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しおりを挟む結婚式の日、わたしは淡い緑色のドレスを身に着けた。
わたしの為に仕立てられた純白のドレスは、姉が着ているが、当初よりも多くの宝石があしらわれ、豪華に変わっていた。
それだけでなく、式も披露パーティも、当初予定していたものより、格段に豪華になっている。
両親は姉の為には金を湯水の様に使う。
今に始まった事ではないが、美しく着飾り、豪華な式を挙げる二人を見ていると、胸に鉛が落ちた様に感じられた。
「再婚なのに、良く純白のドレスが着られるわよね」
「侯爵に離縁されたって話ね、何があったのかしら?」
「それで、急いで結婚したのね…」
披露パーティはダドリー伯爵家の大ホールで行われた。
会話が耳に入り、わたしは内心で頷いていた。
分かる人には分かるものだ。
尤も、そんな事、直ぐに忘れてしまうだろうが…
「花嫁は、元は妹の方だったのでしょう?」
「妹の婚約者を奪ったの?酷いわね!」
「でも、あれだけの美人じゃ、仕方ないわよ…」
「比べられるんだもの、可哀想ね…」
嫌な事まで聞こえてしまった。
わたしは聞こえない振りをし、精神統一の為、数を数え始めた。
式が終わり、ダドリー伯爵家の大ホールに向かう時になっても、わたしの同伴者であるラッド・ウェイン男爵は現れなかった。
わたしとの顔合わせから逃げたのだろうか?
逃げたいのはわたしも同じだったが、相手に逃げられるのは面白くない___
「何も聞いていないが、日を間違えたか、忙しいんだろう…
すまなかったね、ルビー、気にせずに楽しんでくれ」
エドウィンの父、ダドリー伯爵ビクターが、困った様な笑みを見せて言った。
ビクターも妻のジョセリンも、良い人たちに思えていたので、
夫妻が婚約破棄を認めたと知った時には、正直裏切られた気持ちになった。
だが、こうして会うと、「エドウィンが勝手をし、申し訳なかった」と陳謝してくれた。
ビクターとジョセリンは反対したが、エドウィンが聞かなかったらしい。
いつもエドウィンは自分の要求を通そうとするので、それは容易に想像が付いた。
エドウィンは先に、姉とわたしの両親を味方に付け、話を決めてしまったのだ。
そうなれば、ビクターもジョセリンも折れるしか無かった。
「全く、呆れるわ!」
小心者の癖に、我儘で狡賢くて、
それに、自分より下の者には傲慢___
わたしに対して、エドウィンはいつも偉そうで小煩かったが、姉に対しては違う。
姉に惚れているからというのもあるだろうが、恐らくは、エドウィンが姉を格上と見ているからだろう。
エドウィンが何を言おうと、「侯爵家ではこう教えられました」と言えばすんなり従う…
狡賢い姉に言い含められて、一生、頭が上がらないだろう。
ふん!ざまぁ、だわ!
「でも、まさか、あんな人だったなんてね…」
当時は考えない様にしていたが、関係が無くなると見えて来るものもあるらしい。
「やっぱり、結婚なんてしなくて良かった…」
しみじみ思ってしまった。
「ラッド・ウェイン男爵という方は、どういう方なのですか?」
それをエドウィンや姉に聞くのは癪だったので、ビクターに聞く事にした。
ビクターはまたもや困った笑みを浮かべた。
「ああ、実は、ラッドは私の異母弟でね…
君には少し年上過ぎると思ったんだが、
『ラッドもそろそろ結婚した方が良い、ルビーは良い娘だから、是非ラッドの妻になって欲しい』と、エドウィンに説得されてしまってね…
私たちも君が好きだったし、良い考えだと…」
ビクターは騙されているが、わたしには分かる。
エドウィンがわたしを褒めるなんてあり得ない!
思ってもない事を言い、勧める位だから、良縁などではなく、悪縁そのものだ___
わたしは怒りを抑えつつ、ビクターに聞いた。
「ウェイン男爵は三十二歳とお聞きしましたが、何故、結婚されていないのですか?」
ビクターはハンカチを取り出し、額から流れ落ちる汗を拭き始めた。
「ああ、ラッドは少し、変わり者でね…
悪いヤツではないんだが、自分の世界に入り込むというか…
女性に興味を示さなくてね…」
それは、つまり、女性に興味のない、引き籠りの中年という訳ね?
そんなの、わたしと上手くいく筈がないじゃない!
