2 / 27
2
しおりを挟む《次期伯爵》という肩書を手に入れた兄チャールズは、
「王立貴族学院で学んだ」という自尊心が高く、父の助言を全く聞かずに自分本位で仕事をしている。
王立貴族学院を出ていない父は強く言えないらしく、「おまえがいうなら、そうだろう」と折れてしまうので、兄はやりたい放題だ。
結婚はまだしていない。兄の妻となる人は《次期伯爵夫人》になるので、両親や兄はお相手選びに慎重になっていた。
美しい姉ベリンダは、王立貴族学院を卒業した後、侯爵子息に見初められ、二十歳の時に嫁いだ。
両親が望む通りになり、両親は浮かれまくっていた。
わたしとしては、館に姉がいないだけで、息がし易くなるので、心の底から祝福した。
そして、わたしだが…
一昨年、十九歳の時に縁談が持ち上がった。
お相手は、エドウィン・ダドリー伯爵子息、跡取り息子だ。
叔母のロザリーンが、ダドリー伯爵と親しくなり、わたしを売り込んだらしいが、何と言って売り込んだかは…聞かぬが花だろう。
わたしには過ぎた良縁だと、両親は歓喜した。
両親がわたしに関心を持ったのは、八歳以降、初めてだ。
面の皮の厚い両親に、わたしは心底呆れていたが、
「結婚して家を出る」という計画が叶うのだから、愛想良くしておいた。
「エドウィンです、よろしく___」
エドウィンは飛び抜けて背が高い訳でも、特別美男でもなく、平凡で、感じの良い青年だった。
平凡代表のわたしには、親近感と好感が持てた。
わたしたち、きっと上手くやれるわ!
わたしはその直感のまま、良い返事をしていた。
エドウィンも気に入ってくれたのか、縁談はとんとん拍子に進み、一月後には婚約の運びとなった。
婚約式でのわたしは、エドウィンとの未来を想い、幸せに浸っていた。
十九年間で、これ程幸せだった時はない___
だが、婚約式から僅か一月程で、幸せに綻びが見え始めた。
エドウィンから誘われ、一緒にパーティに参加した時だ、
豪華なパーティで、わたしは舞い上がったが、彼は顔を顰め、こんな事を言った。
「ルビー、パーティの場で料理を食べるのは止めてくれ、みっともないよ」
「みっともない?どうして?」
パーティ料理を食べるのは自由だし、別に独り占めしている訳でもないので、責められる云われはなく、わたしは思わず真顔で見返した。
「貧乏人に見えるだろう」
「そうかしら?」
周囲の招待客たちはスマートに料理を皿に運んでいる。
彼等を貧乏人などと思う人がいるだろうか?
全く理解不能だ。
不満そうに見るも、エドウィンは譲らず、害虫でも見る様な目で言った。
「僕は次期伯爵なんだ、婚約者の君には《相応しい人》でいて欲しい」
何やら引っ掛かりはありつつも、婚約者が望んでいるんだし、
《次期伯爵夫人》がそういうものなら、従うべきよね?との考えに至り、
わたしは「ごめんなさい、次からは気を付けるわ」と、持っていた料理を食べたのだった。
「伯爵夫人って、大変なのね…」
母を見ているとそんな風には思わなかったが、きっと、ダドリー伯爵家ならではの慣わしがあるのだろう。
カーティス一族が必要以上に歴史を誇っているのと同じにね!
