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14 オースティン/
しおりを挟む◇◇ オースティン ◇◇
カーライル伯爵家を出てから、各地を周った。
御者を雇うのも面倒なので、俺が御者をする様になった。
馬車は小さな荷馬車に変えたので、遠目には商人に見えるかもしれない。
野宿をする事も多く、その際には、傭兵で培った知識と経験が役に立った。
テントを張るのは得意だし、石を重ねて釜土を造る事も出来るし、
魚を捕る罠を仕掛けたり、火を熾すのもお手の物だ。
簡単な調理も出来るが、そこは料理好きのウイルに任せている。
俺がいつも通り、さっさとテントを張っていると、ウイルはポカンとして見ていた。
「凄いね、オースティンは何処ででも生きていけそう…」
「まぁ、野獣ですから」
「野獣じゃないよ!頼もしいし、漢らしいし、恰好良いよ!」
「そんなに褒めても、何も出ないぞ」
手放しで褒められる事なんて稀で、めっちゃ口元が緩むんだが…
「オースティン、いつもありがとう」
「これも仕事だから」
「そうだけど、お礼を言いたかったんだ」
ウイルがふわりと笑う。
可愛いよな…
思わず浮かんだ言葉に、俺は慌てて頭を振った。
男を可愛いとか!どうかしてる!!
傭兵時代も、周囲は男ばかりだったが、『可愛い』など思った事は無かった。
可愛い系の男もいるにはいたが、わざとらしく、媚びているのが見え見えで、生理的に受付無かった。
なんで、こいつは、可愛く見えるんだろう?
最初に会った時の印象からか?
俺がウイルと初めて会ったのは、十二歳のガーデンパーティで、だった。
同じ年頃の令息、令嬢たちが招かれ、賑やかだった。
その中で、ウイルは異彩を放っていた。
ふわふわとした白金色の髪で、綺麗な顔立ちで…
初めて見た時は、女だと疑わなかった。
だが、直ぐに恰好に気付き、俺の頭で「?」が飛び交った。
女だよな?
だって、あんなに綺麗だし、可愛いし…
「おい、今の見たか?」
「変な歩き方ね!」
「不格好だな!」
「まともに歩けないなら、来なきゃいいのにさー」
意地悪を言われても、怒りもしなければ、言い返しもしない。
こんなの、男じゃない!
だけど、意地悪をするヤツは、それ以上に、男じゃない!!
ウイルは足を引き摺っていて、それを真似する令息もいた。
そして、皆で笑い者にする___
俺はカッとなった。
令息はウイルの手から皿を奪い、「返して欲しかったら、取り返してみろよー!」と大声で言い、走り出す。
俺はそいつの前に仁王立ちになった。
「おい!返せよ!おまえのじゃないだろう!」
「な、なんだよ!おまえには関係ねーだろ!」
「関係あろうと、なかろうと、盗人は見逃せねーんだよ!返さないなら、俺が相手だ!」
俺は持っていた棒を構えた。
すると、令息は「ひぃ!」と情けない声を上げ、「返すよ!返す!!」と料理を持ってウイルの元に戻った。
だが、俺はそれだけでは許さなかった。
「悪い事したんだろ、謝れよ!」
後ろから棒で突くと、令息は「ごめん」と言い、乱暴に皿を置くと逃げていった。
まぁ、いいだろう___
この頃の俺は、恥ずかしながら、《正義の味方》に憧れていた。
俺は、役目は果たしたとばかりに、背を向けた。
そんな俺を、ウイルが「あの!」と呼び止めた。
大きな薄い青色の瞳はキラキラと輝き、白い肌に小さな赤い唇…
振り返った俺は、その顔を見て、やはり、女か男か分からなくなった。
どっちなのかは分からなかったが、ただ、綺麗だと思った___
「ありがとう…」
その声も、高く透き通っていた。
俺は照れ隠しもあり、「お安い御用さ!」と、走って逃げたのだった。
あんなに衝撃的な出会いは、初めてで、それ以降も、これ程の事は無かった。
以降、パーティで顔を見掛ける事はあったが、互いに声を掛ける事はしなかった。
また虐められていたら、助けてやろうと思ったが、そんな事も無くなった。
きっと、俺がウイルの周囲にいたからだろう。
結局、あれから一度も話す事は無かった。
そして、学院で再会しても、それは変わらなかった。
だから、てっきり、ウイルは俺の事など眼中に無く、覚えてすらいないのだと思っていた。
ウイルは入試の成績で五番を取り、新入生たちからも、教師たちからも注目されていた。
その他大勢の俺とは違う。
俺なんか、記憶する価値も無いよな___
