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本編

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『この者を妻とする!直ちに手続きを始めよ!
猶予はならん!俺は三日後に城を出る!
元大聖女、おまえは一週間後だ、迎えの馬車を出す、準備しておけ!』

瞬く間に手続きは終わり、わたしとレオナルド殿下の結婚は成立した。
わたしは殿下の側近であるノーマンに連れられ、別室に向かった。

「結婚に当たり、幾つか決まりがありますので、説明させて頂きます」

王家で起こった事、見聞きしたを、他の者に話さない事。
レオナルド殿下のプライベートに関わる事は極秘である。
等々、守秘義務に関する事が多かったが、聖女であった時も同じだった為、
特別驚く事は無かった。

「こちらにサインを」

促され、わたしはサインをしたが、緊張し震えてしまった。

「すみません、震えてしまって…」
「構いません、次はこちらを」

それには、結婚後の保障が書かれていた。
生活の保障がされている上に、月々一定額の金が王家から支払われる。

「わたしがお金を頂くのは変ではありませんか?」

結婚したとはいえ、わたしは王家とは何の関係もない。

「決まりです、この先は王族、貴族との付き合いもございます、
身形に気を使わなくてはならない場合も出てくるでしょう。
妃殿下として相応しい恰好をなさっていなければ、殿下や王家が恥を掻く事になります」

妃殿下だなんて…わたしにはやはり不相応だわ…
わたしは怯みつつも、サインをした。

「こちらは離縁に際しての決まり事です。
離縁の決定権、親権はレオナルド殿下にあります。
セレスティア様に非がある場合、慰謝料はございません。
殿下を貶める事をなさった場合、慰謝料を請求させて頂きます。
レオナルド殿下に非がある場合は、十分な補償をさせて頂きます___」

ほとんどが金に関する決め事だった。
レオナルド殿下が亡くなった場合の財産等…
ベリー家は騎士爵で金に余裕がある訳では無いが、お金の話は良い気がしなかった。

それが終わると、ズラリと並んだ金の指輪を見せられ、嵌めさせられた。

「気に入った物を御付け下さい」

わたしはなるべく飾り気の無い指輪を選んだ。
あまり高価な物だと恐ろしかったのだ。

そして、一通りの手続きが終わると、側近からそれを聞かされた。

「レオナルド殿下は三日後、城を出てオウルベイにある城に移られます。
この先、そちらに住まわれるご予定ですので、セレスティア様もそのつもりで
荷物をお纏め下さい。こちらは支度金になります」

小箱に入った金貨を渡され、わたしは驚き、それを返した。

「お金は必要ありません!」

「先にも申し上げましたが、セレスティア様は殿下の妃となられたのですから、
相応しい装い、相応しい生活をして頂かなくては、殿下と王家の恥となります」

「ですが、それを一週間でとなると、不可能ではありませんか?
それに、わたしはこれまで聖女でしたので、相応しい装いというものを知りません…」

聖女の装いは決まっており、華美なものは禁じられていた。

「確かに、考え至りませんでした。それでは、こちらでご用意し、
オウルベイへ送る事に致しましょう。セレスティア様の寸法を御測りさせて頂きます」

仕立て屋が呼ばれ、寸法を測られた。
漸く解放され、家に帰った時には、陽も暮れていた。


「セレスティア、顔合わせはどうでしたか?詳しく話を聞かせて頂戴な!」

母は嬉々としてわたしを迎え、ソファへと促した。
兄たちもそわそわして付いて来る。

「驚かないで、というのは無理だと思うけど…
結論から言うと、わたし、結婚したの!」

わたしが指輪を見せて言うと、母、兄たちは笑顔のまま固まった。
それが解けると、一気に質問攻めになった。

「どういう事なの?セレスティア?顔合わせだけでは無かったの?」
「ティア!相手はどういう人なんだよ!?」
「ティア!簡単に結婚を承諾するなんて、幾らなんでも早過ぎるよ!」

皆の疑問は尤もだった。
わたし自身、どうしてこうなってしまったのか、上手く説明する自信が無かった。

「相手はこの国の第二王子、レオナルド殿下なの」

この名を出しただけで、母も兄たちも騒然となった。

「まぁ!レオナルド殿下ですって!?」
「ティア、冗談じゃないよね?本当に、あの、レオナルド殿下なのかい?」
「レオナルド殿下と言えば、英雄なんだよ?それに、殿下は婚約していた筈だよ?」

皆が驚くのも無理は無い。
実際、王城に行き、城内を歩いた事だけでも、わたしには夢の様に思えるのだ。

「殿下と公爵令嬢の婚約は解消されていたわ、理由は聞かなかったけど。
殿下は王城を出て、オウルベイの城に移り住むの。
それで、結婚を急いでいて…殿下は三日後に出発なの、
わたしは一週間後に立つ事になるわ」

色々な事を端折ってはいるが、大体、これで説明が付くだろうと思った。
既に済んでしまった事で、心配も反対もされたくなかったのだ。

「オウルベイだって!?辺境の地じゃないか!」
「そんな所に、レオナルド殿下が?」

わたしは迷ったが、殿下の目の事に触れた。

「お母様もお兄様たちも、これは内緒にしてね…
レオナルド殿下は、大戦で目に大変な傷を負ったの。
全く見えなくなってしまったのよ…」

兄たちは急に鎮まり、肩を落とした。

「ああ…レオナルド殿下は身を挺して、魔族と相打ちされて…」
「見ていた者たちは恐怖で動けなかったらしい…殿下は素晴らしい人だよ」
「正に英雄だよ!酷い傷を負ったという話は聞いていたけど…」
「視力を失うなんて!きっと、殿下は絶望しただろうね…」
「それで、婚約者は婚約を解消したというのか!?」

兄たちは同情し、婚約者に怒りを向けていた。
わたしは慌てて遮った。

「それは分からないわ、殿下はお優しい方だから、愛する人に苦労をさせたくなかったのかも…」

わたしが殿下に選ばれたのは、「不愉快」「苦しめたい」そんな理由からだった。
きっと、愛した者を傷つけるのが辛かったのだろう。

「それなら、ティア、おまえは何だと言うんだ!?おまえなら、苦労させてもいいと言うのか!?」

正にその通りだが、それを言ってしまうと、兄たちは城に抗議に行くかもしれない。

「そうではないの、殿下はわたしに、再三、結婚したくなければ逃げ出す様、おっしゃったわ。
だけど、わたしは殿下を支えたいと思ったのよ…
大戦では皆、傷ついたわ。わたしも力を失った。父も命を落とした…」

力を失ったと知るや否や、わたしは功を奪われ、神殿を追い出された。
父は命を掛け部下を守ったというのに、感謝状さえ渋られる始末だ。

「お母様やお兄様たちが居てくれて、わたしがどれだけ救われたか…
レオナルド殿下は身を挺して国を守られた英雄よ?
苦しみの中にいらっしゃるの、支えが必要だわ!
もし、父が生きてさえいてくれたら、両足を失っても、両腕を失っても、
ただ生きていてくれさえしたら、わたしたちは父を支えたでしょう?
父にしてあげたかった事を、殿下にして差し上げたいの…」

沈黙が落ちる。
ややあって、兄たちは頭を振った。

「確かに、レオナルド殿下は素晴らしい人だよ、報われるべき人だと思う…」
「だけどね、ティア、結婚なんだよ?」
「おまえは同情しているだけだよ、結婚する必要があるのかい?」

レオナルド殿下も、『愛など俺に求めるな、俺が求めるのは奴隷の様な女だ。
俺の命には従って貰う、おまえが俺に意見する権利は無い』と言っていた。
結婚は望んでいないのだ。
だけど、きっと、結婚しなくてはならない理由があったのだ。
例え、表面上、契約上だけでも…

「わたしはレオナルド殿下を尊敬し、お慕いしているの、それでは駄目?
わたしではやはり、役不足だと思う?釣り合わない事も分かっているわ…
だけど、殿下は許して下さったの、わたしと結婚して下さると…
だから、わたしは、諦めたくないの!
お母様、ロバート兄様、フィリップ兄様、勝手に結婚を決めてごめんなさい、
でも、出来たら、許して欲しいの…」