わたしはダドリー伯爵家に嫁ぐのだから、その家の家訓に従うべきだと考えた。
「そうよ、『郷に入っては郷に従え』よね!幸せな結婚の為にも、頑張らなきゃ!」
だが、この事があって以降、エドウィンは家庭教師の様に口煩くなった。
わたしを見張り、何かに付け、上げ足を取って来る。
「ルビー、その言葉遣いはどうかと思う。美しくないよ」
「ルビー、そのドレスは少し派手過ぎる、下品だ」
「ルビー、婚約者している女性が他の男とダンスをするのはどうかと思う」
「ルビー、僕の前に立たないでくれ、婚約者は後ろに控えるべきだ」
注文が多く、それも『そんなのどっちだって良いじゃない!』と思う事が多々あり、
二月が過ぎた頃には、最初の志はありつつも、正直うんざりしていた。
勿論、そんな内情を、エドウィンに吐露する事は出来ない。
『次期伯爵夫人に相応しくない』と思われたら、婚約破棄されかねないからだ。
「婚約破棄なんて!恐ろしい!」
婚約破棄になれば、わたしには悪評が付き、次なる良縁は望めなくなる…という事もあるが、
それより何より、わたしが避けたいのは、両親、兄、姉から嘲笑される事だった。
『おまえは何をやっても、まともに出来んのか!』
『婚約破棄だなんて!一族の面汚しよ!恥ずかしいったらないわ!』
『婚約破棄されるとか、おまえ、令嬢として終わってるな』
『私は侯爵に見初められたのに、あなたは伯爵子息ですら繋ぎ止められないの?』
易々と想像出来てしまい、わたしは嫌な気分になった。
だが、それは、わたしの負けん気の燃料にもなる。
「いいわよ、わたしが理想の《次期伯爵夫人》になれば、大人しくなるんでしょう!」
「やってやるわよ!このルビー様を舐めんじゃないわ!」
わたしは頭の回転が速い訳でも、習得力が高い訳でも、記憶力が良い訳でもないが、《根性》だけはある!
根性と負けん気があったからこそ、幾ら馬鹿にされてもへこたれず、ここまでやって来れたのだ!
貴族学院の最終成績で十番が取れたのも、根性の賜物よ!
「そうよ!根性があれば、何だって出来るわ!!」
わたしは自分を鼓舞し、エドウィンの要求に挑んでいった。
流行の言葉を使いは封印し、古めかしい言葉を使い、古き良き令嬢風を気取った。
幾らお腹が空こうと、公の場では料理には近付かない。
エドウィンが他の令嬢とダンスを興じていても、わたしは全ての誘いを超然として断り、彼の帰りを待った。
ドレスもエドウィンの好みに合わせ、古めかしいものを仕立てて貰った。
気の利いた会話が出来る様、館に客が来た時には盗み聞きをし、情報集をした。
優雅に見える仕草や立ち居振る舞いを勉強し、鏡の前で何百回と練習した。
痩せろと言われれば、食事を減らし、運動を始めた。
エドウィンは小煩いが、ダドリー伯爵と夫人の方は全く逆で、
「おまえは厳し過ぎる!」「あなたの言っている事は変よ」と時にはエドウィンを嗜め、
わたしに対しては、「息子がすまないね…」「あまり気にしなくて良いから…」と心配してくれた。
おかしな事に、自分の両親よりも余程優しさを感じられた。
「二人が義両親になるなら、エドウィンとの結婚も悪くないわね…」
それが支えになり、わたしは努力を重ねた。
エドウィンは徐々に小言を言わなくなり、更に三月が過ぎる頃には、結婚の日取りも決まった。
正に、順風満帆だった、のだが…
嫌な風が吹いてきたのは、今から二月前だ。
二年前に侯爵家に嫁いだ姉のベリンダが、何の前触れも無く、館に帰って来た。
里帰りではない事は、姉の憔悴しきった様子から察せられたが、
使用人たちの噂話から、「侯爵から離縁を言い渡された」と知った時には驚いた。
姉は両親にだけ、それを話した様だ。
「子を授かれなかったから、離縁されたの…」
「そんな!まだ結婚して二年じゃないの!」
「侯爵は四十歳を超えているから、早く子が欲しかったのよ、二年無駄にしたってお怒りだったわ…」
「これまで子が出来なかったのなら、侯爵の方が種無しじゃなくて?」
「侯爵に抗議してやる!!」
「もう、いいから放っておいて!!」
姉は自室に閉じ籠り、姿を見せなくなった。
両親は心配していたが、「暫くはそっとしておこう」と遠巻きにしたのだった。
わたしにとっては意地悪で嫌味な姉だが、流石に気の毒になった。
とはいえ、わたしが慰めれば、その高すぎる自尊心を傷つけるだけなので、なるべく触らず、近付かない事にしていた。
姉が帰って来てから、一週間が過ぎた頃だった。
エドウィンが訪ねて来た際、姉は侯爵の使いと思った様で、部屋を飛び出し、玄関に駆けつけた。
「ああ!迎えに来て下さったのね!!」
姉はエドウィンを迎えに出ていたわたしを、思い切り突き飛ばした。
「きゃ!!」
わたしは壁に激突しそうになったが、姉は謝るでもなく、エドウィンを見つめていた。
エドウィンもわたしを助けるでもなく、姉に相対していた。
「どなたかとお間違えですか?」
「あなたは、侯爵の使いではありませんの?」
「いいえ、僕は、エドウィン・ダドリー伯爵子息です」
「まぁ、そう…」
姉は興味を無くしたのか、踵を返し去って行った。
エドウィンはその後ろ姿をじっと見つめている…
「エドウィン?」
「いや、美しい人だな…彼女は親戚か何か?」
姉は美しく、見惚れる男性は珍しく無かった。
「侯爵に嫁いだ姉のベリンダです、この度、離縁して戻って来たの」
「姉?本当に?全然似てないな、離縁か、可哀想だな…」
エドウィンは姉に興味を持った様だった。
