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その後も、ラッドは色々と考えてくれ、クインヒルの名所を周ったり、市場に行ったり、
馬車で少し遠くまで出かけ、ピクニックをしたりもした。
わたしがあの夜、キスをした事で、ラッドもそれに気付いたらしく、
以降のデートの終わりには、必ずラッドの方から、頬にキスをしてくれる様になった。
「唇でいいのに…」などと思っている事は秘密だ。

そんな訳で、《デート五回》は、わたしが想定していたよりも、ずっと早くに達成した。

わたしはラッドを部屋に呼び、櫛を渡した。

「ほ、本当によろしいのですか?」
「ええ、勿論、約束は守るわ」
「ああ、あなたの髪に触れるなんて…手が震えます!」

わたしは肩を竦め、鏡台のスツールに座った。

「さぁ、どうぞ、ラッド・ウエイン男爵、好きに梳かしていいわよ」

「そ、それでは、失礼致します…!!」

彼の手がわたしの髪を掬い、櫛を通す。
ゆっくりと丁寧に…
気持ちが良く、思わず眠りそうになった程だ。

「そういえば、時間を決めていませんでしたが…」

「あなたの気の済むまででいいわよ?」

途中で寝てしまって良いならね。

「そ、そんなに僕を甘やかさないで下さい!
そんな事を言うと、僕は一日中でもあなたの髪を梳かしているでしょう!」

お世辞じゃなく、本気だから怖いわ…

「それなら、デート五回分だし、砂時計五回分でどう?」

「それは、これからでよろしいですか?」

「ええ、いいわよ、途中で寝てしまったらごめんなさい」

「勿論、好きに寝て下さって構いません、それでは、行きますよ___!」

ラッドは気合を入れて、砂時計を回転させた。
わたしはラッドから『寝て良い』と言質を取ったので、存分に寝させて貰った。


ラッドは存分に髪を梳かした後、櫛に付いた抜け毛を丁寧に取り、
紙に包んで宝物の様に抱いて部屋を出て行った。
こんな調子なので、わたしはラッドも満足していると思い、疑わなかった。


◇◇


「今日は、釣りなどいかがですか?道具はサムが用意してくれるので…」

この日、昼前に訪ねて来たラッドは、見るからに顔色が悪く見えた。
出会った頃のラッドは、青白く、見るからに不健康だったが、
晩餐を一緒にする様になり、改善されつつあった。
だが、最近のラッドは、かなり疲れている様に見える。

「ラッド、顔色が悪いけど、大丈夫?
何だか、フラフラしているし、何処か悪いんじゃない?」

「いえ、少し、ぼんやりとしますが…この位は普通ですので…」

言っている側から、ラッドは傾いて行く。

「ラッド!?ショーン!来て!!」

わたしは慌てて彼を支え、ショーンを呼んだ。
ショーンが駆け付けて来た時には、ラッドは膝を折り、気を失っていた。

「ラッド様!?」
「ショーンさん!直ぐに主治医を呼んで下さい!気を失っているわ!」

それからは大騒ぎだった。
サムがラッドを部屋に運んで行き、主治医が駆け付けて来た。
サマンサは桶に水を汲んだり、水差しを用意したりと、必要な物を運んでいる。

そうして、主治医の診断は…

「寝不足ですね、良く眠っていますから、暫く寝かせてあげて下さい。
それから、疲労も溜まっている様です…」

何か悪い病かと心配していた事もあり、一気に気が抜けた。
それで、思わず言ってしまった。

「ああ、良かったー!もう!心配させるんだから!」

悪気は無かったのだが、これはサマンサの逆鱗に触れた様だ。

「いい加減になさって下さい!旦那様のこんな姿を見て、良かったですって!?
旦那様が疲労なさっているのだって、そもそもはあなたが旦那様を連れ回すからじゃありませんか!
旦那様はあなたと違って、大変お忙しい方なんですよ!」

わたしは茫然としていた。
ショーンが「サマンサ、止めなさい!」と止めたが、一度堰を切った所為か、止まらなかった。

「いいえ!私は止めませんよ!旦那様の為です!
伯爵令嬢だというから、男爵家の役に立つと思って迎えましたよ、
満足して頂こうと、食事も豪華にしました、それで、男爵家が裕福だと勘違いなさったんでしょう?
家でパーティをしたいだなんて!贅沢過ぎて驚きますよ!」

パーティの事は、確かにわたしも喜んだが、それを提案したのはラッドだ。
それを知ったとしても、サマンサがラッドを責める事は無いだろう。

思えば、サマンサは不服そうな時が幾度かあった。
そんなに嫌なら、遠回しにでも言ってくれたら良かったのに…

ウエイン男爵家が裕福だなんて、一度も思った事は無いが、特に気を遣う事もしなかった。
思っていたよりも貧乏なのだろうか?
無理をさせていたなんて、気付かなかったわ…

「毎日毎日、旦那様を連れ出しては遊び歩いて、散財して!
旦那様はあなたに時間を奪われて、寝ずに仕事をしているっていうのに、全く気にも留めないんですからね!
こんな娘と結婚なんてしたら、旦那様は破滅させられますよ!」

「サマンサ!いい加減にしなさい!
旦那様は私が見ます、あなたは自分の仕事に戻りなさい。
今の事は私から旦那様にお伝えします___」

ショーンは忠告したのだが、サマンサは良い風に受け取った様で、
得意気にわたしを見下し、「ええ、お願いします、ショーンさん」と返し、部屋を出て行った。

「ルビー様、使用人が出過ぎた事を、申し訳ございませんでした…」

ショーンは深々と頭を下げて謝ってくれた。
だが、わたしの胸の内はモヤモヤとしていた。

「ショーンさんも同じ考えなの?
わたしは我儘放題で、あなた方に迷惑を掛け、散財させていたかしら?」

デートの費用は出して貰っていたが、そこまで散財していた自覚は無かった。
わたしはお金を管理した事は無いし、カーティス伯爵家では与えられる物を受け取るだけだった。
わたしもラッドも、金銭感覚は悪い方かもしれない。

「いいえ、旦那様のデート案には、私も少し助言をさせて頂きましたし、許可を出したのも私です。
財産とは別に、結婚資金があり、ルビー様に掛かる費用はそこから出ているので、気になさる事はありません。
こういった事情を使用人が知る事はありませんので、サマンサは誤解したのでしょう…
サマンサには後で言っておきます、ルビー様はお気になさらない様に…」

「ラッドに付いています、ショーンさんは仕事をなさって下さい」

わたしはベッド脇にスツールを置いて座った。

ラッドは良く眠っている様だが、その顔色は悪い。
寝ないで仕事をしていたなんて、知らなかったし、気付かなかったわ…

『毎日デートがしたい』なんて、言ってはいない。
《赤毛》欲しさにラッド自身が望んだのだ。

「赤毛を餌にしたのは狡かったけど…
無理する事ないのに…」


ショーンが昼食を運んで来てくれた。
ローストビーフのサンドイッチと紅茶、果実、いつもと変わらない。
これが豪華だと言うなら、皆、どんな食事をしているのだろう?
なんだか、罪悪感を持ってしまうじゃない…
とはいえ、お腹は空いていたので、綺麗に平らげた。

『旦那様が倒れている時に、よく食事が出来るわね!』
などという嫌味が頭に浮かぶ。

カーティス伯爵家では、使用人たちから嫌味を言われる事など、珍しくなかった。
ここは違うと思っていたけど、やっぱり、わたしは嫌われてしまうのね…
一体、わたしの何がそんなに悪いのか?

そんな事を考えていると、気持ちも暗くなった。


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