上 下
6 / 27

しおりを挟む

荷物は後から送ってくれる事になり、取り敢えず、わたしは必要な荷だけを持ち、出発する事になった。
ラッドが乗って来たおんぼろ馬車に荷を括り、乗り込んだ。
おんぼろではあるが、造りはしっかりしていて、意外にも頑丈そうだった。
座席のクッションも悪くない。
満足していると、ラッドが乗り込んで来て、隣に座った。

わたし、この人と婚約したのね…

チラリと目を向けて、彼の痩せた横顔を見た。
エドウィンはふっくらと肉付きが良かったが、ラッドは青白くて骨と皮だ。
顔の作りは整っているが、特に惹かれる容姿ではない。

上手くやっていけるかしら…

不安になった時、ふっと、彼がわたしを振り返った。

「僕と来て下さって、ありがとうございます、あなたを失望させない様に頑張りますね!」

白い歯を見せて笑う。
その幸せそうな笑顔に、わたしはうっかり見惚れていた。

良い所なんて無いと思っていたけど…
ちょっと可愛い…?
純粋そうな所は良いかも…





カーティス伯爵家から、ウェイン男爵家までは、馬車で一日程度という話だった。
ラッドはそれなりの準備をしてきており、直ぐに何やら書き物を始めた。

「お仕事ですか?」
「はい、その通りで…」

集中しているのか、生返事しか返って来ず、わたしは話し掛けるのを止めた。
景色を見るのも良いが、変わり映えしなければ飽きてしまう。
時間を持て余したわたしは、「取り敢えず、寝ていれば着くわよね」と、寝る事にした。

どれ位、寝ていたのか、ふっと、意識が浮上した。
寄り掛かっていた壁から頭を起こし、目を擦る。

ん??

何か、視線を感じる…

異様な気配に、チラリと目をやると、ラッドが顔を完全にこちらに向け、熱い視線を注いでいた。
わたしに…いや、わたしの《赤毛》に。
正直、ゾッとした。

「まさか、わたしが寝ている間に、髪を切ったりしていないでしょうね!?」

つい、礼儀を忘れて言ってしまい、わたしは慌てて口に手を当てた。
流石に、失礼だったわよね?
仮にも、相手は婚約者。貧乏男爵であっても、浮浪者やならず者ではない。
尤も、ラッドが気になったのは、そこではなかった様だ。

「ま!まさか!そんな卑しい真似はしませんよ!ええ、絶対に!!」

両手の平を見せ、バタバタと振る。
大慌てしている様子を見ると、ちょっと信用出来ないわ…
無意識に横髪を胸元に引っ張った。

「はうっ!?」

ラッドが奇妙な声を漏らし、息を飲んだ。
その顔は真っ赤だし、目は異様に輝いている。

「な、なに!?怖いんですけど!」

こんな所で、興奮しないで!!
わたしの純潔を約束した事を思い出して!!
あなた、『問題外』って感じで、サインしてたじゃない!!

「すみません、あまりに見事な赤毛なので…
ああ、触れても構いませんか?少しだけでいいので…
触るだけですよ、痛くも痒くもしませんので…」

わたしに向けられた手の指は、ぷるぷると震えている。

ええ…
気持ち悪いんだけど…

わたしは正直、引いたのだが、「少しだけでいいので、お願いです…」と、あまりに頼んで来るので、根負けしてしまった。
わたしをあの忌々しい館から連れ出してくれたんだもの…
彼にも少し位、良い事がなきゃね…
わたしは横髪を一房取り、彼に向けた。

「これならいいわ、触るだけよ?」

「あ、ありがたき幸せ!!」

ラッドが平伏す勢いで言うので、後悔したのだが、ラッドの手付きは意外にも優しかった。
そっと、手の平に赤毛を乗せると、もう一方の手で、感触を楽しむかの様に、そっと撫でる。
まるで、宝物の様に…
見ていると気恥ずかしさからか、顔が熱くなり、胸がドキドキとしてきた。

「ああ、美しいですね…それに、この輝きと艶…
僕の見立てが間違っていなければ、古文書にある、あの《赤毛》だ…」

ラッドは髪を撫でたり、眺めたりしながら、何やらブツブツと言っていた。

「ありがとうございます、触れているだけで、力が漲る気がします。
あなたは生まれた時から、この様な素晴らしい赤毛なのですか?
それとも、途中からですか?
あなたの生態を詳しく教えて頂きたいのですが…」

ラッドはわたしの髪を丁重に戻すと、再び用紙とペンを手に取った。
赤毛を見ていた目が、わたしに向けられた。

「必要でしたら、お答えしますけど…」

そんな事を知ってどうするのかと思ったが、「必要です!」と食い気味に言われたので、質問に答える事にした。
退屈だったから、丁度良いわ。

「生まれた時はふわふわの赤毛だったわ。
今の髪質になったのは、十歳頃だと思うけど、確かな記憶は無いわ」

「切った髪は保管されていますか?」

「いいえ」

「そんな!でも、一本位は残していますよね?」

薄い青色の目には期待があったが、わたしはキッパリとその期待を打ち砕いてやった。

「いいえ!」

ラッドは《この世の終末》の様な顔になり、用紙とペンを放り投げて頭を抱えた。

「ああ!なんて勿体無い事を!
僕があなたの父親なら、一本残らず、全て大切に保管し、検査し、記録を付けたでしょう!
ああ、どうして僕はあなたの身内に生まれなかったのか!!残念です!!」