その後は何処か上の空で、会話もままならず、早々に帰って行った。
それから、エドウィンは度々館を訪ねてきては、姉へのお見舞いだと花束を預けていた。
婚約者のわたしに花を贈らないのに、その姉に贈るのは変ではないか?
使用人たちも、何やら意地悪そうに笑っている。
だが、エドウィンは全く気にならないのか、「お姉さんの大変な時だろう、僕も力になりたいんだ」と聞かなかった。
嫌な予感はありつつも、エドウィンが幾ら姉に興味を持っても、姉にその気が無ければ大丈夫だし、
わたしたちは、結婚を目前に控えているのだ、
エドウィンだって、まさか結婚を取りやめたりはしないだろう、と高を括っていたのだが…
甘かった!
10
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
転生したので前世の大切な人に会いに行きます!
本見りん
恋愛
魔法大国と呼ばれるレーベン王国。
家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。
……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。
自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。
……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。
『小説家になろう』様にも投稿しています。
『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』
でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。
【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~
北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!**
「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」
侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。
「あなたの侍女になります」
「本気か?」
匿ってもらうだけの女になりたくない。
レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。
一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。
レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。
※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません)
※設定はゆるふわ。
※3万文字で終わります
※全話投稿済です
【完結】この胸に抱えたものは
Mimi
恋愛
『この胸が痛むのは』の登場人物達、それぞれの物語。
時系列は前後します
元話の『この胸が痛むのは』を未読の方には、ネタバレになります。
申し訳ありません🙇♀️
どうぞよろしくお願い致します。
お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!
近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに!
どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…?
幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り
後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが
他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています
※完結しました!ありがとうございます!
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?
せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。
※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました
婚約破棄された侯爵令嬢は、元敵国の人質になったかと思ったら、獣人騎士に溺愛されているようです
安眠にどね
恋愛
血のつながらない母親に、はめられた主人公、ラペルラティア・クーデイルは、戦争をしていた敵国・リンゼガッド王国へと停戦の証に嫁がされてしまう。どんな仕打ちを受けるのだろう、と恐怖しながらリンゼガッドへとやってきたラペルラティアだったが、夫となる第四王子であり第三騎士団団長でもあるシオンハイト・ネル・リンゼガッドに、異常なまでに甘やかされる日々が彼女を迎えた。
どうにも、自分に好意的なシオンハイトを信用できなかったラペルラティアだったが、シオンハイトのめげないアタックに少しずつ心を開いていく。
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる