、怖がっていた人も多い様だ。
「ルビー様はとっても良い方だし、ラッド様ともお似合いなのに…きっと、ヤキモチね!」
わたしは笑って誤魔化すしかない。
「ヘーゼルさん、お大事にね!」
「ありがとう」
町の人たちとの会話は楽しいし、気分転換にもなる。
カーティス伯爵家で一日中部屋にいて、誰とも話さずに過ごしていたのが嘘の様だ。
わたしは貰った野菜を抱えて調理場に向かった。
調理場の入り口まで来て、マシューの声が聞こえて来た。
「ルビー様は良く働きなさるし、気立てもいい、町の人たちにも親切だ。
それに何より、旦那様や男爵家の事を考えなさってくれている。
ルビー様のお陰で助かっている、旦那様も安心して仕事に集中出来ると、ショーンさんも褒めていたぞ」
あら!あら!あら!!
自分のいない所で、褒められるなんて事は、初めてではないか?
少なくとも、これまで居合わせた事は無い。
気恥ずかしくもあるが、うれしさが勝った。
これって、わたしを認めてくれているって事でしょう?
マシューさんもショーンさんも、褒め過ぎよ~~
こんな事言われたら、出て行けないじゃない~~と心の中で言いつつ、しっかりと耳を澄ませた。
だが、続きはいただけなかった。
「…だから、おまえもいい加減、態度を改めないか、サマンサ!
おまえがそんな態度をしていたら、旦那様の為にならないだろう!
それに、ルビー様でなければ、とっくに暇を出されている所だぞ!」
話の相手はサマンサの様だ。
サマンサとは、あれから、あまり顔を合わせない様にしている。
用事を頼む時位だ。
サマンサの方も、いつもわたしと視線を合わない様にしていた。
不味い所に居合わせてしまったわ…
舞い上がっていた気持ちはストンと落ちた。
だが、サマンサの返答は気になる。
サマンサが関係の修復を望んでいるなら、わたしも態度を改めよう…
そんな風に考えていたのだが、
「フン!あんなの演技に決まってるじゃないの!
皆、騙されてるのさ!旦那様やあんたに取り入って、私を悪者にする気だよ!」
「おまえは…ルビー様がそんな事をして、どうなるっていうんだ?」
「旦那様の事を一番分かっているのは、私だからね、妬いてるのさ!」
修復不可能ね。
わたしは嘆息し、野菜を抱えて調理場に入った。
そして、わざと大きな声でマシューに話し掛けた。
「マシューさん!ヘーゼルさんから野菜を頂いたの、ここに置きますね」
サマンサはさっと踵を返して出て行った。
マシューは気まずそうだったが、聞かれていないと思った様で、普段通りを装っていた。
「あ、ああ、ありがとうございます、ルビー様。
こりゃ立派な野菜だ!晩餐を楽しみにしていて下さい」
「ええ、マシューさんの料理はなんでも美味しいから!
それでは、戻りますね___」
わたしは愛想良く言い、調理場を出た。
サマンサの言葉にはガッカリしたが、どうこう出来るものでもないので、
これまで通りに放置する事にした。
「きっと、サマンサの中の《ラッドの妻》と《わたし》は違い過ぎるのね」
だからと言って、わたしはわたしだし、わたしにだって良い所はある筈よ!
「マシューさんもショーンさんも褒めてくれてたもの!」
それに、何より、ラッドはわたしを必要としてくれている。
厳密に言えば、《わたしの髪》ではあるが、それだって、《わたし》に違いない!
「誰に何を言われたって、わたしはラッドと結婚するわ!」
言葉にしてみて、ふっと、それに気付いた。
「そういえば、あれから、結婚の話が出ないわね?」
結婚するなら、結婚式の日取りを決めなければいけないし、
様々な準備が必要な事を、わたしは二度目なので知っている。
「結婚する気はあるわよね?」
不安になるも、
『ラッドが理想の夫になった時___』
結婚にそんな条件を付けたのはわたしの方だった、と思い出した。
あの時は、不安の方が大きかった。
ラッドはどう見ても、変人だったからだ。
だけど、今のわたしの心は、ラッドとの結婚に向かっている___
「わたしの方から、結婚を申し込むべきかしら?」
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