わたしの内心の声が聞こえたのか、ビクターは申し訳なさそうな顔になった。
「ルビー、私とジョセリンは本当に君を気に入っていたんだよ、
君は良い娘だし、芯がしっかりしていて、根性もある。
エドウィンは口煩く、我を通すだろう?他の令嬢たちは早々に逃げ出したが、君は違った。
君はエドウィンの要求に文句一つ言わずに応えてきた、君の様な令嬢は初めてだったよ。
エドウィンがこの話を持って来た時、君ならばラッドを任せられると思ったんだ。
勿論、君が嫌というなら無理強いはしないよ、だが、ラッドとの事を真剣に考えてみて欲しい___」
ビクターはわたしを認めてくれていた!
わたしを理解してくれていたし、わたしの努力を知っていてくれたのだ___!
それだけで、わたしの内に蔓延る暗雲は消え去り、気持ちは高揚した。
「はい、ウェイン男爵とお会い出来るのを、楽しみにしておりますわ!」
ついつい、調子良く答えてしまい、後々で頭を抱えたのだった。
◇◇
結婚式から一週間が経つ頃、カーティス伯爵家の玄関に、古くくたびれた馬車が着いた。
馬車から降りて来たのはタキシード姿の男だ。
男はバタバタと短い階段を駆け上がり、玄関扉の前で息切れになり、腰を折った。
「はぁ、はぁ、はっ…」
玄関を開けた執事は、僅かに顔を顰め、「どちら様でしょうか?」と型通りの事を聞く。
男は、「も、もう少々、お待ちを…」と時間を使い、息を整えた後で、顔を上げた。
「僕は、ラッド・ウェイン男爵です!
結婚式での非礼をお詫びしに来ました、エメラルド嬢はいらっしゃいますか?」
「…ルビー様ではございませんか?」
「ああ、そう、多分、そうです!宝石の名だというのは覚えていたんですが、ははは!」
ダークブロンドの髪を撫で付けた男は、悪びれずに口を開けて笑っている。
執事は内心で目を細めながらも、男を通した。
「直ぐにお呼び致しますので、こちらでお待ち下さい___」
◇
「ルビー様、ラッド・ウェイン男爵がいらしております」
その名を聞いた時、直ぐには思い出せなかった。
結婚式の後、早々に忘れてしまった名だ。
今更、何の用かしら?
ダドリー伯爵に言われて渋々謝罪に来たのかしら?
「分かりました、準備をするので少し待って頂いて」
わたしは殊更ゆっくりと着替えを始めた。
結婚式では連絡も無く現れず、一週間も後でのこのことやって来たのだから、少しは待たせてやりたかった。
待つ方の身が分かるでしょう。
少々意地悪かもしれないが、これはきっと、《カーティス伯爵家》の血だ。
両親、兄、姉、例を漏れずに底意地が悪い。
自分の家族を思い出し、うんざりとしたわたしは、身支度をさっさと終わらせた。
ラッド・ウェイン男爵が待つパーラーへ向かう。
「確か…女性に興味のない、引き籠りの中年、だったわよね?」
ダドリー伯爵の異母弟となれば、無碍には出来ないが…
「あまり、変な人じゃないといいけど…」
わたしはお呪いに十字を切り、パーラーに入った。
だが、お呪いの効果は無かった様で、
ダークブロンドの髪を撫で付けた男がソファに座り、腰を酷く曲げ、何やらブツブツ言いながら書き物をしていた。
こちらに気付く気配すらなく、わたしは唖然とした。
呼んでおきながら…
でも、ダドリー伯爵に無理矢理来させられたのなら、仕方ないわよね?
いいわ、さっさと終わらせてあげる!
「お待たせ致しました、カーティス伯爵の娘、ルビーです」
わたしが声を掛けると、ダークブロンドの頭がビクリとし、それから、一秒、二秒後、
バッと勢い良くソファから立ち上がった。
酷く痩せた男で、身長もある所為か、黒いタキシードも相まって、ひょろ長く見える。
「し、失礼致しました!僕はラッド・ウェイン男爵と申します!
先日は招待頂いたというのに、急な欠席となり、
サファイア嬢、カーティス伯爵家、ダドリー伯爵家の皆様には、大変ご迷惑をお掛け致しました!
その、勿論、出席するつもりでいたんですが、出発の時間まで少し間がありましたので、
少しだけと思い作業をしていた処、うっかり、没頭してしまって…ははは。
気付けば日も暮れていた次第で、全く、自分でも呆れてしまいます…」
一気に話した男爵は、最後の方で力尽きたのか、頭を垂れ、肩を落とした。
「アンバー嬢、同伴できず、大変申し訳ありませんでした」
確かに変な人みたいだけど…
見目はそこまで悪くないし…
偉ぶっていないのもいいわ…
口煩く、女性は従う者としていたエドウィンに、長い間振り回されてきた所為か、わたしの思考はどうかしまった様だ。
彼の態度に好感が持てるなんて…
わたしは病んでいるのかしら??
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