「セレスティア、あなたの結婚よ、あなたが決めた事に私は反対などしないわ」

母はわたしの手を固く握った。

「結婚に、必ずしも愛は必要ないわ。
初めて出会った者たちが結ばれる事もありますからね。
愛は後から芽生える事もある、必要なのは、互いに尊敬し、信頼し合う事よ。
この人と決めて、付いて行くの。
そうすれば、レオナルド殿下もきっと、あなたの優しさを必要として下さるわ。
苦労はあるでしょうけど、聖女として辛い日々に耐えて来たあなたなら大丈夫よ、セレスティア」

母からの励ましに、わたしは胸がいっぱいになり、涙が滲んだ。

「ありがとう、お母様!」

「ティア、僕たちも応援するよ、困った事があったら何でも言ってくれよ!」
「ティア、母さんの事は僕たちに任せて、殿下を頼んだよ!」

兄たちも意見を変えてくれ、わたしは安堵した。


◇◇


レオナルド殿下が王城を出た翌日、レオナルド殿下の結婚、
そして、第三王子フレドリックの婚約が発表され、王都中が祝福に沸いた。

「レオナルド殿下のお相手のセレスティア様は、先の大戦の際、
死力を尽くし結界を張られた結果、聖女の力を失ってしまわれました。
レオナルド殿下は彼女の功績に大変感銘を受けられ、妃にと望まれました」

「セレスティア様が勲章を辞退なされた事で、これまで彼女の功績が
世に知られる事はありませんでしたが、
お二人は、共に大戦を戦った英雄同士であります___」

この発表で、わたしは『勲章を辞退した、無欲の大聖女』と、広く知られ、評判を上げた。
勲章の話はこれで無くなったが、母は大満足で、わたしを抱擁した。

「ああ、セレスティア!そういう事だったのね、あなたを誇りに思うわ!」

約束通りに、父への感謝状も王印入りで届けられ、こちらも母を喜ばせた。

一つ問題があるとすれば、第三王子フレドリックの婚約だった。
フレドリックの婚約者は、ダイアナ・コルボーン公爵令嬢で、
彼女は嘗て、レオナルド殿下の婚約者だった者だ。
これに世間は勘ぐり、色々な噂をした。

「公爵令嬢はレオナルド殿下を捨てたのさ!」
「レオナルド殿下が大聖女様に乗り換えたんだろう?」
「レオナルド殿下は酷い怪我を負われたという噂だ、捨てられたのさ!」
「レオナルド殿下は王都を出たらしい…」
「公爵令嬢に捨てられて、自棄になって結婚したのさ」
「大聖女といっても、ただの平民だろ、ダイアナ様とは比べられないよ!」

連日、ベリー家には、多くの人が詰め掛けた。
わたしを一目見ようとする者、話しを聞こうとする者、噂を確かめようとする者…
「出て来い!」と騒ぐ者たちもいて、わたしたちは外へ出る事も出来なくなった。
城から警備の者たちが来てくれ、騒動が鎮まるまで、警護してくれる事になった。


◇◇


約束の日、何処から聞き付けたのか、家の周囲には大勢の人が集まっていた。

二日前、王家から、オウルベイまでの間で着る衣装等が届けられ、
わたしはそれを身に着けていた。
最初は大袈裟だと考えていたものの、後々何を噂されるか分からない、
《相応しい衣装》は心強かった。

豪華な馬車一行がベリー家の前に停まり、
わたしは母と兄たちに別れを告げ、抱擁を交わした。

「お母様、ロバート兄さま、フィリップ兄様、今までお世話になりました」
「セレスティア、あなたなら大丈夫よ、幸せになるのよ」
「ティア、家の事は僕たちに任せて、自分の事を考えるんだよ」
「ティア、頑張れよ!気を付けてな…」

わたしは顔を見せる事を禁じられている為、白いベールを被り、家を出た。
警備兵が見物人を近付かせない様に守ってくれていた。

わたしは音も無く馬車に乗った。
馬車にはカーテンが引かれていて、周囲の視線を遮った。
普段であれば、窮屈に感じたかもしれないが、今だけは安堵した。

わたしの乗った馬車、侍女の乗った馬車、荷物を乗せた馬車、
騎士団の者たちが馬で列を成していて、それは大仰な行列だった。

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