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しおりを挟む当初より、ダリアは僕とメイベルの結婚を望んでいて、何かと言い寄って来ていた。
別邸を建てたのも、温泉よりも寧ろ、《僕》が目的だったのでは?と疑っている。
「これは、クラートン辺境伯夫人、ご令嬢、こちらに来られていたんですか、
楽しく過ごされていますか?」
内心はうんざりしていたが、《大事なステインヘイグの客》と思えば、愛想も良くなるものだ。
僕はいつもの様に、にこやかに声を掛けた。
「ええ、昨日着いた処で、先程挨拶に参りましたのよ」
「行き違いになってしまいましたね、失礼致しました」
「いいのよ、でも、埋め合わせはして頂かなくてはね、
明日の晩、内輪のパーティを開く予定ですの、出席なさって下さいますでしょう?」
「明日の晩…申し訳ないのですが、丁度明日から館を空ける事にしています。
またお誘い下さい」
いつもであれば、顔を出すだけ出したのだが、オースティンが来てからというもの、断り続けている。
元々、パーティが好きという訳ではない。
ステインヘイグの宣伝目的だったので、周囲に知れ渡った今は、それも必要では無かった。
「まぁ、残念だわ…
あら、私、こちらの方に見覚えがありますよ?」
ダリアが嫌な感じの目でオースティンを見た。
「オースティン・カーライル伯爵子息ね?
カーライル伯爵家は没落寸前で、子息が強引な金策に走っているのですってね?
なんでも、パーティで物乞いをなさったとか!」
ダリアが声高く言うと、メイベルまでが大仰に「まぁ!恥ずかしい!」と声を上げた。
「それは、誤解ですよ、辺境伯夫人。
パーティには僕もいましたので知っていますが、オースティンは強引な事はしていませんし、物乞いもしていません。
噂というものは、真実から掛け離れているものですね」
「あら、そう?
だけど、その後直ぐに、カーライル伯爵家は負債を完済したそうよ。
羽振りも良くなったみたいだし、まさか、ウイル様が援助をなさったのではないでしょう?
落ちぶれた没落寸前の伯爵家に援助なんて、金を捨てる様なものですものね?」
ダリヤが嫌な笑いをする。
メイベルもニヤニヤと笑っていた。
僕は既に怒り心頭だったが、表面上はにこやかに努めた。
「僕と彼は同じ王立貴族学院に学んでいて、
彼は優秀でしたので、僕の仕事を手伝って貰う様に頼んで来て貰っています。
その際に、能力に見合う契約を交わしています」
「まぁ!この方に、それ程の価値があるとはとても思いませんけど!」
「ええ、着ている物は兎も角、中身が釣り合っていませんわ!
まるで、ならず者じゃない!」
「僕の親友が気に入らないというのでしたら、館には近付かない様にお願いします。
彼には仕事上、僕の館に常住して貰っていますので。
それでは、失礼します、辺境伯夫人、ご令嬢」
「ええ!?そんな、ウイル様…」
僕は別れを告げ、オースティンの腕を引き、歩き出す。
一秒でも早く、この場から去りたかったが、自分の足が許してくれない。
「おまえが怒る事ないだろう」
オースティンに言われ、僕はキッと顔を上げた。
「怒るに決まってるよ!僕の親友を馬鹿にして!何も知らない癖に!!」
「あ、俺、おまえの親友だったの?」
オースティンに言われ、僕は「はっ」と我に返った。
「ご、ごめんね!勝手に親友なんて言って…」
僕なんかが親友なんて、嫌だよね?
急に怖くなり、怒りの炎はみるみる鎮火した。
「いや、いいよ、うれしかったし」
オースティンがニヤリと笑う。
僕は真っ赤になっていただろう。
ズルイよ!!
そんなつもりもない癖に、僕を喜ばせるんだから___
◇◇
ダリアとメイベルの件から、僕は自分が如何に幸せボケしていたかに気付いた。
そして、目が覚めた僕は、固く心に決めた。
オースティンを悪く言っている者たちを見返してやる!!
「オースティン、こっちに来てくれる?」
僕はオースティンを鏡台の前の椅子に座らせ、小型のナイフを持った。
「おい!!」とオースティンが顔を青くしている。
「大丈夫、僕が優しくしてあげるから、僕を信じてね?」
僕は彼の逞しい肩を手で擦った。
「いや、信じられっかよ!何する気だ!?」
「髪を整えるんだよ、少し伸び過ぎてる…」
僕としては、乱切りの髪はワイルドで好きだけど、貴族受けはしない。
特に、貴族令嬢、貴婦人には嫌がられるだろう。
格好良くなって、貴族令嬢に目を付けられるのは嫌だけど…
ダリヤやメイベルに、これ以上好きに言わせてなるものか!!!
「おい!本当に、大丈夫なんだろうな?おまえ、適当に切ってるだろう!」
僕はオースティンの悲鳴に近い声を無視し、無心に髪を切っていった。
最近、栄養を摂っているからか、髪質は良く、艶もある。
襟足は長い方がいいな…
切り落とした髪を払い、櫛を通す…
「はい、出来たよ、どう?」
オースティンと一緒に鏡を覗き込む。
オースティンは頭を傾げたり、横を向いたりして、様子を確かめていた。
「めっちゃ、いい…なんか、自分が恰好良く見える…」
「オースティンは元々カッコイイんだよ!」
「え?」
「え?」
無意識に何か口走ってしまったかな?
「それにしても、おまえ、本当に何でも出来るんだな…」
感心というか、畏怖の様なものを感じ、僕は笑って誤魔化した。
「髪型とか、興味あってね!
興味あると、つい、研究しちゃうんだよね!あははは」
「何でもいいけど、ありがとな」
「どういたしまして!
それでね、オースティン、明日から少し旅に出たいんだけど、一緒に行ってくれる?」
「ああ、勿論行くよ」
オースティンの返事に安堵し、僕は計画を話した。
この旅は視察が目的で、遠方の土地を周り、良い所を参考にしたい。
その上で、オースティンにも観察して貰い、意見を言って貰いたい。
「俺に?そういう事、した事ないけどいいのか?」
「うん、オースティンは観察眼も鋭いし、僕と目を付ける所も違うから、刺激になるんだ。
きっと、僕が気付かない事にも気付くと思うよ」
「分かった、頑張るよ」
こうして僕たちは急遽、旅支度をし、翌朝には馬車に乗り、ステインヘイグを出た。
「実は、最初に行く場所は決まってるんだ、少し大変だけど、いいかな?」
「傭兵経験のある俺からすれば、早々大変な事なんてないさ」
「頼もしいね!それじゃ、泣き言を言っても聞かないから!」
「望む処だ!」
馬車はステインヘイグを出て、山に向かった。
緩やかな斜面を上がって行き、いつしか山岳地帯に来ていた。
「ここからは、歩きだよ」
馬車を降り、歩いて細い山道を登って行く。
木々が生い茂り、細い枝が行く手を阻む。
足元は滑りやすく、慎重に歩みを進めなくてはいけない。
「はぁ、はぁ…」
「ウイル、大丈夫か?」
体力の違いか、僕の息使いは聞こえる程に大きいが、オースティンは全く変わりが無かった。
足は重く、汗も滲んでくる。
「まだまだ、大丈夫!」
僕はしっかりと返して、強く足を踏み出した。
体力的にキツイ。
疲れるし、苦しい。
それなのに、どうして登るのか?
前世での僕は、山登りが好きだった。
転生しても尚、やはり、山に憧れた。
十二歳の時に落石で足を負傷してからは、山に行く事は無くなった。
一人で山に登るなど、誰も許してはくれないし、付いて来て貰えば、僕は足を引っ張ってしまうだろう。
誰かの負担にはなりたくなかった。
だけど、オースティンは許してくれると思った。
僕が雇主だから、という事もあるけど、オースティンは優しいから。
両親を責めたりせず、家族の為に働き、妹を大切にしている。
オースティンの事は好きだが、それを抜きにしても、信用出来る人だ。
それに、僕は…
獣道を抜けて、岩肌を上る。
全身に風を感じる。
「着いたか…」
頂上まで来て、僕たちは足を止めた。
そして、その景色に気付くんだ…
「凄いな…」
オースティンが感嘆に息を飲む。
「うん、凄いね___」
僕は微笑み、遠くに目を馳せた。
この景色を、君に見せたかったんだ___
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