上 下
14 / 27

14

しおりを挟む

馬車を降り、本屋に着くまでは順調だったが、一歩踏み入れた途端、
ラッドのスイッチが入ってしまった。
急に真剣な顔になり、棚の上から下まで、顔を近付け、目を凝らし、じっくりと見始めた。

「ラッド?何を買いに来たか覚えてる?」
「ええ、はい、勿論ですよ…」

既に生返事しかしなくなっている。
その上、店主がラッドに気付きやって来た。

「ラッド様!何かお探しですか?」
「ええ、薬学の本で新しいものは…」
「それでしたら、こちらに…」

やっぱり!!
デートの指南書の事など、既にラッドの頭にはないのだ!
「もう!」と怒りたくなったが、相手はラッドだ、文句を言った所で聞き流すだろう。
わたしは早々に諦め、ラッドの事は放って、デートの指南書を探した。

「凄い量ね…」

大量の本の中から、目当ての本を探し出すのは並大抵では無い。
店主に尋ねれば良いとも思うが、わたしにだって、羞恥心はある。
買った物を町の人たちに言いふらされたら最悪だわ…
もしかしたら、遠出をした方が良かったかもしれない。
後悔しつつも、取り敢えず目当ての物を探した。

『貴族向け恋愛講座』

「それらしいわね…」

他にも、クインヒルの観光案内本と、編み物の本を買う事にした。
わたしが本を選んでいる間、ラッドは本を勧められ、それらを吟味していた。

「ラッド、それ買うの?」
「買いたい所ですが、迷っています…」

男爵家の懐事情は厳しいものね。
それに、ラッドは既に沢山本を持っている。
これ以上必要なのかと思ったが、ラッドは本を見つめ、唸っていた。
唸れば手に入るとでも思っているのかしら??
わたしが呆れつつ眺めていると、漸く結論が出た様だ。

「こちらはまたの機会にします、取り置きして貰えますか?」
「はい、いつでも来て下さい」

店主が本を抱えて、奥へ行った。
わたしはこっそり、「買わなくていいの?」と聞いてみた。

「はい、今日の所は持ち合わせもありませんし、
金の管理はショーンがしていますので、帰って相談します。
こちらは僕が払いますね、ショーンから幾らか貰って来ているので…」

「ありがとう」

わたしはラッドに『貴族向け恋愛講座』と『クインヒル観光案内』の本をラッドに渡し、
編み物の本は自分で支払った。
本を抱えるラッドは、何処か虚ろで、何だか気の毒になってきた。

「一冊位なら、わたしの手持ちで買えると思うけど?」

「いえ、いいんですよ、ありがとうございます。
本を買えば僕は取り憑かれてしまうし…
今、一番大事なのは、あなたとの時間ですから」

「!!」

不覚にも、ドキリとしてしまった。
尤も、それはわたしが期待したものとは違っていた。

「今、一番大事なのは、赤毛の研究です。
そこに集中する為にも、他の事は目に入れない様にしなければなりません…」

ああ、はいはい、大事なのは、《わたし》ではなく、《わたしの赤毛》ですね。

「それって、デート中に聞きたくない、最低の言葉ランキング1位かも」

「ええ!?それは失礼しました!それで、《最低》なのはどの辺りでしょうか?」

自覚が無い所かしら?
ツッコミは飲み込み、ラッドの抱える本を指差した。

「それを読めば、きっと分かるわ」

「分かりました!熟読します!」

返事は良いのよね…
前向きに取り組んでくれているし…

一体、何が悪いのか??

わたしに《恋》をしていない事かしら?

でも、誰もが恋に落ちて結婚する訳ではない。
わたしだって、エドウィンが好きだったかと聞かれたら、微妙だ。
結婚相手と思い、受け入れ、尽くしていたが、《恋》とは違うだろう。

それでも、上手くやっている人たちは沢山いるもの…
わたしたちだって、大丈夫な筈よ。

ラッドは、気は利かないが、優しいし、煩く言う事もない。
少々常識は無いが、従順だし、望みを叶えてくれる。
エドウィンといた時の様な、精神的負荷もない___

「これ以上、望むなんて贅沢よね?」


◇◇


ラッドは宣言通りに、『貴族向け恋愛講座』『クインヒル観光案内』を熟読し、
研究した様で、デートに対しての姿勢が変わった。
デートプランを考えてくれ、真面目な顔でそれを話す…

「こちらの本を参考に、僕なりに幾つかのデートを考えてみました。
一般的には、パーティへの同伴が多い様ですが、パーティの招待状は来ていませんし、長旅になるでしょう。
それらの不利益を考え、館のホールで二人だけのパーティを催すのはいかがでしょうか?」

「二人だけのパーティ!?素敵だわ!」

その提案に、わたしは驚いた。
こうも、人とは変われるものなのか?
先日までは、ロマンチックの《ロ》の字も無かった婚約者が…ああ、感涙しそう!