そんな風に、卑屈に思っていた。
あの日、ウイルが声を掛けて来るまでは…
「うわー!沢山捕れたね!」
ウイルが無邪気な声を上げる。
流石に、二十三、四歳になると、ウイルも男にしか見えない。
それなのに、可愛いとか…
いつになっても、俺の頭をバグらせる。
苦々しく思いながら、俺は抱えていた魚の罠を岩場に下ろした。
ウイルの言葉通り、大漁で、十数匹は掛かっている。
俺は大きな魚は水を張った桶に入れ、小さな魚は川に返した。
「僕が捌くね!」
ウイルは小型のナイフで、器用に丁寧に魚を捌いていく。
鮮やかなナイフ捌きだ。
だが、食材は捌けても、人を斬った事は無いと言っていた。
そりゃ、当然か…
ウイルは裕福な伯爵令息だ。
人を斬るなんて状況にはならないだろう。
俺は釜土に火を点けた。
ウイルが捌いた魚に棒を突き刺し、火の周囲に立てる。
火から少し離れて岩を置き、焼けた魚を手に並んで座った。
ウイルはバケットとコーヒーも用意していた。
「美味しそうだね!」
「ん、美味い!」
「やっぱり、焼き立てがいいね、お店で食べるより美味しく感じるね」
二人であれこれと話しながら食べる…
何故だか、満たされる。
食欲が満たされる以上に、満たされる。
傭兵をしていた頃は、何の感情も無かった。
野営を楽しいなんて思った事はなかったし、そんな事を思う日が来るなんて、想像もしなかった。
「旅もいいもんだなー」
つい、そんな事を呟いていた。
◇◇ ウイル ◇◇
夜、ふと、目が覚めた。
部屋は薄明るく、隣のベッドはもぬけの殻だった。
僕とオースティンは、宿に泊まる時には、一緒の部屋にして貰っている。
「オースティン?」
僕は不安になり、体を起こした。
「あ、悪い、起こしたか?」
オースティンの声で安堵した。
オースティンは隅のテーブルにランプを置き、何か書いている様子だった。
「オースティン、何をしているの?」
「あー、大した事じゃないんだけど、一応、書いておきたくてさ…」
何だか分からないが、分からないからこそ、気になるというもので、僕はさっさとベッドを下りた。
「見てもいい?」
「いいけど、見ても別に、面白くもなんともないぞ?」
オースティンの言葉は聞き流し、僕はテーブルを覗き込んだ。
用紙が何枚も散らばり、そこには、建築物や町の景色などが絵で描かれていた。
「ええ!?これ、オースティンが描いたの!?」
「ああ、そうだけど?」
「そうだけどって、なんで、そんなにあっさりしてるの!??
めっちゃ、凄いじゃん!オースティンにこんな特技があったなんて、知らなかった…」
「大袈裟だな、こんなの、見て描くだけなら、誰でも描けるから」
「描けないから!!
それに、見て描いてないよね?建築物の構造、見て描けないよね??」
「ああ、そこは想像、適当だよ」
オースティンがあまりに普通の事に言うので、僕は唖然とするばかりだった。
オースティンの事は大、大、大好きだけど!少し、憎たらしくなるよ…
「オースティン、絵が上手なんだね…もしかして、習ってた?」
「初歩的な事は子供の頃に習うだろう?おまえは習わなかったのか?」
「あー、うん、絵心無いから、教えても無駄だって…」
「絵心?何か描いてみる?」
用紙とペンを渡された僕は、悩んだ挙句、猫を描いた。
「これは…ケルベロスか?」
「頭、三つ無いし!猫だし!」
「猫…」
あのオースティンを絶句させてしまった。
オースティンは珍しい建築や立ち寄った町の設計を書き残していた。
「後で何かの役に立つかもと思って」と。
「役に立つよ!どうして、僕に隠してたの?」
「いや、隠してた訳じゃないよ、俺が書きたいだけだし、余暇を使うべきだろう?」
「これは立派な視察の仕事だよ!これからは昼間にして、夜はしっかり寝てよ。
オースティンは御者もしてくれてるんだから、寝ないと疲れが取れないよ?」
僕は寝ようと思えば、馬車の中で眠れるのだ。
僕が強く言うと、オースティンは「分かった」と言ってくれた。
それ以降、オースティンは用紙とペンを持ち歩く様になり、足を止めてはメモをする様になった。
オースティンには建築の才能がある様だ。
これを役立てない手は無い___
僕は急遽、旅を中断し、ステインヘイグに戻る事を決めた。
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