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しおりを挟む《次期伯爵》という肩書を手に入れた兄チャールズは、
「王立貴族学院で学んだ」という自尊心が高く、父の助言を全く聞かずに自分本位で仕事をしている。
王立貴族学院を出ていない父は強く言えないらしく、「おまえがいうなら、そうだろう」と折れてしまうので、兄はやりたい放題だ。
結婚はまだしていない。兄の妻となる人は《次期伯爵夫人》になるので、両親や兄はお相手選びに慎重になっていた。
美しい姉ベリンダは、王立貴族学院を卒業した後、侯爵子息に見初められ、二十歳の時に嫁いだ。
両親が望む通りになり、両親は浮かれまくっていた。
わたしとしては、館に姉がいないだけで、息がし易くなるので、心の底から祝福した。
そして、わたしだが…
一昨年、十九歳の時に縁談が持ち上がった。
お相手は、エドウィン・ダドリー伯爵子息、跡取り息子だ。
叔母のロザリーンが、ダドリー伯爵と親しくなり、わたしを売り込んだらしいが、何と言って売り込んだかは…聞かぬが花だろう。
わたしには過ぎた良縁だと、両親は歓喜した。
両親がわたしに関心を持ったのは、八歳以降、初めてだ。
面の皮の厚い両親に、わたしは心底呆れていたが、
「結婚して家を出る」という計画が叶うのだから、愛想良くしておいた。
「エドウィンです、よろしく___」
エドウィンは飛び抜けて背が高い訳でも、特別美男でもなく、平凡で、感じの良い青年だった。
平凡代表のわたしには、親近感と好感が持てた。
わたしたち、きっと上手くやれるわ!
わたしはその直感のまま、良い返事をしていた。
エドウィンも気に入ってくれたのか、縁談はとんとん拍子に進み、一月後には婚約の運びとなった。
婚約式でのわたしは、エドウィンとの未来を想い、幸せに浸っていた。
十九年間で、これ程幸せだった時はない___
だが、婚約式から僅か一月程で、幸せに綻びが見え始めた。
エドウィンから誘われ、一緒にパーティに参加した時だ、
豪華なパーティで、わたしは舞い上がったが、彼は顔を顰め、こんな事を言った。
「ルビー、パーティの場で料理を食べるのは止めてくれ、みっともないよ」
「みっともない?どうして?」
パーティ料理を食べるのは自由だし、別に独り占めしている訳でもないので、責められる云われはなく、わたしは思わず真顔で見返した。
「貧乏人に見えるだろう」
「そうかしら?」
周囲の招待客たちはスマートに料理を皿に運んでいる。
彼等を貧乏人などと思う人がいるだろうか?
全く理解不能だ。
不満そうに見るも、エドウィンは譲らず、害虫でも見る様な目で言った。
「僕は次期伯爵なんだ、婚約者の君には《相応しい人》でいて欲しい」
何やら引っ掛かりはありつつも、婚約者が望んでいるんだし、
《次期伯爵夫人》がそういうものなら、従うべきよね?との考えに至り、
わたしは「ごめんなさい、次からは気を付けるわ」と、持っていた料理を食べたのだった。
「伯爵夫人って、大変なのね…」
母を見ているとそんな風には思わなかったが、きっと、ダドリー伯爵家ならではの慣わしがあるのだろう。
カーティス一族が必要以上に歴史を誇っているのと同じにね!
わたしはダドリー伯爵家に嫁ぐのだから、その家の家訓に従うべきだと考えた。
「そうよ、『郷に入っては郷に従え』よね!幸せな結婚の為にも、頑張らなきゃ!」
だが、この事があって以降、エドウィンは家庭教師の様に口煩くなった。
わたしを見張り、何かに付け、上げ足を取って来る。
「ルビー、その言葉遣いはどうかと思う。美しくないよ」
「ルビー、そのドレスは少し派手過ぎる、下品だ」
「ルビー、婚約者している女性が他の男とダンスをするのはどうかと思う」
「ルビー、僕の前に立たないでくれ、婚約者は後ろに控えるべきだ」
注文が多く、それも『そんなのどっちだって良いじゃない!』と思う事が多々あり、
二月が過ぎた頃には、最初の志はありつつも、正直うんざりしていた。
勿論、そんな内情を、エドウィンに吐露する事は出来ない。
『次期伯爵夫人に相応しくない』と思われたら、婚約破棄されかねないからだ。
「婚約破棄なんて!恐ろしい!」
婚約破棄になれば、わたしには悪評が付き、次なる良縁は望めなくなる…という事もあるが、
それより何より、わたしが避けたいのは、両親、兄、姉から嘲笑される事だった。
『おまえは何をやっても、まともに出来んのか!』
『婚約破棄だなんて!一族の面汚しよ!恥ずかしいったらないわ!』
『婚約破棄されるとか、おまえ、令嬢として終わってるな』
『私は侯爵に見初められたのに、あなたは伯爵子息ですら繋ぎ止められないの?』
易々と想像出来てしまい、わたしは嫌な気分になった。
だが、それは、わたしの負けん気の燃料にもなる。
「いいわよ、わたしが理想の《次期伯爵夫人》になれば、大人しくなるんでしょう!」
「やってやるわよ!このルビー様を舐めんじゃないわ!」
わたしは頭の回転が速い訳でも、習得力が高い訳でも、記憶力が良い訳でもないが、《根性》だけはある!
