【完結】力を失った元聖女は、呪われた王子に嫁ぐ

白雨 音

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本編

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晩餐の後は、いつも殿下の部屋へ行き、二人でコーヒーを飲む事にしている。
わたしはその時を狙い、コーヒーに眠り薬を入れる事にした。
カップにコーヒーを淹れ、小さな薬の包みを開き、それを入れ、素早く掻き混ぜた。
そして、殿下の前に置く。

「殿下、コーヒーです、お熱いですので、お気を付け下さい」

わたしは殿下の手を取り、促した。
殿下は「ありがとう」とカップを手に取り、口を付けた。
殿下が飲むのを見守りながら、わたしは自分のコーヒーを飲んだ。

「セレスティア、落ち着かぬ様だな?」

殿下に言われ、わたしはドキリとした。
目が見えない分、殿下は察しが良いのだ。
わたしは咄嗟に話をすり替えた。

「はい、わたしは、初めてですので…」

「初めてならば仕方が無いな、だがあまり期待はするな、最初は辛いものだ。
あまり構えても緊張するだろう、これから寝室へ行くか?」

殿下がわたしに手を差し出した。
わたしは息を飲み、カップを握った。

「いえ、準備がありますので…夜に参ります」

「そうか、待っているぞ、セレスティア」

「はい…」

殿下はコーヒーを飲み干した。
わたしはコーヒーを残し、それをワゴンに戻し、片付けを口実に部屋を出た。

殿下は眠り薬を飲んだわ…
大丈夫、ちゃんと出来るわ…





夜が更け、わたしは布に包まれた短剣を手に、夜着姿で部屋を抜け出した。
廊下は冷やりとしていて、物音もせず、静かだ。
わたしは息を詰め、足音を忍ばせ、レオナルド殿下の寝室へと向かった。

寝室の扉に鍵を差し入れ、そっと回すと、カチャリと鍵の開く音がした。
わたしは音を立てない様、ゆっくりと扉を開き、部屋に滑り込んだ。
部屋にはランプの灯りが灯っていたが、殿下が起きている様子は無かった。

わたしは足音を忍ばせ、中央の大きなベッドに向かう。
心臓が煩い程に鳴っている。

ベッドに近付くと、殿下は仮面を着けて仰向けで寝ていた。
わたしは恐る恐る、仮面に手を伸ばし、それをそっと外した。
薄明りの中では、昼間程の禍々しさは無いものの、やはり、人体を超えている。

わたしは布を外し、短剣を手にした。

これで、レオナルド殿下の目を治す事が出来る___!

わたしは短剣を両手に握り、その闇に向けて振り下ろした。
いや、振り下ろそうとし、後ろから手を掴まれ、阻まれた。

「!?」

驚くわたしから、彼…ザックは短剣を奪い取り、わたしを突き飛ばした。

「きゃ!!」

床に打ち付けられた衝撃に、思わず声が漏れた。

「セレスティア妃が、殿下を短剣で刺そうとなさいました」

ザックが報告する様に言い…

「そうか、どう言い訳をするつもりだ、セレスティア?」

殿下の冷たい声に、わたしは息を飲んだ。
ベッドの上、寝ていた筈の殿下は、体を起こしていた。

「どうした、俺が眠っていない事に驚いているのか?
残念だったな、俺には眠り薬は通用しない、いつ何者に命を狙われるか分からぬからな、
ある程度の毒性は持っているものだ。
だが、まさか、おまえに裏切られるとはな…俺もまだまだ甘い」

語尾の震えに気付き、わたしは胸が詰まった。

「殿下、違います!わたしは殿下のお命を狙ったのではありません!」

「眠り薬を盛り、短剣を持ち、何をしていたというのだ?
誰に頼まれたか言え、おまえ独りの考えでは無かろう…」

「わたしの考えです、ですが…」

「ジェイソンに頼まれたのか?奴を庇うつもりならば、容赦はしない」

殿下の声が一段と低く冷たく響き、わたしはぞっとした。
殿下は、本当にわたしを疑っているのだ…!
ショックではあったが、『この状況では疑われても当然だ』と自分を慰めた。
それよりも、わたしにはやる事がある、例え、疑われ、憎まれたとしても___

