上 下
4 / 27

しおりを挟む

結婚式の日、わたしは淡い緑色のドレスを身に着けた。
わたしの為に仕立てられた純白のドレスは、姉が着ているが、当初よりも多くの宝石があしらわれ、豪華に変わっていた。
それだけでなく、式も披露パーティも、当初予定していたものより、格段に豪華になっている。
両親は姉の為には金を湯水の様に使う。
今に始まった事ではないが、美しく着飾り、豪華な式を挙げる二人を見ていると、胸に鉛が落ちた様に感じられた。

「再婚なのに、良く純白のドレスが着られるわよね」
「侯爵に離縁されたって話ね、何があったのかしら?」
「それで、急いで結婚したのね…」

披露パーティはダドリー伯爵家の大ホールで行われた。

会話が耳に入り、わたしは内心で頷いていた。
分かる人には分かるものだ。
尤も、そんな事、直ぐに忘れてしまうだろうが…

「花嫁は、元は妹の方だったのでしょう?」
「妹の婚約者を奪ったの?酷いわね!」
「でも、あれだけの美人じゃ、仕方ないわよ…」
「比べられるんだもの、可哀想ね…」

嫌な事まで聞こえてしまった。
わたしは聞こえない振りをし、精神統一の為、数を数え始めた。


式が終わり、ダドリー伯爵家の大ホールに向かう時になっても、わたしの同伴者であるラッド・ウェイン男爵は現れなかった。
わたしとの顔合わせから逃げたのだろうか?
逃げたいのはわたしも同じだったが、相手に逃げられるのは面白くない___

「何も聞いていないが、日を間違えたか、忙しいんだろう…
すまなかったね、ルビー、気にせずに楽しんでくれ」

エドウィンの父、ダドリー伯爵ビクターが、困った様な笑みを見せて言った。

ビクターも妻のジョセリンも、良い人たちに思えていたので、
夫妻が婚約破棄を認めたと知った時には、正直裏切られた気持ちになった。
だが、こうして会うと、「エドウィンが勝手をし、申し訳なかった」と陳謝してくれた。
ビクターとジョセリンは反対したが、エドウィンが聞かなかったらしい。
いつもエドウィンは自分の要求を通そうとするので、それは容易に想像が付いた。

エドウィンは先に、姉とわたしの両親を味方に付け、話を決めてしまったのだ。
そうなれば、ビクターもジョセリンも折れるしか無かった。

「全く、呆れるわ!」

小心者の癖に、我儘で狡賢くて、
それに、自分より下の者には傲慢___

わたしに対して、エドウィンはいつも偉そうで小煩かったが、姉に対しては違う。
姉に惚れているからというのもあるだろうが、恐らくは、エドウィンが姉を格上と見ているからだろう。
エドウィンが何を言おうと、「侯爵家ではこう教えられました」と言えばすんなり従う…
狡賢い姉に言い含められて、一生、頭が上がらないだろう。

ふん!ざまぁ、だわ!

「でも、まさか、あんな人だったなんてね…」

当時は考えない様にしていたが、関係が無くなると見えて来るものもあるらしい。

「やっぱり、結婚なんてしなくて良かった…」

しみじみ思ってしまった。


「ラッド・ウェイン男爵という方は、どういう方なのですか?」

それをエドウィンや姉に聞くのは癪だったので、ビクターに聞く事にした。
ビクターはまたもや困った笑みを浮かべた。

「ああ、実は、ラッドは私の異母弟でね…
君には少し年上過ぎると思ったんだが、
『ラッドもそろそろ結婚した方が良い、ルビーは良い娘だから、是非ラッドの妻になって欲しい』と、エドウィンに説得されてしまってね…
私たちも君が好きだったし、良い考えだと…」

ビクターは騙されているが、わたしには分かる。
エドウィンがわたしを褒めるなんてあり得ない!
思ってもない事を言い、勧める位だから、良縁などではなく、悪縁そのものだ___