根性と負けん気があったからこそ、幾ら馬鹿にされてもへこたれず、ここまでやって来れたのだ!
貴族学院の最終成績で十番が取れたのも、根性の賜物よ!
「そうよ!根性があれば、何だって出来るわ!!」
わたしは自分を鼓舞し、エドウィンの要求に挑んでいった。
流行の言葉を使いは封印し、古めかしい言葉を使い、古き良き令嬢風を気取った。
幾らお腹が空こうと、公の場では料理には近付かない。
エドウィンが他の令嬢とダンスを興じていても、わたしは全ての誘いを超然として断り、彼の帰りを待った。
ドレスもエドウィンの好みに合わせ、古めかしいものを仕立てて貰った。
気の利いた会話が出来る様、館に客が来た時には盗み聞きをし、情報集をした。
優雅に見える仕草や立ち居振る舞いを勉強し、鏡の前で何百回と練習した。
痩せろと言われれば、食事を減らし、運動を始めた。
エドウィンは小煩いが、ダドリー伯爵と夫人の方は全く逆で、
「おまえは厳し過ぎる!」「あなたの言っている事は変よ」と時にはエドウィンを嗜め、
わたしに対しては、「息子がすまないね…」「あまり気にしなくて良いから…」と心配してくれた。
おかしな事に、自分の両親よりも余程優しさを感じられた。
「二人が義両親になるなら、エドウィンとの結婚も悪くないわね…」
それが支えになり、わたしは努力を重ねた。
エドウィンは徐々に小言を言わなくなり、更に三月が過ぎる頃には、結婚の日取りも決まった。
正に、順風満帆だった、のだが…
嫌な風が吹いてきたのは、今から二月前だ。
二年前に侯爵家に嫁いだ姉のベリンダが、何の前触れも無く、館に帰って来た。
里帰りではない事は、姉の憔悴しきった様子から察せられたが、
使用人たちの噂話から、「侯爵から離縁を言い渡された」と知った時には驚いた。
姉は両親にだけ、それを話した様だ。
「子を授かれなかったから、離縁されたの…」
「そんな!まだ結婚して二年じゃないの!」
「侯爵は四十歳を超えているから、早く子が欲しかったのよ、二年無駄にしたってお怒りだったわ…」
「これまで子が出来なかったのなら、侯爵の方が種無しじゃなくて?」
「侯爵に抗議してやる!!」
「もう、いいから放っておいて!!」
姉は自室に閉じ籠り、姿を見せなくなった。
両親は心配していたが、「暫くはそっとしておこう」と遠巻きにしたのだった。
わたしにとっては意地悪で嫌味な姉だが、流石に気の毒になった。
とはいえ、わたしが慰めれば、その高すぎる自尊心を傷つけるだけなので、なるべく触らず、近付かない事にしていた。
姉が帰って来てから、一週間が過ぎた頃だった。
エドウィンが訪ねて来た際、姉は侯爵の使いと思った様で、部屋を飛び出し、玄関に駆けつけた。
「ああ!迎えに来て下さったのね!!」
姉はエドウィンを迎えに出ていたわたしを、思い切り突き飛ばした。
「きゃ!!」
わたしは壁に激突しそうになったが、姉は謝るでもなく、エドウィンを見つめていた。
エドウィンもわたしを助けるでもなく、姉に相対していた。
「どなたかとお間違えですか?」
「あなたは、侯爵の使いではありませんの?」
「いいえ、僕は、エドウィン・ダドリー伯爵子息です」
「まぁ、そう…」
姉は興味を無くしたのか、踵を返し去って行った。
エドウィンはその後ろ姿をじっと見つめている…
「エドウィン?」
「いや、美しい人だな…彼女は親戚か何か?」
姉は美しく、見惚れる男性は珍しく無かった。
「侯爵に嫁いだ姉のベリンダです、この度、離縁して戻って来たの」
「姉?本当に?全然似てないな、離縁か、可哀想だな…」
エドウィンは姉に興味を持った様だった。
その後は何処か上の空で、会話もままならず、早々に帰って行った。
それから、エドウィンは度々館を訪ねてきては、姉へのお見舞いだと花束を預けていた。
婚約者のわたしに花を贈らないのに、その姉に贈るのは変ではないか?
使用人たちも、何やら意地悪そうに笑っている。
だが、エドウィンは全く気にならないのか、「お姉さんの大変な時だろう、僕も力になりたいんだ」と聞かなかった。
嫌な予感はありつつも、エドウィンが幾ら姉に興味を持っても、姉にその気が無ければ大丈夫だし、
わたしたちは、結婚を目前に控えているのだ、
エドウィンだって、まさか結婚を取りやめたりはしないだろう、と高を括っていたのだが…
甘かった!
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