「ザック、短剣を返して下さい」

わたしはザックに向かって言った。
当然だが、ザックはそれをわたしに返そうとはしなかった。
だが、これでは全てが無駄になってしまう___

「返して!!」

わたしはザックに飛び掛かり、短剣を奪おうとした。
ザックはわたしを払い退けたが、そこで動きが停まった。
ザックが足元から力を失くし、崩れ落ちた。

「ザック!?」

「安心おし、眠らせただけさ」

ザックが床に倒れた後に、老婆の姿があった。

「他に誰か居るのか、何者だ!」

老婆を知らない殿下には、困惑の色が見えた。
目が見えないのだ、状況も分かっていないだろう。

「さぁ、セレスティア、レオナルド殿下をお助けするんだよ!」

「助ける?どういう事だ!」

わたしはザックの手から短剣を奪い、握った。

「そうだよ、セレスティア、おまえなら出来る、殿下がおまえの助けを待っている」

「何を言っているんだ!おまえは何者だ!!」

わたしは殿下の方へ足を進めた。

「殿下、わたしがお助け致します!」

「待て!セレスティア!」

殿下の制止を無視し、
わたしは短剣を振り上げ、その闇に向け、振り下ろした___

ぶわわっ!!

闇が溢れ出し、短剣に吸い込まれていく。

これで、殿下の目が治る___!

わたしは安堵したが、短剣に吸い込まれた筈の闇が、
短剣を握る手を伝い、わたしの体に入って来るのが分かった。

「ああ!何故!?止まって…!」

「セレスティア!?どうした!!何が起こっているんだ!?」

何か恐ろしい事が起きている、このままでは危ないと、わたし自身、それは分かった。
だが、短剣を離す事は出来なかった。

今、離せば、きっと、殿下の目は治らない___!

「うあ…いやあああ!!」

「セレスティア!!」

わたしの内が、闇に侵される。
気持ちが悪く、わたしは気を失いそうになり、遂には膝を着いていた。

「アッハッハッハ!!上手く言ったわい!この娘は貰っていくぞ!」

老婆がわたしの腕を掴んだ。

「どういう事、ですか…?」

「魔族の欠片がおまえの体に入ったのだ、魔に侵された処女の体は、我らの苗床よ!
おまえたちに殺された分、魔族の子を孕んで貰うぞ!」

わたしの体が、魔族の苗床になる!?
悍ましく吐き気がした。

「そんな事を、誰が許すか!!」

ビシュ!!

目に見えない速さで、何かが走ったかと思うと、
わたしを掴んでいた老婆の手は切断されていた。

「っ!?」

「ひ、ひぃぃ___!!」

老婆が悲鳴を上げるのと同時に、その体は切断された。
黒い煙が上がり、老婆は消え、そこには焼け焦げた様な跡があった。

「使い魔か!」

殿下の声で、わたしは顔を上げた。
そこには、長剣を握り、堂々と立つレオナルド殿下の姿があった。
その顔には、闇ではない、強い光を放つ目が在った___

「ああ、殿下!」

わたしは感激し、涙を零していた。

「セレスティア!大丈夫か!?」

殿下がわたしの前に膝を着き、肩を掴んだ。
険しい表情だが、わたしには愛おしかった。

「戻られたのですね!良かった…」

「良くは無い!何故、この様な事をしたのだ!」

「あなたを、呪いから解き放ってあげたかったのです…」

「だが、その代わりに、おまえが…!」

わたしは自分の髪が黒くなっている事に気付いた。
他にも何か変わっているかもしれない。
わたしの内に魔族の欠片がある。
苗床であるなら、魔族はわたしを狙って来るだろう。
いや、その前に、わたしが魔族になるのだろうか___

大変な事になってしまった事は分かる。
恐ろしく、震えが止まらない。
だが、後悔はしていない。
レオナルド殿下の姿を見れば、後悔は感じなかった。

「殿下、申し訳ございません、使い魔とも知らずに、騙されてしまいました…
わたしの落ち度です、重ねてご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません…
ですが、殿下をお助けする事が出来、わたしは本望です…
これからは、ご存分に、国の為、民の為にお働き下さい…」

わたしは気を静め、頭を下げ、それを申し出た。

「殿下、どうか、わたしを殺して下さい…」

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