わたしは怒りを抑えつつ、ビクターに聞いた。

「ウェイン男爵は三十二歳とお聞きしましたが、何故、結婚されていないのですか?」

ビクターはハンカチを取り出し、額から流れ落ちる汗を拭き始めた。

「ああ、ラッドは少し、変わり者でね…
悪いヤツではないんだが、自分の世界に入り込むというか…
女性に興味を示さなくてね…」

それは、つまり、女性に興味のない、引き籠りの中年という訳ね?
そんなの、わたしと上手くいく筈がないじゃない!
わたしの内心の声が聞こえたのか、ビクターは申し訳なさそうな顔になった。

「ルビー、私とジョセリンは本当に君を気に入っていたんだよ、
君は良い娘だし、芯がしっかりしていて、根性もある。
エドウィンは口煩く、我を通すだろう?他の令嬢たちは早々に逃げ出したが、君は違った。
君はエドウィンの要求に文句一つ言わずに応えてきた、君の様な令嬢は初めてだったよ。
エドウィンがこの話を持って来た時、君ならばラッドを任せられると思ったんだ。
勿論、君が嫌というなら無理強いはしないよ、だが、ラッドとの事を真剣に考えてみて欲しい___」

ビクターはわたしを認めてくれていた!
わたしを理解してくれていたし、わたしの努力を知っていてくれたのだ___!
それだけで、わたしの内に蔓延る暗雲は消え去り、気持ちは高揚した。

「はい、ウェイン男爵とお会い出来るのを、楽しみにしておりますわ!」

ついつい、調子良く答えてしまい、後々で頭を抱えたのだった。


◇◇


結婚式から一週間が経つ頃、カーティス伯爵家の玄関に、古くくたびれた馬車が着いた。
馬車から降りて来たのはタキシード姿の男だ。
男はバタバタと短い階段を駆け上がり、玄関扉の前で息切れになり、腰を折った。

「はぁ、はぁ、はっ…」

玄関を開けた執事は、僅かに顔を顰め、「どちら様でしょうか?」と型通りの事を聞く。
男は、「も、もう少々、お待ちを…」と時間を使い、息を整えた後で、顔を上げた。

「僕は、ラッド・ウェイン男爵です!
結婚式での非礼をお詫びしに来ました、エメラルド嬢はいらっしゃいますか?」

「…ルビー様ではございませんか?」

「ああ、そう、多分、そうです!宝石の名だというのは覚えていたんですが、ははは!」

ダークブロンドの髪を撫で付けた男は、悪びれずに口を開けて笑っている。
執事は内心で目を細めながらも、男を通した。

「直ぐにお呼び致しますので、こちらでお待ち下さい___」





「ルビー様、ラッド・ウェイン男爵がいらしております」

その名を聞いた時、直ぐには思い出せなかった。
結婚式の後、早々に忘れてしまった名だ。

今更、何の用かしら?
ダドリー伯爵に言われて渋々謝罪に来たのかしら?

「分かりました、準備をするので少し待って頂いて」

わたしは殊更ゆっくりと着替えを始めた。
結婚式では連絡も無く現れず、一週間も後でのこのことやって来たのだから、少しは待たせてやりたかった。

待つ方の身が分かるでしょう。

少々意地悪かもしれないが、これはきっと、《カーティス伯爵家》の血だ。
両親、兄、姉、例を漏れずに底意地が悪い。
自分の家族を思い出し、うんざりとしたわたしは、身支度をさっさと終わらせた。


ラッド・ウェイン男爵が待つパーラーへ向かう。

「確か…女性に興味のない、引き籠りの中年、だったわよね?」

ダドリー伯爵の異母弟となれば、無碍には出来ないが…

「あまり、変な人じゃないといいけど…」

わたしはお呪いに十字を切り、パーラーに入った。
だが、お呪いの効果は無かった様で、
ダークブロンドの髪を撫で付けた男がソファに座り、腰を酷く曲げ、何やらブツブツ言いながら書き物をしていた。
こちらに気付く気配すらなく、わたしは唖然とした。

呼んでおきながら…
でも、ダドリー伯爵に無理矢理来させられたのなら、仕方ないわよね?
いいわ、さっさと終わらせてあげる!

「お待たせ致しました、カーティス伯爵の娘、ルビーです」

わたしが声を掛けると、ダークブロンドの頭がビクリとし、それから、一秒、二秒後、
バッと勢い良くソファから立ち上がった。
酷く痩せた男で、身長もある所為か、黒いタキシードも相まって、ひょろ長く見える。

「し、失礼致しました!僕はラッド・ウェイン男爵と申します!
先日は招待頂いたというのに、急な欠席となり、
サファイア嬢、カーティス伯爵家、ダドリー伯爵家の皆様には、大変ご迷惑をお掛け致しました!
その、勿論、出席するつもりでいたんですが、出発の時間まで少し間がありましたので、
少しだけと思い作業をしていた処、うっかり、没頭してしまって…ははは。
気付けば日も暮れていた次第で、全く、自分でも呆れてしまいます…」

一気に話した男爵は、最後の方で力尽きたのか、頭を垂れ、肩を落とした。

「アンバー嬢、同伴できず、大変申し訳ありませんでした」

確かに変な人みたいだけど…
見目はそこまで悪くないし…
偉ぶっていないのもいいわ…
口煩く、女性は従う者としていたエドウィンに、長い間振り回されてきた所為か、わたしの思考はどうかしまった様だ。

彼の態度に好感が持てるなんて…

わたしは病んでいるのかしら??

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。

待鳥園子
恋愛
―――申し訳ありません。実は期限付きのお飾り婚約者なんです。――― とある事情で王妃より依頼され多額の借金の返済や幼い弟の爵位を守るために、王太子ギャレットの婚約者を一時的に演じることになった貧乏侯爵令嬢ローレン。 最初はどうせ金目当てだろうと険悪な対応をしていたギャレットだったが、偶然泣いているところを目撃しローレンを気になり惹かれるように。 だが、ギャレットの本来の婚約者となるはずの令嬢や、成功報酬代わりにローレンの婚約者となる大富豪など、それぞれの思惑は様々入り乱れて!? 訳あって期限付きの婚約者を演じているはずの塩対応令嬢が、彼女を溺愛したくて堪らない脳筋王子様を悪気なく胸キュン対応でオーバーキルしていく恋物語。

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。 ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。 幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。 仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。 精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。 ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。 侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。 当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!? 本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。 +番外編があります。 11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。 11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

白い初夜

NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。 しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──

異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪
恋愛
リラジェンマは第一王女。王位継承権一位の王太女であったが、停戦の証として隣国へ連行された。名目は『花嫁として』。 だが実際は、実父に疎まれたうえに異母妹がリラジェンマの許婚(いいなずけ)と恋仲になったからだ。 要するに、リラジェンマは厄介払いに隣国へ行くはめになったのだ。 ところで隣国の王太子って、何者だろう? 初対面のはずなのに『良かった。間に合ったね』とは? 彼は母国の事情を、承知していたのだろうか。明るい笑顔に惹かれ始めるリラジェンマであったが、彼はなにか裏がありそうで信じきれない。 しかも『弟みたいな女の子を生んで欲しい』とはどういうこと⁈¿? 言葉の違い、習慣の違いに戸惑いつつも距離を縮めていくふたり。 一方、王太女を失った母国ではじわじわと異変が起こり始め、ついに異母妹がリラジェンマと立場を交換してくれと押しかける。 ※設定はゆるんゆるん ※R15は保険 ※現実世界に似たような状況がありますが、拙作の中では忠実な再現はしていません。なんちゃって異世界だとご了承ください。 ※拙作『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』と同じ世界観です。 ※このお話は小説家になろうにも投稿してます。 ※このお話のスピンオフ『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』もよろしくお願いします。  ベリンダ王女がグランデヌエベ滞在中にしでかしたアレコレに振り回された侍女(ルチア)のお話です。 <(_ _)>

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

処理中です...