「それは…賛成して頂けたという事ですね?」
「賛成処か、大賛成よ!最高にロマンチックだわ!」
「本当ですか!?ああ、良かった~、それでは、今夜という事で…」

ラッドが計画を話し出したので、わたしは急いで「待って!」と止めた。

「こういう事は、内緒にして、驚かせてくれなきゃ!」
「成程、そうでしたか、それでは、僕が手配をしますので…晩餐の時間に」
「はい、楽しみにしていますわ!」

わたしは何も目や耳に入れない様、自分の部屋に閉じ籠り、編み物をして過ごす事にした。
編み棒を操りながらも、今夜の事が楽しみで、つい、ニヤニヤとしてしまっていた。


わたしはサマンサに手伝って貰い、華やかなドレスを着て、髪をクルクルと巻いた。
そして、いつもはあまり付けない派手な宝飾品も着けた。
耳飾りに、首飾り、ハーフアップの後ろは金の髪飾りで留めた。

姿見に映し、その出来栄えに満足したのだが、後ろに控えていたサマンサは、
「私は仕事がありますので、よろしいでしょうか?」と素っ気なく出て行った。

「少しは褒めてくれないと、自信を無くしちゃうわ…」

尤も、カーティス伯爵家の侍女やメイドたちは、褒める所か陰口を言い、嘲笑っていたので、それよりは全然良かった。
わたしは気を取り直し、時間を見て、部屋を出た。

ホールの前では、タキシード姿のラッドが待っていた。
今日届いたのか、頼んでおいた縁の細い、丸眼鏡を掛けている。
やっぱり、似合っているわ…!
わたしは自分の見立てに自画自賛した。

ラッドがわたしを見て、その目を見開いた。
良い意味だといいけど!

「お待たせしたかしら、ラッド?」

ラッドが固まったままなので、わたしから声を掛けた。
ラッドがビクリとした。

「いえ、その、あまりにキラキラとしているので、あなたがあなたでは無い様に見えて…
いいえ、勿論、あなたはあなたのままなのですが…
どうしてだか、初めて会う様な感覚になっています…」

気恥ずかしく、わたしは「ふふ」と笑いを零してしまった。
だが、ラッドは…

「パーティで顔を合わせた際には、感じた事を上手く褒め言葉にする様にと、本に書いてありましたが、今のは合格でしょうか?」

無意識に台無しにして来た。

「『本に書いてあった』という事は言わない方がいいわよ?
そこまでは完璧だったわ」

「ええ!?そうとは知らず、残念です…」

「肩を落としていないで、エスコートして下さる?」

わたしが手を差し出すと、ラッドは「はい!」と手を取った。

ウエイン男爵家のホールは小さく、二十人も人を呼べばいっぱいになりそうだが、
今夜は二人なので、十分な広さだった。
白いテーブルクロスを掛けられた丸テーブルが一つと、椅子が二つ。
テーブルの真中には、真鍮の豪華な蝋燭立が置かれ、明るく照らしていた。

わたしたちが椅子に座ると、ショーンとサマンサが恭しく料理を運んで来た。

具が溶け込んだポタージュ、彩の考えられた野菜のテリーヌ、バケット、肉料理、チーズ、ワイン…
いつもよりもお洒落な料理に、夢心地になった。

食事を終えた頃、何処からかバイオリンの音色が聴こえてきた。
振り向くと、壁際にショーンが立ち、優雅にバイオリンを弾いていた。

「ショーンさんって、何でも出来るのね!」
「ええ、ショーンは優秀です、ルビー、踊りますか?」

ラッドに手を差し出され、わたしは夢心地のまま、「はい」と頷いた。
フロアには二人だけ。
わたしたちは向かい合い、礼をした。
そして、ショーンの奏でる曲に合わせて踊り出す…

踊り出した処で、ラッドが《下手》だという事に気付いた。
つっかえ、ひっかえ…
中々スムーズにいかない。
流石にラッドにも自覚はある様だ。

「すみません、最後に踊ったのは、十五年位前で…
どうも、忘れてしまっている様です…」

「そうみたいね、これは練習が必要だわ、結婚式のパーティでは皆に注目されるのよ?」

「はぁ…知りませんでした、結婚式には呼ばれた事がありませんので…」

「あら、呼ばれていたけど、行かなかったんでしょう?」

ラッドが結婚式の招待をすっぽかしたのは、つい一月前だ。
ラッドもそれを思い出し、「ああ!そうでした!すみません」と謝っていた。

「それじゃ、今夜のデートはダンスの練習に切り替えましょう!」

ショーンに簡単な曲を弾いて貰い、わたしたちはダンスを練習したのだった。
ロマンチックからは少し外れてしまったものの、こちらの方が、わたしたちらしい気がして、満足だった。

「ラッド、今夜はありがとう、素敵なデートだったわ」

「こちらこそ、ダンスを教えて頂けましたし、とても有意義でした」

わたしはラッドを見つめていた。
ラッドもわたしを見つめている。

キスをしてくれるかしら?

期待にドキドキとしてくる。
だが、ラッドが徐に、「あっ!」と声を上げた。

「報告しようと思っていたのに、すっかり忘れていました。
今日の昼間、あなたが贈って下さった眼鏡が届きました!
薄いのに、驚く程良く見えるんですよ!」

ラッドが興奮して話す程に、わたしは冷静になった。
上目で見ていたが、ラッドは全く気付かない様で、
伝えられた事に満足したのか、笑顔で安堵の息を吐いた。

「そこまで喜んで下さったのでしたら、わたしも贈った甲斐がありますわ。
それじゃ、お休みなさい、ラッド・ウエイン男爵」

わたしは踵を返そうとしたが、思い直し、爪先立ちになり、彼の頬に口付けた。
わたしは直ぐにその場を後にし、振り向く事無く階段を上がったので、
ラッドがどんな顔をし、何を思ったかは知らない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

処理中です...