わたしの父はあんな人だが…
それでも、『あなたが父親でなくて良かったわ』と思ってしまった。


一通りの質問に答え終わった後、ラッドは用紙とペンを置き、わたしに向き直った。
その表情は真剣で、その薄い青色の目は強い光を見せていた。

「僕たちは婚約しましたし、その、図々しいお願いかとも思いますが…」

嫌な予感しかしない。
わたしの耳は聞くのを嫌がっていたが、防ぎ様もなく、それは耳に入ってしまった。

「どうか、これからは、あなたの抜け毛を僕に下さい!!」

ラッドの頬が赤くなる。
羞恥心からならば可愛げもあるが、絶対に違う、興奮の方だ___
分かってしまう自分が嫌だ。

「どうかお願いします!後学の為に!!」

キラキラとした瞳の輝きは少年の様で、その熱意に抗うのは難しく…
わたしは結局、許してしまったのだった。

「いいけど、集めるのはわたしよ?あなたは見つけても触れないでね!」

髪を拾って歩く姿を想像し、厳しく言ったのだが、ラッドは満面の笑みでお礼を言った。

「ああ!ありがとうございます!あなたは何て寛大なんだ!
あなたは僕の女神ですよ!いや、救世主です!」

嫌な言葉!
祭り上げられるのは、もう沢山だ。
勝手に期待して、勝手に失望して…

もし、わたしの赤毛が、彼の期待した程に役に立たなければ…
わたしは追い出されるかしら?

ふっと浮かんだ考えに、自分で「はっ」となった。

どうして、それを考えなかったのだろう?
彼の称賛を鵜呑みにして、婚約までしてしまうなんて___!

「失態よ!」

ああ!なんて、愚かなの!?
後悔しても、もう、引き返す事は出来ない。
婚約の書面は交わしてしまったし、男爵家はもう目の前だ___


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。

待鳥園子
恋愛
―――申し訳ありません。実は期限付きのお飾り婚約者なんです。――― とある事情で王妃より依頼され多額の借金の返済や幼い弟の爵位を守るために、王太子ギャレットの婚約者を一時的に演じることになった貧乏侯爵令嬢ローレン。 最初はどうせ金目当てだろうと険悪な対応をしていたギャレットだったが、偶然泣いているところを目撃しローレンを気になり惹かれるように。 だが、ギャレットの本来の婚約者となるはずの令嬢や、成功報酬代わりにローレンの婚約者となる大富豪など、それぞれの思惑は様々入り乱れて!? 訳あって期限付きの婚約者を演じているはずの塩対応令嬢が、彼女を溺愛したくて堪らない脳筋王子様を悪気なく胸キュン対応でオーバーキルしていく恋物語。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

星聖エステレア皇国

恋愛
救国の乙女として異世界召喚されるも、陰謀で敵国に着いてしまったエイコ。しかも彼女を喚んだ国には彼女の偽物がいるという。さらに偽物がエイコから乗っ取っていたのは、乙女の立場だけではなかった。 「エステレア皇子のもとへ」 敵国の城から出してくれた少女の言葉だけが頼り。 異世界で独り戸惑うエイコを救ってくれたのは、高貴な風貌の青年。いずれエステレアに帰国するという、彼と共に旅することとなった。 しかしかかる追手。旅は一筋縄ではいかず、乙女の運命に翻弄されるエイコに、果たして目覚めの時は来るのかーー。 *この作品は小説家になろうにも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪
恋愛
リラジェンマは第一王女。王位継承権一位の王太女であったが、停戦の証として隣国へ連行された。名目は『花嫁として』。 だが実際は、実父に疎まれたうえに異母妹がリラジェンマの許婚(いいなずけ)と恋仲になったからだ。 要するに、リラジェンマは厄介払いに隣国へ行くはめになったのだ。 ところで隣国の王太子って、何者だろう? 初対面のはずなのに『良かった。間に合ったね』とは? 彼は母国の事情を、承知していたのだろうか。明るい笑顔に惹かれ始めるリラジェンマであったが、彼はなにか裏がありそうで信じきれない。 しかも『弟みたいな女の子を生んで欲しい』とはどういうこと⁈¿? 言葉の違い、習慣の違いに戸惑いつつも距離を縮めていくふたり。 一方、王太女を失った母国ではじわじわと異変が起こり始め、ついに異母妹がリラジェンマと立場を交換してくれと押しかける。 ※設定はゆるんゆるん ※R15は保険 ※現実世界に似たような状況がありますが、拙作の中では忠実な再現はしていません。なんちゃって異世界だとご了承ください。 ※拙作『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』と同じ世界観です。 ※このお話は小説家になろうにも投稿してます。 ※このお話のスピンオフ『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』もよろしくお願いします。  ベリンダ王女がグランデヌエベ滞在中にしでかしたアレコレに振り回された侍女(ルチア)のお話です。 <(_ _)>

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...